【第12話】 襲撃⑤
前回のあらすじ】
羊鬼「めぇぇ……もう、出番は終わりですかぁ?」
一般的な鬼人の強化魔法〈戦鬼闘氣〉の上位互換とされる、金剛鬼の血統魔法〈雷轟闘氣〉。それは雷属性魔力を帯びることによる神経伝達速度の著しい向上はもちろんのこと、肉体の強化や魔力抵抗率の上昇なども、前述のそれを大きく上回っている。
事実として〈雷轟闘氣〉を纏った祖父は常勝無敗。中位魔法程度なら傷ひとつ負わず、上位魔法であっても足止めにはならず勇猛果敢に戦い続ける雷鬼士の勇姿は、彼が率いる〈金剛鬼士団〉の語り草だ。
そのような誉れ高い戦鬼の背中が、血に染まる。
魔力を帯びた武器ですら突破することの難しい雷属性魔力の鎧を易々と突破して、その胸部を穿ったのは、無機質な寒々しさえ覚える一筋の閃光。どこからともなく飛来した、たった一本の魔力矢が、自らの前に立った金剛鬼の身体を貫き、決して地につくことのなかったその膝を折ったのだ。
「……あ、あぁ……」
あの、祖父が討たれた。
よりにもよって、自分たちを守るために。
「ああ、あ、あぁ……」
ゆえに孫娘である少女鬼士――リノリアの喉から迸ったのは、絶叫。
「あああぁああああああああああああっ!」
続けて思考を埋め尽くしたのは、視界が真っ赤に染まるほどの怒り。憎しみ。殺意。
「――〈雷轟闘氣〉ぁ!」
「ちょ、待つっス、お嬢!」
崩れ落ちた鬼士団長のもとに走る長身鬼士の制止も振り切って、強化魔法を発動させたリノリアは、激情の吠えるまま前に出る。
(……殺す! 殺してやりますわ!)
極限まで鋭敏化された少女鬼士の知覚は、祖父を穿った魔力矢の射線上。その先にある密林地帯に潜伏していた、卑劣なる狙撃手の存在を補足している。
「おっと、行かせねぇよッ!」
「おどきなさいっ!」
そうした少女鬼士の突撃を阻むべく、進路上に割り込んできたのは、先ほどまで祖父が相手どっていた髑髏仮面の少女である。構わず片手剣を繰り出すリノリアの猛攻を、小柄な暗殺者は常軌を逸した体術と、両手の歪な短刀を用いて捌いていく。
だが、その動きはあきらかに、先刻よりも精彩を欠いていた。
「……くっ、ヨン姉ぇ、退くぞ! 最低限の目標は果たした!」
仕留めるには至らなかったとはいえ、金剛鬼との戦闘は、暗殺者の戦闘力を大きく削いでいたようだ。それを不利と悟った髑髏仮面の声に応えるように、森の奥から無数の魔力矢が、少女鬼士に向かって放たれた。
「……っ!」
一瞬、リノリアの脳裏に、難攻不落の祖父が貫かれた光景がよぎる。けれど如何なる理由からか、今回の狙撃にはあのときの魔力矢は選択されなかったらしい。咄嗟に反応した片手剣と強化魔法による防御が、飛来する魔力矢を防ぎきる。
(わたくしを、侮っているのですか!?)
とはいえ一瞬の躊躇いは、髑髏仮面の逃走を許してしまうこととなった。狙撃手の魔法矢に援護されながら、森の奥へと撤退していく小さな背中。
「……っ、待ちなさい! 逃がすものですか!」
そのあとを、雷をまとう少女鬼士が追いかける。
「チッ、追ってきてやがるぞ! どうするヨン姉!?」
「……問題ない。想定の範囲内」
暗殺者と合流した狙撃手は、その声音や背丈から察するに、髑髏仮面の少女と同じ年頃の少女であるようだった。仲間と同じ髑髏仮面で素顔を隠した狙撃手は、手にする魔法弓の弦を絞り、目標を定めて魔力矢を生成する。
「……すべては計画通りだから」
狙撃手の手を離れた魔力矢は、対象に至るまでのあいだにさらに分裂。十条を超える閃光となって、少女鬼士に襲い掛かる。
「舐めるなぁ!」
けれどその程度の脅威など、憤怒に染まる金剛鬼を押し留めるに値しない。急所に当たるものだけを片手剣で捌きながら、少女鬼士の疾走は一歩たりとも止まらない。一心不乱に、祖父に手傷を負わせた怨敵を追い続ける。
〝ピィーーーー……ッ!〟
とはいえ敵も、ただ闇雲に撤退行動をとっているわけではないようだ。その逃走に迷いはなく、ときおり彼女たちが牙笛を鳴らすたびに、待ち伏せていた懲罰使徒や、彼らの使役する魔獣たちが、リノリアの行く手を阻む。
「邪魔を、するなっ!」
見失うほど離れてはいない。けれど近づいてもいない。そんな絶妙な距離感が、ジリジリと少女鬼士の焦燥を煽っていく。
(絶対に、逃すものですか!)
