【第08話】 襲撃①
【前回のあらすじ】
鬼嫁(婿殿のチョロさ、心配だなぁ……)
ブタ(オビィのチョロさ、心配だよなぁ……)
「……おっ、ここにおったか」
〈知恵捨団(チェストマン〉から派遣された若武者たちの処遇を、副団長である奥さんと相談してから、数十分後。ふたたび捜索の任に当たっていた俺と赤鬼――ラックのもとに、ひとりの土精人が歩み寄ってきた。
「あ、えっと……ロロク、さん?」
「バーカ、コイツは倅のボロロだよ。ロロクのジジイはこいつのオヤジだ。間違えんなよボケカス」
土精人としては一般的な、酒樽のごとき恰幅の良い体形に、モジャモジャと立派に蓄えられた顎髭。その一部を編み込んだ彼を、無知な豚は〈大地の大槌(ハンマー・オブ・ドワーフ)〉を率いる金等級冒険者だと推察したのだが、不正解だったため赤鬼に頭を叩かれてしまった。痛い。
「まーでもたしかにドワーフやエルフどもっつーのは、ある程度まで歳をとると見わけがつきにくくなるよなー。たしかオマエって、お偉い希少精人サマじゃねーんだから、オレ様とそう歳は変わんねーはずだろ?」
この世界には有名なものだけでも鬼人、精人、獣人、蟲人、鱗人、翼人といった多種多様な人種が存在しているわけだが、なかには希少種や古代種と呼ばれる、特別な人種が存在しているらしい。
それらは大抵の場合、生まれながらにして頑強な肉体や膨大な魔力、長命な寿命や固有の魔法回路といった生物的優位を獲得しているため、どの種族においても、古くから彼らは一族を率いる支配者階級に収まっているとのこと。
(たしかこの国の王族も、角冠鬼とかいう古種鬼人なんだよな)
とはいえ、その存在こそはこうして知られている者の、かような理由からただでさえやんごとなき身分に収まっているうえに、その尋常ならざる身体能力と引き換えに彼らはひどく繁殖能力に欠けるそうなので、その絶対数は少ない。よって王族や貴族でもない庶民が彼らの姿を目にすることは、ほとんどないといえるだろう。じっさいにこうしてラックと言葉を交わしている土精人――ボロロも、鬼族とそう変わらない寿命を持つ、一般的な精人のようだ。
「フン、なんじゃラック。それはこの歳でまだ、銀等級で燻っとるワシへの嫌味か?」
「ははっ、オヤジどもと一緒で気まずいのはわかるけど、そうつっかかんなって、ボロロ。今度またイイ店連れてってやるからよぉ」
「……フン。よせやい。ワシは所帯持ちじゃ。というかラックよ、オマエさんもいい加減に、身を固めてみたらどうじゃ?」
「うっせぇよボケカス。余計なお世話だっつーの」
「はは、照れるな。照れるな。いいぞー、家族は。働き甲斐ができる。家に帰るのが楽しくなる。何より毎日の酒が美味くなる」
「おーおー、見事に飼い慣らされてんなぁ。ごちそうさま、っと」
おそらく同業者であると同時に、個人的な知己でもあるのだろう。気の置けない会話を交わす先輩冒険者たちに、完全に空気にされてしまった豚野郎。そんなエア豚に、既婚者らしい土精人が気付いてくれた。
「おっと、すまんすまん、話が逸れてしまったのぅ。本題は、オヤジからの伝令じゃ」
いたたまれないモブ豚を慮って、早々に会話を切り上げてくれたボロロ。そんな彼は、クランからの伝令を告げる。
「そろそろやっこさんの気配が濃くなってきたから、各々準備しとくように、と。あとこいつの調整も、ギリギリじゃが何とかなったぞぃ」
