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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第四章 乱痴鬼祭編
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【第10話】 襲撃③

【前回のあらすじ】


ママ「あの子は洗脳……ゲフンゲフン。教育済みですので」




 一時撤退して金等級冒険者の赤鬼ブルオーガン――ラックから、魔菌の性質と対策を説かれた俺が前線に戻ると、そこには地獄が広がっていた。


「たすけで!」「おねがいします助けてください!」「いやぁ殺さないで殺さないで!」「痛い痛い痒い痛いシニタイおねがいころさないで!」「あー! あ゛ぁー!」


 戦場と化した森に木霊する、悲鳴と絶叫。ただしそれらは冒険者たちに襲い掛かる三角頭巾の集団――魔人教の懲罰使徒たちから溢れており、その所為か相対する仲間たちにも動揺の気配が見て取れる。


「今戻った、オビィ、戦況は!? これはいったいどうなっている!?」

「婿殿……あいつらは、最低だ。最悪の異常者どもだ」


 出戻り豚野郎に苦々しく答えながら、戦場の一角を見つめる女蛮鬼アマゾネス――オビィ。憤怒を宿した瞳は、ひとつの人影を捉えていた。


「……ン? おやおや、新しい観客ですカナ? もちろん途中参加も大歓迎ですゾ! ようこそ、ワタクシの舞台に! ワタクシの名は〈傀儡士〉ギエン! 僭越ながらこの愉快な演目の、脚本を書かせていただいておりマス!」


 それは、異常な人物だった。懲罰使徒たちと同様の外套を身にまとう、素顔を晒した男。ただし蟲人キリコの特徴である触髪が揺れる頭部の下には、眼球の代わりに、禍々しい色合いのキノコが無数に埋まっている。


「目から、キノコが生えて……!?」

「おやおや、ワタクシのこの最先端をゆくアートに着目するトハ、なかなかお目が高いデスな! しかしご安心あれ! この魔菌は大気中の魔力を感知しておりマスゆえ、あなたの感動に打ち震えるその姿、しっかりと脳裏に届いておりますゾ!」


 本当に外の世界を知覚しているのか、俺のほうに顔を向けたまま、茸眼の怪人――ギエンが、手にする扇をクルクルと弄びながら口上を続ける。


「ン、よろしい。では途中参加の観客のためニ、演目をおさらいしておきまショウ! 題名タイトルは『愚者の葛藤と解放の歓喜』! さあさあ皆様方、みっともなく無意味な生にしがみつく人形どもの哀れト、それが散る瞬間の刹那の輝き、どうぞ間近で心ゆくまでご鑑賞アレ!」


 怪人が扇を広げ、仰々しく振るう。

停滞していた戦場が動き出した。


「いやぁああああ!」「逃げて逃げておねがい助けて!」「ころさないで!」


 すると支離滅裂なことを叫びながら、各々の武器を構え、間近の冒険者たちに襲い掛かる三角頭巾たち。そんな邪教徒たちを迎撃せんと、棍棒を振り上げた頭蓋骨兜の大鬼オーガ――タウロであったが、その挙動がピタリと、不自然に止まる。瞬間、傍らを駆け抜ける刃の疾風。


「チェストォ!」


 一文字創の若武者――クロガネが咆哮。

 銀閃が走り、懲罰使徒たちの首が飛んだ。


「怯むな、タウロどん! 戦場での躊躇いば、命取りぞ!」

「で、でも……」

「オーガのおにいさん、ここはクロ様が正しいにゃー!」

「戦いに情は、不要なぁーご!」


 言葉通り、忍び装束の猫人ワーキャット姉妹たちに、躊躇いはない。虎毛の姉――カトラが逆手に握った短刀を振るい、墨毛の妹――タルマが、五指に挟んだクナイを投擲。淡々と迫り来る懲罰使徒や、彼らに使役される魔獣たちを駆逐するなか、戦場を飛び跳ねていた兎人ラビリアの隷妹――ミミルが叫ぶ。


