【第05話】 〈知恵捨団〉①
【前回のあらすじ】
・『サムライ』『ニンジャ』『ミコ』=『サブカル三種の神器』
「も、申し訳なかぁ~っ‼」
突然の襲撃から一刻後。実行犯である黒髪のサムライは、今は自らの意思で地面の上に両膝をついたうえで、深く頭を下げていた。
「お、おいは、大叔父どんの御弟子様に、なんちゅうことを……っ!」
「あ、あの、クロガネ、さん? 頭をあげてくださいよ。ねっ?」
聞くところによると、彼の名はハガネ・クロガネ。年齢は二十と四。火乃國には多いとされる黒髪を短く刈り揃え、右頬から左頬にかけて横一文字に横断する古傷が、若武者の荒々しい精悍さを引き立てている。
またその名前と、本人の発言からもわかるとおり、なんとこの若武者は俺がかつて師事したサムライ――ハガネ・テッシンの血縁者であり、そのうえ彼はこの数年間、音信不通となった大叔父の足跡を辿って、大陸中を放浪していたのだという。
「ヒビキ殿。うちらからも、どうかご容赦のほど、お願いしますのにゃ~」
「ガネさまもこの一年ほど、テッシン御大の追跡が思うように捗らず、思い悩んでおられたのですなぁ~ご」
そうして地面に額を擦り付ける勢いで低頭する若武者の後ろで、自らもまた地に膝をついて頭を垂れる、忍び装束の少女たち。猫耳と猫尾をはじめ、身体の一部が獣毛で覆われた彼女らは猫人の獣人姉妹だ。
黄地に焦げ茶が混じった虎毛の少女がカトラ、墨をまぶしたような黒毛の少女がタルマとだと、先ほど自己紹介を受けている。
(さすが双子姉妹。毛色こそ違うけど、顔つきはよく似ているな)
年齢は、十代中ごろといったところ。個人的にはやや目尻の上がった姉が強気で、目尻の垂れた妹が気弱そうな印象を受けるが、ともあれふたりとも整った顔だちの、魅力的な少女であることに間違いはない。
「……ですが半年ほど前に、わたくしの占術によって、この地で【彼の者に連なる者と、縁が繋がる】という託宣が出たのです」
そんな彼女たちから距離を置いて、面目なさそうに顔を伏せるのは、巫女装束をまとう只人の少女――サクヤ・アサヒナである。
年齢は獣人姉妹と同程度。白と紅を基調とした巫女装束に、ほぼ直線で切りそろえた前髪の黒艶が映える少女の瞳は、先ほどからずっと、低頭のまま姿勢を崩さない義兄の背中に注がれていた。
そんな義妹の姿に、ズキリと、胸が痛む。
(……そういえばアイツもときどき、こんな目をしていたっけな)
どこの世界においても、妹に迷惑をかける兄とは、肩身が狭いものだ。
「とにかく、クロガネさん。事情はわかりましたから、もう土下座はやめましょう。カタナの件は、誤解だってわかったんですから」
「……ならん! 今のおいはヒビキどんに、向ける顔なんぞ持ち合わせておらん!」
「いや、そんなこと言われましても……」
不出来な兄というつながりで、一方的に奇妙な共感を覚えてしまっている豚野郎。だがそんな俺の言葉にも、平伏低頭するサムライは応じてくれない。自責の念に身体を震わせながら、けっして短くない時間が経過している。
(あぁもう、埒が明かないな)
けっきょくのところ、被害者である豚野郎に、この状況を動かす力は存在しないのだ。それが可能であるとすれば、この場におけるもっとも上位権限者であり、東方から旅をしてきたという彼らの身元保証人である、金等級冒険者クラン〈知恵捨団〉団長ことワビスケのみ。
「……」
所属する冒険者ギルドにおいて、絶対の実力と信頼が保障される、金等級の肩書を所有する初老の冒険者。
しかしサムライたちの長は助けを求める豚の視線に応えることなく、手にする緋色の刀身が美しいカタナを見つめたまま、すでに十分ほど沈黙を続けている。真剣な武士の横顔に、語り掛けられるほど強靭なハートを、残念ながら臆病な豚野郎は持ち合わせてはいない。