続いてボロロは、肩から吊り下げている携帯鞄から、小さな円環を数個ほど取り出した。鈍銀の土台に無色の鉱石が埋まっているという、シンプルな構成の指輪だが、うっすらと魔力を帯びているあたり、何らかの魔道具なのだろう。
「おう、すまねーな。報酬はいつもの支払いで大丈夫か?」
「ああ、それで問題ない。ちゅーかよぉ、ラック。オマエさん、こんな高価な魔道具を持っとるんなら、メンテナンスはこまめにしておけよ。道具が泣いとるぞぃ」
「あん? 仕方ねぇーだろ。普段ならこんなの、使うまでもねぇーんだからよぉ」
「んん? ということはなんじゃい、やっぱりオマエさん、今回のクエストのために、わざわざ埃被っとった『これ』を、道具箱から引っ張り出してきたっちゅーことかい?」
「……チッ」
「ガハハッ! そうかそうか、相変わらず、顔に似合わずマメなヤツじゃのう!」
「クソが。ウゼぇんだよ。仕事を終えたンならさっさと失せろ」
「あ、あのぉ、ラックさん、それはいったい……?」
渋面を浮かべるラックの背中を、豪快に笑うボロロがバシバシと叩く。一方で無学な豚の興味は、赤鬼の手に収まる、複数の円環状魔道具に惹かれていた。
「なんじゃ、オークのボウズにはまだ説明しておらんのか」
好奇心旺盛な豚に反応してくれたのは、魔道具に対して一家言を持つことで有名な土精人。本来の持ち主が止める気配がないので、古来より魔道具の扱いに秀でるとされてきた一族の末裔は、喜々として説明を続ける。
「ボウズ、これはな、こういった大人数であたるクエストなんかで役に立つ、通信用の魔道具なんじゃよ。ほれ、ワシらも似たようなものを身に着けとる」
そのように語るボロロの腕には、たしかに、指輪と腕輪という違いこそあるものの、金属製の土台にいくつかの魔法石が埋め込まれた、魔法道具が嵌っていた。
「基本的な原理は共鳴石の応用で、特定の魔力波長を受けると、円環に埋め込まれた魔石が発光したり振動したりするっちゅー代物よ。それこそ遺跡から発見される聖遺物級の代物になると、国同士で離れていようとも互いの意思を一言一句漏らさず疎通できるらしいが、まあ、簡単な波長を受信できるだけでも、現場では十分実用的じゃろうて」
あらかじめ仲間内で『撤退』『合流』『援助』といった波長信号を決めておくだけでも、ときとして互いの意思疎通が困難になる冒険において、大事な命綱になるという。
「ま、ともあれ後輩のためにこうして保険を用意してやるあたり、いやぁ、じつにお優しい先輩じゃのう! さすが金等級じゃわい!」
「あ゛あん? ナニ寝ぼけたことヌかしてんだよボケカス。ドワーフのクセに酔っぱらってんのかぁ? いいか、勘違いすんな。これはあくまで、オレ様が下僕どもを便利にパシらせるために用意してやっただけのモンだ。くだらねぇ邪推なんかすんじゃねぇよ、アル中野郎」
「……とまあこんな具合に、ラックは照れると口数が荒く多くなるからのぅ。覚えとくとええ」
「はい、わかっています」
「~~~っ! ぼ、ボボボ、ボケカスどもがァあああ!」
羞恥のあまり、ただでさえ赤い顔を真っ赤に茹でて、愛用の魔法道具である伸縮自在の大槌を取り出して振りまわし始めた金等級冒険者。
「……っ! ちょ、待ってくださいラックさん! 大槌はやばいですって! あ、痛い痛い! マジで痛いっ!」
「はは、それじゃあのうラック! ボウズも、生きておったらまた会おう!」
「この状況で逃げるんですかっ!?」
暴れる赤鬼から薄情者の銀等級冒険者が逃げ出した一方で、取り残された銅等級冒険者は、先輩冒険者から照れ隠しというには手ぬるい暴行を受けるのであった。
