【第08話】 稽古③
【前回のあらすじ】
大自然で動物たちと触れ合う主人公。
「──〈衝波/インパクト〉!」
ドンッ!
両足が地面に沈み、地表に亀裂が走る。
手応えアリだ。
(やった、成功だ!)
今回俺が使用したのは、
強化した筋力によって『外部』を破壊するのではなく、
放出した魔力によって『内部』から破壊する戦闘魔法、
名を〈波撃/インパクト〉。
こうした戦闘魔法は〈加速/アクセル〉や〈増強/パンプス〉のようにただ魔法回路を発動させればよいというものではなく、肉体でも同時に魔法発動に適した動きを実行しなければならないため、難易度が高い。
ぶっちゃけ成功率は、現段階で五十%程度だ。
(稽古で使うには不安だったけど、今回は二分の一の当たりを引いたぜ!)
完全に決まった。
俺の勝ちだ。
「喝ッ!」
そうした俺の気の緩みをかき消す様に、
師匠は吠えた。
ゾッと、悪寒が背筋を駆け抜ける。
(何をする気だ!?)
そして幸か不幸か〈知覚/タキオン〉で引き伸ばされた時間のなかで、
俺はその一部始終を『視て』いた。
まず腕。俺に〈波撃/インパクト〉を叩き込まれた師匠の左腕を覆っていた服が弾け飛ぶ。しかし衝撃は内部で爆発せずに、流れるように滑った。そのまま伝って、廻って、師匠の身体をぐるりと左腕から左肩、胴体、右肩、右腕へと駆け抜けて……
ズドンッ!
師匠の両足が大地に沈んだかと思うと、
俺は後方にブッ飛んでいた。
(……ッ!?)
ドンッ……、ドンッ……、ドンッ……
ゴロゴロゴロ……
宙を何メートルも飛んだ俺は、
地面に何度もバウンドしてからようやく停止。
まるで原チャに撥ね飛ばされたような激痛と衝撃。
頭が混乱する。
「……ッ! お、おえぇぇ! ぶぼげぇええええッ!」
そして吐いた。
さながら滝のように、盛大に今日の朝飯をブチまける。
酸っぱい異臭が鼻をつき、涙で前が見えない。
苦しい。内臓がシェイクされてる気分だ。
(ま、まさか……)
混乱する俺にも事態が飲み込めてきた。
(アレは、俺の〈波撃/インパクト〉を体内で循環させて、それを『反射』させて……)
いや、それだけじゃない。
この破壊力は、俺が打ち込んだ〈波撃/インパクト〉よりも威力が上だ。
おそらく反射の際に、師匠の魔力が上乗せされてるんだろう。
「ははっ、よもや『鎧通し』の術式まで身につけているとは、恐れ入ったぞヒビキ。おおかた某の術式を、見よう見まねで真似たというところか?」
肉体と精神。
二重の衝撃を受けて立ち上がれない俺に、
師匠が歩み寄ってくる。
「門前の小僧、習わぬ経をなんとやらか。しかしヒビキよ、努力は認めるが生兵法は大怪我の元ぞ。発勁術式に限らず、大抵の術式には返しの術式というものがある。使う相手と状況は、よく見定めるべきで御座るな」
師匠が立ち止まった。
それは俺の正面。
いまだ地面に突っ伏している不出来な弟子を、
見下ろす立ち位置である。
「ともあれ、だ。ヒビキ」
師匠が右手を伸ばす。
(あー、ダメだこりゃ。チクショウ、今回はいい線いったと思ったんだけどな……)
近づく死神の気配に、
俺は意識を刈られる覚悟を決めた。
ぽんっ。
「……うぇ?」
それなのに、後頭部に添えられたのは優しい感触。
顔を上げると、師匠は穏やかに微笑んでいた。
「……よくやった。とうとう某に、一撃を加えたで御座るな」
よく見ればその左腕からは、一筋の朱線が垂れている。
(と、通っていたのか……?)
どうやら俺の〈波撃/インパクト〉は、師匠にそのほとんどを返されたものの、血管の一本分ぐらいはダメージを残していたらしい。
「お、おぉ……ってことは……」
「うむ、お見事。これにて此度の試練、完了で御座るよ」
「……よっし!」
思わず、ギュッと拳を握りこんだ。
(よっしよっしよっしよっし! やった! とうとうやったぜ! URYYYYYYYYYYYY!)
