昔の仲間達
バルダーたちが帰ってきたのは、クロエが協会から帰って少ししてからのことだった。
冒険者協会で言伝をきいたバルダーとゲンブは、次の日は休んで、その翌日の午後に〈魔法屋クロエ〉へと足を運んだ。
クロエは迷宮にはいるための準備をしていた、できるだけ身軽にしていかないとポル爺を運ぶ籠が持てない、それに自分と二匹の猫の食料と飲水も必要だ、困ったと思っていたら店の扉が開きメランダが入ってきた。
「クロエいる?」
「メランダかい? 奥にいるよ」
メランダはポルポルの入る籠を持ってきていた。
メランダはあれやこれやと、籠の説明をクロエにした。
「クロエ、自信作だよ、背負いも横がけもいけるんだから」
「こりゃべんりだね、すまないね後で取りに行こうかと思ってたんだ」
「いいの、いいの、はやく見せたくて持ってきちゃっただけだから」
籠は格子の三分の一ほどが革で作られていて、背負っても横にかけても体にうまいことなじんだ。魔道書をいれるとこも二つ横についている、上には小物が入るようになっていて、区切りがしっかりとされており、物同士がぶつかって音が出ないようになっていた。底の下には飲水の革袋をいれるとこがあって、落としても衝撃をやわらげる事ができる。
「メランダ、良い仕事するじゃないか」
「まぁね、だてに道具屋なんてやってないさ」
メランダはちょっと得意気に答えた。クロエはメランダに代金と、店の合鍵が入った袋を渡した。一瞬悲しそうな顔をして、メランダは袋を受け取った。籠を確認していると店の扉が開かれ、今度はバルダーとゲンブが入ってきた。
「じゃまするぞ、クロエいるのか?」
バルダーは盾役もこなす体格の良い男だ、髭をはやし、夜道であうと盗賊か何かかと、間違えそうな見た目をしている。中身の方は慎重で、勇敢な人間ではあるのだが。
「これは……以前よりごちゃごちゃしてますな」
ゲンブは細身の筋肉質の男性で、力よりも素早さに重きをおいて戦う。実力はかなりのものだが中身のほうは、すこし慎重さが足りてない自惚れ屋だ。
「バルダーかい? こっちだよ」
二人が歩いておくに行くと、クロエとメランダが籠で何かしているのが見えた。
「なにしてるんだ? 変わった籠だが」
「ですが使いやすそうな籠ですな」
「なんだい、久しぶりにあってそれかい」
「そうだよ、ほんと気の利かない男たちだね!」
ゲンブはあらかさまに目をそらし、バルダーはやれやれといった顔をして答えた。
「お世辞なんて、柄じゃねぇよ」
「まぁいいじゃないかメランダ、お茶を入れるから座ってまってておくれ」
「お、ポルポル元気そうだな、黒いのは見たこと無い猫だな」
「久しぶりですな、ポルポル、それになかなか良い面構えの黒猫ですな」
『にゃう』
ポルポルと寝ているナーニャを見て微笑ましく思い、二人はポルポルが元気そうで嬉しかった。猫とはいえ二人にとって戦友のようなものだ。
「黒いのはナーニャだ、ポルポルの弟子みたいなもんさ」
「ポルポルの弟子か、そりゃ期待できるな」
「そうですね、シロッコとポルポルは、とても優秀な迷宮猫でしたからな」
「シロッコはとても優秀だったよ、ゲンブよくわかってるじゃない、それで迷宮猫って?」
メランダが聞き慣れない言葉に聞き返した。
「ほらいろんな部隊が猫つれていいってるだろ? 最近は誰が言い出したか、迷宮にもぐる猫を迷宮猫って区別するようになったんだ。」
「へぇー、じゃあポルポルもナーニャも迷宮猫だね」
「そうですな、シロッコとポルポルなんかは優秀な迷宮猫でしたな」
クロエは奥でお茶えお入れながら、初めて聞いたと思った。
