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猫がやらなきゃ誰がやる

作者: 三原まちこ

 ♪あ~こりゃこりゃ、かつお節~。うまいやっちゃごっついやっちゃ、すっごいやっちゃ、でっかいやっちゃ、あ~猫のかつお節♪作詞、作曲、歌、踊りは猫のティコちゃんでした。


 この世に生を受け、兄弟にも恵まれ、川遊び、じゃこ取りと・・・。ここまでは順調に・・・。猫と生まれまして、なかでも結構なたのしみは日当たりのいい縁側で、ゆっくり一日を過ごし、夕食には鮮度のいいさんまなどを頂ければ、たいそう健康にもよろしいようで・・・。しかし残念ながら、変人だけで構成されている当家で生活している猫でございます。


 これから二十一世紀の未来に向って、上昇して行くか、それとも下降して衰亡に向かうかという瀬戸際にティコちゃんはたっている、というほどの猫ではないのですが!

ま、お付き合いと願います。

 ここでティコちゃんが当家にきた過程を二、三、申しあげておいたほうがよろしいようで。

事件ことの起こりはこうである。


 ティコちゃんの身のこなし方は機敏。あちらの木からこちらの屋根と・・・、それはまるで忍者の如く、自らを殺して世を支えようとしている。というほどの猫でもないが・・。要するにティコちゃんはおっちょこちょいで、臆病者で気が弱く鼠が苦手である。鼠に追いかけられ足を滑らせて溝にはまり、そうこうしている間に、親兄弟とはぐれてしまったのである。


 あれは忘れもしない。ティコちゃんが当家に参った日はまさに食欲の秋だったのだ。

真っ赤に染まった山々に囲まれた小さな村。台所から晩御飯のいい匂いがする。

腹ぺこのティコちゃんは一目散に台所に入ったのである。この時初めて、婿養子のへんくつさんと出会った。ティコちゃんの首すじをつかんで、外に放り出した。負けてなるものかと、台所に入った。へんくつさんも負けてない。また首すじをつかんで、放り出した。五回繰り返したのである。極めつけが、「ぶさいくな猫。」

(婿養子取扱説明書)という本が出れば、ぜひとも購入したいものである。

腹いせに居ついてやる事に決めたのだ。


 そしてそこへ当家の財務大臣、けちべいばあさんが。名前の通り相当なけち。

「誰じゃ。こんな不器量な野良猫拾ってきたのわ。エサ代がもったいない。捨てておいで。」

この声に当家のじいさん、へんくつさんの妻のへたこさん、小学生の志らく君集合。

それぞれが顔を見合わせながら、心の中で、顔のマズいのばかりや。このぶさいくな猫が家にいたら、自分達が見栄えするかも・・・。

かくしてティコちゃんの悲願の夢は成就。

 

 では婿養子のへんくつさんから紹介。

某名門国立大学出身。見合いの場ではさわやかで朗らかな好青年を演じたのである。

結婚当初は銀行員だったが、

「強盗が横行しているので気をつけて。」と警察から知らせを受けて怖くなり、家に逃げ帰り即刻クビになった。自分のミスとはいえ、エリート一色で生きてきたへんくつさんが人生初の挫折を味わい、ストレスから頭頂ハゲになり、医者からはハゲに注射すると治ると言われたが、なんといっても怖がりの性格ゆえ他の治療を試みるが効果なし。妻のへたこさんは髪の毛がないぐらいどってことないと言いながら、自分はしょっちゅう美容院に通っている。毎日ぶらぶらしてたけど、村の人に紹介してもらい、今は小さな会社で経理をしている。