だからこそ、好機は見逃せない。森の中での追撃戦を始めて十分後。ようやく手駒が尽きたのか、これまでで一番目標との距離が詰まった。
一方のリノリアとて、常人を大きく上回る魔力容量を備えているものの、魔力消費の激しい〈雷轟闘氣〉を、あとどれほど維持できるのかはわからない。そしてこれを欠いてしまえば、もう彼女たちに追いつくことは叶わないだろう。
つまりここが、正念場だ。
(覚悟しろ、卑怯者ども!)
残りの魔力を掻き集め、一層激しく唸る紫電を纏いながら、一条の雷光となって森の中を駆け抜ける少女鬼士。その眼前に立ちはだかったのはやはり、両手に毒刃を構える暗殺者だった。
「しっつけーんだよ、ブス! しつけぇオンナは嫌われるって、大好きなおじいちゃんに教えてもらわなかったんでちゅかーっ!?」
「貴様ぁああああああっ!」
あからさまな挑発だが、今のリノリアにその真意を見極めるだけの余裕はない。目の前で倒れた祖父。じき限界に至りつつある魔力残量。ようやく手の届いた、忌々しい仇の姿。そのどれもが実経験の浅い少女鬼士から、冷静な判断力を削ぎ落している。
「許しません、絶対に許しませんわ!」
「ははっ、だったらどうするってんだよ!」
無尽蔵に込み上げる怒りだけを糧に、リノリアは片手剣を振るい、雷撃を放つ。暗殺者の毒刃が奏でる金属音と、空気の弾ける絶叫が、薄暗い森のなかに木霊した。
「……これで、終わり」
それゆえに――暗殺者と激しく刃を打ち合わせることに狂奔していたリノリアは、距離を置いて自分を包囲していた新たな懲罰使徒たちの存在を、察知できていなかった。
「っ!?」
彼らのことをようやく意識したのは、鋭敏化された聴覚が、その三角頭巾から漏れる悲痛な嘆きを捉えたときである。
「イヤだイヤだイヤだっ!」「なんでこんなっ! 死にたくないっ!」「おかあさん! たすけてしにたくないよぉっ!」「痒い痛い辛いごろぢでぇっ!」
まるで『自分の意に反した行動をとらされている』かのように、支離滅裂な悲鳴をあげる懲罰使徒たち。リノリアがその意味を理解するのと、彼らの身体が内側から膨れ、弾けて、大量の緑粉が舞い上がるのはほぼ同時だった。
(あれが、傀儡人形ですか!? となるとこの汚染魔力に触れるのは危険――ッ!?)
とにかく回避行動をとろうとした少女鬼士の目論見を、視界を埋め尽くすほどの汚染魔力は許してくれない。空中を漂う緑粉は凝縮し、あたかも巨大な掌となって、紫電をまとう獲物に襲い掛かる。
「来るなっ、――〈雷鳴斬破〉!」
片手剣から伸びた雷光が、迫る濃緑の巨大掌を真っ二つに斬り裂く。雷属性を帯びた魔力が汚染魔力を滅菌するが、それでも処理し損ねた緑粉が左右二手に分かれ、大技を放ち無防備となった術者に殺到した。
(くっ……少し、吸い込んでしまいましたか……っ!)