●
最初に『それ』に気付いたのは、一団の追跡役を担っていた土精人たちではなく、その中心で彼らに指揮を出していた、黄金鎧姿の一団だった。
「……ぬぅ」
「……? どうかいたしましたか、おじ――団長」
「なんじゃ……この奇妙な魔力の流れは……っ?」
本来であれば気にする必要もない、微かな違和感。そこに数十年来に及ぶ戦士としての予感が働いたのか、〈金剛鬼士団〉の団長――ゴードンは、瞑目して上位の索敵魔法である〈波長感知〉を発動。雷の属性を帯びた魔力の放出と反射により、通常よりも詳細な索敵範囲の情報を収集する。
「む、いかん! 囲まれておる! 皆の者、ただちに陣形を整えよ! 警戒態勢じゃ!」
直後に目を見開いて叫ぶ鬼士団長の言葉に、驚きこそすれ、疑う部下などこの場にはいない。団長命令に、速やかに四名の鬼士団員たちが反応した。
「よっしゃ、それじゃあ新入りどもは後ろに下がってな!」
「お嬢はビビってもいいけど、お漏らしだけはカンベンしてほしいねぇ」
「パウリ! それにブロウも、わたくしを子ども扱いしないでくださいまし!」
「はいはいお嬢、センパイの指示には素直に従うっスよっと」
顔を赤らめて反抗しつつも、鬼士団のなかでは新米である少女鬼士――リノリアは、先輩鬼士の指示に従った。正面に騎士団長が、その左右を先輩鬼士たちが固め、後方にリノリアともうひとりの新人である長身鬼士――ドゥンが、控えるかたちである。
「それでおじ――団長、敵というのは伏兵ですか!? わたくしたちは、待ち伏せされていたのでしょうか?」
「ぬぅ……わからん。とにかく、奇妙な魔力の流れを感じたと思ったら、ヤツらが突然に現れよったのじゃ」
「ま、団長がそう言うなら、そうなんでしょうよ」
「それに仮にも、これだけ金等級クランが集まって、警戒しながら追跡していたのです。さすがに全員が無能だったなんてオチは、信じたくないですねぇ」
孫娘の問いに、祖父である金剛鬼が答える。そうした団長の返答を、鉄鎖棘球を構える恰幅の良い鬼士――パウリエルも、両手剣を構える痩躯の鬼士――ブロウィンも、疑う様子は見受けられない。彼らの反応は、そのまま〈金剛鬼士団〉が築き上げてきた信頼と実績の体現であった。
「伝令! 伝令です!」
それから一分と間を置かずに、警戒態勢をとった鬼士たちのもとへ、声を荒げた冒険者が駆け寄ってくる。
機動性を重視した軽鎧に、片手剣に片手盾と、冒険者の基本型とも呼ぶべき、汎用性の高い装備品。豊かに波打つ金桃髪を額でかき分ける一本角のもと、凛々しい美貌を魅せる彼女は金等級クラン〈蕾の守護者〉の、副団長であった。
「申し訳ございません、鬼士様! 敵性勢力に、包囲されてしまいました!」
鬼士たちのもとへ辿り着くなり、美貌の冒険者は膝を折って頭を垂れる。
「この非は如何様にも後ほど受け賜りますので、今はとにかく、専守防衛に努めてください! すでに敵勢力排除には、私ども冒険者が当たっております!」
「賢明な判断でありますぞ、ローズ殿。それに謝罪は無用。安全の保障された戦場など、この世界のどこにもありはいたすまい。加えて我らへの遠慮も結構。なにせ我らは王子殿下の剣。主のために戦うことこそ、鬼士の本懐にて」
「……ご配慮、感服いたしますっ!」
叱責を覚悟していた様子の一角鬼――ローズに、あくまで寛大な姿勢を崩さない第三王子直属鬼士団の団長。そんな堂々たる祖父の姿に、低頭する冒険者以上に驚きを隠せない、孫娘の姿があった。