 その上にへそまがり。へそまがりというのは、折れてもつれているぐらいであるが、もつれたうえにねじまがっているのである。ティコちゃんがヘマをすると喜ぶ。

 夜の11時に廊下ですれ違った。胴は長いが、舌が短い。ア行が苦手なのだ。

「ティコ、起きとったんか?」というところを、「ティコ、生きとったんか?」と言ったのである。丑三つ時にへんくつさんは、猫パンチと共にバンドエイドのお世話になる。


 猫が住んでいる当家の跡取り、へんくつさんの妻である、へたこさん。 

これがまた、たいそうな料理下手。なにを隠そう、ティコちゃんは猫のくせに美食家なのだ。しかし考えてみれば、山奥の人里離れた所で生まれ、この世で生を受けた時はおかニャ~のお乳を飲んでいたが、兄弟も多いゆえカメムシやミミズを食べていたのに、そのくせ偏食をするとは・・。いつからそうなっていったのかは、とんと見当がつかぬ。先日は、かつお節入りコロッケになななんと、畑で採れた八朔が入っている。カルシウムとビタミンが同時にとれるとか言って。あまりのマズさにティコちゃんの頭蓋骨にヒビが入った。不思議の国のアリスならず、不思議の家のへたこ料理アリスよ。

猫でも食べれないようなマズいものを、へんくつさんは平気で食べるのである。夫の鑑というべきかもしれぬ。ティコちゃんは、ただただ命を縮めた。心して猫の環境づくりに気を配ろう。


 そしてティコちゃんがもっとも苦手とする、けちべいばあさん。

庭でけちべいがさんまを焼いている。

「ニャー、お腹すいたな。」

「気のせいや。」と言いながらけちべいだけ食べている。

「隣の猫みたいに車に乗りたいか?」

「乗りたい♪」

「うちは火の車じゃ。」これは序の口。

今日もまた、けちべいがティコちゃんの前で、メザシを二つに割って、二つ食う。


 けちべいが猫の顔をジーと見て、

「吾輩はクソである。名前はもうある。ハナクソ、ミミクソ。」

印税で儲けるようとしている。まるで才能もないのに、すぐ神頼みをするのであるが、けちべいにつくのはせいぜい貧乏神ぐらいのものだ。なんとこの貧乏神が貧乏くじを引きあてた。自転車に乗っていたけちべいが、村の人のリヤカーとあぜ道でぶつかったのである。ひっくり返って足を捻挫して一週間の入院生活となった。自転車とリヤカーが衝突するのだって、自転車があぜ道を横切るのが一分間早くとも、一分間遅くとも衝突するものではない、なかなかそんなに正確に衝突する時間を見計らって出発することはむずかしい。それは無限の時間という富くじ中からたった一本の貧乏くじを引き当てるほどにむずかしい。そのむずかしさのなかから衝突するのにちょうど適当な時間を選んで出発したいと思う程の究極のけちである。

 客がくるというので、あのけちべいが珍しくゆりの花を買ってきて、玄関に活けたまでは良かったが、客が帰るやいなや、ゆりを持ってお墓参りに行った。今度はそのゆりを隣の伝兵衛じいちゃんに、「この前饅頭もらったお礼な」なんてこと言って持って行ったのである。一日のうちに、ゆりが玄関から墓にいって隣の家に移動。次はしつこく

「伝兵衛はん、コーヒーおごるから夕食おごってな。妹があそこの鰻、美味しいゆうてたで。今度三人で行こうな。」遠慮のかけらもない。とにかくセコイ。


 さらに話は続きます。夕方になると、町内中の空き缶を連日拾い集め、お金に替えている。じいさんに、燃えないゴミを捨ててきてと頼まれれば、ゴミが倍になってかえってくる。しかし捨てている物の方が大きいかもしれぬ、プライド。それを仕分して、またじいさんが捨てにいく。なんとお粗末。太い体で細々と生きている。村の人には、

「ただもったいないと思うだけです。物のいのちをまっとうさせてやりたい気持ちが第一です。」

とかなんとか言う事は一人前。現代のように何でも使い捨ての時代には、人間もここまでくれば、かえってどことなく風情があるのかもしれぬ。 


 このけちべい、なんでも若い頃は落語家をめざしたことがあるらしく、

「たくさん食べるやつは出世する」

と師匠先輩から教わったみたいで、ケチゆえ冷蔵庫に入れたまま忘れていた賞味期限が一か月以上も過ぎた三丁もの豆腐を、狼少年のような勢いで平らげてしまったのである。70をかなり超えた老女の信じられないような食欲を目の当たりにし、呆然としたティコちゃんであった。しかし下痢をおこし転げまわったのだ。道端の草を食べても生きてゆけそうなけちべいが・・・、である。

