【第04話】 同盟クエスト②
【前回のあらすじ】
ギルド職員「ええ、はい。皆さん、実力は確かなんですけどねぇ……」
「……あ゛~、ダリぃ」
ゴキリ、と億劫そうに首を鳴らして、溜息をひとつ。紳士然とした仮面が剥がれ落ちると、こちらは俺たちにとって馴染みの深い、粗暴な冒険者の顔が戻ってくる。
「お疲れ様です、ラックさん」
「ったくよぉ、どいつもこいつも好き勝手しやがって。なァーんでオレ様が、ボケカスどもを代表して、ボンボンどもの機嫌を窺わなきゃいけねぇんだよ」
「でも誰かが、やらなきゃいけない役割ですからね。その点ラックさんは、適任だと思いますよ」
「あ゛ァん?」
勘に触ったのか、不機嫌さを隠そうともしない赤鬼――ラックが、それこそ路地裏にたむろするチンピラのごとき様相で、剣呑な視線を向けてくる。そんな威圧的な視線も、気心の知れた今となっては凪のそれ。先の言に皮肉がないことを読み取ってくれると、強面だがそのじつ面倒見のいい兄貴肌の冒険者は、面白くなさそうに「けっ」と口先を尖らせた。
「……まー、上級冒険者を目指すんなら、ああいう腹芸も必要だってことだ。覚えとけ」
「はい」
この件に限らず、ラックから学ぶ冒険者としての心得は、後学になるものが多い。出逢いこそ『予期せぬ魔生樹の活性期』というハプニングだったが、彼のような優れた人材と繋がりを持てた良縁だけは、魔獣どもに感謝しなければならないだろう。
「……なにニヤニヤしてんだよ、気色悪ぃ」
「べつに。この顔は、生まれつきですので」
本日で三日目となる、遺跡の探索。恒例である鬼士団による朝礼のあと、野営地をあとにした俺たち冒険者は、探索領域である森の中を移動していた。
「……けっ。まあいい。だったらさっさと、打ち合わせしてこいや。せっかくパシリとして連れてきてやったんだから、せいぜいオレ様の役に立てよ」
「わかりました」
鬱陶しそうに手を払い、そのような台詞を口にする先輩冒険者。だがそんな彼の言葉を鵜呑みにするほど、愚かな豚はここにはいない。
今回の特級クエストを受けるにあたり、当初ラックがそれに難航を示していたことは、すでに知人であるギルドの受付嬢から聞き及んでいる。そんな赤鬼の決め手となったのに、俺という存在の進退が、少なからず関わっていたことも……
(……せっかく、ラックさんがチャンスを与えてくれたんだ。頑張らないと)
そんな決意を行動で示すべく、朝礼で決められた探索パートナーである〈知恵捨団〉と、本日の活動予定を確認するため、ラックから離れて移動する。すると背後に『ぬっ……』と、近寄る人影があった。
「なんだ。タウロくんもついてきてくれるのか?」
「う、うん、兄さん……」
生じる気配は小さいものの、その体躯は身長百八十を超える俺よりも、さらに頭一つ分は高い。余裕で二メートルは超えている。しかもまだ成長期真っただ中のため、日を追うごとにより大きくなっているようにすら感じられる大鬼――タウロは、しかし頭部をすっぽりと覆う頭蓋骨兜から覗く口元を、怯える子どものように震えさせた。
「め、めいわく、かな……?」
「いいや。有り難いし、頼もしいよ」
「……っ! よ、よかっ、た」
種族柄巨体揃いで知られる大鬼として相応の、見上げるほどの巨躯。それを支える筋肉は隙なく鍛え抜かれており、鎧を必要としない剥き出しの肉体には、大小さまざまな古傷や生傷に加えて、荒ぶる牡牛や交差した斧といった、無数のタトゥーが刻まれていた。
さらに手にする巨大な棍棒と、頭部を覆う魔獣の頭蓋骨兜も相まって、お前はいったいどこの戦闘蛮鬼だという凶相を醸す大鬼だが、俺の何気に一言に、無邪気に喜ぶその姿だけは、出会ったときから変わらない彼の純朴さを感じさせた。
(なるほど。こりゃ、モテるわけだ)