(迷宮猫か、そのまんまだね……)
バルダーとゲンブの二人は、箱座りしているポルポルと寝ているナーニャの頭をなでた。お茶が入り四人は久しぶりの再開に話がはずんだ。それぞれ近況をはなし、クロエは本題に入る、猫達の話をし自分の思っていることも話す。
「まぁ、そういうわけでね、今度もぐるときに同行させてもらいたいのさ」
「そうか、まぁクロエの腕なら問題はないが、七十九階までは俺達でもめったにいけないぞ」
「そうですな、最近は七十五階くらいまでしか、もぐれていませんからな」
「みんな囁きに、精神けずられちゃうもんね……」
バルダー達にむりはさせられない、七十五階以降をどうにかするひつようがあった。
「クロエ、もぐるのは五日後だ、七十五階まではなんとしてでも連れて行ってやる、だがそれ以降は保証できない」
「ああ、十分だ、迷惑かけてすまないね」
「なに、何度もクロエには助けられた、お互い様だ」
「そうですな、またクロエと、もぐれるとは思っても見ませんでした」
「みんな、無理して死なないでよね」
三人が帰るとクロエは、持っている魔道書を一つひとつ確認していった。
なにか役に立つ魔法があるかもしれないからだ。
クロエの愛用の魔道書の一つ[フルフルの魔道書]は暴風と雷を扱える。魔物に対しての攻撃手段にこの一冊は欠かせない。
[バルバトスの魔道書]は猫達の声を聞くために必要。猫の話の内容がわかるのと、分からないのとではm大きな差があることをクロエは知っている。もっていけるのはあと一冊だ。
売り物にしていたものも、お蔵入りになっていた魔導書もみていくと、ようやく使えそうな魔道書をみつけることができた。
[バラムの魔道書]は、ほとんどの魔法が、生け贄を要求するものだった。売り物にも出来なくてお蔵入りした魔道書だったが、一つだけ生け贄が必要でない魔法が、使用者を見えにくくする不可視の魔法だった。過去と未来を見るなんてすごい魔法も示されていたが、それも生け贄が必要だった。
大抵の魔道書の強力な魔法は、生け贄を要求しているものが多い[フルフルの魔道書]では異性の心を支配して、好きにできる魔法が生け贄を要求している。
(この不可視の魔法なら、うまくいけば一人でもいけるかもしれないね……しかし物騒な魔導書だね、使い方によっては危険だよ)
クロエが魔導書を選び終わった時には、すでに夕暮れだった。ポルポルに餌をやるの忘れていたと、いそいで食事の準備を始めた。
ナーニャが起きて背筋を伸ばすと、短く鳴いた。
『おきたかい、ナーニャ』
『よくねたよポル爺、昨日鼠が宿にいて、あまりねむれなかったんだ』
『そうかそうか、よくやったの』
『そういえば人がたくさん来てたね』
『うむ、あるじの昔の仲間じゃよ、出発は五日後にきまったようじゃ』
『そうなんだ、楽しみだなぁ』
ナーニャは楽しみにしているが、ポルポルポルはナーニャを生きて帰してやれるかが不安だった。おいぼれの自分に比べ、ナーニャはまだ三歳になるかならない若い猫だ、犠牲には出来ないとポルポルは思った。あの八十階をみたからこその不安だった、ナーニャだけつれていったなら戻れるだろうが、あるじも一緒だとどうなるかわからない。
それでもあるじの願いを叶えるためには、老いた自分には難しい、ナーニャに助けてもらう他にないと、ポルポルは考えていた。
『ポル爺、ご飯時だし帰るよ!』
『ああ、気をつけて帰るんじゃよ、また明日の』
『うん、じゃあまた明日』
椅子から降りると、ナーニャは軽い足取りで〈魔法屋クロエ〉から帰っていった。