「馬鹿タウロ、下がるピョン!」

「……っ!?」


 反応が遅れた大鬼を、地を蹴って加速した兎人が勢いそのままに蹴り飛ばした。直後に足元に倒れていた首なしの骸が爆発。薄緑の粉塵を撒き散らす。


「馬鹿タウロ、やる気がないならすっこむピョン! 足手まといピョンよ!」

「ミミルは少し、落ち着くであります! 魔菌を浴びすぎて、キノコが活性化し始めているでありますよ!」


 地面に押し倒した巨漢に馬乗りして、声を荒げる隷妹の少女。そんな彼女に声をかけたのは隷妹頭の森鬼ドルイド――シュレイであり、その後ろに巫女装束の只人ヒューム――サクヤが続く。


「邪気を払い給え清め給え……破ッ!」


 ヒノクニの巫女が手にした小瓶から清水を撒き、魔力を注ぐと、兎人の腕を浸食し始めていたキノコが鎮静化。すかさず呪符を貼り付けてくるサクヤに、ミミルが頭を下げる。


「助かるピョン」

「ですがこれは、一時しのぎにすぎません。症状が悪化するまえに一度後方に下がって、本格的な治療を受けてくださいませ」

「後顧のことはご心配なく!」


 魔菌の影響が見られる隷妹たちに、一時撤退を進言する巫女。そんな彼女たちに死角から忍び寄っていた狼型魔獣どもを、氷礫の弾丸が次々と撃ち抜く。


「この僕がいる限り、美少女たちに怪我はさせませんよ!」


 冷気の発生源には魔法杖を水平に構える、片眼鏡モノクル賢鬼ホブオーガン――モリィシュタルの姿があった。


「……タウロも、ミミルと一緒に下がるでありますよ。いったん気持ちを切り替えてくるであります」

「大丈夫ですよタウロさま。ミミルさま。微力ですがわたくしどもも、皆様方にお力添えいたしますので」

「わ、わかり、ました……」

「おねがいします、ピョン……」


 けれどキメ顔を浮かべる賢鬼に、隷妹たちは頑なに視線を向けようとしない。徹底して空気として扱う。すると氷魔法に特化した精霊士は「……ふっ」と、静かに微笑んだ。


「美少女たちの無視も、風情があってまた良し!」

「ガハハッ、お前さんはほんと、無駄に心だけは強いのぅ!」

「しかし防衛戦で、ドワーフを忘れてしまっては困るぞぃ!」


 隷妹たちの塩対応に、笑顔を浮かべる変態眼鏡。しかしその付近では〈大地の大槌ハンマー・オブ・ドワーフ〉の土精人ドワーフたちが、魔法で土壁を形成。懲罰使徒どもの接近を拒んでいるため、戦況は安定している。


(あっちは、放っておいても問題なさそうだな)


 ならば俺は、自分の持ち場に専念できる。


「ブギィィィイイッ!」


 迫り来る猪型魔獣の頭に〈波撃インパクト〉を叩き込み、中身を圧壊。絶命した魔獣の最期を見届ける間もなく、死角から突き出された懲罰使徒の刃を躱し、本体に掌打を見舞う。手応えアリ。骨を砕き、内臓を潰す独特の感覚。間違いなく致命傷。そこで違和感。


(なんだ……この感触?)


 その手応えが――あまりに、『脆過もろすぎ』る。


 こうして戦場に身を置く以上、戦士であれば筋肉を鍛え、術士であれば魔力で肉体を覆うことが前提だ。けれどこの懲罰使徒からは、そのどちらも感じられない。まるで魔力を用いず身体を鍛えていない、一般人のようだ。


(まさか……っ!?)