凶悪な外見と純粋な内面のギャップは、異性を惹きつける魅力としては十分だ。事実、本人の口からは語られないが、どうやら女蛮鬼の集落でも、少なくないアプローチを受けているとのこと。まったく、不肖兄貴豚としては、鼻が高いことである。
「あ、ズルいでありますよ!」
「抜け駆けとか、タウロの分際でナマイキですピョン!」
そのような女蛮鬼である嫁の隷夫であり、実質的な俺の弟分である大鬼とのやり取りにほっこりしていると、今度は隷妹である少女たちの賑やかな声が聴こえてきた。
「旦那様も、移動するならすると、仰ってほしいでありますよ。タウロも気付いたのなら勝手に行動せず、ちゃんと私たちに報告するであります!」
「そうですピョン! タウロなんて所詮、見掛け倒しの大洞木なんだから、何かするならちゃんとウチらを呼ぶですピョン!」
「う、ご、ごめんなさい……」
「こらシュレイ。それにミミルもあんまり、タウロくんをイジメるな」
いちおう抑止の言葉をかけるものの、ほとんど条件反射で委縮してしまっている隷夫に、強気な姿勢を崩さない隷妹コンビ。
森精人ほどではないが、一般的な鬼人よりも長い尖耳をピコピコと上下に揺らす、チョコレート色の肌をした森鬼の少女――シュレイと、頭部から生える縦長耳と身体の一部を焦げ茶色の獣毛で覆った、クリクリと動く小動物めいた瞳が印象的な兎人の少女――ミミル。
女蛮鬼社会における『隷妹は隷夫よりも格上』という風習上、今日も今日とてタウロに当たりの強い隷妹たちが、前世に存在したプロレスラーも真っ青の筋肉巨漢を、遠慮なく罵倒したりバシバシとローキックを叩き込んだりする光景は、異世界ならではといえるだろう。
「ん? そういえば、オビィは?」
「お姉さまならあちらで、変態の露払いであります」
「あのエロ眼鏡、またパオヘイにちょっかい出していたのですピョン」
「……懲りないなぁ」
言葉に棘があるものの、なんやかんやですっかり顔馴染みになってしまった賢鬼は、どうやら今日も副団長である嫁に叱責をいただいているらしい。
しかしその相手が美人過ぎる女蛮鬼であるならば、そうした罵倒罵声は「むしろご褒美ですよ!」とクソ眼鏡はほざいていたので、効果はあまり期待できないだろう。お世辞にも要領のいい性格とはいえないため、よく巻き込まれている蟲人の少女が不憫でならない。今度また愚痴でも聴いてあげよう。
「ぬ。来たでござるか」
「おはようございます、ワビスケさん」
そんなことを考えているうちに、森へ先行していた〈知恵捨団〉に合流した俺たち一行。その団長である初老のサムライ――ワビスケを見つけて、頭を下げる。
「うむ、ご苦労である。して、本日の目途であるが……」
かつて俺の師事していたサムライよりも、さらに高齢な只人の老人。大陸を放浪していたという師匠と異なり、この地に根差して数十年を過ごしたというこの冒険者は、しかしその肌艶にいまだ瑞々しいほどの活力を宿していた。
(たしか年齢は、五十歳を超えているはずだけど……)
衰えることない眼光と、滲み出る静かな迫力。彼ならば本人曰くの「生涯現役」を貫けると、信じさせてやまない、精力に満ちた御仁である。
「……とまあ、こんなところであろうか」
「了解しました。ラック団長に伝えておきます」
「うむ、任せた」
豚野郎の意に、顎を引いて鷹揚に頷く金等級冒険者。
本来ならばこうした活動方針の調整は、それこそチームのリーダー同士で行うものだ。その大任をあえて若輩である俺に任せてくれるラックにも、それを見越したうえで受け入れてくれているワビスケにも、感謝の念が堪えない。
そもそも俺が冒険者になったのは、それ自体が『目的』ではなくあくまで『手段』であったのだが、こうして尊敬できる先達たちと縁を深めるたびに、いずれ彼らのようになりたいという胸に湧く憧憬は、まぎれもない本心だった。