 今日は、

「さばの塩焼き食べるの、ティコちゃん忘れてたニャー ・・。」

「もったいないから、うちが食べる。」

「冷蔵庫に賞味期限が、二か月前に切れたヤクルトがあったニャー。」

「もったいないから、ティコ飲んどき。」

ティコちゃんが当家に参ってから今日こんにちまで、これほどけちべいをぶん殴ってやりたいと思った事はない。あんなやつ、漬物石にくくりつけて池の底に沈めてやりたいが、なんといっても太い体で細々と生きている人間ゆえ、漬物石ぐらいではすぐに浮かび上がってきそうな気がする。

だいたいケチというものは、できるだけ値を少なく支払うことによって、できるだけ多くの結果を得ようと心掛けてかえって失敗するものである。セコイ心は多くの結果を得ることができない。多くとケチとは相反して反撥して候なり。受けるのみにて与えなければ、パイプの中が閉塞してしまうのと同じように、供給も途中で流入が停止する。

お金がなければないなりに助け合いの精神が生まれるというものよ。

災害に遭いたる気の毒な人々に、少しでも多く救われんがための寄付金をするがよろしい。


 しかし時として、オレオレ詐欺の人が電話をしてきたときに、

「きさまは相手がわかって電話してきてるのか。」

とだけ言って、電話を切ったという強者。さすがのけちべい。

 なんとそこへ泥棒が・・。

「少しでも動いたら殺す。カバンに金を詰めろ」と難しい注文をする。

「オレは忙しいんじゃ。」

お忙しい人がなんでよりによってケチの所へ・・・、この泥棒君。

スーツを着てオシャレな帽子をして顔は丸見え。変人の家には、泥棒まで変わってる。

一円のお金でも出したくないけちべいが叫んでる。

「この泥棒猫。」

「なんでそこへティコちゃんが・・。」

「泥棒犬という単語はないのじゃよ。」

泥棒と猫を一つの単語にするのは大いに気に入らない。

こんな当家でもお世話になっている身ゆえ、泥棒君の前で猫のかつお節踊りを披露。

なぜ猫の芸人は少ないのか?でもティコちゃんは別猫です。ティコちゃんも、いざという時には思わぬ芸が役に立つ。

♪あ~こりゃこりゃ、かつお節~。うまいやっちゃごっついやっちゃ、すっごいやっちゃ、でっかいやっちゃ、あ~猫のかつお節、110番、あ~110番♪

「この猫、なめたまねしやがって。」

「猫はなめるのが仕事。」

猫は食べて寝てばかりいるのではない。ひっかいてやった。泥棒が怒った時は気をつけないといけない・・・。ツバがとんでくる。結局何もとらずに退散。

猫一匹、誰かの役に立つ為に生を受けている。


 ある日、じいさんと海外旅行に行くというのである。写真だけはたくさん残した方が

いいやろと大きな決断をしたのだ。あのケチが。

旅行に行くと顔パック。あの顔で!しわにパックが張りついて、やれ恐ろしや。今日は目をあけて電気を付けて寝るべし。一泊か二泊か、荷物どうするゆうパック。

ということで、じいさんばあさんの二人旅ゆえ、一週間前に無事に空港まで行けるかどうか、予行演習をしたのである。まずはJRに乗ると、どういうわけか外人が一杯。電車の中で外人さんと写真パチパチ。すっかり海外旅行した気分となり、旅行はキャンセルと相成りました。お粗末。


 けちべい、自分のやりたいことを見つけよ。人間にはその人に宿る才能又は能力は伊達にそこにあるのではない。才能又は能力は、それを表現して誰かの役に立つためにあるのだ。落語と頓知をあわせて人を笑わせるとか・・・。(笑う門には福来る)

お金より夢がある方が生きがいのある、人生を生きることができる。

何事も物事を成就する秘訣のひとつは、継続することにございます。



 猫と同居している犬の事をご説明したい。庭でみんなでわんこそばを食べていたら、野良犬がきた。ということで、犬の名前がそばになった。

知らない人がくるとカッコよく吠える。しかし狂犬病予防接種という一大イベントはさあ大変。動物病院につくやいなや、観葉植物に頭を突っ込み、まさに犬が頭隠して尻隠さずで震えあがっている。気弱なそばである。それをティコちゃんとじいさんがズルズルと引っ張りだすのだ。ベッドに乗せれば、緊張のあまり気を失う始末。なんとも手がかかる。弱さと強さを持った人間くさい犬である。


