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(外伝)両親の止まった過去

主人公の両親の話です。


フロンとライア。シンとメリッサの状況の重なる所や違い。また、子供は親と同じ生き方をしてしまう事もある危うさとか、2人の過ちをフロンはどう捉えて回避するのかを、少し対比できたらなと。



「メリッサ様が、いっらしゃいました。お通し致しますか?」


 そうメイドが言ったのは、昼を過ぎた頃だった。今日の予定を思い出そうとしても、やっぱり会う約束なんてしてない。彼女は、突然来ることなんて今まで無かったから、よっぽどの用件なんだろう。

「あぁ、頼む」

 短く答えると、メイドは「畏まりました」と一礼し、部屋を後にする。

 一、二分後に再びノック音がし、今度はメリッサの声がした。


「シン。私よ。……入っていいかしら」

 心持ち、声が震えている。

「開いてるよ」


 僕の許可と共に、メリッサは扉をゆっくりと開いた。現れた顔つきは、思った通り、あまり血行の良いものでは無かった。躊躇いがちに、扉から一歩部屋に入ったものの立ち尽くしている。


「急にどうしたんだ。らしくもない。……」


 酷く寂しそうに笑っている。

 黙っていたら、いつまでも立ち尽くしてしまいそうなメリッサの手を取って、数歩あるき、ソファへと座らした。そして、僕は丸いテーブルの上にあるベルを左右に振り、控えていた人を呼んだ。


「お呼びでしょうか」

「メリッサに、気持ちが落ち着くようなハーブティーを、用意してもらえるかな」

「カモミールはどうでしょうか」

「そうだな。あと、ついでに甘い物も頼む」

「はい。シンフォード様にも、何かお持ちしますね。紅茶がよろしいですか?」

「あぁ。面倒だろうけど、よろしく」

「いえ、なんでもお申し付け下さいませ」


メイドは指示を受け速やかに退出した。


「少し早いけど、アフタヌーンティーとしようか。甘いものでも食べてさ」


 僕はできるだけ場が和めばと明るく言ったけど、困惑した表情はまだ、直らないか……。アフタヌーンティーにしては、二人しかいないし、テーブルセッティングもなっていないって、笑って欲しかったけど、そんなことを気にしてられる心境でもないらしい。


「もしかして、太るの気にして食べるの控えてる?」

「食べる気分にとてもなれないだけ」

「さぞご両親は、メリッサを美しく魅せようと躍起になってるだろうっと思ってね」


 その言葉にぴくりと、メリッサは顔を強ばらせた。もちろん、社交界なら僕も出ているけど、女性ほど結婚相手をすぐにみつけるのに時間が限られているわけでもない。もっとも社交界で結婚相手を探しているのは若い娘達というより、その母親が自分のことのように奮闘しるんだけど。


「えぇ、そのことで来たの……」



 しばらく沈黙が続いた数分後、ノックがし口頭で許可すると、メイドがカートを引きながら中に入った。

 メリッサは湯気の立つハーブティーのカップに、ゆっくりと口をつけた。そして、ゴクンッと2回ほど呑み込むとカップから口をゆっくりと離す。メリッサは覚悟も一緒に飲み込んだ。



「私、婚約したの」


 それ以上、言葉は続かなかった。短すぎて聞き流してしまうくらいだ。むしろ、聞かなかったことにしたいとさえ、思う。


 メリッサは当主直系の娘で、対する僕は言わば分家な上に、次男だ。メリッサと僕では、一族の将来を背負う重さが違う。彼女は、それなりの家柄の男と結婚してもらわ無ければならない。。それに比べ、僕の将来は自由な身に近い。そんな僕に、メリッサをどうこうする権利など昔からなかった。


 正直、僕らの関係は、はっきりしないものだ。お互いに好きだと相手に伝えたことは今まで一度も無く、恋人の関係ですらない。だけど、惹かれ合ってることくらい、分かっていた。