(……はあ。しかたない、ここは待ちの一手だな)
せめて状況が動いたときに備えて、
情報を整理しておくことにしよう。
(ともあれ師匠って、やっぱり故郷では、一門の人物だったんだなぁ……)
なんとなくそんな予感はしていたものの、やはり俺の師匠であるハガネ・テッシンは、火乃國における、重要な人物であるらしい。そのやんごとなき身分を裏付けるのが、目の前で土下座する、一文字創の若武者だった。
なんでもクロガネは、火乃國に根座す師匠の実家から派遣されて大陸中に散っている、家臣団のひとりだという。彼らの目的は、数年前に途絶えてしまった師匠の消息を掴むこと。巫女少女はそんな義兄に、身重の実姉に代わってつけられた補佐であり、獣人姉妹は、少女の実家に代々仕える従者の一族であるらしい。
(そんな彼女たちが、ようやく見つけた手がかりだったんだ。気が逸るのも、無理ないよなぁ)
ハガネの家に生まれた者として、師匠の捜索に自ら名乗りを上げたという若武者。けれど大陸はあまりに広く、そもそも師匠の最後の消息が数年前ということもあって、ままならぬ成果に、焦れる日々を鬱々と過ごしていたという。
そんな折に与えられた、巫女による占術の結果。
彼らはそれに、藁にも縋る思いで命運を託した。
それゆえ遠路はるばる黒壁都市にやってきて、同郷の伝手を辿ってワビスケのもとへ身を寄せたのが、今から数か月前。それから彼らは冒険者として日銭を稼ぎつつ、辛抱強く、占術が告げた『機運』を待ち続けたのだという。
(その果てに発見したのが、探し人の愛刀を我が物顔で所有する、醜い豚野郎だからなぁ……)
そこによからぬ想像を巡らして、ついぞ暴発してしまった若武者を、なかなかどうして、俺としては責める気にはなれなかった。すべてはこの、まぎらわしい豚鬼面が悪い。へこむぜ。
(そもそも師匠の消息が途絶えたのって、完全に俺のせいだし……)
むしろそう言った意味では、若武者の激情は、もっともなものだ。
(……あれからもう、四年も経つのか)
俺がこの世界に転生して、師匠と過ごした数年間。そして最後に魅せつけられた、命を賭して死地に挑むサムライの背中は、いまもなお鮮烈に、胸の内に焼き付いている。
そんな彼のことをこれほど慕うサムライを、弟子として、同じ男として、無碍にできるはずもない。
(いちおう、こちら側の事情は説明したんだ。あとはワビスケさんが、上手くとりなしてくれるといいんだけど……)
さすがに神栄教会の元勇者である母親のことや、その技術の秘奥である俺自身のことを、この場でつまびらかに語るわけにはいかない。けれどそれらを伏せたうえでの可能な限りの情報を、俺は彼に伝えてある。
曰く、俺はかつて、師匠に命を救われた。その後数年間は、師匠とともに旅をした。その際に弟子として、様々な教えを乞うた。そして最後は、師匠はまたしても俺を救うため、自ら死地に飛び込んだ。それ以後の師匠の安否は知れず、精霊鳴刀〈炎蹄紅風〉は別れ際に、彼から預かり受けたものである――と。
「……」
そうした何の証拠もない豚野郎の釈明を、糸目の初老武士は、最後まで黙って静かに聴いてくれた。その後は手渡した精霊鳴刀を手にして、緋色の刀身を見つめながら、深く思案に沈んでいる様子である。
(さすがは火乃國のサムライ、なんだろうな。紅風さんの反発も杞憂だったし、もしかするとあれは、俺にできない『精霊との対話』ってやつなのかな)
だとするとやはり、大事なカタナを預けられたのについぞ精霊と対話することの叶わなかった無能な豚は、黙してこの気まずい空間に耐えるのみ。話の内容が内容のため、隷妹たちに席を外してもらった配慮が、打つ手を欠いた豚を孤独に追い込んでいた。
「……ふむ。相分かった」
それからたっぷりと、数分ほどが経過して。
ようやく、ワビスケの口許が動く。