 小学生の志らく君。人の事は気にせずに我が道を行くタイプ。

授業中は半分眠っているし、学校から帰って勉強などしたためしがない。マイペースで

堂々とした態度ゆえ、村のガキ大将がかってに勘違いをして肩をもんでくれたり、美味

しいものを持ってきてくれたりしたけど、ただのマイペースとわかり、あとで張り倒さ

れた。ゆえに登校拒否というような特技を時々使う。子供も猫も痛い目にあいながら、いろ

んな事を学び素晴らしい大人になっていくのだろう。学校に行かなければ、ヒマだろうと思

われるが、ヒマを生かす知恵を身につけている。昔の子供は地域、近所の結びつきも強かっ

たが、今の子供は、学校でつまずくと行き場所がない、窮屈な世の中を生きている。

志らく君はアクセクしないのがモットーらしい。


 この家族、志らく君が明日漢字のテストがあると聞くと、夜遅く勉強しているそばで、自分達も寝ていられないと、じいさん、ばあさん、へんくつさんの三人が無言で花札をする。

「ばかニャー。」とティコちゃんが怒鳴ると、思わず

「猪鹿蝶~」と叫んだ。ん・・・、猫は出てこないの。十二支ではねずみに騙されて猫の出番がない。人間とともに長い歴史を重ねてきた猫ではあるが、イジケた顔つきになっていくはずだわ。


 そんなある日の図画の授業参観。

「かわいい動物をたくさん書きなさい。かわいい動物 かわいい動物 かわいい動物 かわいい動物 かわいい動物 かわいい動物・・・。どこまでも続く・・・・・。これを見たへんくつさん。

「お見事!さすが志らくは目のつけどころが違う。」

「・・・?」

ティコちゃんが一番に出てくるのかと思いきや・・。なんとまあ、理解に苦しむ親子である。


  ここで下手なダジャレをとばす、じいさん到来。

「へたこ、ばあさんは?」

「お昼寝してる。」

「いびきをかいてるんか。へんくつ君は?」

「テレビ見てる。」

「あぐらをかいてるんか。ティコは?」

「今日は、猫ちゃん同窓会で今頃みんなの前で歌うたってるよ。」

「ティコは恥をかいてるんか。」

なんと志らく君のおかげで、当日は大恥をかいたのである。

[ねこのかつおぶしおどり]ティコちゃん で同窓会の幹事に提出していたのを、

志らく君が勝手にめくりを、[つ][ぶ][し]の部分だけマジックで、ぬりつぶしていたのだ。

[ねこのかおおどり]ティコちゃん となっている。

あんなに踊りの練習をしたのに・・・。申すまでもなく、本番は猫の顔の道具だけが、動いたのである。あとで、志らく君のイタズラである事が判明した。

やがて夕方になり

「ティコ~今日の歌、みんなの反響どうじゃった?」

「言えない・・・。」

「いえないって、家があるから帰ってきたんじゃろうが。ティコ、もしかして初恋の猫

見て緊張したんかのお?」ティコちゃん、ドキッ!

ここで、へたなじいさんの詩がはいる。

(校庭に佇みて 夢はさめても 慕情は醒めず 届かぬ猫の恋路かな)


 成績の事では、一切とやかく言わないし自由にさせているへんくつさん。志らく君の堂々とした態度に人知れず尊敬している。なんといっても銀行強盗と聞いただけであまりの気の弱さに大失敗するへんくつさんゆえに・・。

 成功者というのは、子供の頃、勉強せずにイタズラばかりしていた、という話しを聞いた事があるので、将来働かずに志らく君のお世話になろうかなと考えてる、まるでだらしのない男である。それだけではない。当家は9時半が門限になっている。猫といえども門限を破ると家には入れてもらえない。先日などは、隣の家の猫のようこちゃんと猫のかつお節踊りの練習をしていたので、遅くなり慌てて帰っていると、人気ひとけのない夜道で、顔に懐中電灯をあて、「もし・・・。」と恨めし気に呼ぶのである。気の弱いティコちゃんは体じゅうにトリ肌が立ち、腰が抜けてしまったのだ。そのはずみで転び顔をうち、目のまわりだけ、猫がパンダになりました。なんとよく見ると、へんくつさん。ただでさえ短い猫の寿命に一段と寿命が縮んだ。猫の一生はアッと言う間に過ぎそうです!