「お、お爺様が、真っ当な発言をなさっている……っ!?」
「こらこらお嬢、失礼っすよ。ああ見えても団長は、いちおうはオイラたちの団長なんっすから」
「おいおいドゥン、それはあんまりフォローになっていないぞ?」
「まあ団長って、普段は真顔で『筋肉の喜ぶ声が聴こえるじゃろう?』なんて聞いてくる変態さんですからねぇ」
「こらこらお前たち、あまり褒めるな」
背後で好き勝手にのたまっていた部下たちに振り返り、何故か逞しい上腕二頭筋を「むんっ」とビルドアップしたあと、鬼士団長は困惑気味な冒険者へと向き直る。
「それで、敵性勢力の規模は? 目的は? 正体はやはり、〈大地の大槌〉の推測通り、〈背刃〉とやらで間違いないのか?」
「は、はい……」
鬼士団独特の空気に、まだ順応できていないのだろう。それでも根が真面目なのか、美貌の一角鬼はすぐ質問に答えた。
「突如として出現した敵性勢力は、おそらく私たちよりも多いですが、大半は、たいした手練れではありません。ですが……」
追跡隊の中央に配置されていた鬼士団にまだ敵の刃は届いていないものの、周囲の森からはすでに爆音や破砕音、怒声に悲鳴、剣戟の奏でる金属音が響いている。
加速度的に濃くなる戦場の空気。
だがそれ以上に不吉な『何か』を忌避するように、
一角鬼の冒険者はその美貌を歪ませた。
「……敵は、裏ギルドなどではありません。魔人教です」
●
「原罪だ」「贖罪の刻だ」「罪に塗れし罪人たちよ、大人しく懲罰の施しを受け入れよ」
森の中に、不気味な唱和が木霊する。
陰々鬱々とした途切れぬ一方的な通告を行うのは、三角頭巾を被った謎の集団。突如として現れた彼らに包囲された俺とラックは、その魔の手から逃れるように、森の中を疾走していた。
「チクショウ、何なんですかコイツら!? 罪だ罪だって、ラックさん、いったい何をやらかしたんですか!?」
「馬鹿野郎、コイツらは魔人教っていう、キ〇ガイ集団だよ! オレ様は関係ねぇ!」
「はっ!? 魔人教ってたしか、大陸のあちこちで問題を起こしているっていう、邪教集団ですよね!? そんなヤバい連中にラックさん、何をしたんですか!?」
「だからオレ様がやらかした前提で話をすんなボケカスぅ! オレ様はせいぜい、クエストでヤツらの支部を潰したぐらいだよ!」
「それ十分に怨み買っていますからね!」
などと先輩冒険者にツッコミつつ、俺たちの側面を狙って飛び出してきた狼型魔獣の牙を避け、すれ違いざまに〈波撃〉を乗せた掌打を叩き込む。その反対側では襲い掛かってきた猿型魔獣を、赤鬼の相棒である魔法大槌が脳天ごと叩き潰していた。
「ボケカスぅ、いちいち足を止めんな! 走れ走れ走れ!」
「ブヒィ!」
突発的な開戦。意味の分からない戦闘。それでも足は止めず、森の中を走り続ける。徐々に強まる指輪の反応に導かれて、目的地を目指して駆け抜ける。
「それじゃあ、この不自然な魔獣たちの発生と襲撃は、アイツらの所為なんですか!?」
「ああ、おそらくなァ! なんでもヤツらァ、魔人どもが使う魔法を一部だが使いやがるってハナシだからなァ! おそらく魔獣の使役も、そのひとつだろ!」
魔人――と告げられたその言葉に、かつて相対した絶対的強者の記憶が掘り起こされる。遅れて、全身にゾワゾワと湧き上がる悪寒。本能的な恐怖。それらを鼻息荒い豚野郎は、戦意を以て塗り潰した。
(……大丈夫、あの頃の俺とは違うんだ。次は絶対に、負けない!)
