【第13話】 地下迷宮
【前回のあらすじ】
怪異〈クビキリサムライ〉登場。
「あー……クソッ、やられちまったなぁ……」
思わず漏れた赤鬼の冒険者――ラックの呟きが、薄暗い洞窟に反響して呑みこまれていく。
上下左右を砂礫魔法によって成形された土壁で塞がれているため、天上からの陽光は望めない。壁に繁茂する〈ヒカリゴケ〉や、大気中の魔力に反応して発光する〈ヒカリイシ〉などの存在が、本来なら闇に包まれた空間を、仄かに照らし出していた。
おかげで最低限の視界は確保できる。
とはいえ照らされる未来が明るいとは、決して言えない状況だが。
「ったくよォ、まさか本当に〈迷宮創造〉とかいう、フザけた『古代魔法』が実在するなんてよー。おいロロクのジジイやぁーい、あれってたしか、伝承のなかにだけ存在する、伝説の魔法じゃなかったんですかねぇー?」
「ワシに当たるでないわ、ボウズ。気持ちはわかるが、こうして実際に体験しておることじゃ。信じがたくても認めにゃなるまいに」
地面に腰を落として魔法槌を肩に担ぎ、半ば自棄気味に問いかけてくる赤鬼に対して、こちらは好奇と興味が入り混じった表情で、古代魔法によって生成された〈地下迷宮〉の壁や床を調査する土精人――ロロク。
「いやそれにしても、まさか〈迷宮創造〉とは恐れ入ったのぅ。いったいどういう理論と術式で構成されとる魔法なんじゃ? 魔力そのものは地脈から無理矢理調達したとしても、これだけ高度で複雑な魔法式じゃ。通常の魔術理論では、構成も制御も不可能じゃろうて。となるとやはり、鍵となるのは〈遺跡〉の存在ということに……」
「あー、もしもしおじいちゃーん? 空気を読まずに知的好奇心を爆発させてるとこワリぃーんですけど、何かわかったことがあるんなら、ひとまず情報を共有しちゃあくれませんかねぇー?」
「……おぉっと、悪い悪い。酒と玩具に目がないのは、ドワーフの悪い癖じゃわい」
思案から戻ってきた土精人が、気恥ずかしそうに顎髭に手を伸ばす。
「で、ぶっちゃけどーなのよ。現状は?」
「最悪……の、一歩手前っちゅーところじゃのぅ」
たっぷりと蓄えられた顎髭をしごきながら、ロロクは状況を整理していく。
「まず前置きとして、やはり先ほどの奇襲はワシらの『足止め』が目的じゃったようじゃのう。これほどの大規模魔法じゃ。発動には、それなりの仕込みがいるんじゃろうて」
「チッ。ンなこたぁーわかってンだよ。で、問題はここからどうやって、ヤツらに吠え面かかせるかってことだろうが」
「まあ落ち着けボウズ。ワシじゃって、話ながら情報を整理しとるんじゃ。結論を急かすでないわ。……んで、じゃ。ボウズの言うようにまんまとあちらさんの思惑にハマったワシらじゃが、当面の問題は、あの〈迷宮創造〉に巻き込まれた仲間たちが、こうして『分散させられて』おることじゃろうなぁ」
ロロクの発言通り、つい先ほどまで戦場を共にしていた冒険者たち。
その姿が今は、直径三メートルほどのさほど広くない空間に、自分たち『ふたりだけ』しか見当たらない。
「ワシとボウズが一緒だったのは、魔法の発動時にたまたま近くにいたからじゃろうて。つまり他の者たちも運が良ければ、数人で固まったまま〈地下迷宮〉に散っておるじゃろう」
敢えて『運が悪かった』者には触れない。触れたところで彼ら置かれている状況が、好転するはずもないのだから。
「そこで気になるのが、どうして魔人教はこんな、わざわざ『手間のかかる真似』をしたのか――じゃな」
確実性を重視するなら、古代魔法などという反則級の手札を有している以上、わざわざ金等級を含む冒険者たちの相手をすることはない。先に〈遺跡〉に到達していた優位性を活かして〈迷宮創造〉を発動することで、魔人教は冒険者を寄せ付けない難攻不落の拠点を、安全に手に入れることが叶ったはずだ。
それなのにわざわざ彼らは自分たちの前に姿を現して、足止めをした。
さらに大規模魔法に巻き込んだにも関わらず、こうして『意図的に』冒険者たちを生かしている。