あんな男でも、名門国立大学に行けるぐらいなら猫でも行ける。おかげで門限には間に合わず、当然その日は外で、えさもなく虚しい朝をむかえたのである。

だいたい猫にまで門限を作るのはおかしい。ティコちゃんのえさ代をうかせようとしたのだ。けちべいが考えそうな事だ。セコイあいつを打ち負かすには褒めるしかないのかもしれぬ。

「物を大切にされてますね。」

なんていえば、ますますケチに磨きがかかる。

 自分が楽をして、それで甘い汁を吸おうと思う、そのような「だし惜しみ」の根性では、豊かなるお金は出てこないのであります。真のお金を得ようと思えば、愛と知恵と生命を与えきるぐらいの覚悟が必要

お釈迦様は物質的には何不自由ない王宮で生活されていたにもかかわらず、そこから出家し、敢えて苦行の道を選んで悟りを開かれた。物に執着する心は苦であると説かれました。


 敵を進んで無視する事によって、ティコちゃんは強者となるのだ。

苦悩を去るには、愉快をもってくる事にする。

♪あ~こりゃこりゃ、かつお節~。うまいやっちゃ、ごっついやっちゃ、すっごいやっちゃ、でっかいやっちゃ、あ~猫のかつお節♪


 孫に媚びを売る、まるで尊敬のしようがないじいさん、再び到来。

「志らく、年寄りの知恵を伝授しようと思っての。成績の上げ方、教えたるわ。」

「どうするん?」

「問題用紙ばかり見てるから解けんのじゃよ。解答用紙をずっと見るんじゃよ。」

「・・・?」

「前の人のかいとう用紙、隣の人のかいとう用紙、斜めの人のかいとう用紙、ちゃんと

書いとう人の用紙じゃよ。人生は前向きで生きてると、いい事がある。特に解答用紙が

よく見えるぞ。」

「お見事!」

関心したような表情で拍手するけちべい。この家には、つくづく不思議な生き物達が生

存している。いちいちムカついていたら、この家ではやっていけないティコちゃんなの

です。

 しかし考えてみれば、このわけのわからない夫婦も、いつも志らく君に

「世界一の孫、生まれてくれてありがとう。」と言っている。命を大切にしてるんだ。

猫にはまるでそうでもないが・・・。とまあ、これは猫の愚痴ですけど。


 今日は志らく君の体育祭。へたこさんが用事で行けない為、ティコちゃんとじいさん

が行く事になった。

 明るい日曜日の青い空、かけ声の山彦が里を駆け巡る。

じいさんの心の中。

靴屋のおっさんが隣に座ってる。今度、靴買いに行くんじゃが、まけてくれとは

言いにくいしの・・。

おっ、次は志らくが走る番じゃ。・・・ん、そうじゃ。

「志らく、頑張れよ、まけれよ~、まけれよ~。頑張ってまけれよ~。お~、かけ声は

腹筋につながるの。」

志らく 「・・・?」

おっさん「・・・。まけれよ?そらないで。高い靴仕入れとりまんねん。よう勉強させ

てもろうて、売っとります。」

  ↑この人、大阪出身

さすがけちべいの夫、じいさんにいつの間にか、類を以て集まるの法則が働いている・・・。

結婚前は長所がみえ、結婚後は短所がみえ、意志の弱さで短所のみ吸収する。

ティコちゃんは思った。よそのじいさんは、孫から元気もらう為に参加するけど、うちのじいさんは、運動会でまわりを見わたして自分より年上探し、あの歳であれだけ元気なんじゃから、わしも、もうちと頑張った方がええのうなんて事考えて、前向きな高齢者に励まされるのが目的でくるんだから・・・。