「紅風殿にも確認しましたが、ヒビキ殿の証言に、虚言の気配は見受けられませぬな」
「えっと……あの、やっぱりワビスケさんは、精霊と対話ができるのですか?」
「おっと、是非ワビスケとお呼びください、ヒビキ殿。それに敬語も不要ですぞ。なにせテッシン御大の御弟子様に敬称を用いられるほど、拙者、立派なサムライではありませぬゆえ」
「いやそんな、ワビスケさんは、誰もが認める立派な金等級冒険者じゃないですか。そんなお人にタメ口とか、できませんよ」
クロガネにも感じたことだが、ワビスケといい、火乃國のサムライはみんな、師匠のことが好き過ぎる。
「とにかく、俺の口調はこのままでお願いします。それにできれば、ワビスケさんもこれまで通りに接してください」
「……まあそれが、ヒビキ殿のご要望であるというのであれば」
やや不服そうに、それでも俺の意を組んでくれるらしい、金等級冒険者。もちろん俺としてもかの恩人の偉大さに疑いはないが、同時にけっこうズボラでだらしなくて呑兵衛な私生活な面も目の当たりにしているため、ちょっとこの人たちは、師匠のことを過大評価し過ぎなのではないかと心配になってしまう。
「ともあれ、精霊の対話でしたな。ええ、たしかに本職の神主や巫女のようにとはいきませぬが、拙者は見ての通り、無駄に生き永らえておりますれば。精霊の感情までならば、なんとか読み取ることもできますわい」
それでもまだ、以前と比べると丁寧な初老武士の物腰をスルーして、それよりも俺は、どうしても気になってしまって仕方のない疑念をぶつけてしまう。
「でしたら……教えてください」
この四年間。
ずっと抱き続けていた、ひとつの懸念を。
「紅風さんは、その、俺のことを……恨んで、いるのでしょうか?」
●
「かあぁぁ。これはちぃーと、面白くないのぅ」
豚鬼と武士が語り合っているのと同時刻、同じ森林地帯の少し離れた場所において。土精人が漏らした呟きに、護衛役の猿鬼が反応する。
「ウホッ。どうしたよロロク。もう酔っぱらってやがんのかぁ? なんだったらオレっちが、付きっ切りで看病してやるぜぇ? ついでにたぁ~っぷりと、可愛がってやるからよぉ」
「よせやい、ゴクウの。わしにそんな、趣味はないわい」
太い眉の盛られた顔に、下卑た笑みを浮かべる猿鬼――ゴクウ。両手をワキワキと動かしながら近づいてくる同業者に、彼と同じ等級の冒険者である土精人――ロロクが、立派な顎髭を蓄えた顔を渋く歪ませた。
「そもそもおぬしの両手はもう、先約で埋まっておるのじゃろう?」
「ぷー。そうですよぉー。ほんと、ゴクウさんは底なしのおサルさんですねぇー」
「まア枯れたゴクウなド、想像もデキませんガ」
「ウホホッ。心配すんな。オレっちの絶倫なら、オマエらがよぉ~く知ってるだろぉ?」
背後から聴こえる呟きに、カクカクと下品に腰を揺らしながら笑顔で振り返る金等級冒険者。欲望を隠さない猿鬼の視線に、小ぶりな豚鼻から「ぷー」と嘆息を漏らすのは、垂れた豚耳と豚尾を有する獣人、豚人の冒険者だ。
「べつにぃー? 誰もゴクウさんの、心配なんてしていませんよぉー? 自意識過剰なんじゃないですかぁー? 死ねばいいのにぃー」
「ウッホホ。妬くなよハッカイ。たとえ十人二十人を相手にしたところで、おまえさんを可愛がってやるのは、また別腹さぁ!」
悪びれない団長に対して、不快そうに柳眉を寄せるのは、団員でもある〈災遊鬼〉所属の僧侶――ハッカイ。
まだあどけなさを残す中性的な容姿をした少年であり、ゆったりとした作務衣からは、十代特有の瑞々しい肌が覗いていた。またその右肩には、細身と言える身体には似つかわしくない、九本の歯を持つ釘鈀型の魔道具が担がれている。
「なんだったら、この場で証明してやろうか? ん?」
「……ぷー。あんまり、調子に乗らないでくださいー」
「ぎぃやあぁあああああっ!」