苦い敗北の記憶。それを乗り越えるために、俺は今日まで鍛えてきた。備えてきた。何より今の俺には、あのときいなかった、大勢の仲間たちがいる。
「婿殿!」
そうして指輪型魔道具の共鳴機能を頼りに森の中を駆けていると、見覚えのある女蛮鬼の姿を発見した。同時にあちらも俺を視界に捉えたのだろう。思わず表情を弛緩させてしまい、慌てて引き締めようとする鬼嫁のいじらしさに、戦場だというのについ口元が緩んでしまう。
(さっそく、ラックさんから借りた指輪が役に立ったな)
すでに土精人から受け渡された指輪は、一度合流した際に〈|豚鬼の尻尾(ブギ―テイル)〉のメンバーにも配布してある。そのお陰で、スムーズに合流することができた。
「オビィ、無事でよかった」
「それはこちらの台詞だ、婿殿」
「シュレイ、ミミル、パオヘイも、怪我はないか?」
「はい、問題ないであります!」
真っ先に応えたのは、主人である女蛮鬼の背後で控えていた、黒髪を太い三つ編みにしてまとめた隷妹頭である森鬼の少女――シュレイ。
オビィのそれよりも濃い暗褐色の肌を紅潮させ、鬼人よりも長い尖耳をピンと張った少女は、緊張と興奮の度合いが半々といったところか。やや気負っている感はあるものの、戦闘に際して、悪いコンディションではないだろう。
「ぱ、ぱぱぱ、パオも、大丈夫です! ハオ!」
対照的に、言葉とは裏腹に周囲をキョロキョロと見渡し、ビクビクと身体を震わせているのは、隷妹のなかでもっとも下の妹分となる、蟲人の少女――パオヘイ。
俺たちから遅れること半年ほど。単身で冒険者試験に合格したことから、戦場における最低限の実力は保証されている。だが如何せん、性根がそもそも荒事に向いていない。現に今も前髪に覆われた表情は、泣き出す寸前まで歪んでいる。蟲人の特徴である触髪も、シュンと力なく萎れていた。
(……でもこの子の能力は、戦場でかなり重要なんだよな)
だからこそ、今回のクエストには彼女を同行させたのだ。だが同時に、パオヘイは『とある爆弾』を抱えているため、取扱いには細心の注意が必要だ。そんな煩悶豚の危惧を、残る隷妹が的確に察してくれたようだ。
「任せてくださいですピョン、旦那様! パオのことは、ちゃんとウチが面倒見ておくですピョン!」
空に向かって真っすぐに伸びたウサギ耳を揺らすのは、身体の一部を焦げ茶色の獣毛で覆った兎人の少女――ミミル。隷夫である大鬼の少年には少々辛辣ではあるものの、基本的に面倒見がいい彼女がそのように請け負ってくれるのなら、心配性な豚も一安心である。
「と、そういえばタウロくんは? それにクロガネさんたちの姿も見当たらないけど?」
「……ウォオオオオオオッ……」
「……キィエエエエエエッ……」
俺の疑問に被せるように、森の奥から咆哮と猿叫が木霊してくる。それから間もなく、音源の方向からゾロゾロと連なる人影が現れた。
「に、兄さん、お帰りなさい」
「おお、ご無事でなによりじゃ、ヒビキどん!」
「……うげ。戦闘狂ども二匹が、戻ってきやがったですピョン」
帰還してきた人物たちに、行儀悪く舌を覗かせる兎人の少女。
だがそんな彼女の反応も、ある意味では仕方がない。
なにせ片や身の丈二メートルを超える筋肉質の巨漢――タウロ。
もう一方は顔に横一文字創を刻んだサムライ――クロガネ。
互いが手にするそれぞれの得物……分厚く巨大な棍棒と、刀身に浮かぶ波紋が美しい大太刀には、べったりと魔獣の血が付着している。若武者に至っては、その手に三角頭巾を剥ぎ取られた魔人教の『生首』を数個、ぶら下げていた。