 このじいさんはとにもかくにも酒好き。酒を飲ますとさあ大変。ななななんと、深夜になると不気味な歌を歌うのである。

「♪運がつかずに、霊が憑く~、なんの因果でやれ恐ろしや~♪」

だいたい幽霊というのは女に限っているのだが・・。

そのうえ、台所にある鍋やらフライパンをバックミュージックと言って、叩き出す始末。

「オオ、コワ!」猫が恐怖におののいている。


 今日はへんくつさんのお父さんが訪ねてきた。一応ひと通りの挨拶だけはする。

「ま~、ようこそいらしてくださったの。今日は良き一日じゃ。」

(初めに言あり。言は神とともにあり、言は神なりき)とヨハネ伝の冒頭にある。

神様は自由を与えられている。口では調子の言い事を言いながら、心ではへんくつさんのお父さんを歓迎していない。どちらかといえば自分が歓迎されたい人である。


 先日も内科医院の待合室にて、じいさん暇をもてあまし、あちこちポケットをさぐり、ゴソゴソしながら、テイッシュに財布に、目薬に、神社のお守りに・・・、人間は好奇心が強いから、待合室で待っている人達が、次は何を出してくるやらと見ているのだ。要するにじいさんは注目を浴びたいのである。

お医者さんに呼ばれれば、

「今日は何曜日ですか?」

「毎日が日曜、祭日。」

「・・・、今日は何を召し上がられましたか?」

「昨日と同じ物」

「昨日は、何を召し上がられましたか?」

「おとといと同じ物」

「3日前は何を召し上がられましたか?」

「4日前と同じ物」医者の心の中・・・もしかしたら認知かも・・

「栄養バランスの事考えて、ちゃんとした食事して下さいね。」

「わしが毎日食べてるのは、ご飯ですがな。先生もちゃんと米食べないとあきま

せんで。こめかみと言いまっしゃろ。米をよく噛むとかめばかむほど脳が発達す

るんですな。」とお世話になっている医者にもこの調子。

口だけは達者。ま、そんなことはどうでもよろしい。


 へんくつさんのお父さんは甘党で、じいさんは辛党、つまりは酒好き。以前にへんくつさんのお父さんが、

「猫を有名にした漱石先生はかなりの甘党だったとか。頭のいい人は糖分が必要なんでしゃろ。酒飲んで、うだうだしゃべってるだけの人とは、だいぶ違いまんな。」

「酒のどこが悪い。」

ま~、それからが大変だったのである。

江戸時代の人々はこうした好みの違いをおもしろく思い、菓子や酒を擬人化して戦わせる錦絵で笑いを誘ったというのに・・・。何事もユーモアが必要なようで・・・。

 

 要するに、じいさんとはうまがあわないが、見栄だけは、はる。

「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたの。梅の間がよろしおまっか。竹の間、藤の間、鶴の間もありまんねん。」

これはただ単に和室に掛けてある札を変えているだけ。

「よう考えたんですけども、あんさんはすぐお帰りみたいでっさかいに、つかの間がよろしおまっしゃろ。」と言ってしまったのである。

「そもそもへんくつ君のお父さんは・・・。」

何を言いだすかと、ティコちゃんがカタズをのむ。

「饅頭が好きである。」

「・・・。」

酒を飲む前から、じいさんがはしゃぎ出した。

「今日はバカに陽気ですな。」

「おお、わしは酔う気でいるんじゃ、今日は!」

うっぷんばらしに、ビールを飲んで軽トラを運転したので、猫とじいさんは運命共同体。

人をはねては大変と警察に通報。

「もしもしニャーニャー。じいさんを交通刑務所の豚箱に入れといて。」

「ここは、交通違反だけじゃなく一般の人も入ってるので箱一杯。」

ニャに・・・。刑務所での一般人というのはどういう人?

口から先に生まれたようなじいさんが、

「男は黙って、サッポロビール。」と叫んだのである。

「お巡りさん、わし今運転できんよってに、家まで乗せっててもらえんかの?」

「近いから歩いて帰りなさい。」

「トホホホホホホ・・・。」

まるで面白くもないのに笑いでうけようとしている。


 当家の一員でいると、ほとんどの日々がこういう内容。この家ではみんな自分だけがまともだと思っている。そのうえ、昭和初期にタイムスリップしたような我家ゆえ、暖房といっても火鉢だけ。近づいてティコちゃんの毛皮が燃えた。一枚看板ゆえ寒さが身にしみる。夏はけちべいに、うちわを持たされるが、握る事ができない。

夏は骨の髄まで焼け、冬は骨の髄まで冷やすのを毎年繰り返していると、それは名刀を鍛えるのと同じであろう、さぞかし精神力の強い立派な猫が出来上がるのではないか、と思われるが、さにあらず!