豚尾がブンブンと躍ってしまう。
「いやまさか、稽古とはいえ某もこのような手傷を負わせられるとは、正直予想しておらなんだ。これが『勇者』の力の片鱗か、それとも転生者というものの性質なのかは如何とも判別しかねるが、それでもヒビキ、ようやった。誇って良いぞ」
「うっす!」
とうとうその場で拳を握り締めたまま飛び跳ね、豚尾がちぎれ飛ぶんじゃないかというほどに振り回す俺を、師匠は穏やかに見つめていた。
そのときだ。
「……あぁ……なんて妬ましい……」
ゾクリと、どこからか怨嗟じみた囁きが聞こえた。
「……ッ!?」
あまりの濃密な『負』の気配に振り返るが、
そこに人気はない。
あるのはただ、この窪地から外部へと繋がる穴道だけ……
「……いや、あれは」
違うな。
よく見ると穴道の側面には、
いくつもの細い線が平行に刻まれていた。
まるで『何か』が、凄まじい力で何度も壁面を引っ掻いたかのように……
「……何アレ超怖いんですけど」
ゾワゾワと全身に鳥肌が粟立つ。豚だけど。
「ふむ、またマリアン殿は稽古を盗み見していたようで御座るな」
師匠が嘆かわしそうに目を細めた。
「全く、稽古に混ぜて欲しいのなら欲しいとそう申せばいいものを」
その言い分はまるで、遊びに混ぜてもらえず拗ねてしまった子どもに対するそれだ。
「いやいや、あれはそんな可愛げがあるものじゃないですからね。ほとんど怨霊ですから」
しかもロックオンされているの、師匠ですからね。
怖くはないのだろうか。
「というわけでヒビキ。どうだ、そろそろマリアン殿にも術式の教えてを乞うてみては?」
「何が『というわけ』なのかサッパリ意味不明なんですけど」
「いやな、ああ見えてマリアン殿は、術式使いとしては某に劣らぬほどの超一流。師として、なんら不足ないと思うが?」
「……」
それはもはや何度目になるかわからない、
師匠の問いかけだった。
毎回ニュアンスこそ違うものの、ようは「少女だけが除け者なのは不憫だから仲間に入れてやれよ」と、そう師匠は俺に促しているのだ。
(ああ、確かに師匠の言ってることは、もっともだ)
筋が通っている。
合理的だ。
人としてなんら間違っていない。
それでも……
「……いや、いいっす。結構です」
俺は首を横に振った。
(わかっている。間違っているのは俺のほうだ)
でも──だとしても、俺は彼女を受け入れられない。
受け入れたくない。
「そうか」
チクリと胸に湧く罪悪感。
だがそれを上回る不快感で表情を歪める俺に、
師匠はただ頷くのみ。
師匠としても俺が承諾するとは思っていなかったのだろう。
早々に話題を切り替える。
「して、ヒビキよ。『次の試練』で御座るが──」
「えっ!?」
「む?」
先ほどとは違う驚きに目を丸くする俺に、
今度は師匠が怪訝な表情。
「どうしたヒビキ。そのような、鳩が面食らったような顔をして」
「え、いや、だって俺、師匠の課した試練をクリアしたばかりですよね? それなのに師匠が『次の試練』とか言うから……」
「うむ、相違ない。なにせお主はようやく、羽兼龍断流の『第一の試練』を果たしたのだ。なればすぐに『第二の試練』に取り組むは、某の一番弟子として当然の努めであろうが」
「……」
どうやら俺が無理ゲーだと思っていた難易度は、
羽兼龍断流ではイージーモードだったらしい。
全然スゴくない。
むしろできて当然。
(え? それなのにあんなに必死こいてたの? 浮かれちゃってたの?)
