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この食事を与えて下さった神に、感謝の祈りを

「じゃぁ、まずは紹介するね」


 ライアは他の子達を呼ぶと、半円を描くように僕を囲んだ。集まって来た人数は男の子三人と女の子が二人。ライアはこの家で一番年上だからか、並ぶと頭はみんなより二つ分くらい背が高い。


「この子は一番下のマイケルね。さっきフロンに話しかけてた子よ。覚えてる?」

 マイケルと言われた男の子の後ろに立つと、その子の両肩に触れて紹介した。末っ子マイケルは、キラキラとした期待の眼差しで僕を見た。

「あ、覚えてるよ」

「そして、次に年上の子は、ダニエルとニーナ」

 二人は、せいぜいいっても四、五歳くらいのように見えた。ライアは同じように、ダニエルとニーナの後ろに回って肩に触れる。さらに続けた。


「この2人は頼りになる年長組ね。ディナとウィルフレッド」


 とは言ってもさっき言われてたウィルフレッドっと言われた少年も八歳と聞くし、女の子のディナはもう少し幼いかもしれない。それでも、しっかりと兄や姉の自覚を持った目をしていた。ただ一人、ウィルフレッドにだけは、何故か腕組をし睨みつけ、僕に対して警戒態勢だ。


「どう? フロンおにいちゃん、おぼえた?」

「いくらなんでも、まだ無理よ」


 はじめに末っ子のマイケルしゃべって、それから女の子……えっと、ニーナが続いて……。賑やかにした。

 今まであの家では僕が弟だったから、"お兄ちゃん"って呼ばれるのも慣れない。唯一、敬称を付けずに呼び捨てで呼ぶのは、ライアくらいだ。


「フロン、大丈夫? みんなの勢いすごいでしょ。でもね、みんなフロンのこと歓迎してるんだよ」


 そう言って横で微笑む。他人事だと思ってさ。





**


 他己紹介を終え、他愛のない会話をした後、時計を見たライアは手を叩いた。「さぁ、夕ご飯の準備をしましょう」と。その合図に、みんなはバタバタと立ち上がる。


「ウィル。少しの間、そっちを任せていい?」


 言われた少年は、遊び半分に敬礼すると幼い子達を連れてキッチンへも向かって行った。それを見送り、ライアは僕に向き直る。

「フロンは、ちょっとこっちに来て」


 よく分からないままにライアの手招きに従い、違う部屋に案内されると4段の引き出しがあるタンスの前で、足を止めた。

「その服じゃ、汚れちゃうかもしれないし、動き辛いでしょ? 代わりになる服は、こんな家だから上質なものは無いけど。とりあえずこれで、どうかな?」


 ガサゴソと探したあと、ライアは申し訳なさそうに僕に服を差し出した。

「ありがとう」

「大きさ合うかな……。一応ね大は小を兼ねるって事で、ウィルにとっても大きめの服は置いてあるの。ゆるい場合はベルトで締めればいいしね。ウエスト、入れば良いんだけど。それから、シャツはこれ。……ね、着てみて?」



 サスペンダーで吊り履いてみると、屈んだりすると膝上がややキツイけど、このくらいなら大丈夫そうだ。丈は少し短くて、足首はズボンから出てしまって格好悪い。でも服装なんて、此処での暮らしならこんなもんだ。それなのに、僕だけいい服を着るなんてできるわけがない。


「さっき、院長に渡したお金も、必要ならみんなの生活のために、どんどん使っても良いし」

「…………あ、あれね? ……ありがとう」


 少しだけ歯切れが悪くライアは、返事をした。

「フロンには、我慢させちゃうこと多いと思うよ。きっと前の生活とまるで違うから。……ごめんね。本当にここには、何も無いの」

「ライアのせいじゃないだろ」

「そうだけどっ」

「こんな状況で、わがままなんて言わないよ」






「……ライアは知ってるのか? 自分が此処に来た理由」

「ううん。分からない。物心ついたときは、もうここにいたから」

 だけどね。とライアは一呼吸入れると、しんみりするどころか笑って言った。

「此処に預けたって事は、生きて欲しいからだと思う。必要なくなったわけでも、愛してないわけでもなくて、何処かで生きてて欲しいから……」

「……っ」




「ライアは、僕が産まれてきたこと、間違ってると思わないの?」


 どうして、僕はこんな事を聞いてしまったのか、殆ど無意識だった。何も状況を知らないライアに聞いたって、答えが正しいものにならないのに。例え知っていても、ライアは僕の両親じゃないから、答えても意味を成さない。

 だけどそんなことをお構い無しに、目の前の女の子は、僕が訊いた瞬間、間髪入れずに頭をブンブンと勢いよく振った。


「思わないよっ!」


 涙を浮かべたライアの瞳から、ついに溢れて流れ落ちていくのが見えた。「そんな寂しいこと、言わないで」と口には出さないけど、ライアは僕の弱気な言葉を瞳で否定する。だからつい、もっと確かめたくなってしまう。