 背筋に走る悪寒。脳裏に閃く最悪の想像。それを確かめるために俺は、致命傷を受けて地面に崩れ落ちようとする懲罰使徒の身体を支え、その三角頭巾を取り払った。


「あ……いやぁ……」


 現れたのは――悪意の肯定。喉を逆流した胃液と血液で口元を濡らし、苦痛と絶望の涙を浮かべる女性の懲罰使徒は、その頭部から『無数のキノコ』を生やしていた。


「たす、け……しにたく、ない……っ!」

「お、おい、しっかりしろ! 気を保て、すぐに治癒魔法を――」

「――婿殿、下がれ!」


 動揺する豚野郎の肩を女蛮鬼が掴み、強引に懲罰使徒から引き剥がす。直後に彼女の表皮がボコボコと泡立ち、膨らみ、隆起して弾け、宿主の命と引き換えに大量の緑粉が宙に舞った。


「なんだよ、これ……」

「おそらく、洗脳魔法の一種だろう。皆の動きが精彩を欠いている原因だ」


 苦々しい女蛮鬼の推測に、パンパンと柏手の音が応える。


「ン、ご名答。なかなか賢しいお嬢さんですナ。しかし補足させていただけるナラ、ワタクシのこれは対象の意識を奪って操る洗脳魔法デハなく、より高度デ、エレガントな、対象の意識を『残したまま』身体の自由を掌握する傀儡魔法でございますゾ!」


 まるで自慢の玩具を誇るような怪人の宣言に、瞬時にはらわたが煮えくり返った。


「てめぇ、ふざけるなッ! 人の命を、なんだと思っていやがる!?」

「もちろん、命とは掛け替えのない、大切なものでございマスよ? ですが命にハ、等級がございマス。そこの愚物どもは何も生み出さず、次代に繋げず、ただ無意味に消費するだけの産廃。そのような家畜にも劣る最下級の肉塊ヲ、尊ぶ必要ナドありますカナ?」

「……っ!? お前、いったい何様だ!? 人の命を勝手に値踏みしやがって、神様にでもなったつもりか!?」

「その通り! ワタクシたちは思い上がった愚民どもを裁き、神の代理人であらせらレル魔人様に代わって罰を与えル、懲罰使徒! 彼らのような無意味な命は、ワタクシがこのように有効活用して差し上げることデ、ようやく意味を持つのデス!」

「~~~っ!」


 ダメだ。アレとは言葉が通じるだけで、会話が成り立たない。常識が、倫理が、価値が、致命的にズレている。話せば話すほど、精神に猛毒が塗り込まれていくかのようだ。


「オビィ!」

「ああ、婿殿。狂人の戯言に、付き合う必要はない!」


 言葉による説得は無意味。会話による共感は不可能。ならば暴力を用いた制圧しかない。激怒のあまり鼻息を荒げる豚野郎が地面を蹴ると、あとに女蛮鬼が続く。しかしその突進はすぐに、目の前に立ち塞がった哀れな傀儡人形たちによって阻まれてしまった。


「……っ、そこをどけ!」


「いやだいやだいやだ!」「やめて! 殺さないで!」「子どもがいるんです! まだ幼いんです!」「ああ、チクショウ!」「かゆいかゆい痛いっ、死にたくないっ!」


「あっはっはっはっ! おやおや、ワタクシの演目に感動し過ぎテ、思わず舞台に上がってしまいましたカナ!? そのお気持ち、タイヘン嬉しく存じ上げマスが、しかしマナー違反には罰を与えねばなりませン!」