「詳しい魔法式がわからんうちは何とも言えんが、推測だけで言えば、ワシらを殺すつもりなら、ダンジョンを創り出す際にそのへんの壁にでも埋めておけばことは済んだはずじゃ。それをせんかったーちゅうことは、そこにあちらさんの、意図が隠れておる気がするのぅ」
自分たちのリスクを増やしてまで、冒険者たちを生きたまま地下迷宮に招き入れる意味。絶対に破れない柵のなかに、家畜を放り込む理由とは……
「……はっ。オレ様たちは、『贄』ってことか?」
〈迷宮創造〉もそうだが、魔法という奇跡の行使には須らく、魔力という対価が必要である。
そして魔力を奉じる際に、古よりもっとも有名な触媒――それ即ち、人間という魔力保有物質に他ならない。
「おそらく、の。なにせひとつの都市が誇る、選りすぐりの金等級冒険者たちが率いる冒険者と、王族直属の鬼士団じゃ。ヤツらにしてみりゃ、野兎が焚火に突っ込んできたようなもんじゃろうて」
「ヤツらの目的がオレ様たちの『殲滅』じゃなくて『捕獲』だったっていうんなら、地上での攻撃がどこか生温かったのも、そりゃ納得だわな」
古来より『生贄』とは、文字通り『生きたまま奉じられる』もの。こうして魔人教が自分たちに有利な〈地下迷宮〉に冒険者を引き込んだことも、それが目的なのだとしたら、説明がつく。
逃げられないよう、檻の中に閉じ込めて。
抵抗されないよう、バラバラに散らして。
一匹ずつ、着実に、確実に捕獲していく。
「……クソったれ! オレたちゃはヤツらにとって、ハンティングの獲物かよ!」
「じゃがまあ、それゆえに希望もある。仮にここまでの推測が正しいとするなら、他のみなもまだ、このダンジョンのどこかで生きておるということじゃ。じゃったら、ヤツらに捕まる前に、ある程度の数が合流できれば、あるいは――」
追い詰められたネズミは魔獣を噛む。
先ほどラックは自分たちの現状を狩猟のそれに例えたが、現実の狩猟においても、獲物が狩人に牙を剥くことは、十分に有りうることだった。
「――オレ様たちを舐めやがったこと、後悔させてやるぜ!」
「ん、その意気じゃ」
そこでロロクが会話を切って、薄暗い洞窟の奥に視線を向ける。今はまだ遠く離れているが、地下空間において土精人の五感を欺くことなど、大陸中のどの種族であっても容易ではない。
僅かに反響する足音。漏れ伝わってくる息遣い。何よりも自分たちに向けられた明確な敵意は、魔人教の刺客が迫っていることを、如実に知らせていた。
「そんじゃまっ、であれば段階を踏んでまずはあちらさんの出迎えに、応えるところから始めるかのぅ」
「お上品な宗教家どもに、冒険者流のアイサツを教えてやるぜ!」
伸縮自在の魔法槌を構え、戦鬼の笑みを浮かべるラック。その一方で金等級冒険者は、もうひとりの金等級冒険者が『敢えて口にしなかった可能性』にも気付いていた。
何故なら『生贄』とは、何かを得るための『対価』。
つまり〈地下迷宮〉を創造してなお、生贄を求める魔人教は、さらなる『何か』を企てているという可能性を――
(――ったく、とんだ特級クエストになっちまったな)
冒険者たちの戦いは、終わらない。
●
そうした赤鬼たちの推測通り、古代魔法によって創造された〈地下迷宮〉には、彼らとここまで行動を共にしていた鬼士団や冒険者たちが囚われていた。これは、そのうちのひとつの光景である。
「……うん、これでよしと。ひとまず、応急処置はしておいたよ」
そう言って昏睡状態にある金剛鬼――ゴードンの胸もとに治癒効果のある包帯を巻きつけ、一息ついてみせる一角鬼の青年――ホーリー。
「いやー、マジで助かったっスよ、ホーリーさん」
聖なる魔法を修めた聖鬼士の診断に、軽薄ではあるもののたしかに胸を撫で下ろしたのは、金剛鬼の部下にあたる長身鬼士――ドゥンだった。金等級冒険者の手当てによって、先ほどまで浅かった鬼士団長の呼吸は、徐々に回復してきている。
「ホーリーさんがいなかったら、うちの団長マジでヤバかったっスからね。正真正銘、命の恩人っスよ。あ、このことはちゃんと王子殿下にも『報告』するつもりなんで、くれぐれもうちの団長のこと、よろしくお願いするっス!」
「ははっ、まあ出来得る限り、善処させてもらうよ」