効果は覿面。少量とはいえ身体の内側に侵入した汚染魔力は、宿主の魔力循環を狂わせて一時的な魔力不全を引き起こす。魔力を思うように制御できず、とうとう身を守る盾である〈雷轟闘氣〉を解除してしまった少女鬼士。その隙を、見逃してくれる狙撃手ではない。
「……さようなら」
無情に放たれる無数の魔力矢。反射的にいくつかは片手剣で弾いたものの、そのほとんどは目標に命中。そのうちのひとつが、少女鬼士の無防備な鬼角に被弾した。
「うぁあああああああああっ!」
鬼人にとって頭部から生える鬼角は、魔力操作に直結する重要器官だ。そこに加えられた衝撃に、リノリアの口から悲鳴があがり、とうとう武器を手放して地面に片膝をついてしまった。
「もらったぁ!」
朦朧とする意識。迫り来る暗殺者。身に迫る『死』を感じながらも、許容量以上の負荷をかけられた脳は、自衛本能に則った機能停止を強行する。
(こんな、ところで……っ)
後悔。絶望。羞恥。諦観。様々な感情が少女鬼士の胸を埋め尽くすなか、最後にその五感が捉えたのは――
「ブギィイイイイイイッ!」
――どこかで聴いたことのある気がする、豚鬼の雄叫びだった。
●
「……貴様ぁああああああ……」
――バヂヂヂヂッ!
二つ名持ちの懲罰使徒である〈傀儡士〉ギエンと、冒険者たちが対峙していた場所から少し離れた、森の奥。
視界の端を焼く閃光と、聞き覚えの女性の叫び声。それはまず間違いなく、今回の特級クエストに同行する、〈金剛鬼士団〉に所属する少女鬼士のものだった。
(ちィ、なんだか知らねーけど、あっちもマジぃことになってんな!)
戦場の全てを見渡す目を持っていないため、事態の全容はわからない。しかし長年の経験から、赤鬼の金等級冒険者――ラックはあれが、自分たちにとって好ましくない状況であると直感した。
「ん? おやおや、もうそんな時間ですかナ? 仕方がありませんネ、名残り惜しくはありますガ、ワタクシ所用があるため、ここで一度退場させていただきマス!」
そう言ってあっさりと、脅威であったはずの懲罰使徒が森に消えていったことも、ラックの危惧を募らせる。
タイミングから見て彼の『所用』とは十中八九、森の向こうで暴れている少女鬼士に関することだろう。
(……どうする、せっかく敵さんが退いてくれて態勢を立て直す機会だ。これを逃す手はねぇ)
一方でそれは、あちらの戦場を切り捨てるということだ。今回の特級クエストにおいて、同行していた鬼士団の身の安全は優先順位が低く設定されているものの、やはり王族直属鬼士団の安否というのは、気安く看過できる問題ではない。
(――いや、ここで見栄張って全滅っていうのが、一番冴えないシナリオだ)
自分たちは万能ではない。ならば選べる範囲の手札から、必要なものだけを選んで残りを切り捨てろというのは、つい先ほど自分が後輩冒険者に与えたアドバイスでもある。
(まあクエストの規約違反まではしていねぇんだ。最悪あいつらが全滅しても、ギルドからのペナルティはそこまでキツくはねぇだろうし、今回は、あちらさんの頑張りに賭けてみるとして――)
冒険者という肩書。特級クエストの重要性。仲間たちの身の安全。対外的な評価。そういったものを天秤にかけたうえで、金等級冒険者は方針を決定する。
「――俺が、行きます」
しかしその判断に、異を唱える声があった。
「……おいボケカスぅ。テメエ、状況わかってんのか?」
「はい、ラックさん。だからこそ、俺を向こうの救援に行かせてください」
スラムでも気の弱い者なら目を合わせるだけで失禁間違いなしと評判である、赤鬼の威圧。それを正面から受けてなお、後輩冒険者にあたる豚鬼は前言を撤回しない。
ギルドにおいて赤鬼に引けを取らない強面であると評判の豚顔には、揺るぎない決意が浮かんでいた。
「……いちおう、理由を言ってみろ」
「はい。まず仮に、このままあちらの戦場を放置して鬼士団が何人か討たれた場合、このクエストに参加した冒険者たちの経歴に傷がつきます」