 高笑いする怪人が扇を振るうと、俺を取り囲む懲罰使徒たちが一斉に苦しみだした。次いでボコボコと、外套ローブに包まれた身体の輪郭が不自然に歪む。


「っ!? まさか、やめろ!」


「痛い痛いいだいかゆい!」「ころし、ごろさないでぇ!」「ごめんなさいごめんなさい!」


「さぁーてさてさて、お立合い! 愚物どもによる即興劇、お題は『絶望に芽吹く可能性』でございマース!」

「婿殿、退け!」


 苦しみ藻掻く人影に手を伸ばそうとするが、駆け寄ってきたオビィが俺の身体を抱き締め、強引にその場から後退させる。すぐに『ボンッ!』『ボボンッ!』と爆音が響き、犠牲者たちの命を苗床として、視界を埋め尽くすほどの緑粉が宙に舞った。しかもそれらは奇怪なことに空中で蠢き、凝縮して、あたかも無数の手のような形状で宙を泳ぎながら、次なる獲物へと魔手を伸ばす。


「くっ! この魔菌、遠隔操作もできるのか!?」

「そのうえ汚染濃度も桁違いだ! 婿殿、絶対に掴まるなよ!」


 必死に緑粉の魔手を回避する女蛮鬼の指摘するとおり、それらに接触された樹木や地面は瞬く間に汚染され、不気味なキノコに包まれていく。しかしその量は少なく、また魔力枯渇による崩壊も早いため、どうやら魔菌の成長と増殖は宿主の魔力総量に依存するという情報は、正しいようだ。それならば残存魔力が少ない死者よりも、保有魔力が多い生者を生贄にしたほうが、撒き散らされる魔菌量が多いことにも説明がつく。


(だからって……こんなにも、人の命をあっさりと!)


 あまりに容易く、人が死ぬ。

 命が簡単に踏み躙られる。

 消費される。


 今まで経験したことのない、悪意に満ちた戦場は、一秒ごとに精神を削っていく。我慢できない。こんな悲惨な戦闘、すぐに終わらせてやる。


「ふざけるな! これ以上、非道な真似を――」

「落ち着けボケカスぅううう!」

「――ぶぎぃいい!?」


 気炎を燃やし、ふたたび駆け出そうとした豚野郎の背中から伸びたのは、見覚えのある冒険者の腕だった。それが首もとに絡みついたため、勢いを余らせた暴走豚はそこを支点にクルリと一回転。背中を強かに地面に打ち付け、悶絶する。


「ゴホッ……ら、ラックさん!?」

「まんまと敵の術中に嵌ってんじゃねぇぞボケカス! テメエ、あのまま無闇に突っ込んで、使徒モドキどもはいったいどうするつもりだったんだよ!?」

「それはっ……可能な限り、回避して!」

「馬鹿野郎! だったら、そんなかに混じっている『ホンモノ』の使徒どもは、どうやって見分けるんだ!?」

「……あっ!」


 歴戦の金等級冒険者に指摘されて、ようやく気付く。


(そうだ。この場には傀儡にされた偽物の使徒だけじゃなくて、本物の懲罰使徒どもも紛れているんだ……ッ!)


 きっと彼らは哀れな傀儡人形の群れに混じり、悪意に塗れた毒の刃を手にして、俺たちを待ち構えているのだろう。だが使徒たちは一様に三角頭巾を被り、外套をまとっているため、外見からそれらを見分けるのは不可能。そして前者を気遣うあまり、後者への警戒を蔑ろにすることは、まさしく敵の思う壺である。


「でも……だったら、いったいどうしろっていうんですか!?」

「割り切れ、ボケカス。そして覚悟を決めろ。都合よく死人が出ない戦場なんて、この世のどこにもありゃしねぇ。だったらまずはテメエと、テメエの仲間たちだけでも生き延びられるように、最善を尽くしやがれ。それがリーダーの責任ってやつだ」

「……っ!」


 そうだ。その通りだ。

 思い上がるな。判断を間違うな。


(俺は……無力だっ!)


 鍛えてきたつもりではいた。備えていたはずだった。しかし目の前の悪意はあまりに想定外で、残念ながら今の俺には、それを否定するだけの力がない。


(だから俺は、選ばなくちゃいけない!)


