クロエの悩み2
クロエは自分の店から出て鍵をかけると、かつての仲間だったバルダーとゲンブの部隊が所属する冒険者協会へと足を運んだ。彼らの家に行っても居るとは限らない、迷宮にもぐっているのか協会で調べるためだ。
冒険者協会は冒険者の迷宮への出入りの管理や、仲間探しの手伝い、宝物の買い取りや委託販売など、荒くれ者には難しいところを手助けしている。
協会にはいると広間があり、奥に受付の窓口が三つ並んでいる。クロエは窓口に近づくと受付をしている女性に話しかけた。
「すまない聞きたいことがある、バルダーとケンブのとこは、いまどこにいるんだい?」
「バルダーさんですか、たしかかなり前にもぐったから……」
受付の女性は、迷宮の出入りの台帳をめくっていく。
「もぐって十五日たってますね、明日か明後日にはもどってくるはずです」
「ありがとう、戻ってきたらクロエが探していたと、つたえてくれないかい?」
「はい、クロエさんですね、バルダーさんには必ず伝えておきます」
「たすかるよ、よろしくたのむよ」
クロエはふところから財布をだして、銀貨を一枚置くと協会をあとにした。午後はけっこう暖かい、風も弱くローブの色のせいか少し暑いくらいだった。店で待つ二匹の猫に、何か買って行ってやろうかねと、屋台を見て回る。
炭火で焼かれた何かの肉が、良い匂いをただよわせている。この時期は渡り鳥のミュッケがたくさん来る、売られている鳥のまるやきなんかはたぶんそれだろうと、クロエはおもった。
ミュッケはそれほど肉付きの良い鳥ではないから、あまり美味しくはない。屋台を見て回っていると、豆と砂糖を煮たものを、小麦で作った生地で包んで焼いたものが目に止まった。
(たまには甘いモノでも食べさせてやるか、良い匂いだしね)
「これを三つおくれ」
「あいよ、お姉さん美人だね、おまけしとくよ」
「お姉さんって歳でもないんだがね、ありがたくいただくよ」
屋台の店主は、はばのひろい乾燥させた柔らかい葉っぱで四つくるむと、クロエに手渡した。
(あまくておいしそうだね、ついでだからメランダにもあっておこうかね)
かつての仲間のメランダは、クロエとおなじく冒険者を引退したあと、道具屋を開いている。
代金を払いクロエはメランダの道具屋へ向かって歩き出した。包みから甘い匂いがただよってきて、ほんのすこしクロエの歩みを早めた。
メランダの道具屋の扉を開けると、色々な道具がごちゃごちゃと、ところ狭しとならんでいた。自分の店も人のことは言えないけど、酷いねとクロエは思った。
「んあ、クロエじゃない、ひさしぶり、それになんか甘い匂いがするぞ」
「めざといじゃないかメランダ、さっき買ったばかりだ、お茶を入れておくれ」
あいよと答えると、メランダは鍋で湯をわかし始めた。
メランダは三十二歳になる女性で、シロッコという猫と共に、クロエと同じ部隊で斥候をしていた。赤毛の短髪ですこし男っぽく、がさつに見えるが職業がら繊細で、当時はとても優秀な斥候だった。
シロッコは去年の冬に亡くなってしまったが、メランダは新しい猫を飼ってないようだ。長年連れ添った猫を失うのは、とても悲しいことだろう。新しい相棒を飼うのが怖くなったのかもしれない。
しばらくしてお茶がよういされ、クロエもお菓子を包みから二つ出した。まだ温かく、薄っすらと湯気が立っている、中の豆はまだ熱いのだろう。ひとくち食べると少し甘い生地のなかから、あつあつの甘い煮崩れした豆があふれ、舌を喜ばせた。
「なかなかおいしいじゃないこれ」
「そうだね、おもったよりおいしいね、生地も美味しいよ」
クロエとメランダは最近あったことなどを話し合った。久しぶりに親友と語らい、お互い昔のことを思い出し懐かしくなった。
「それで、クロエがくるってことは、なにかあるんでしょ?」
「そうだね、メランダ聞いて欲しい」
クロエは迷宮の八十階のこと、ポルポルとナーニャの話のことをメランダに話して聞かせた。ナーニャが迷宮にもぐって、ぶじに帰ってきたことも話した。メランダはとても感心した、猫を相棒にしていただけあって、猫が人が思うよりも賢いことを知ってはいたが、そこまで賢いとは思っても見なかったのだろう。
「それでか、でもポルポルももう老猫でしょ? 大丈夫なの?」
「それは考えてるよ、ポルポルは籠に入れて運ぶよ、それにナーニャには素質があるからね、きっとうまくいく」
「クロエ……無理して死ぬんじゃないよ、必ず帰ってきてよ」
「メランダわかってる、でも、もし私が帰ってこなかったら、店のほうをたのみたい」
メランダはクロエを止めたかったが、クロエのジョシュアに対する想いも、悩んでいることも知っていたため、何も言えなかった。
「わかった、まかせといて、ポルポルの籠は私が作るよ」
「メランダありがとう、明後日にまたくるよ」
クロエとメランダは抱き合うと、背中を軽く叩き合った。クロエが帰ると、メランダは丈夫な籠を選び、ポルポルが疲れないように細工を始めた。疲れにくく丈夫で、居心地が良い籠を、クロエが背負ってじゃまにならず動きやすい籠を作ることにした。
店に帰ったクロエが、猫はどうしているかといつもの椅子の上をみると、ナーニャとポルポルは二匹で丸まって眠っていた。さっき買ったお菓子をたべさせてあげようと袋から取り出した。
ナーニャは何か甘い匂いに誘われて、目を覚ました。ちょうどクロエが戻ってきて、包みからお菓子を出し二つに割って皿に置くところだった。
「めがさめたかい、さぁおたべ、おいしいよ」
『にゃー』
ひと鳴きしてナーニャはポル爺を起こすと、二匹でお菓子を食べた。クロエは魔導書を開き、呪文を紡ぐと二匹の鳴き声が人の言葉に変わりだした。
『ポル爺、これおいしいよ、初めて食べたよ』
『うむ、はじめてたべたの、長生きはするもんじゃ』
『甘くておいしいよ』
クロエは食べ終わるのを待って、二匹に語りかけた。
「ポルポル、ナーニャ、よく聞いて欲しい、昔の仲間が帰ってきたら連絡をとって、次に迷宮にもぐるときに、いっしょにいくことにした。ポルポルはつらいだろうけど一緒に来てもらうよ、ナーニャあんたもついてきな。」
『ねぇ、ポル爺、クロエ迷宮にいくの?』
『あるじは、きめたんじゃな、ナーニャすまぬがついてきてはくれんかの』
『ポル爺もいくの?』
『ああ、もちろんじゃとも、あるじが行くならわしも行くのじゃ、おいていかれたらかなわんわい』
『じゃあ、ナーニャもいくよ!』
「すまないね二人とも、私のわがままを許しておくれ」
ナーニャはポル爺と、迷宮に行けることがとても嬉しかった。
ポル爺もクロエと一緒に行けるのが嬉しいのだろう、少し嬉しそうだとナーニャには見えた。ポル爺はあるじがやっと、悩んできた事が終わるかもしれないと、自分のしたことで悩ませてしまった事をずっと気にしてきた。
もしかしたら全て解決して、あるじも悩みから開放され、幸せに生きることが出来るかもしれないと考え、うれしくなっていたのだ。
いつになるかわからないけど、早く迷宮にいきたいと思い、また明日来ると言って、ナーニャは〈赤い狐亭〉へ帰るのだった。