「ンなこたぁどうでもいいんだよ。命あってのモノダネだ」
「次にここまで俺たちは、魔人教の後手に回り続けています。そしてもし今の状況までがあちらの計画通りだとしたら、ここでそれを阻むことは、この流れを覆す起点になるかもしれません」
「フン。楽観論だな。根拠がねぇ。そんなうっすい理由でいちいち命を賭けているようじゃ、いくら命があっても足りねぇぜ?」
「ええ、そうですね。ここまでは仰る通り、建前です。だから要するに俺は――この機を、逃したくないんです」
「……」
「そもそも今回のクエスト、俺とラックさんたちとでは、立ち位置がまるで違います」
豚鬼の語るように、此度の特級『同盟』クエストにおいて、ラックたち金等級冒険者はギルドからの推薦だが、一方の後輩冒険者などは、率直に言ってしまえばクエスト条件を満たすだめの数合わせでしかない。
ゆえに前者と後者は、目的が違う。
求めているものが、異なっている。
「俺がこうして冒険者になったのは……ラックさんはもう知っているでしょうけど、マリーのためです。そして彼女を救うためなら俺は、なんだってします」
プレト大森林に点在する女蛮鬼の集落。そこに身を寄せる豚鬼の母親の事情は、ラックも聞き及んでいる。
そしてその息子である彼が、現在進行形で禁忌魔法に蝕まれている彼女を救うために〈万能霊薬〉の材料を求め、冒険者稼業に身をやつしていることも。
「……たしかに鬼士団の窮地を救ったとありゃ、上の覚えはいいだろう。上手くいきゃあコネもできるし、銀等級の昇格審査にも加点されるかもしれない」
そうすれば豚鬼の、冒険者としての可能性は広がる。
高位の冒険者ほど、その活動は多岐に渡るものであるし、当然外部への伝手は多くなる。そうすれば、彼の望む〈万能霊薬〉生成に必要な希少素材も、入手し易くなるはずだ。
「だがそれに賭けてここでおっちんじまったら、それこそ本末転倒だぞ? ついさっきテメエにはチョーシこくなって、説教してやったつもりナンだけどなぁ?」
「はい。俺は皆さんほど、強くも賢くもありません。目に映るものすべてを、自分の思うように動かすような力なんてありません。でも、だからこそ俺は、自分の手の届く範囲にあるものなら、全力で掴みに行きたいんです」
「……チッ」
ここまで本人の覚悟が決まっている以上、外野がどれだけ口を出したところで、時間の無駄だろう。この小生意気な後輩冒険者の頑固さを、付き合いの短くない赤鬼はよく理解していた。
「……はぁ。まっ、好きにすればいいんじゃね? そもそもオレ様とテメエは同盟関係。対等なんだ。他所様のチームの方針に、いちいち口出しする趣味はねぇーよ」
「ラックさん!」
「テメエの人生だ。好き勝手にやって、くたばりやがれ」
仰々しく頭を下げてくる冒険者を、面倒くさそうに手を振って追い払う金等級冒険者。そこに近づいてくる、三つの人影があった。
「ふむふむ。なんぞ、面白そうなハナシをしとるようじゃな。戦場で首級をあげるは、ヒノクニ男児の本懐。ヒビキどん、討ち入りなら助太刀すっぞ!」
「クロ様クロ様。あまり危険なことに、首を突っ込まないで欲しいのにゃー」
「あとでヤー様に叱られる、ウチらの身にもなってほしいなぁーご」
戦場こそサムライの居場所といわんばかりに、大太刀を肩に担いで快活な笑みを浮かべる横一文字創の若武者。そんな青年の奔放な物言いに、苦笑を浮かべるのはそれぞれ虎毛と墨毛の猫人姉妹だ。
「ああ、頼みますクロガネさん。カトラにタルマも」
「婿殿。だったらオレも一緒に――」
「いや、悪いがオビィはここで、みんなの指揮を頼む」
彼女たちにとって伴侶と同意語である『種婿』の豚鬼に、当然のごとく同行を申し出ようとしたのは、褐色肌の女蛮鬼だ。それがすげなく断られたことに、ただでさえ目力のある大きな瞳に、非難めいた色が宿る。
「……なんだ、婿殿。オレでは、力不足だとでも言うのか?」
「いや、そういう訳じゃなくて……」