「婚約か。……なんだ、そんなことか」


 メリッサの口から聞かされても、今さら驚くことでもない。動じた素振りを見せないようにし、紅茶をすすると、案の定、彼女はソファから立ち上がり、声を震わした。


「そ、そんなことって! シン、あなた、本気で言ってるの?! 」

「本気だよ」

「他に言ってくれることは、ないの?」

「婚約するのが早過ぎなんじゃないか。もう少し遅らしてもーーと言えば満足か」

「……っ」


「それとも」

自分の声が酷く冷たいと、自分でも思った。


「一緒に駆け落ちしようって僕が言うのを期待してたのかい?」 



 なんの(じつ)も無い気休めの言葉に、更に追い打ちをかけた。出来もしない泡沫の夢を敢えて突きつけて、落とす。青ざめたメリッサの顔を見て、申し訳ないと思った。

駆け落ちなんて、そんな事したら、大きな痛手を被るだろう。軌道に乗り始めた大事な時期のメリッサの家としては、特に。婚約相手だって申し分ない家柄なんだろう。むしろ、そんな相手を断ったとなれば、社交界ではゴシップのネタにされるのも、容易に想像できた。

家族が笑いものになるのを、無視できるほど僕らの気持ちを押し通せる気がしない。


小さな事なら、少しばかり我儘を言えるメリッサでも、誰かの人生に少なからず関わることなら、抑えるようにと教えられているのを知っている。淑女らしく、慎ましく、男には逆らわないで従え、と。

 


その上、僕は……。

全身を映す鏡を横目で見ながら、怖くなった。16になったばかりの僕に、メリッサを連れ出し、全てを捨てて、本当に守ることはできるのかーー


 言って欲しい言葉は、残念ながら言ってやれそうにない。

 叶わないなら、本当の気持ちは、言わない方が良い。


「料理一つも使用人任せだ。庶民の暮らしなんてできる訳もなく、お金もなく、そんな僕らは、道端で野垂れ死ぬことになるよ」

「そうよ。本気にしないで。何か言って欲しかったわけじゃないの。シンが言いそうな言葉なんて、会う前から分かってたもの」



 "言って欲しいわけじゃない"、なんて嘘のくせに。

決死の覚悟で好きだと告げても、メリッサを満足させるだけで、結局は僕を断り誰か他の所へ嫁ぎに行くつもりなんだろ? 残酷な事を求めるのは、メリッサの方だ。



「それで? 相手はどんな人か、知ってるの?」

「爵位は、お父様と同じ男爵。歳は6つ上の25。背はそこそこそ高かったわ。あの人、私に一目惚れしたんですって」


 僕より9も歳上だと知って、負けたきがした。さぞ、余裕のある男なんだろ。もう大人だと思っていても、25歳の男を前にしたら16の自分なんて、まだまだ子供だと思い知らされる。

それに一目惚れとは。メリッサの外見を見ただけで、妻にしたいとよく言えるな。


「ふーん?」


 聞いといて、素っ気ない態度を取ると、メリッサはぷくっと口を膨らました。そんな他愛の無いやり取りも、なんだかんだ僕は好きだったよ。


 メリッサは、そいつを好きになるんだろうか。キスをするところを想像するだけで、嫌気がする。ましてその男と情を交わす日には……。


「一つ、忠告してあげようっか」

「なによ」

「そのネックレスは、外して会った方が良いよ」


 メリッサの白い首に輝くネックレスは、自然と目にとまる。とても見覚えのある品物だ。


「今日つけたのは、わざとよ」

「それはどうも。……でもさ、"綺麗だね、誰からの贈り物かい?" って婚約者に訊かれたら、なんて返すつもり?」

「……そうね。まさかシン(あなた)から貰ったなんて、言わないわ」


 僕とメリッサは、親が仲のいい従姉妹同士だったから、子供の僕らも物心つく前から何度も交流があったらしい。

 おかげで小さい時は、探検と称して覚えたての植物の名前を教えこまれては、庭を引っ張り回させれたものだ。三つ上のメリッサが、少しずつ少女から大人の女性に変わっていく姿に、僕は少しずつ眼を奪われていた。




