クロエの悩み1
スタンリー達が帰りの冒険者と出会うまで、二日ほどかかっただろうか、一行はいくらかのお金を支払い、地上まで同行させてもらえることになった。同行させてもらった部隊は、十二人ほどの熟練の冒険者達で、くもなく地上へと脱出することが出来た。ナーニャは安心だったが、途中で引き返したことが残念とも思った。
〈シャルミラーノ〉についたスタンリー一行は、同行した部隊と別れ、重い足取りで〈赤い狐亭〉へと向かった。冒険者達は表から入り、ナーニャは裏口の方へ回る。裏口から除くと、ロドリゲスがいそいそと料理をしていた。
少し疲れた声でひと鳴きすると、ロドリゲスが気づき声をかけてきた。
「ん、クロ! お前どこ行ってたんだ! コルネ! コルネ! あんま心配させんなよ」
ロドリゲスはコルネを呼ぶと、ナーニャにご飯を作り始めた。すこししてコルネが厨房に顔を出した。
「なーに? お父さん?」
「クロがかえってきたぞ!」
「えっ! ナーニャ!」
コルネはナーニャを抱きかかえると、すりすりと顔をすり付け、ナーニャは喉を鳴らし、コルネ達との再会をよろこんだ。
「ナーニャ! どこいってたの? 心配したんだよ?」
『にゃー』
「うーん、ちょっとやせたかな?」
コルネはナーニャが、怪我をしてないか全身をしらべると、ほっとした顔になった。ナーニャはくすぐったくて、前足でコルネの手を掴むと、指を甘噛した。それでもコルネはナーニャを、わしゃわしゃして可愛がった。
ナーニャがこんなに長い間、いなくなることはなかったため、コルネはとても心配していた、いつからか居着いた猫だったが、寝るときはいつも一緒なので、ナーニャがいなくてとても寂しかったのだ。どこかで怪我でもして帰ってこれないのかもと、辺りを探したりもした。
ナーニャは迷宮からかえってくるのに、七日くらいかかっていた。ロドリゲスが、お皿にご飯をのせ持ってきてくれた。鳥のもも肉が大盛りになっていて、いつもより豪華な食事にナーニャは喜んだ。
お腹いっぱいになったナーニャは、いつものようにひと鳴きすると〈魔法屋クロエ〉に向かって歩き出した。しばらく歩くと、大通りの木箱の上にどら猫のメケがいた。
『お、〈赤い狐亭〉のクロじゃねぇか、最近見なかったな』
どちらかというと見ないのは、メケのほうだとナーニャは思った。
『迷宮にいってたんだよ、あとナーニャだよ』
『ああ、そうか、んでどうだったんだクロ?』
『半分くらいはもぐったよ、大きな猫におそわれてかえってきた。 あとナーニャだってば』
『そりゃやばいな、まぁ無事で何よりだ、クロ』
どら猫のメケは、ナーニャをナーニャと呼ばない猫だ。何度言ってもクロと呼ぶ、猫同士話が通じないのも困ったものだとナーニャは思った。
ナーニャはメケと少し話すと、いつものように〈魔法屋クロエ〉の猫用の入り口をくぐると、奥へと進んでいく、ポル爺はいつもの場所に目をつむって座っていた。今日はクロエも椅子に座っていた。
「お、ナーニャきたね、ずいぶん久し振りだね」
『にゃーん』
「少しやせたみたいだけど、元気そうで何よりだ」
クロエは立ち上がると、奥へと行った。
ナーニャはポル爺の横にいくと、顔をすりつけた。
『久しぶりじゃの、どこへいっておった?』
『ポル爺、迷宮にいってきたよ』
『ほほう、迷宮とな、ナーニャは好奇心旺盛じゃの』
『まぁね、でも四十五階くらいで、冒険者が怪我しちゃって戻ってきた』
クロエは二匹のおやつを持ってきて、二匹の前に置きカウンターの椅子に座ると〔バルバトスの魔道書〕を開いて、小声で動物の言葉を聞く呪文をつむいだ。
『おおきい黒猫がね、冒険者にかみついてびっくりしたよ、音も気配もなかなかみつからなくて、きづいたときにはすぐ後ろにいたんだ。』
『黒豹じゃな、あれはわしらのように音もたてんからの、じゃが視線を感じたじゃろ?』
『うん、でもどこから見られてるのか、わからなかったよ?』
『黒豹は大抵うしろにいる、視線を感じたら後ろじゃ』
『そうなんだね、ポル爺! あとはね、おおきな蜥蜴にあわなくてすかったかも、いっしょに行った冒険者がたべられちゃう』
『大岩蜥蜴かの、あれはおおきいからの、剣もとおらんから魔法使いがいるのぅ』
『またいきたいなぁ』
『いけるとよいのぅ』
クロエは猫達の声を聞いて考えていた、ナーニャは素質がありそうだと。かつて迷宮にもぐっていた時、途中で引き返した四人はまだ生きているし、そのうちの二人は今も迷宮に潜っている。
クロエが昔入っていた部隊は、部隊長で盾役のジョシュア、同じく盾役のバルダー、軽戦士のゲンブ、斥候のメランダ、魔法使いのクロエ、パウラ、治癒士のカーヤ、治癒士で弓も使えるカルロの八人で組んでいた。
八十階に行って帰ってこなかったのはジョシュア、カーヤ、カルロの三人だ。バルダーはいまも現役で、ゲンブと二人で部隊を率いて迷宮に潜っている。メランダは道具屋を営んでいる。
クロエはジョシュアに好意を寄せていたが、想いを伝えることもなく離れ離れになってしまった。ジョシュアがまだ生きているとは思ってはいないが、せめてどうなったのか知りたいという欲求は、心に残ったままだった。
(確かめたい、しかしこんなことで、老い先短いポルポルを連れて行って、恨まれたりないだろうかね……)
クロエは香草茶をいれて、口に含むとほんのりとした苦味と甘い果実の香りが、ほんの少し悩みを和らげてくれた気がした。
(やっぱり、バルダーとゲンブに頼んでみようかね、ポルポルにも悪いけど付き合ってもらおう、ひどい飼い主だとおもうだろうけど、許しておくれ)
クロエはちょっと出てくるよと二匹に言うと、何処かへ出かけていった。
『あるじは悩んでおるようだ、わしがあの時止めなければ悩むこともなかったんじゃろうか』
『八十階のことだよね、でも行ったら危なかったんじゃない?』
『それはそうなんじゃが、だからといって今のあるじが、幸せとは言えないんじゃよ』
『うーん、人間ってむずかしいんだね』
ナーニャにはポル爺が、少し悲しげに見えた。