ニヤニヤと好色の笑みを浮かべて、遠慮なく愛人の身体をまさぐっていた猿鬼。しかし下半身の一部に激痛が走った瞬間、森に野太い悲鳴が響き渡った。
「も、もげるもげる! ハッカイ、そこはデリケートなんだ、やさしくしろぃ! オレっちのがもげちまったら、おまえさんも困るだろぉ!?」
「まったく全然、微塵も困りませんねぇー」
「ぎゃあああああああたんまたんまたんま! ご、ゴジョウ! 助けてっ!」
ハッカイの本気を理解したのか、慌ててもうひとりの愛人でもある鱗鬼――ゴジョウに助けを求めるゴクウ。僧兵出身である冒険者は、胸元に連なる髑髏型の魔道具を揺らして、両手を組み合わせて印字を結ぶと、恭しく頭を下げた。
「大丈夫ダ、ゴクウ。竿ナド無くテも、拙僧の信仰ハ、揺るがナイ」
「嬉しいけど今その台詞は求めてねぇええええ!」
二股舌のため、独特なイントネーションで答える僧兵は、人類学会においては蜥蜴人の遠縁種に分類されている。
そのため体毛が少なく、また体表の一部が鱗肌に覆われているため、表情が乏しく感情が読み取りにくい。それでも長年の付き合いから、彼が助け舟を出すことを悟ってしまった猿鬼は、幸せなのかそうでないのか。
「……のう、おまえさんら。痴話喧嘩は、それくらいにしておいてくれんかのぅ」
絶望的な窮地に追い込まれた金等級冒険者を救ったのは、奇しくも同じ階級に所属する冒険者の一言だった。
「ろ、ロロクぅ! 助かったぜ! さてはおまえさん、オレっちに惚れてるな!?」
「ハッカイの坊主。玉だけでなく竿ごと引き抜いてやれぃ」
「んほぉおおおおお引き抜かれるぅうううううっ!」
どんな状況でもアプローチを欠かさない猿鬼の積極性には感心さえするが、いくらコナをかけようとも、所帯持ちの土精人がそれに応える可能性は絶無である。
「め、目覚めちゃう! オレっち、新しい扉を開いちゃうぅうううう!」
「んんー? どうしましたか、ゴクウさんー? なんだか硬くなってきましたよー? あれれ、もしかして、嬉しいんですかー? 痛くされて気持ちよくなっちゃってるんですかぁー? あははっ、だったら、とんだヘンタイさんですねぇー?」
「折檻にヨる、精神修行ならバ、拙僧にお任せあレ」
「ひっ! ま、待て待て待てゴジョウ! その棒で、オレっちに何をする気……あひぃいいいいいっ! なにこれしゅごぃいいいいい!」
最終的には鱗鬼も混ざってイチャついて(?)いる様子の恋人たちから目を逸らしつつ、ロロクは唖然と彼らを眺めていた、自身の率いる〈大地の大槌〉の団員たちに視線を向ける。
「ところでお前さんたちも、『これ』に関しては同意見かのぅ?」
「あ、ああ……というか、オヤジよぉ。あれは、放っておいて大丈夫なんか?」
「そうかボロロよ、お前さんはあれらとの面識はなかったのう。あんまりマジマジと見ていると、目が腐るぞ」
ロロクほど〈災遊鬼〉に免疫がないのか、最近クランに加入したばかりの息子――顎髭を編み込んだボロロを含む、一部の団員たちは、あまりに堂々と繰り広げられる猿鬼たちの痴態に、動揺を隠せないようだ。口元を抑えて「うっぷ」と、決して酒精では酔わぬと豪語する土精人が悪酔いしている姿など、なかなかに見られるものではない。
「んん、まぁ……ほぼ、間違いねぇじゃろうなぁ」
「やはりモッソもそう思うか」
とはいえすぐさま意識を切り替え、団長の誰何に応じる彼らの姿は、まさしく金等級クランに所属する冒険者の肩書が相応しいだろう。豊かな顎髭をしごいて禿頭をペシリと叩く副団長――モッソの首肯に、ロロクは己の推測が間違っていないことを確信する。
「この森には、ワシら以外の『先客』がおるぞぃ」
団長を中心に集まる土精人一同の視線は、一様にその足元……ともすれば見落としてしまいそうになる程度に隠蔽された、『第三者の足跡』に注がれていた。