「それでは、失礼いたしま――」
「ああ、しばし待たれよ」
滞りなく打ち合わせを終えて、踵を返そうとするパシリ豚。
「……? どうかしましたか?」
「……」
それを呼び止めるサムライの視線は、俺の背中に注がれていた。
「……ヒビキ殿。以前から気になってはいたのでるが、ヌシのそれは、カタナ――それも精霊鳴刀に相違ないな?」
ワビスケの指摘するように、未熟な豚野郎の背中には、まさしく真珠と称するに相応しい魔道具〈精霊鳴刀・炎蹄紅風〉の姿があった。
なにせこの同盟クエストは、王族依頼による特級クエストでもある。となれば失敗など許されるはずはなく、準備も可能な限りの万全を期して然るべき。そのような重圧があって、普段は女蛮鬼の族長に預けていたかの精霊鳴刀を引っ張り出してきた臆病な豚野郎こそが、何を隠そう俺である。
「はい、その通りですけど……」
「ならば、無礼を承知でお願い仕りたい。どうかその名刀を一度、拙者に検分させてはいただけないだろうか?」
「あ、いやそんな、やめてください、ワビスケさん!」
衆目のなか頭を下げようとする金等級冒険者を、慌てて制止する。
そもそもカタナというのは火乃國が発祥だというのだから、当然のこと、かの島国を祖国とするサムライたちがカタナに並々ならぬ矜持と情熱を注いでいるというのは、周知の事実。そんな彼らであるからして、あきらかに肉弾戦を主軸とする装備の豚野郎が、分不相応な名刀を備えていることを、無視できるはずもない。
初日からヒシヒシと視線は感じていたし、現に今も遠巻きに、直接こちらに声こそかけてこないものの、射殺さんばかりの視線を向けてくる若きサムライの姿がある。そうした彼らを抑えてむしろよくここまで我慢してくださっていたと、頭を下げたいのはこちらのほうだ。
「構いません。ですが直接触れることは、どうかご容赦いただけますか?」
「無論、刀は武士の魂ゆえ」
そのような失礼ともいえる申し出を、むしろ嬉しそうに快諾してくれる初老武士。どうやら御仁的には、カタナを軽々に扱わない姿勢こそが、高評価に繋がったようだ。
(じっさいは、紅風さんが人見知り激しいからなんだけどなぁ……)
かの魔道具が精霊鳴刀などという大仰な冠を授かっている理由は、その名の通り、このカタナには魔力で構成された知的生命体――いわゆる『精霊』が、宿っているからに他ならない。
そしてこの精霊なる存在は、皮肉なことに冒険者と同じく、高位のものほど選り好みが激しくなるというのが通説だ。それは好奇心旺盛な豚野郎と賢鬼がそれぞれの精霊鳴刀と精霊鳴杖を手にして、反感を買った精霊による手酷い火傷と凍傷を負わされたことからも、明白なる事実である。
(まあワビスケさんなら、そんな無様なことにはならないだろうけど……)
それでもいちおう、念には念を、である。
「それじゃあ、失礼しますよ」
そう前置きをして、俺は背負っていた鞘からカタナを抜く。練習の甲斐あって、スルリと淀みなく陽光の下に姿を現したその刀身は、本日も息を呑むほどに美しい緋色に輝いていた。
だからだろうか。
普段は穏やかなワビスケの糸目が、大きく見開かれた。
「お、おお、そのお姿はまさしく、テッシン御前の――」
「――チェストォオオオオオオオオッ!」
直後に怒気を帯びた雄叫びが、森のなかで爆発した。
●
「……っ!?」
「これ、クロガネ!」
膨れ上がった怒気に、俺とワビスケが反応するのはほぼ同時。反射的に一歩引いて身構える砕拳士の正面に、腰元の刀柄に手をかけたサムライが立ち構える。
「うォおおおおおおおおおッ!」
はたして、裂帛の雄叫びとともに迫る人影を迎え撃ったのは、そのどちらでもなかった。
(タウロくん!?)