下手に勘ぐれば王族という背景を盾にした恫喝ともとれる長身鬼士の発言にも、白銀甲冑の聖鬼士は、爽やかな笑顔で応じるのみ。
(この程度の駆け引きで、動じる器ではないということか)
手慣れたやり取りは、流石ギルドの金等級と言うべきだろう。周辺に彼が愛でる蕾たちさえいなければ、その立ち振る舞いや在り方は極めて理想的な冒険者であるというギルドの評価に、相違はないらしい。
「お、どうやら終わったようじゃのう」
応急処置を終えた三人のもとに、この場に転送された最後のひとりである土精人――ガンツが合流した。治療に専念する彼らを置いて、周辺の調査へと赴いていた彼の持ち帰った情報は、残念ながら、その表情を晴らしてくれるものではない。
「……そうっスか。ジブンらは、籠の中の鳥っスか」
「まあまあ、そう気負ちしなさんな、若いの。こうしてワシみたいな年寄りがピンピンしとんじゃ。お前さんの仲間たちだってきっと大丈夫。それこそさっさと合流して、魔人教のヤツらに目にもの見せてくれようぞぃ!」
「僕としても、はぐれてしまった蕾たちが心配だ。仲間たちとの合流を最優先とする意見に、異論はないよ」
相談の結果は、赤鬼たちが出したそれと変わりない。けれど白銀甲冑の金等級冒険者は、さっそく行動を開始しようとした仲間たちを「その前に――」と、引き留めた。
「……? どうしたんっスか、ホーリーさん?」
「――みっつほど、確認しておきたいことがある」
美丈夫と表現するに相応しい聖鬼士の視線は、何事かと怪訝な表情を浮かべる、長身鬼士に向けられている。
「ひとつは、ドゥン殿の話に出てきた髑髏仮面たちのことだ」
「ああ、あのバケモンみたいなナイフ使いっスか。たしかにアイツは要注意っスね。それに団長の〈雷轟闘氣〉を難なく貫いた、狙撃手の魔力矢も――」
「いや、たしかにそれらも決して看過できない問題点であるんだけど、今挙げている論点はそこじゃない。彼女たち……でいいのかな? まあとりあえず彼女たちは当初、キミたち『鬼士団の前に』現れたんだよね?」
「――ああ、そうっスね。でもそれが何か?」
「いや、単なる事実確認だよ」
ピリリと、空気が引き締まる。
にわかに緊張感を帯びた冒険者と鬼士団の遣り取りに、自身の倍ほどもある鬼士団長を背負った土精人が、事態の推移を見守っていた。
「たしかにそれだけだと、たまたま起きた『偶発的な戦闘』なのかもしれない。けれど彼女たちは終始、冒険者のことは懲罰使徒に任せて、鬼士団だけに固執していた。このことからも彼女たちの目的が、最初からキミたちだったことに疑いはない」
「ま、たしかに鬼士団は任務で魔人教とはそれなりにモメてますからね。ジブンには思い当たる節はないっスけど、逆恨みされる理由には事欠かないっス。あの子たちは自分で「傭兵」だと名乗ってましたし、たぶんそのあたりが理由なんじゃないっスか?」
「そしてふたつめ。だったら何故彼女たちは、あの戦場でキミたちの『正確な位置』を把握していたのか。……まあこの点に関して言えば、キミたちに限らず、僕たち冒険者たちの動向すべてが含まれる案件だけどね」
「おいおい、一角のボウズよ。もしやおんし、ワシらのなかに『裏切り者』がおるとでも言うんじゃあるまいな?」
一角鬼が挙げた次点の疑念に、たまらず声をあげたガンツ。その非難めいた問いかけにも、金等級冒険者は首を横に振る。
「……認めたくはありませんが、しかし疑わなければいけない問題です。でなければ彼らは、僕たちの動向を『知り過ぎて』いる。内通者の存在は、ほぼ間違いないと言っていいでしょう」
「しっかしそれを認めちまうと、今度は散り散りになった仲間たちの合流さえ、諸手をあげることができんくなるぞ?」
仲間だと思っていた者たちが、魔人教と繋がっているかもしれない疑心暗鬼。それはこの敵陣に分散された冒険者たちが、集まって反旗を翻すにあたり、大きすぎる足枷だ。
なにせ迷宮内でようやく巡り合えたと思った仲間が、そのじつ、魔人教の手先なのかもしれないのだから……。
「ええ、ですが現状では僕たちは互いに協力して、この状況を打破するしかない。たとえ内通者の存在を疑いつつも、ね」