「あ、あの、クロガネ、殿? それは何でありますか?」
「クロガネで結構じゃ、シュレイどん! それにこれは、首級じゃあ! 戦場で討った命は首級にしてやらんと、この者たちも浮かばれんでのぅ!」
「あ、あわわ……蛮族ですぅ……やっぱりヒノクニのサムライは、野蛮ですぅ……」
まだ血の滴る生首をまるでトロフィーのように掲げ、無邪気な笑みを浮かべる火乃國のサムライ。そんな若武者の姿に隷妹頭の森鬼はドン引きし、末妹の蟲人などはその背に隠れてガタガタと震えていた。
「あの……いちおう言い訳をさせていただきますと、わたくしたちはちゃんと、生け捕りにしようとしたのですよ?」
「でもコイツら、負けが決まった瞬間に自害しやがったのにゃー」
「そのときに、持っていたヘンテコな魔道具も壊れてしまったなぁーご」
言葉足らずな義兄に代わり、補足を加えてくれたのは彼の義妹にあたる巫女少女――サクヤである。続いてその従者である獣人姉妹――姉のカトラがやれやれと首を振り、妹のタルマが経典のような魔道具を差し出してくる。たしかにその表紙中央に据えられた結晶体は砕け、魔力の残滓もほとんど消えかかっていた。
「はぁん、徹底しているこった。おそらくそいつが、ヤツらが魔獣を操っている魔道具なんだろうよ」
「機密保持ってことですか。でもそのために術者ごと自害だなんて、なんか、胸クソ悪い連中ですね」
「相手は国家認定の邪教集団だ。あまりまともに向き合うな、婿殿」
世の中には理解できるものと、理解できないもの、そして理解してはいけないものがある。この邪教徒たちは、間違いなくその第三の選択肢に当て嵌る連中だ。そしてそんな危険人物たちが襲い掛かってくる現状に、臆病な豚の不安は上昇の一途を辿っている。
「なんで……こんな連中が……」
「まあ十中八九、遺跡が目当てだろうな」
無学な豚の疑問には、博識な金等級冒険者が答えてくれた。
「なにせ遺跡ってのはもともと、コイツらが崇める魔人サマの所有物だってのが、魔人教の言い分だからな。だから邪教徒どもからすれば、自分たちはご主人サマの所有権を主張しているだけで、オレ様たちこそ、そこに土足で踏み入る野蛮人なのさ」
「……その話、証拠は?」
「ねぇよ。連中が勝手にほざいているだけだ。だからどの国も認めてねぇし、邪教認定されてるんだろ」
でもな、とラックは面倒くさそうに頭を掻いて。
「ぶっちゃけ、その話が事実だとしても、国としてはその所有権を認めることはねーだろうよ。なにせ遺跡っつーのは、魔道具の宝庫だ。よしんばそこから聖遺物のひとつでも見つかれば、それだけで小国の勢力図ぐらい簡単に書き換わるからな。他国がそうして力を蓄えていくのを、自分の国だけ放棄するなんて馬鹿なマネ、為政者どもがするわけねーだろ。ンな甘っちょろい国があったら、とくに滅んでいるっつーの」
「……」
「それに魔人どもを崇める――言い換えれば国によっては研究の制限されている、魔人の専門家であるヤツらが、そこの魔道具みたいにヘンテコな魔法回路を開発して使用しているっていうのは、まぎれもない事実だからな。加えて有名な魔人どもの救う地下迷宮は、どれももともとは大規模な遺跡だったっつー説は、一部では有名なハナシだ。そのどれもが無関係だってのは、さすがに無理があるだろ」
「だったら、魔人教は――」
「だとしても、長いドラゴンには巻かれろ。獣人の尾を踏むな。こういう危険管理も、冒険者として生きていくコツだぜ、ボケカス」
「……」