「間違ってないから、ね」

「どんな理由でも?」

「産まれてきたのは、フロンのせいじゃないっ。そうでしょ?」

 僕の分までライアが泣いてくれているんだ。……何も知らないくせに。詳しく話してもいないのに。なんで、こんなにも泣いてくれるんだろう。僕の心にあるものを汲み取られてしまう。

 敵わないな、ライアには。

 良いんだよ。僕の代わりになんか、泣かなくても。


「無理に話さなくて良いよ。何も訊かないから、安心して」


 僕の傍には今までメイドは居ても、歳の近い女の子が居た事が無かったから、こんな時どうしたら良いのか、困ってしまう。涙を止める方法がわからない。苦し紛れに出た方法として、泣き続けるライアの頭に、"ありがとう"って気持ちを込めて静かに撫でた。

 きっとライアは新しく幼い子が来る度に、もう怖くないからね、家族になろうね、と両手を広げて喜んで歓迎する。

 そして。その一方で、その子がもう帰る家を無くした事実を想い、 泣くんだろう……。



「……バカだな。いちいち泣いてたら、ライアの心がもたないよ」





*※*





 どのくらいの時間が経っていたのか、分からないけど、僕らが抜けてる間に夕食は出来上がってしまったみたいだ。

 テーブルを囲むように並べられた椅子にちょこんとクマのぬいぐるみも座っていた。どうやら、マイケルが座らしたらしい。

 クマは年季の入ったもので、少々色褪せていて糸も解けている。代々末っ子たちが遊んできたのが感じとれる。



「マイケル、このクマは、なんて名前なのかな?」

「んーとね!……て……、てでぃ」


 良くぞ聞いてくれました!とニパっと笑って勢い良く教えてくようとしたけど、口が回らないみたいで少し失速したのが、逆に少し可愛く見えた。よしよしと撫でると、マイケルはさらに笑顔になった。


 席につくと、ディナが並べられた深皿に、鍋からレードル1杯分をよそっていく。シチューからは湯気を上がり、匂いがほのかにした。豆とじゃがいもと、玉ねぎが細かく切られて泳いでいる。あとは、ライ麦で作られた少し固そうな黒パンが、1切れ。夕飯はたったそれだけだ。


「今日はね、いつもはパンは無いんだけどね、さっき、ひとっ走りして買ってきたんだ! パン屋に安く譲ってもらったの。フロン兄ちゃんの歓迎会だから、特別なんだよ!」


 嬉しそうにダニエルは言う。他の3人も、同意するように頷いた。パンにつけるバターも無ければ、肉はおろか、魚も、ベーコンも浮いてなくて、前菜のサラダも無い。それでも、黒パン一つで"特別な日"だってこんなにも笑ってしまうなんて……。


「このじゃがいもはね、庭でみんなで育てたんだよ!だからね、ぜったいオイシイよ!!」


 お客さんをもてなす時のわくわくした顔と、大人に子どもが褒めて褒めて! と催促するような、そんなキラキラした3人の瞳を、僕に向けた。…………えっと、名前はマイケルと、ディナだったかな。

 いつも食べていた食事のフルコースは、当たり前だと思ってた。明日の食事がないかもしれない、とか不安に思ったことなんて今まで一度だってない。それがどのくらい恵まれていたのか、痛感してしまう。生まれた場所によって、階級が違えばこうも生きづらいものなのか。


 スプーンを手に取る前に、みんなはピタッと喋るのを止めた。静寂した空気の中で、誰もが目を閉じて静かに頭を下げる。さっきからムスッとしていたウィルフレッドも、この時はみんなと同じように、真剣な顔で目を閉じていた。


 食事の前の祈りだ。

 思わず見入ってしまって、僕は1人、出遅れた。慌てて目を閉じる。だけど、何を祈れば良いのか、戸惑い過ぎて上手く言葉にならなかった。

 


お世辞にも豪華な食事とは、とても言えない。

むしろ、これで我慢をしなければいけない生活を、どう受け止めて良いのか。

だけど、少ないと思ってしまう事態、この家では贅沢な話だ。


どのくらい華やかで、楽な生活をしてきたか。

明日の食べ物を心配したことすら、僕にはない。

当たり前の生活が、此処では当たり前じゃない。


此処には、何も無い。

本当に、本当に、微かなものしか。

こんな少ないものに、それでも感謝をするなんて、知らないことだった。

……全くもって、感謝が欠けている。



此処での生活を満足できますようにと、この先の少しの豊かさを、僕は祈った。



「じゃ、頂きましょ」


 閉じていた目を開くと、ライアは頷いて掛け声をかけた。僕はスプーンを手に取り一口、口に入れる。本当ならすぐに食べ終わってしまいそうな量たけど、今まで生きていた中で1番、良く味わって、噛み締めながら食べた。

少し薄いシチューは、温かくて美味しかった。






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