 あれやこれやで、ティコちゃんの身がもたぬ。お寺のお坊さんに相談に行こう。

「カクカクシカジカ、コウコウシカジカ。だいたいこの家は、猫を厄介者だと思っている。人間というものは、時々ウソというものをいうそうだが、猫の世界には、ウソというものがありません。」

「ティコちゃんや。澄んだ水の中に魚が住めない、不平不満のないところには、人間の生活はないんだな。あれが嫌だ、これが嫌だと削ってばかりいると景色も殺風景になる。

心を変えていけば、一つや二つ嫌なことがあっても、今を幸せと思えば過去も未来も幸せになっていく。困難の中にこそ希望がある。」

おっしゃる通り。

「しかしな・・。あんさんとこのけちべいはん、ここだけの話しやけど、そろばんばかりはじきよる。法事を一遍にかためたら、お布施一回で済むとか・・・。坊主のお布施は、できるだけ、少なく少なくと見積もる。こちらはできるだけ、多ければ多いほどいい。欲が深くて知恵が浅いから困る。ティコちゃんの苦労もわかるぞ。」

するとお坊さんは、豪快に笑ってから、声を落とし指で自分の頭の上でうず巻きを描き、

「けちべいはん、ありゃ、少しコレなんだよ。」ティコちゃんがおおいに笑った。


 どこか遠くで、けちべいの厳しい声がとんでくる。

「ティコ、鼠が走りまわってるで。寝てばかりいないで、少し家の役にたちよ。」

自分のことは棚にあげて猫に怠惰の評価をくだすのである。

考えてみれば、猫とは寝てばかりいる動物だと思われている。事実寝てばかりいる。だから退屈に強いかと言うとその逆である。人間には認知されていないが、猫ほど退屈が我慢出来ない動物というのは他に見当たらない。そういう点からいえば、当家は相当刺激になっている。

徳川光圀は“苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし”と苦を説いている。とかなんとか言いながら、隣の猫のようこちゃんが羨ましい。


 ここで簡単にようこちゃんを飼っている、伝兵衛じいちゃん、とめばあちゃんを紹介しよう。品位は年と共について、高士の風を備えているし、歯も達者、(口が達者なじいさんとは、かなり違う)目もご自慢。いつもニコニコして気のいい夫婦だ。早寝早起きお天道様に日々感謝しながら質素に暮らしている。二人共、家が大変貧しかったので、小学校中退で、日雇いの仕事と農業をしながら、若い日々を送ったそうな。自分の置かれた境遇を恨む事なく、感謝だけで生きている夫婦である。欲がなく正直で、仏さんを絵に描いたような善人だ。二人にとって学校に行くことが夢だったので、自分らの子供達はちゃんと教育を受けさせたいと、親元を離れて都会で勉学に励み社会に出ている。

ティコちゃんも教育というものを受けてみたい。猫に小判はわからないが、猫に教育なら理解できるかもしれぬ。ただ猫背にランドセルが背負えるかどうか・・・。やはり姿勢は正さねばならぬ。それはともかくとして、今は二人暮らし。

 ようこちゃんは二人の僅かな年金生活の中でも、至れり尽くせりの生活をさせてもらっている。冷暖房完備、最高のキャットフード。


 ティコちゃんが当家を出る事に決めた。猫ゆえ大した荷物などないので、背中に風呂敷包みをちょいと背負い、玄関を飛び出した。 ようこちゃんちに決めたのである。別に招待などはうけていないが・・。同じ猫だと思われては都合が悪いので、じいさんの持っていたバリカンでカットを決めた。バリカンは頭に45度の角度であて、斜めに小刻みに刈るのが基本。猫のトラ刈りはさまにならない。キリストは(なんじの敵を愛せよ)と言ったが愛したくない敵もいる。さらばじゃ、けちべい、いくべい、あっかんべい~。