「はぁ……だとしたらたぶん敵は、そこまで狙ってこの状況を作り出したんでしょうね。マジ性格悪いっス」
「ん? なんじゃお前さん、相手はあの狂信者どもじゃぞ? まさか性格が良いとでも、思っていたわけじゃあるまいに」
「ははっ、違いないっス」
ガンツの物言いに、わずかに弛緩した空気が流れる。
けれど金等級冒険者が放った次の発言は、今度こそ、彼らのあいだにあった『違和感』を決定的なものにした。
「そして、みっつめの疑念は……どうしてそちらの鬼士団長は、あのとき、身を挺してまで『貴方たちを庇ったのか』という点です」
「……」
ホーリーの指摘に、今度こそドゥンは沈黙した。その張り付いたような笑顔に向かって、白銀甲冑の青年は追及を続ける。
「自身の率いる鬼士団の新兵。あるいは血縁者。そうした理由はたしかに、人を動かすだけの情に成り得るでしょう。ですが王族直属鬼士団の長という肩書は、それらを塗り潰して余りあるほどに重い。それがわからぬ御仁ではなかったと、僕は判断しています」
では何ゆえにかの金剛鬼は、あの危機的な状況下において、自身よりもふたりの新米鬼士を優先したのか。その行動には、それに『値するだけの理由』があるのだと、一角鬼は結論付ける。
「そしてその行動に、なんらかの理由があるのだとしたら……それは血の繋がった孫娘殿よりも、むしろ貴方のほうが怪しいと、僕は睨んでいるのですよ」
「……」
「おいおい、まさかこやつが……」
「いいえ、ガンツさん。これは皮肉ですが、彼女たちに狙われていたことからも、逆説的に彼が敵の内通者である可能性は低いでしょう。けれどこの状況下では、その素性を隠したまま行動をともにすることも、許容致しかねます」
ですから正直に答えてください――と、前置きして。
「ドゥン殿。貴方はいったい、何者ですか?」
金等級冒険者の問いかけが、洞窟内に静かに響いた。
●
そのようにして、創造されたばかりの迷宮内で冒険者たちが各々活動を始めた頃。その最下層における広大な空間は、地下とは思えない光量によって照らされ、一定のリズムで明滅を繰り返していた。
ドクン、ドクン、ドクン……
断続する光源は、発光する卵型の内部に様々な魔獣や人型を孕んだ揺り籠――〈卵繭〉。地下空洞の大半を埋める樹木たちから垂れさがる、大小無数のそれらが、暗闇を払う焚火のように瞬いている。
その中心に座す、ひときわ巨大な一本があった。直径が二十メートルを超え、この〈地下迷宮〉の中核を成す〈遺跡〉の管理機能とリンクしたそれは、もはや通常の魔生樹から進化した存在――『大魔生樹』である。
「おお、魔人様よ!」「偉大なる主の御業よ!」「我ら敬虔なる使徒に、ご加護を!」「悪しき罪人どもに、断罪を!」「この世界を、在るべき姿に導き給え!」
そうした大魔生樹の根元には、頭を深く下げながら感動と歓喜に身を震わせる、魔人教の姿があった。興奮をあらわにする邪教徒たちの頭上には、大魔生樹の枝から垂れる〈卵繭〉のなかでも、ひときわ巨大な果実がはげしく明滅している。
ドクン、ドクン、ドクン……
大魔生樹の枝をミシミシとしならせる、じつに直系五メートルにも及ぶ巨大〈卵繭〉は、今まさに臨月の刻を迎えようとしていた。
内部を琥珀色の液体で満たされた揺り籠の内部には、この大魔生樹の守護獣に相応しい、巨大な竜型魔獣が尾を抱えるようにして微睡んでいる。
ドクン、ドクン、ドクンドクンドクンドクンドクンッ……
その爬虫類じみた瞼が、ピクピクと痙攣を始めた。呼応して、もはや間断なく発光する巨大〈卵繭〉。新たな守護獣の誕生に邪教徒たちは沸き、地下空洞に、力強い命の鼓動が木霊する。そうした熱を引き締めるように、ギリギリまで弓弦を引き絞ったような、鋭い男の声が響き渡った。
「喝采せよ! 刮目せよ! 新たな命の誕生を! 正しき世界の第一歩を!」
声の主は、この場に集う邪教徒たちを束ねし断罪司教。
〈菌樹〉ブロムウィッチ。
スラリとした縦長の肉体。片手に魔法杖。反対側の手には魔導書。その表紙中央には血色の宝珠が埋め込まれており、洞窟内に反響する〈卵繭〉の鼓動に呼応して、不気味な明滅を繰り返している。