「ではどういう理由だ? 言っておくがオレは、婿殿のために死ぬ覚悟ならとうの昔にできているぞ? それが信じられないのか?」
「いや、だからその、オビィにはオビィの役割があるというか……」
「オレの役割は、婿殿のために生きて死ぬことだ」
露骨に機嫌を損ね、グイグイとそのたわわに実ったふたつの果実が潰れる距離までにじり寄る女蛮鬼に、どもってしまう豚鬼。このままでは埒が明かないと、渋々ながら赤鬼が仲裁に入る。
「あー、まあまあ。いいからここは、大人しく言うこと聞いてやれよ、嬢ちゃん。どうせその脳筋ボケカスはここにいたって、すぐ頭に血が上ってまともな指揮なんかできやしねぇんだ。だったら嬢ちゃんにそれを一任するってぇのは、まぁ、悪い選択じゃねぇと思うぜ?」
「むぅ……そういう、ことなのか?」
「あ、ああ、そのとおりだオビィ。みんなのことを、頼む」
赤鬼の説明に納得したのか、ようやく女蛮鬼の瞳から剣呑さが薄れる。
「……まあ、それが、婿殿の望みだというのなら」
「ありがとう、オビィ」
「ん、話はまとまったようじゃな」
ひと段落を待っていた若武者が、心底楽しそうに掌を叩いた。
「そっじゃ、討ち入りじゃあ。首取りじゃあ。ヒノクニ男児の晴れ舞台じゃあ!」
「あー。ダメにゃクロ様、完全にスイッチが入っちゃってるにゃー」
「さいあく後ろから刺してでも、ヤー様のところに連れて帰るなぁーご」
「あ、あの、クロガネさん、本当に頼みますよ? カトラとタルマも、戦場で仲間割れとか、マジで勘弁ですからね?」
戦闘蛮族と名高いヒノクニ武士らしく、戦いへの高揚を隠せない横一文字創の青年。その背中に不穏な視線を送る猫人姉妹に、はやくも不安を抱いている様子の豚鬼であるが、しかし戦場は悠長に待ってくれない。覚悟を決めた様子の後輩冒険者が、金等級冒険者に再度、頭を下げる。
「オビィたちのこと、頼みます」
「だぁーれがンな面倒なこと頼まれるか。心配なら、さっさと行って戻って来い」
「婿殿、待っているぞ」
「はい!」
そして駆け出す豚鬼に、若武者と、猫人姉妹が続く。そんな彼らと入れ替わるようにして「おーい」と、新たな人影が赤鬼たちを呼んだ。ふたつの人影はそれぞれ筋肉隆々の頭蓋骨兜を被った大鬼と、豊かな顎髭の一部を編み込んだ土精人である。
「も、もう、大丈夫です。戦え、ます」
「戻ったか、タウロ。ミミルは?」
「あ、あっちで、シュレイさまの護衛に、回って、ます」
「そうか。ならばオレたちもそちらに合流するか」
そう言って、同じパーティーに所属する大鬼とともに、仲間たちのもとへと向かう女蛮鬼。赤鬼はその背中を見守りつつ、合流した〈大地の大槌〉率いる金等級冒険者と言葉を交わす。
「……で、どうしたんだよジジイ。わざわざこっちに来たってことは、悪い知らせか?」
「はっ。そもそもドワーフが酒もなしに、景気のいい話をできるわけがないじゃろう」
いまだ断続的な魔獣や懲罰使徒たちからの攻撃は続いているものの、予想外の奇襲を凌ぎきったいま、戦況は徐々に安定してきている。襲撃時に散会していたため、各グループに回収された土精人たちの魔道具による情報収集によると、どのグループにおいても苦戦はしつつも、まだ死傷者などは出ていないらしい。
それゆえに、金等級冒険者たちの顔は晴れなかった。
「やっぱり……なんか、おかしいよな。この戦場は」
「ああ。あちらさんの損耗に対して、あきらかにこちらの損失が『軽過ぎ』る。さすがに手を抜いているとまでは言わんが、それでもどこか、攻撃が生温い気がするのう」
たしかに彼我の実力差や戦闘に対する方針が異なるのだから、人的損耗に差が出ることは当然である。とはいえ魔人教は、それを承知でこちらに奇襲をしかけてきたのだ。金等級冒険者たちに勝算もなくそのような真似、普通に考えるなら有り得ない。
「となるとヤツらの狙いは、時間稼ぎか?」
「ああ。そうなってくると、最初の『違和感』が気になってくるのぅ」
