不在の女
なんでこんなしつこく霊現象について書いているのだろう?
さっき気づいた。
不在が俺の怖いポイントなのよ。
親の因果が子になんとやらとか、誰かの恨みを買って怨霊がとか、そうゆうのはまったく怖くない。
怖さのツボがずれている。
同じえすえむでも緊縛の人たちがスカトロの人たちを苦笑いで眺めるくらいなは、違う。
あるのにない。
ないのにある。
そうゆうのが嫌で、怖い。
幽霊なんて存在しないくせに現象としてはあるから、嫌い。
しつこく書いているのはこの嫌な気持ちを、世間のみなさまに還元してお裾分けしたいと言う善意の衝動であったのだ。
シナバモロトモ。
ほんとこうゆうのはパブリックなものにして世間に還元するに限る。
特に生霊とか!
生霊とか!
何があったと言う訳ではなく、いわゆる見える人から背中に生霊ついてるよと言われ、非情に心当たりがあったので生霊本人の耳に入るように公にしたらいなくなっただけの話だし。
同時に足でなんか黒いもの引きずってるとも言われたが、それは単なる腰痛からくる足のしびれだ。
さて不在が怖い俺だが、生きてる人間で不在の存在と出会ったことがある。
多重人格。
人格あるじゃん、1個どころか中身一杯あるじゃんと言われるかもしれん。
確かに多重人格自体はどの人格出ても、別に怖くはないのよ。子供の人格出たりすると相手するのが大変だったりするだけで。
ただな、
あの連中って人格交代の最中って、中身空なんだよ。
黒々とした目の奥にはほんと、なにもない。
からっぽ。
死人の目玉だって物としての存在感はあるだろうに、それすらない。
体は生きてるのに、目の奥はただの空。
喰われる。
視線そらしたら、これ喰われる、ヤバいやつだわと、必死に目で戦ってたわ。
生きてるのに中身なんもないなんて、反則。
あれに比べたら悪意や怨念のがはるかにましだ。
ほんともう身近にある怪異話でも怨念話なら怖さのツボが違うから、ふうんそれで? で済むものをなんでこう不在の怪ばっかり。
いや、血が凝り固まった怨念話に遭遇していても、ふうんそれで? で気づいてもないだけかもしれんがな。