言外に『浅慮で踏み込むな』と含めてくる先輩冒険者は、間違いなく親切心で教えてくれているのだろう。だが恩知らずな豚はそんな彼に、どうしても譲れない想いをひとつ、抱いている。
(でも……そんな彼らが所有する技術のなかに、もし、マリーを治療する方法があるのだとすれば……)
今も女蛮鬼の集落で、病床に伏せている母親のことを想うと、胸が苦しくなる。
一刻でもはやく、彼女を癒したい。救いたい。
そのための最短の手段として冒険者となった豚野郎ではあるが、それよりも確実な近道を発見したとして、はたしてその道を選ぶことを、間違っているとはわかっていても、俺は踏み止まれるのだろうか。
「あはは! みんな、ちゃんと合流できたみたいだね!」
「ブーハオ。アナタがモタモタしてるから、ワタシたち、ビリケツネ」
そんな淀んだ想いに囚われているあいだに、ラックがリーダーを務める〈三色鬼〉の残る仲間たち、魔導士の外套を纏った青鬼――ヒューリーと、蟲華国風の衣装を身に着けた緑鬼――バクウンが、森の向こうから現れた。
「そんな、ひどい言いがかりですよ! そもそも僕って、今回必要でしたか!? 完全に、体のいい囮扱いでしたよね!?」
「まあまあ。オマエさんのおかげで、ワシらは楽できたわい」
「お礼に一杯、呑むか?」
「ジジイどもの感謝なんていりませんよ! 僕に酌をしたいなら、美少女もしくは美女に生まれ変わってから出直してください!」
彼らの背後には、俺たち〈|豚鬼の尻尾(ブギ―テイル)〉と同様に同盟クエストに駆り出された、単独冒険者である賢鬼――モリィシュタルの姿があり、さらにゾロゾロと見覚えのある土精人たちがあとに続く。
「リーダー、とりあえず近くにいたオジイサンたちは、全員回収してきたよぉ~」
「よーし、よくやったヒューリー。これで足腰弱いジジイどもが、戦場でスッ転ぶ間抜けな図は回避できるな」
「ぬかせ若造が。ワシの腰はまだ、昼も夜も現役じゃい!」
「ん、ロロクよ。少しばかり猿鬼のボウズに汚染されとりゃせんか?」
どうやら俺が仲間たちとの合流を目指していた一方で、金等級冒険者たちは他のクランとの合流を図っていたらしい。とくに土精人たちは追跡隊の主軸だったため、クランメンバーがあちこちに散っていた。その一部を、ヒューリーたちが先回りして回収してきた流れのようだ。
「ん、でもあの人たちもそれなりに、戦えるはずでありますよね? それなのにわざわざ回収に向かう必要があったのでありますか?」
「それはですね、シュレイさん」
「スケベ眼鏡は呼んでないでありますよ?」
疑問を漏らした森鬼の横に、ぬるりと現れた片眼鏡の賢鬼。素で拒絶の意を示している隷妹頭の塩対応にもめげず、女性と話せること自体が嬉しいのか、単独冒険者は陽気に会話を続ける。
「単純に、得手不得手の問題ですよ。たしかにドワーフたちは、頑強な肉体で知られる種族。その特性を活かした突撃や防衛なんかは得意ですが、反面であの体形から察せられる通り、機動力はからっきしです」
「つ、つまり、こういうん森のなかでの、移動しながらの戦いは、ふ、不向き、というわけですか……?」
「その通りですよパオヘイさん! 素晴らしい! ご褒美にハグしてあげましょう! あとそんな老人たちを労われる僕に、今すぐ惚れ直してください……って、痛い痛い! お尻が割れる!」
「だから! テメエは! すぐに! ウチらの! 身内に! 手を出すなですピョン!」
隷妹たちの疑問に答えていた賢鬼だが、応答がセクハラに変わったあたりで、兎人による『スパン!』『スパァアアン!』と小気味いい痛烈なキックを臀部に見舞われていた。しかしその顔がどこか嬉しそうなので、あまり効果はなさそうだ。無敵かよ。