抜き身のカタナに殺意すら載せて、駆け寄ってくる若きサムライ。立ち塞がったのは、棍棒を振り上げた頭蓋骨兜の巨漢。迫る襲撃者に対して、普段は気弱な弟分が咆哮とともに腕を振り下ろす。その一撃に迷いなど微塵もなく、致命必死な打撃に、さしもの若武者も土煙をあげて急停止。眼前を暴力的な風圧が通過して、轟音。足元に巨大な陥没穴が形成された。
「ちぃ! いねぃ、うつけが! おいの天誅の邪魔ば、許さんぞ!」
「に、兄さんを、傷つけるヤツは、許さない……っ!」
短い応答で、両者は互いを敵と認識したようだ。
ただでさえ濃密な殺意が、加速度的に膨れ上がる。
「……じゃっどん、疾く死ねぃ!」
「フーッ、フーッ!」
肉体強化の魔法回路を作動させたのか、大鬼の剥き出しの筋肉に、ビキビキと血管が浮き上がる。対するサムライも腰を深く落とし、完全に臨戦態勢だ。
大上段に構えられた棍棒が、
水平に横たえられた白刃が、
解放のときを待ち望み――
「そこまでであります、馬鹿タウロ!」
「だからテメぇは、出しゃばるなですピョン!」
ついぞその願いは、果たされること叶わなかった。
「――フゴッ!?」
魔法杖を掲げた森鬼が、拘束魔法〈茨縛縄〉を発動。足元から伸びた茨蔦が大鬼の足に絡みつき、またたくまに自由を奪い取る。すかさず地を蹴った兎人は、強化魔法を発動しているようだ。魔法回路にブーストされた獣人の脚力が、自身の数倍はあろう質量を、茨蔦の拘束ごと引き千切って蹴り飛ばす。
「お義兄さまも、そこまでです!」
一方で若武者に襲い掛かったのは、
凛と響く少女の声と、空中を滑る数枚の符札だった。
「――〈雷〉っ!」
少女の声に応じて、紙片が弾ける。生じるのは幾条もの雷蛇。バチチチチチィと唸る閃光と紫電が、猛るサムライの意識を、ほんの一瞬だけ喰い散らかす。
「なっ……!?」
「動かないのにゃっ!」
「ガネ様、落ち着くですなぁ~ご」
次の瞬間には、立ちすくんだ若武者の首筋と腹部に、猫耳猫尾を生やした獣人たちが、それぞれ短刀を突き付けていた。
「さ、サクヤ! タルマ! それにカトラも! なんぞおいの、邪魔ばする!?」
「お義兄さまのほうこそ、落ち着いてください! そのような、思慮に欠ける暴行……それこそ、お姉様と祖国の品位を貶める行為ですよ!」
「にゃ~。クロ様は、血の気が多すぎるのにゃ~」
「なぁ~ご。でもそこが、ガネ様のカワイイところですなぁ~」
怒鳴り散らす若武者にも、忍び装束をまとう、猫人の少女たちは動じない。むしろその反抗的な態度は、彼らの正面で腕を組んで仁王立ちする、巫女装束の少女の柳眉を歪ませた。
「とにかく正座です、正座! 刀を置いて正座してください、お義兄さま!」
「サク様もこう言っておられますし、クロ様、観念するのにゃ~」
「ヤー様を怒らせると、怖いのですなぁ~ご」
「えぇい離せと言うに! タルマ! カトラ! うぬら武士に、恥をかかせる気か!?」
必死に抵抗する若武者だが、関節でも極められているのか、本人の意思を無視してあえなく武装を解除。猫人たちによって正座の姿勢を強要させられる武士の姿を、巫女装束の少女が、憮然とした面持ちで睥睨している。
「……あの、えっと」
「……申し訳ない、ヒビキ殿。身内の恥を晒した」
呆然とする俺に、面目なさそうに頭を下げる老齢のサムライ。それに応じるように、抜かれたままの精霊鳴刀から、ボッ、ボッと、笑声のような火の粉が舞った。
・〈知恵捨団(チェストマン〉は、火乃國出身だけで構成されたクランで、新キャラのクロガネ氏は、大陸で使用されている公共語が苦手なため、発音がひどく鈍っているという設定。
・けっして有名な、かの島国に存在した「ちぇすと!」な一族とは無関係ですので、言葉遣いが多少変でもスルーして、こっそり作者に指摘してくださるとたいへん有り難いです(笑)。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は七月一日(月)の予定です。
m(__)m