 救う者を。救えない者を。

 守る者を。見捨てる者を。


 すべてを選ぶことができない以上、不要なものを切り捨てて、必要なものだけを手元に残す、残酷な取捨選択。それを判断するのは団長である、俺の責任だ。


「……オビィ、皆に伝えてくれ。まずは敵の可能性がある懲罰使徒を、すべて殲滅する。あのふざけたキノコ野郎を潰すのは、それからだ」

「了解した、婿殿」


 団長命令に異を唱えることもなく、即答する副団長は、すぐに仲間たちのもとへと向かう。そんな彼女の対応に少しだけ救われつつ、俺は拳を構えて――


「……貴様ぁああああああ……」


 ――バヂヂヂヂッ!


 視界の端を焼く閃光と、怒りの咆哮。

 それは見覚えのある、少女鬼士のものだった。


        ●


 時間は少しだけ遡る。


「まったくもう、バッチイのはあっちいけですぅ、――めぇえええええええっ!」


 怒声行き交う戦場に、幼い少女の声が響き渡る。魔力を帯びたそれは衝撃波を伴って、少女に迫る緑粉の魔手を雲散霧消。魔獣たちをもまとめて吹き飛ばした。


「ちょっと、ワタシのぶんも残しておきなさいよ! アンタだけに、カッコなんてつけさせないんだからね!」


 音撃魔法の使い手である、ヒラヒラと装飾過多な衣装に身を包む羊鬼スリーパーの少女――メイリー。可憐なる音撃士の横に並ぶのは、伝統的ベーシックな三角帽子に黒外套を着こみ、魔生樹を加工した魔法杖を構える、森の黒真珠とも呼ばれる闇精人ダークエルフの少女だった。


「見惚れなさい、ワタシの華麗なる美技に――〈猛火防壁ファイアウォール〉!」

「よしよしエイミー、モーレツにナイスフォローですよぉ! そのまま時間を稼ぐですぅ!」

「ちょっと、フォローじゃないわよ! 主役はワタシよ!」

「それじゃあユンユン、今のうちに補充をお願いしますですぅ」

「もうっ、ワタシを無視するなぁ!」


 年齢こそ十を超えたばかりであるものの、見事に魔菌を焼き尽くした火炎魔法は、幼くとも魔女の名を冠するに相応しい。そんな闇精人の黒魔女――エミリアが時間を稼いでいる間に、音撃魔法の連続使用によって魔力を消耗したメイリーのもとに駆け寄るのは、艶めかしい珈琲色の肌を惜しげもなく晒す、中性的な美少年であった。


「了解ですメイリーさん、少々お待ちを!」


 胸元と腰部以外のほぼすべてを露出した、煽情的な衣装。しかしそれは少年の種族である夢精鬼インキュバスの特性を活かすためのものであり、発動した種族魔法〈魔力吸収マナドレイン〉によって、少女と見間違わんばかりの美貌の少年――ユンファが、体表から空気中の魔力を吸引して凝縮していく。


「……よし。補給完了です。それではメイリーさん、失礼しますよ」


 十数秒の魔力吸収により全身を淡い燐光で包んだ夢精鬼が、羊鬼の素肌に触れる。


「――〈魔力注入マナリンク〉」

「んんっ、くすぐったいですぅ!」

 

 発動したのは、自身の魔力を他人へ移動させる共鳴魔法。それをただ乱暴に注入するのではなく、次の使用者に合わせて魔力性質を変化させながら譲渡していく機微は、食事の代わりに魔力を糧とする、夢精鬼ならではの手腕といえるだろう。


「あぁ、すごいですぅ……ユンユンの、あいからず、とっても濃くって熱いですぅ……」

「はぅ……メイリーさん、欲張り過ぎですよ……ボク、もう出ないですぅ……」

「ちょっと貴方たち、ワタシを放置してナニしてるのよ!?」


 治癒魔法のそれに似た感覚に、頬を染める少女と、疲弊していく少年。どこか艶めかしさを覚える両者の姿に、顔を赤らめて叫ぶ黒魔女。そんな少年少女たちの姿を、慈愛の瞳で見つめる青年の姿があった。