(ま、人の口には、戸が立てられんっちゅうことか)
黒壁都市の住人には、あくまで『領地の視察』と公表されている今回の王族訪問。とはいえその裏側ではやはり、少なくない者たちが耳聡く動き回っているようだ。
となると問題はそれらがどのくらいの規模で、どのくらいの期間、どのような目的を抱いて動いているのかということ。それらを決して少なくはない情報から、大地の子と称される人族たちは、知識と経験をもとに読み解いていく。
「いちおう痕跡を隠蔽しようとしとるあたり、後続のワシらを警戒しておるようじゃのぅ」
「ちゅーことはやっぱり、たまたま森にやってきた冒険者っちゅーことはないわな」
「それに痕跡は、遺跡に近づくほど増えておる。こりゃあちらさん、なかなか腕のいい斥候や盗賊ぞろを抱えとるぞ」
「足跡の状態からして、やっこさんがこのへんをうろついとったのは、三日~五日前。ま、一週間は経っとらんじゃろうな」
「数はまあ、ワシらと同じか、ちぃっとあちらさんが多いくらいか」
「んん、団長よぉ、情報は出そろったぞぃ。で、心当たりは?」
「……」
副団長からの水向けを機に、団員たちの視線が集まる。それらを一身に受けた団長は、土精人の誇りである顎髭をしごきながら、思案に耽った。
(〈鬼火〉の情報封鎖を抜けて、ワシらに先んじるほどの組織力。それに部下たちの練度も低くなく、かつこれだけの人員を投入できて、さらに王族の不興を買うことを辞さない連中、か……)
十中八九、そんな輩は表の世界に属さない、裏の世界の住人だろう。
そして現状ではこうして出し抜かれているとはいえ、黒壁都市でも最大手の冒険者ギルドが敷いた情報統制を、他の街の者たちが潜り抜けられるとは、時間的な観点から考えにくい。
(……となると候補は、黒壁都市の裏側に絞られるわいな)
いかに暗部の闇が深いとはいえ、そこまで大胆な一手を選べる勢力となると、両手の指で数えられるほどに限られてくる。
そのなかから組織の特色、規模、性質などから、黒壁都市でも古参に数えられる金等級冒険者は、いくつかの候補を挙げた。
「可能性があるとすれば〈背刃〉か〈闇仮面〉、条件次第では〈狂鬼乱武〉っちゅーところかのぅ」
「んでも、〈闇仮面〉はどっちかというと、あっち側の秩序を守っとる連中じゃろう? それが王族にケンカを売るようなマネをするとは、考えにくいわい」
「それに〈狂鬼乱武〉は、たしかに見境のない戦闘狂どもばかりじゃが、じゃからこそ、こうしたコソコソと裏で動くような姿は想像できん」
「じゃとすると〈背刃〉が本命かのぅ」
「しかしいかに裏稼業の人間とて、そう簡単に、王族に泥を投げつけるもんか?」
「いいやたしかあそこは最近、上のヤツがくたばったんじゃ。そのせいで若頭どものポスト争いが激しくなっとるらしいし、まったく、いい迷惑じゃわい!」
「だとするとそのへんの連中が、功を求めて、勝手に暴走しとる可能性は……?」
「たしかに未発見の遺跡から、聖遺物をチョロまかすことができれば、組織では大手柄じゃろうわいな」
「かぁああああ! まったく、物の価値がわからん大馬鹿者どもが!」
忌憚のない団員たちの意見もあって、またたくまに確度を増していく団長の推論。おそらく他のクラン連中に問うても、似たような答えが返ってくるはずだ。
(とにかく、遺跡はもう目前なんじゃ。指揮官殿たちには現場で慌てられる前に、情報を共有しておかんとのぅ)
そのように方針を定めたロロクは、調査をいったん打ち切り、鬼士団が控える野営地に戻ろうと同業者に声をかける。
「おい、お前さんたち――」
「んほぉおおおおおおおおおっ!」
「――ん、どうやら忙しいようじゃのぅ」
そして二本目の『尻尾』を生やして野太い嬌声をあげる猿鬼の姿を目の当たりにした金等級冒険者は、二の句を告げず、すみやかにその場をあとにするのであった。じつに賢明な判断である。