「まあいい。んじゃとりあえず、次は本隊との合流を目指すぞ。クソったれどもの対応は、ボンボンどもの指示を仰いでからだ。ジジイも文句ねぇな?」
「ま、それが妥当かのう」
現状、俺たちは魔人教からの奇襲を受けている。完全に、待ち伏せされたかたちだ。つまりは後手。このような状況のまま、各々の力で事態を打開するよりも、まずは追跡のため散っていた戦力を一か所に集結したのちに、意思を統一。対応に当たろうというのが、金等級冒険者たちの判断らしい。
「それよりもロロクのジジイ。ひとつ、気になってることがあるんだが――」
「ブーハオ! それ、危険! 手放すネ!」
「チィ! 仕込み罠かぁ!」
傍ら土精人に何かを確認しようとしていたラック。その言葉を遮るように、バクウンの鋭い声が響き渡り、舌打ちしたクロガネが、手にしていた魔人教の生首を放り投げる。
(な、何事だ!?)
見ればそれら頭部は、いつのまにか肌の一部がブクブクと膨れ上がっていた。見る間に風船のように膨れ上がったそれは、臨界を迎え、ついには空中で破裂。饐えたカビのような臭いとともに、大量の薄緑の粉塵が撒き散らされる。
「毒っ!? ダメだ、みんな息を止めろ!」
思わず、仲間たちを背に、薄緑色の粉塵に立ち塞がる肉壁豚。そこには仲間を守りたいという咄嗟の判断のほかに、俺ならばこの程度の衝撃に耐えられるだろうという、安直な見積もりがあった。
「馬鹿! ボケカス、退けっ!」
それが――間違いであった。
「ッ!?」
……ぷくっ……
……ぷくぶくぶくっ……
……むりゅむりゅこぽぉっ……
まず、薄緑の煙幕を浴びた肌の表面に、違和感があった。それから炎で炙られても芯まで熱を通さない豚皮の表面に生まれたのは、小さな水泡。それが見る間に膨れ上がり、増えて、集まり、繋がって、やがてそれは小さな傘状突起物――『キノコ』を形成した。
(腕からキノコが生えた!? どういう魔法だよ、コレ!?)
未知の魔法だが、おそらく、何らかの状態異常だろう。とにかく、腕や頬に生えたこれらを、放置しておくのはよろしくない。何より、自分の身体からよくわからないものが生えているという状況は、生理的な嫌悪感が強い。
「こんなもの――」
「――馬鹿野郎、ボケカス! 引き抜くんじゃねぇ! とにかく下がれ!」
そのような咄嗟の行動を、またしても赤鬼に咎められる。強引に俺の動きを止めた金等級冒険者には、迂闊な行動をとった豚野郎に対する憤りと、それ以上に濃い動揺の気配。ここでようやく鈍感な豚は、事態の深刻さを悟った。
「チクショウ、ヒューリー! すぐに風で粉塵を吹き飛ばせ! おい、そこの巫女ども! 結界は張れるか!? すり抜けられる物理防壁はあんまり効果がねぇ、とにかくあのケムリを、これ以上近づけさせるんじゃねえぞ!」
「おいおいラックのボウズよぉ。こいつは、まさか……」
こめかみに青筋を浮かべつつも、次々と指示を飛ばす赤鬼の金等級冒険者。そこにもうひとりの金等級冒険者が、深刻な顔で意見を求める。
「ああ、間違いねぇ。このやり口。クソったれの断罪司教サマ、〈菌樹〉ブロムウィッチの仕業だ……ッ!」
・順調に進んでいた探索に、風雲急を告げる魔人教の影。
・次回、久々のバトルパートです。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は七月二十九日の予定です。
m(__)m