そもそも今回の魔人教による奇襲は、なぜ成功したのか。
それは直前まで彼らの動向を、冒険者たちが察知できなかったことに起因する。
だが本当に……ギルドでも選りすぐりの金等級冒険者たちによる警戒網は、彼らに突破されていたのだろうか。
「言い訳じゃないがのぅ。十分に警戒しとったワシらの網を、こやつらが潜り抜けられるとは、ちぃーっと考えにくいんじゃ」
「となるとコイツらは、どこからか突然ポンポン湧いて出ったってのか? それこそキノコみてぇに?」
「あるいは……高度な転移魔法、とかのぅ」
「んー、ロロクのジジイよぉ、たしかに魔人教は得体の知れない魔法や魔道具を持っているみたいだけどよぉ。でも転移魔法とか空間魔法とかってーのは、そんな簡単に制御できるシロモノじゃねぇだろ?」
「そんなこと、ワシだってわかっとるわい。だけどな、ボウズよ。ここがどこなのか――本来ワシらは『何処を目指していた』のか、忘れちゃおらんか?」
「……ッ!? おいおい、マジかよ……」
土精人の危惧を共有したことで、赤鬼の表情が苦々しく歪む。
ちょうどそれに示し合わせたように、戦場と化した森の中に、男の声が響き渡った。
『――聴け、原罪の仔らよ。我が名は偉大なる魔人様の敬虔なる使徒、大罪司教〈菌樹〉のブロムウィッチなり!』
●
遭遇した魔獣や懲罰使徒たちとの戦闘を避けつつ、緑粉の粉塵が舞う森の中を、ときおり瞬く雷光と、剣戟の音を目印に駆け抜ける。
「うぁあああああああああっ!」
「もらったぁ!」
現場に到着すると、今まさに無数の魔力矢に被弾して崩れ落ちた少女鬼士に、髑髏仮面を被った小柄な人影が、追撃しようとする場面であった。
周囲に少女鬼士の仲間らしき人影は皆無。
もはや一刻の猶予もない。
(間に合えっ!)
駆けながら、爆裂魔法〈爆地〉を発動。足裏に魔力を集中。点火。発生した爆発力を推進力に変えて、彼我の距離を一息のうちに詰める。
「ブギィイイイイイイイイッ!」
爆音とともに急接近する豚野郎の存在に、少女鬼士に襲い掛かろうとしていた髑髏仮面も、慌てて攻撃を中断。両手に短刀を構えて防御態勢をとる。
「な、なんだこの豚野郎!? どっから湧きやがった!?」
「それはこちらの台詞だッ!」
髑髏仮面の武器はおそらく、あの歪な形状の短刀。ならば強化魔法〈戦鬼闘氣〉で防御力を上げつつ、多少の被弾を覚悟してでも、まずは少女鬼士から敵を引き剥がす。
「ブギィイイイイイイイッ!」
「おい、おい、おい! 人間サマ相手に、なに勝手に盛ってやがんだよ豚野郎!」
風を切る豪腕。直撃すれば樹の幹すら圧し折る蹴撃。衝撃魔法〈破撃〉の込められた掌打に、豚尾を用いた目潰し。強化魔法で底上げした筋力に物を言わせ、一息のあいだに放たれ続ける回転豚野郎の連撃は、しかし小柄な髑髏仮面を捉えることができない。紙一重で回避されて、そのたびに手のする短刀で反撃を喰らってしまう。
「ギィイイイイイイイッ!」
「ははっ、こりゃいいマトだぜ豚野郎! キノコ和えの豚肉料理にしてやるよ!」
髑髏仮面の発言通り、短刀に切り刻まれた傷口からは、はやくも魔菌によるキノコが生え始めていた。
尋常でない汚染速度は、あの刃に込められた濃緑の汚染魔力によるものか。
一撃ずつは耐えられても、積み重ねられれば致命に至る短刀使いの攻撃は、肉弾戦がメインである脳筋豚の戦闘スタイルとは極めて相性が悪い。
「チェストォオオオオオオッ!」
ならばこの場は、選手交代だ。
「ッ!?」
刃には刃を。というわけで雄叫びとともに斬り込んできた横一文字創の若武者――クロガネに、ここは敵を預けよう。
「首級じゃあ! 首ば寄越せぃ!」
相手が自分よりも小柄な、おそらく年下の少女であろう髑髏仮面に対しても、一切の遠慮も引け目もなく、存分に大太刀を振るうバーサクサムライ。ここが前世であるなら間違いなく両手に手錠が待ったなしの光景だが、幸いなことにここは異世界。咎める者など誰もいやしない。