●
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
薄暗い闇の中に、荒い息遣いが吸い込まれていく。
天に昇った陽光の届かない、
地の底へと伸びる洞穴にて。
魔生樹の群生地帯には珍しくない、ほのかな燐光を放出する光苔。土壁や足元に群生するそれら天然の光源に照らされる男の顔には、ありありとした焦燥と恐怖が張り付いている。
「……チクショウ! なんだって、なんだっていうんだよ!」
息を切らし、薄暗闇を駆ける男。彼は黒壁都市を拠点とする闇ギルド〈背刃〉における、幹部階級の鬼人だった。
そのような地位にある人物が、都市から離れた森の中にある洞穴まで自ら足を伸ばした理由は、ひとえにそこにある遺跡……具体的にはそこからたびたび発見されるという、『聖遺物』なる超級魔道具が目的である。
たとえ現代における魔道技術の粋を集めても、到底たどり着けない領域にあるとされる聖遺物。それらを所有することは、まさしく確固たる『力』の保有であり、引いては組織における彼の地位を盤石にすることに他ならなかった。
だからこそ彼は私財のほとんどを費やしてまで情報を集め、人材を募り、他の幹部連中の目を欺いて、こうしてこの地へとやってきた。
すべては遺跡の早期発見による、聖遺物独占のため。
その結果として得られる組織内での地位を、彼はつい先ほどまでは、確固たる未来として確信していた。
「なんで『あいつら』が、ここにいるんだよ!」
それら野望が水泡に帰した原因は、男の叫ぶとおり、第三者の介入によるもの。
同業者たちの裏をかいて、冒険者ギルドの監視網を掻い潜り、王族の率いる鬼士団よりも早く、遺跡に至る道へ王手をかけた裏ギルドの幹部。そんな彼と、彼が率いる手下たちを迎えたのは、彼らよりもさらに一手はやく『そこへ到達していた者たち』だった。
「どこへゆく、咎人よ!?」
「……っ!」
洞穴内に反響する、誰何の声。
それは引き絞られた弓弦のような男の声であり、責めるような、嘲るような、叱りつけるような問答が、解き放たれた猟犬のごとく、一心不乱に駆ける男の背中を捉えて離さない。
「否!」「否否否ッ!」「汝にそれは、許されない!」「咎人は罪から逃れられない!」「さあ、今こそ贖罪の刻だ!」「聖餐の儀だ!」「汝のその罪に塗れた魂を、魔人様に捧げるのだ!」「原罪の仔よ、汝の罪は、汝の献身によってのみ清められる!」
弓弦の声に率いられ、洞穴のあちこちから湧き出る無数の声。人類にとっての脅威である魔人を崇め、彼らに自らの命を賭した奉仕を是とする、大陸中で危険視されている邪教のひとつ――魔人教。
「う、うるさいうるさいうるさい! 黙れ、狂信者ども! このっ……自殺志願の、邪教徒どもめっ!」
「喝ぁああああああああッ!」
もはや魔人教徒の紡ぐ呪詛に包囲された裏ギルドの男が、追い詰められたカナリアのごとく、金切声をあげる。すぐさまそれを塗り潰すような怒声が、洞穴内に轟いた。
「背信者め! 汝はいま、最後の救いを、自らの手で断ち切った! ならば我らは、敬虔なる主の徒、断罪司教として、主の代わりに汝に罰を与えよう!」
「……つーワケだ、オッサン。ちょっと眠っとけよ」
「……ッ!?」
そして次の瞬間、洞穴の横道から飛び出してきたのは、小柄な影。彼女の繰り出す一撃によって、手下たちと同様、裏ギルドの男の意識もまた、暗い奈落の底へと転がり落ちていくのであった。
・金等級クランにおける、各々の主要メンバーたち顔出し。
・またその裏側で動いていた、裏ギルドと魔人教のやりとり。
・はたして幹部Aに、再登場の機会は訪れるのでしょか……(合掌)
それではお読みいただき、ありがとうございました。
次回の投稿は七月八日(月)の予定です。
m(__)m