 ま~、隣家は快適、快適。夕方散歩から帰ってくると、伝兵衛じいちゃんと、とめばあちゃんが体を拭いてくれ、テーブルにはご馳走。お陰でようこちゃんとティコちゃんはぶくぶく太り、お二人は粗食ゆえスマート。

でもよく考えてみれば、こういう生活に慣れてしまうと、大事にされすぎてそれがかえって自然に備わっている猫の力を失わせてしまうのでは・・・。猫は弱い存在だから、人間がかばってやらなければと、蝶よ花よと育てることが、猫をさらに弱くするのかも・・・。もし、二人が先に亡くなったら、ティコちゃんは生きていけるかどうか・・・。

イギリスのことわざに、 “心配は猫でも殺す”というのがある。


 でもよく考えてみれば、苦労あってこその人生。けちべい一族のように、ヘンテコな家族に四苦八苦させられてティコちゃんが振り回されているが、悩みは自分を磨いてくれている。名刀も磨かねば光らぬ。伝兵衛じいちゃんもとめばあちゃんも神様のような人だけど、平和すぎてごろごろだらしなく寝ている、猫二匹。宴の日々はいずれ飽きるかも・・・。


 外で、フライパンをたたく音。

「ティコ~、ティコ~。」

ニャ、ニャ、ニャんと、あれに見えるは、けちべい一族。みんなでティコちゃんを探していてくれてたんだ・・・。

猫がいなくなったというピンチになれば活躍するんだニャ~。


 よくよく考えてみれば、けちべいは、一番感受性の強い多感な時期に貧乏して、ただ働くだけだったから、貧乏人生観になったらしい。安心してご飯が食べれるのが目標だったみたい、というなんとも寂しい話。けちべいを見ていると一世紀を余裕で生きるとみた。ある意味、そういうわけのわからない背中からティコちゃんもなにかを学ぶことがあるのかもしれぬ。まるで尊敬できないけちべいも、ティコちゃんの事一生懸命に好きだったんだ。じいさんは一番上と二番めの兄貴を戦争で亡くして、それから寂しさをまぎらすために酒におぼれていったみたい。へたこさんだって、料理はへたでも、ティコちゃんの健康を考えて、キャットフードに養命酒をかけた朝食から、猫は一日をスタートしていた。へんくつさんだって、猫なら口が固いだろうと、養子にきて人に言いたくない悩みを、ティコちゃんにだけはうちあけてくれた。志らく君は学校に行きたくない日は、「大宇宙を見よ。」と一人と一匹で夜空を見上げたもんだ。

猫といえども不義理な事をしてしまいました。

ティコちゃんも人間同様、孤独は猫の心を痛める。あんな家族でもいるだけで、いい存在と思うことにする。孤独を回避し緊急時のお助け部隊と思えば、ただただありがたい。

やっぱり、これからはズーとこのヘンテコ一族と暮らしていくことにする。

 嫌だ嫌だと思っていたけちべい一族も、遠くへ行かなければならなくなってみると・・・?(隠れて隣にいただけだけど)むしろ懐かしく故郷のように感ぜられる。


「ティコがいたぞ♪」

猫を囲んでやれくしゃみした、泣いた、笑った・・・?、と大人四人と子供一人と犬一匹がはしゃいでいる。いつもの猫がいつものように、そこにいるというだけで結構癒されていたんだなあということに気がついた。

「ティコがいるだけで、ただただ幸せです。ただただ感謝です。」とけちべい。

けちべいは単に、ただが好きなだけ。


 このように時には小さな争いが起こることもあるが、おおむね平和で、取り越し苦労をせず、縁側で一匹の猫がすまして座っている。申すまでもなくそれはティコちゃんでありまするが。

一度きりの人生、本日も、敬虔な心持になる生活習慣をもっている猫が、顔に似合わず毒舌を日々申しあげて候。という事で、猫がトリを務めました。  







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[良い点] 読めば読むほど味が出る、それこそカツオブシの風味の御話でした。 あちこちに散りばめられたことわざや秀逸な表現。そして、味の強い家族に囲まれながら生きている猫という役目を背負ったティコちゃん…
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