「うん、うん、いいですね! お互いに助け合い、慈しみ合い、高め合う、少年少女の絡み合い……じつに結構! 素晴らしい! ありがとうございます!」

「……ねえローズ殿。どうしてあの御仁は、いまだ牢屋にぶち込まれておりませんの?」

「……お目汚しをして申し訳ございません、リノリア様」


 幼い少女たちの奮闘に息を荒げる変質者に対して、冷たい視線を注ぐ黄金鎧の少女鬼士――リノリア。問いかけられた〈蕾の守護者リトルガーディアン〉の副団長、桃金髪ピンクブロンドを靡かせる一角鬼シングルオーガン――ローズは、その美貌を苦々しく歪ませた。


「でも団長にだって、ああ見えてごくまれに、少しは良いところも――」

「ふぅ! いいですよメイリーさん、もっともっと、ハジけていきましょう! 幼女の美声で、僕の鼓膜とハートを震えさせてください! そしてユンファくんは、まだまだイケます! キミの限界はそこじゃない! 限界を超えるまで出し切って! イッちゃって! あとエミリアさんはまだ見栄を張っていますね! 背伸びする姿も尊いですが、ときには恥らいつつも自らを曝け出す勇気も、萌えポイントですよ!」

「――ホぉぉぉーリーぃぃぃっ! いい加減にしてください、鬼士様の御前ですよ!?」

「ぐべらっ!?」


 興奮して早口でまくしたてながら、少女たちの周りを羽虫のように動き回る自分たちの団長――ホーリーに、堪りかねた副団長が、鉄拳制裁を下す。振りぬいた拳がいい角度で顎に決まり、情けない悲鳴を漏らして、膝から崩れ落ちる一角鬼の青年。だがとくに少女たちが動揺していない様子から察するに、かのクランでは、日常茶飯事の光景のようだ。


「まったく……金等級といっても、ピンキリですね」

「でもあの人、間違ったことは言ってないっスよね」


 リノリアの呟きを拾ったのは、傍らの長身鬼士――ドゥンだった。


「言い方は少々アレっすけど、ちゃんと団員たちのイイところと悪いところを、的確に指摘しているっス。さすが新人育成で名を馳せている、金等級クランっスよね」


 一口に冒険者稼業と言っても、その内容は多岐に渡る。よってその中でも高位とされるパーティーやクランが、何らかの分野に特化することで同業者との差別化を図ることは珍しくない。とくに彼ら〈蕾の守護者リトルガーディアン〉の場合は、所属する新人冒険者たちの、育成と教育が挙げられる。


 なにせ冒険者という生業は、常に危険と隣り合わせだ。夢を抱いて冒険に駆け出した新人が、取るに足らない躓きで、永遠にその可能性を摘んでしまうことも珍しくない。そんななか、たしかな選別眼と的確な指導で、着実に有能な人材を育成するかのクランを、ギルドが評価しないはずがなかった。


「ホーリー、あなたはもう立派な金等級冒険者。わたくしたちの団長なのですから、もう少し、節度というものを意識してください。具体的には気絶したフリをしてローアングルから団員たちのスカートの中を覗かないでください」

「うんうん、メイリーさんもエミリアさんも、絶妙な角度で見えそうで見えないを死守しているね。団長としては安心だけど、男としては忸怩たる思いだよ。逆にユンファくんはまだガードが甘いかな。でも可愛らしい土手がとってもキュートだねっ!」

「あ、ありがとう、ございます?」

「ユンファ? ここはキレていいところよ?」

「めぇぇ~。副団長マネージャーも、タイヘンですねぇ~。いったいコレの、どこがいいんですかぁ~?」

「っ!? な、なななな、なんのことかしらメイリーっ!?」


 自分よりも一回りちかく年下の団員からの指摘に、顔を真っ赤にして狼狽する副団長。しかしそんな彼女の反応にも気付くことなく、何故かスカートを履いた少年の恥じらう姿にグッと親指を立てている青年には、同じ女性として少女鬼士は気の毒でならない。