 お茶を飲み干すと、用を済ましたメリッサは早々に席を立った。待たせている馬車を前に、彼女は吹っ切れたように笑顔を僕に向ける。


「しばらくは、私達、会わない方がいいと思うの。……そうね。次に会うときは、結婚式が良いかもね。安心して? 呼んであげるから」

「その日は、仮病にしようかな」

「来て。絶対よ」


 こんな時に笑顔なんて、無理してさ。さよならと手を振るその指が微かに震え、忘れたい、忘れたくない、と彼女の矛盾する願いが僕に直接伝わってきた。


あぁ。本当に、これで最後か。


 その手を、掴んではいけないことくらい分かってた。

 引き止めちゃいけないのに、気づいたらメリッサの手を握りしめていた。



「……シン?」

「やっぱり、……行くな! 破棄できないのか!?」


 彼女の手は、未だに僕の手の中で小さく震えていたけど、どこか幸せそうな表情に変える。


「それが聞けただけで、私は十分だわ」


 言ったことを、後悔したはずだった。

言うべきじゃないことを、つい口走ってしまったと自分でも反省してる。


「……っ、そんな事、言うなよ」


 なのに。

 その反省は、活かされることはなくて、そんな風に微笑まれたら、もっと求めたくなった。その指先も、唇も全部。


「メリッサ」

 握っている手を腕ごと引っ張ると、ハイヒールがバランスを崩し、僕の方に倒れ込んだ。


 綺麗な紅をぬられた唇に、距離を詰め、僕のと重なった。

 こんなにも、メリッサの唇は柔らかいものだと初めて知った。はじめこそ抵抗されたものの、やがて静かに受け入れた。

 数秒だろうか。ゆっくり唇を離すと、微笑えんでくれると思っていたメリッサの瞳からは、ぼろぼろ涙が零れている。


「っ! 泣かせるつもりは……っ」

「シン、またいつかね」

「待って! 行くなっ、メリッサ! 本当に手遅れなのか……っ!?」


 それ以上僕に言わせないように、メリッサ自身も何も言わないまま、踵を返し、蝶が舞うように馬車へと乗り込んだ。

メリッサは手の届かない所に行ってしまった。





 それから、彼女は結婚をした。

 たまに親族が集まる時に見た姿は、まるで人形のように、固まった笑顔でぎこちない。メリッサの夫は確かに、メリッサを大切にしてるのを見て取れる。でも、メリッサが幸せなはずがない。そんな中で、妊娠したと噂を聞いたのは、すぐあとだ。正直、嘘かと思った。



 メリッサの可愛い小さなお願いは、これまで何度も聞いてきたけど、それもさほど僕を困らせない、叶えられるものばかりだ。

 だけど最後に、人生で叶えちゃダメだと思う最大級の我儘を、二つされた。


 彼女が結婚してから三年が経つ頃に、「このままじゃ、息が詰まりそう」と消えそうな声で、家に来て迫られた日の夜。

 それから二ヶ月後に、「この子を産みたい」と反対するのも聞かず押し通されたこと。あの時、僕も残酷な事を言ってるのは分かってた。でも仕方が無かった。




 そもそも、こうなった原因は16歳の自分にある。あの日キスをして、メリッサの心に深く刻んでしまった。そんな後ろめたさと、逃げ出せずに押し殺す彼女が可哀想だと言い訳をして、僕は一晩だけあの男の目を盗み、メリッサを自分のものにした。


 やがて生まれてきたその子は、僕にとてもよく似ていて、赤ん坊のフロンが無邪気に笑うほど、泣きそうになった。

 フロンという名は、二人で考えた名だ。

 メリッサが申し出ると、妻に甘い夫はその名を許してくれたらしい。


 自分の子供の成長を近くで見せてあげたいと、お節介を焼くメリッサは、危険を承知で僕を長男の家庭教師にと理由をつけて、呼び寄せた。本当に、無茶をする人だ。おかげで、こんな僕でもささやかな幸せ思いを味わせてもらったが。自分の子供が目の前に居るのに、名乗り出ず、僕はお前に父親らしい事を、何一つしてやれてなかった。


あの日二人で逃げ、寂れた静かな街で神に誓い、夫婦となり、お前が生まれていたら、どんなに良かったか……と、今でも考えずにはいられない。あの時、その覚悟ができていたならーー



 後悔は、メリッサの手を放したくせに、捨てきれずに関係を持った事だ。子に辛い思いをさせるなど、考えてもいなかった。こんな事を、お前に課せたかったわけじゃない。罪の意識は二人だけで十分だ。

この父を憎んでくれて構わない。どんな報いをこの身に受けても、この手でお前を守ってやりたかった。いや、親が息子を守ってやらなけらばならなかった。



 なぁ、フロン。

 お前は今、何処に居る?

 無事に過ごしているか?


どんな生き方をするにしても、こんな父親には、似てしまうなよ。


更なる補完として、

「色を奪われた花嫁と無力な青二才」

https://ncode.syosetu.com/n4301eh/


というシンフォードとメリッサの過去編が短編としてあります。

ちょっと本編とコンセプトが違くて、姦淫に対して背徳というか、時間軸的に、まだ反省がない話となってるので注意ですが。

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