顔面の血液が沸騰するように熱い。
「そ、そうなんだ、ハハ……」
「む? どうしたヒビキ、泣いておるのか?」
「泣いてないですよ!」
仮に目から汁が滲んでいるとしても、これは汗だ。
しょっぱい心の汗なのだ。
「う、うむ? そうなのか……」
心外なことを言われて思わず鼻息を荒くする俺に、
珍しく師匠が引いていた。
「……ぬぅ。転生者とはいえ、童子の機微はわからぬな……」
「師匠、何ブツブツ言ってるんですか?」
「まあよい。してヒビキよ、次の試練であるが──」
◇◆◇◆◇◆
とまあそんなわけで、羽兼龍断流における最初の試練『師匠から一本とる』ことに成功した俺は、第二の試練として言い渡された『魔生樹の討伐』を果たすことになった。
で、わざわざこうして森の奥に赴いて、遭遇した魔獣とがっぷり組み合っているわけである。
『ギャァアアアア!』
「ぬぐぐぐぐぐぅ!」
いやまあじつのところ、こうしてストンプボアと力比べをする必要はないのだが。
それでも索敵系の魔法を習得していない俺は、魔獣に不意打ちをくらうまで、風下から迫ってくるその存在に気付くことができなかったのだ。
(あぁクソ、やっぱり戦闘系の魔法だけじゃなくて、他の魔法も覚えないとダメかなぁ)
悩ましいところである。
この魔法というもの、それを使用するには術者がそのための魔法回路を習得していることが前提となるわけなのだが、魔法回路の習得にはいくつかの制限がある。
その中でもっともわかりやすいのが、個人の魔力容量。
この世界の生物は個々にこの魔力容量が定まっており、
前世の知識に例えるなら魔法回路がデータで、
魔力回路がメモリーだ。
当然、メモリーの容量が大きければ大きいほど、
詰め込めるデータの量も増える。
逆に言えばメモリーの容量を超えたデータは、
絶対に『詰め込めない』というわけだ。
よって無数にある魔法回路の中から、術者は習得する魔法を各々の目的、資質、方向性によって、取捨選択しなければならない。
また魔力容量はそのほとんどが先天的な資質で決まっており、
訓練や秘薬などで後天的に増やすことも可能ではあるのだが、
それは先天的なものに比べると僅かなもの。
まあ中には何らかの偶発的であったり特殊であったりする条件や状況が重なって後天的に魔力容量が激増する例もあるにはあるそうなのだが、そうした特例を自分の身に想定するのは、あまり現実的ではないだろう。
だから俺は今現在の魔力容量だけで、
今後習得していく魔法を選ばなければならない。
そのため索敵などの探知魔法はたしかに便利ではあるのだろうが、他の候補と比べると、どうしても優先順位が低くなるため習得に及び腰になってしまうわけである。
『ギャルルルルルゥ!』
「調子に、乗るなァあああああ!」
そのような理由から探知魔法の習得を渋る俺であるが、
ではどんな魔法なら率先して習得するのか。
その答えがこれである。
「〈増強/パンプス〉!」
両手が塞がっているため、詠唱で魔法回路を発動。
一瞬にして両腕が膨れ上がり、獲得した怪力によって、
組み合っていた魔獣を容易く投げ飛ばす。
『ギャッ!?』
「おせェ!」
まさか巨躯の自分が宙を舞うとは思っていなかったのだろう。
落下して地面に叩きつけられ、目を白黒させるストンプボア。
魔獣が立ち上がる前に肉薄。
強化魔法が発動した豪腕で、ゴチュ!
頭部を叩き潰した。
「っシャア!」
探知などの補助魔法を後回しにしてでも、
俺が優先して習得しているのは、
こうした強化魔法。
師匠曰く、俺という豚鬼種はあまり細かい魔力調整を必要とする魔法回路を得意としていないらしい。
宙に躍る炎の球。
風を裂く氷の刃。
そういったいかにも『魔法』という魔法回路の扱いが不向きであると言われたときは、結構ショックだった。俺の先天的な固有魔法であるらしい『黒炎』も、とある理由から今は使用を禁じられている。
なにせ師匠曰く、
現時点での俺の保有魔力量は『そこそこ』らしいからね。
下手に出力があるぶん、魔法回路を暴走させたときの危険も高いとのこと。
よって今は不得手を避け、得意分野で魔力の扱いを習熟させる方針なのだ。
そして俺の得意分野といえば、
生来のこの種族的に頑健な肉体と、
それを土台とする各種強化系統の魔法。
たしかに『魔法らしい魔法』を使えないのは残念だ。
けれど『生来の特性を活かす魔法』という方針を得てからは、
そうした不満も呑み込むことができた。
岩をも砕く怪力。
大地を抉る疾走。
そんな前世の肉体では到底成し得ない超人じみた動きを、
実際に自分の肉体で行うというのは、
中々の感動であるし快感。
何より俺の性分に合っている。
「ところで」
完全に魔獣を仕留めたあと、師匠に習い、
たっぷり十秒ほどヒノクニ式の黙祷を捧げたあとで……
「……オイ。なんでアンタがここにいるんだよ」
背後に振り返る。
「っ!」
おそらく俺が魔獣に襲われたことに動揺したのだろう。
一瞬ではあったが、僅かに気配が漏れていた。
「出てこいよ。いるのはわかってんだから」
沈黙。
しばらくして……ガサゴソ。
「……て、てへ。来ちゃいました」
林の向こうから、ぎこちない笑みを浮かべる白髪紅瞳の少女が姿を現した。
お読みいただき、ありがとうございました。