「というかあのインキュバスの子は、何故にあのような格好を? 男の子ですよね?」

「なんか、団長命令みたいっスよ。このまえ『やっぱり男の娘にはスカートですよねっ!』って、力説されたっス」

「業が深いにも程がありますわね」


 ちなみにリノリアは、美少年には短パン派だ。

 彼とは決して、相容れることはないだろう。


「これこれ、ヌシら、戦闘中だというのに軽口とは余裕じゃのう。油断大敵。暇を持て余して居るなら、少しでも筋肉を鍛えぬか」

「むしろ戦場で筋トレをしているほうが、戦いを侮辱しているとは思いませんか?」


 嘆息を交えつつ、背後からの声にリノリアが振り返ると、そこには見慣れた巨漢の姿。しかし鍛え抜かれた肉体に黄金鎧をまとい、数多の戦場を共にした金剛棒を担ぐ〈金剛鬼士団(ゴールデンナイト〉の団長――ゴードンは、戦場において、その存在感をさらに増したように感じられる。


(……やはり、格が違うということなのでしょうね)


 事実、前線を先輩鬼士たちに任せて後方に下がらされているとはいえ、リノリアが慣れない戦場でここまで落ち着いていられるは、歴戦の古強者である祖父の影響が大きい。それはきっと、かの団員たちも同じことだろう。絶対的強者の庇護とは、そういうものだ。


(悔しいから、本人には絶対に伝えませんけど)


 憧憬と嫉妬を隠しつつ、少女鬼士は問いかける。


「それで、前線の状況は? 団長が下がってきたということは、何か進展が?」

「まあ、あまり好ましくない展開じゃがのう」


 ゴードンの説明によると、どうやらこの戦場には、魔人教のなかでも過激派として知られる断罪司教〈菌樹〉とその配下が潜伏しており、各戦場に散っているドワーフたちの魔道具を用いた情報交換によって、すでに凶悪な懲罰使徒である〈傀儡士〉と〈不死者〉の存在が確認されているとのこと。


「〈傀儡士〉と〈不死者〉っスか。〈菌樹〉の有名な両腕っスよね」

「うむ。気奴らの手駒である傀儡人形と不死兵団に、皆も手を焼いているらしい。そこで一度、皆と合流して、態勢を立て直したいそうじゃが……どうする、リノリア? 今回の指揮官は、ヌシじゃぞ? 重荷なら、いつでも代わるが?」

「ご冗談を、団長。この程度の期待に応えられずして、どうして王子殿下の鬼士を名乗れましょうか」


 挑発するような祖父の笑みに、即答する少女鬼士。


「わたくしも、異論はありません。すぐに行動を開始して――」

「もらっちゃあ、アタイらとしては困るんだよなぁ」

「――っ!?」


 リノリアの言葉に割り込んだのは、まだ幼い、少女の声だった。しかし彼女は邪教徒たちが身に纏うそれと同じ外套を羽織っており、三角頭巾に代わってその顔の上半分は、髑髏を模した仮面で覆われている。


「何奴っ!?」

「ん、アタイか? アタイのことはそうだなぁ……親しみを込めてキューちゃんって呼んでくれていいぜ? ま、ホントは傭兵モドキなんだけど、ご覧のとおり暗殺から雑用までなんでもござれの使いっぱしりでね。いやー、下っ端はつらいぜ」


 そのような軽口を叩きながら、傭兵を名乗る髑髏仮面の少女は、仮面から覗く口元を挑発的に吊り上げた。


「ってことで、アタイらも仕事なんだ。恨まず手こずらせず――さっさと、死んでくれよ」



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