また三角頭巾を被る懲罰使徒たちとは異なり、その顔は、発光する〈卵繭〉の明かりに照らし出されていた。肌は浅黒く、ひとつひとつが丁寧に作り込まれた端正なるその容姿を見れば、彼が闇精人の血統に連なる人族であることを、疑う者はいない。
ただしその顔には大小無数の古傷が刻まれ、瞳は帯布によって隠されている。精人の特徴である長耳は、うち左側が、根本から切断されていた。それはかの一族において、犯罪奴隷の身分を示すための、古き因習である。
「刻は来た! 今こそ目覚めよ! 母なる大樹、その誉れある守護者よっ!」
ブロムウィッチの呼びかけに応じるかのように、ブルブルと、胎児の身じろぎに合わせて〈卵繭〉が蠕動。じきに破水。降り注ぐ琥珀色の豪雨に晒される邪教徒たちの眼前に「……ズドンッ!」と、出産直後からすでに成体である、巨大魔獣が落下してくる。
『……グ、ルル。グルルルォォオオオオオンッ!』
守護獣の産声が、ビリビリと大気を揺らした。次いでゆっくりと、蛇状の鎌首が持ち上がり、爬虫類のごとき縦に裂けた瞳孔が、自身の周囲に群がる本能的な『排除対象』――すなわち邪教徒たちに向けられる。
『ゴォオオオオオオオオオッ!』
守護獣とは、母なる魔生樹に群がる、同族以外の存在を許さない。その生存本能に則って、群がる不快な異分子どもを滅せんと、唸り声をあげる竜型魔獣は身体を揺らしながら一歩を踏み出そうとした。
「――そこまでだ、聖なる御子よ」
その肉体が不意に、ピタリと硬直する。
『グッ……ルルッ! グッ、ガッ、ギャアアアッ!』
「そう恐れることはない、聖なる御子よ。汝に、我が主に代わって祝福を授けよう」
生まれたばかりの守護獣には与り知らぬことではあるが、竜型魔獣が生まれ落ちた地点には無数の亡骸と――それを苗床とする大量の魔菌が繁茂していた。落下の衝撃に際して、それは魔獣の身体に大量に付着。汚染。増殖を開始。すでに体表の、半分以上を覆っている。
『ギ、アッ、ギィ、ギィアアアァアアアアアアッ!』
守護獣の絶叫を無視して、魔菌は汚染を拡大。
ついにはその巨体を、苔と魔茸が覆い尽くす。
『ア゛ッ……ギア゛ァッ……ァァァ……』
片方の前足を上げたまま、とうとう濃緑の塊と化した竜型魔獣は、そのまま傾斜。轟音を立てて転倒。地下空洞を震わせて動かなくなってしまった守護獣に、歩み寄る〈菌樹〉がやさしく語りかけた。
「さぁ……祝福の子よ。ともにこの世界を、在るべき姿へと正そうぞ」
大罪司教の携える魔導書が、血色の輝きを増していく。
●
そうして守護獣である竜型魔獣が転倒したことにより、魔人教が集う巨大地下空洞から少し離れた空間が震え、パラパラと土砂が落ちてきた。天井から剥がれ落ちた土塊は地面に届く前に、床に倒れ伏せる豚鬼の顔に着地する。
「……ぅ……ぶひぃ……」
降り注ぐ土塊にも目を覚ますことなく、古代魔法が発動する際の『魔力酔い』に巻き込まれた冒険者は、いまだ忘我の淵を彷徨っている。その両腕は死んだように眠る、小麦肌の金剛鬼を抱えていた。
ズンッ……ズンッ……
そうした二人分の人影に、洞窟の奥から、近づいてくる足音がある。
『――侵入者、発見』
無機質に古代語による外部音声を漏らすそれは、魔晶石が額に嵌め込まれた巨大な人型――魔導人形だった。
だが土塊魔法で身体が生成される一般的なそれとは異なり、古の魔道錬金技術によって造り出されたそれは、大規模な〈遺跡〉などで確認される『古代人形』と呼ばれるもの。
現代の魔法技術では再現困難とされるそれは、通常のそれよりも遥かに高度な機能と魔力を有しており、〈遺跡〉の中核を守護する古代人形たちの戦闘力は、一体一体が金等級冒険者パーティーのそれと比較してもなんら遜色ない。
現在は〈遺跡〉が魔人教に占拠されているため、その管理権限が上書きされて、本来の巡回場所を離れて迷宮内を徘徊している古代人形。その目的は、散り散りになった冒険者たちの発見と捕獲。
『――コレヨリ行動ヲ、開始スル』
新たなに入力された魔導式に従って、捜索対象を発見した巨大人型が、無抵抗な冒険者たちゆっくりと手を伸ばした。