「おい、ちょっと、待ってって! テメエら正気か!? こんないたいけなオンナノコに、数人がかりとか、倫理とか良心とか痛まねぇのかよ!? っていうかコイツ怖い! なんか嫌だっ!」
「ふははははははははぁ!」
いまだ直撃こそしていないものの、首狩りサムライの気迫に押され気味の髑髏仮面が何か叫んでいるが、残念ながら俺たちに倫理や良心を捨てさせたのは魔人教だ。心はまったく痛まない。
「チクショウ! ヨン姉ぇ、ヘルプだ!」
「……悪いけど、こちらも交戦中っ!」
援護を求めて髑髏仮面が仲間を呼ぶが、少女鬼士を攻撃していた魔力矢の存在から、その射線上に敵が潜んでいることはわかっている。そちらにはすでに、双子の猫人姉妹が向かっていた。
「にゃ、にゃ! コイツ、なかなかすばしっこいのにゃ!」
「でも、ウチら相手じゃ分が悪いなぁーご」
「……くっ!」
森の中に潜んでいたもうひとりの髑髏仮面は、やはり狙撃手だったのようだ。手にする魔法弓から次々と魔力矢を放ち、敵を牽制。しかし絶妙のコンビネーションで木々の合間を跳ね回り、翻弄する忍者の猫人姉妹――カトラとタルマを、捉えるには至らない。
「そこにゃ!」
姉猫である虎毛のカトラが硬化魔法によって細針となった獣毛の束を指に挟み、投擲。ズガガガガッ、と地面や樹木を穿つ毛針の驟雨を回避しつつ、それでも狙撃手は、空中で身動きのとれなくなったカトラの一瞬の隙を狙って、魔力矢を射出。
「ウチもいるなぁーご」
はたして魔力矢から放たれた閃光は目標を穿つこと叶わず、木々の隙間へと消えていく。声のした方向に、すぐさま魔法弓を構える髑髏仮面。その視線の先には、いつのまにかその場に移動していた姉猫と、彼女をそこに牽引したのであろう、影操魔法による影触手を従えた墨毛の妹猫――タルマの姿があった。
「さてさて、異国の暗殺者? さん! 同類は匂いでわかるのにゃ!」
「どちらが優れた闇の者が、白黒つけるなぁーご」
「……」
そして小柄な三つの人影は、戦闘を再開。縦横無尽に木々の間を跳ね回る姉猫を、妹猫が影魔法で支援ん(フォロー)。そうした姉妹の連携攻撃を、髑髏仮面の狙撃手がなんとか阻んでいる、という状態だ。
(ひとまずあっちも、任せてよさそうだ)
毒刃使いと狙撃手は、クロガネたちが抑えていてくれている。周辺に新たな魔人教の先兵が潜んでいないことを確認しつつ、この場では役に立ちそうにない無能豚は、地面に倒れ伏せる少女鬼士のもとへと向かった。
「おいアンタ、大丈夫か!?」
呼びかけに反応はない。
しかし息はある。
脈もある。
ざっと見たところ、無防備なところへ魔力矢が直撃したのか、相応のダメージは負っているものの、ひとまず命の心配はなさそうだ。一部が砕けた黄金鎧が身代わりになってくれただろう。致命的な出血もなく、本人は気絶するに留まっている。
(よかった。間に合ったみたいだな)
この場には彼女以外の鬼士団や冒険者はいないようだし、ならばあとは、三十六計逃げるに限る。
魔人教の増援がやってくる前にこの場を離れるため、交戦する仲間たちに撤収の合図を出そうとした――
『――聴け、原罪の仔らよ。我が名は偉大なる魔人様の敬虔なる使徒、大罪司教〈菌樹〉のブロムウィッチなり!』
そのとき、森の中に声が響き渡った。
『汝らに告げる。我らの慈悲に抗う己の無知蒙昧な傲慢さを、懺悔せよ!』
それはまるで、ギリギリまで張り詰められた、弓弦のような男の声だった。
『そして刮目せよ。これぞこの世界の本来の主たちが統べる、奇跡の一端なり!』
次の瞬間、男の声に応じるように、地面が微かに鳴動を始める。
(っ!? おいおい、これって、もしかして――)
ここまで活性化すれば、魔力に鈍い豚にだって感知することができる。地面の下を、凄まじい勢いで駆け巡る魔力の奔流。それらはおそらく地脈を利用した、大規模魔法の前兆だ。
『刻は来た。目覚めよ、――〈迷宮創造〉っ!』
そして俺は真っ白な光に包まれて、意識を暗転させた。




