【第03話】 同盟クエスト①
【前回のあらすじ】
???「まぁーったく、少年は幸せ者だぁーねぇ」
「それでは皆様、準備はよろしいですか!?」
黒壁都市から馬車で一日ほどの距離を置いた、とある森林地帯の一角。本日もピカピカに磨き抜かれた黄金の軽鎧が眩しい少女鬼士の声が、勇ましく響きわたった。周囲には各々の装備に彼女と同じ鬼士団の紋章の刻まれた、鬼士たちの姿がある。
「あらら、お嬢、ずいぶんと張り切っちゃって」
「まあリノリアが〈金剛鬼士団〉に入ってから、初めてになる王子殿下の勅命じゃからのぅ。浮かれるのも無理はあるまいて」
「あー。昨日もなかなか、寝付けなかったみたいですしねぇ」
「とはいえ、今日でもう野営三日目っスよ? いつまで遠足気分なんっスか……」
「お爺さ――団長! それに貴方たちも、聴こえておりますわよ!」
明け透けな同僚たち物言いに、蜂蜜色のツインテールを翻して鬼牙を剥く少女鬼士――リノリア。そうした彼女の生真面目すぎる反応が同僚たちにとっての肴になっていることに、本人だけが気付いていない。
「それにドゥン!」
そうした先輩鬼士たちの嘲笑のなか、リノリアが名指したのは自分とほぼ同期であるはずの、同僚たちから頭一つぶん抜けた全身鎧の長身鬼士である。
「先輩たちはともかく、たしか貴方は、わたくしとそう入団歴の変わらない新人のはずでしょう!? なぜ当然のように、そちらに馴染んでいるのですか!」
「そりゃあまあ、ジブン、そこそこ優秀っスからね。何度か実践も経験していますし、その点で、先輩がたも多少信頼してくれてるんじゃないっスかねぇ?」
「そ、それは……暗にこのわたくしが、皆様の期待に応えられないような、凡愚だとでも!?」
「はぁ。まぁ……少なくも、王子殿下の勅命任務中に、目の下にそんな立派なクマをこさえているようじゃ、説得力はないっスよね?」
「……っ!」
長身鬼士――ドゥンのもっともすぎる指摘に、まさか気付かれていたとは思っていなかったリノリアが赤面する。なまじ名家で生まれ育ったため、こうした逆境に著しく狼狽してしまう少女鬼士の姿は、今日も王族直属鬼士団である〈金剛鬼士団〉における、格好の玩具として機能していた。
「大変申し訳ございません、鬼士様」
そうした鬼士たちの掛け合いに、恭しく割り込んできたのは、側頭部をファイアパターンに剃り込んだ赤鬼の冒険者だった。
「鬼士団での大事なご相談中、不躾だとは思いますが、時間は有限。迅速な遺跡の探索を行うため、ひとまず本日の指示を御承りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そ、そうですわね! その通りですわ!」
先ほどの遣り取りをあくまで『相談』というかたちに収めてくれた冒険者の配慮に、感謝しつつ便乗する少女鬼士。そんな彼女の姿を、団員たちがニマニマと生温かい目で見守っていた。
「それでは参りましょう。えっと……」
「ラック、と申します。ラック・ド・バーナー。非才非力の身ではありますが、この度のクエストでは少しでも皆さまがたのお力添えになれればと考えておりますので、どうぞお見知りおきを」
「そ、そう、〈三色鬼〉のバーナー殿ですね。もちろん、覚えておりますわ」
ミドルネームを持つ冒険者。
おそらく彼は、帝国貴族の血に連なる者なのだろう。
貴族の出とはいえ、継承権を持つ長男以外の次男や三男が職を求めた末、冒険者になることはそう珍しくはない。その一見して野蛮そうな風貌に似合わぬ、丁寧な仕草や口上などから彼の背景を推測していたリノリアだが、こうした遣り取りを経ることで、彼女の『使える人材』リストにおける赤鬼の評価をひとつ引き上げる。
(今回の特級同盟クエストに、冒険者ギルドから派遣された冒険者チームは、全部で五つ)
少女鬼士に声をかけてきた赤鬼の率いる〈三色鬼〉を始めとして、〈知恵捨団〉と〈大地の大槌〉、〈蕾の守護者〉に〈災遊鬼〉と、かの冒険者ギルドに所属する金等級冒険者チームが、人数制限付きとはいえすべて参加している。
(資料はひととおり目を通しておりますが、はやく彼らの実力や実態を、わたくし自身で精査しておかないと)
黒壁都市を離れたこの森で、件の冒険者たちと寝食をともにしてから今日で三日目。ようやく噛み合い始めた情報と自らの感触を整理しつつ、リノリアが鬼士団の面々から離れると、夜間警戒に出ていた冒険者たちはすでに野営地へ集合してくれているようだ。
(さすが上級冒険者。言われる前に動いてくださるのは、助かりますわね)
軍人である自分たちほど徹底してはいないものの、明確な方針の見受けられる、規律と秩序。こうした部下への教育が上級冒険者チームたる所以なのだろうと納得しつつ、少女鬼士は手櫛で素早くツインテールを整えた。
「えぇっと……皆様、お待たせしました。それでは本日の予定を、不肖ながらわたくし、リノリア・マニ・ゴールドから、お伝えさせていただきますわ!」
領地視察という名目で、数日前に第三王子とともに黒壁都市にまで赴いてきたリノリアを含む親衛鬼士団〈金剛鬼士団〉。しかし当然ながら、第三王子とその護衛たちの大半は、この野営地まで足を運んではいない。
領地視察……の本当の目的である、遺跡の探索。その実働部隊に選ばれた〈金剛鬼士団〉は鬼士団長を含めた計五名であり、少女鬼士はそこに含まれていた。
『我は身分上、探索には加われない。しかし此度の遺跡発見は、我の進退に大きく関わってくる。頼んだぞ、我が鬼士たちよ』
遺跡探索のため黒壁都市を離れる前日。主君から直々に下賜されたその言葉に、奮い立たぬ忠臣などいない。それゆえに張り切る孫娘に、ひとまず探索の指揮権を与えて様子を見ている鬼士団長の判断は、祖父としての情からか、上司としての期待からか。いずれにしても与えられたチャンスを掴もうと、リノリアは今日も胸を張る。
「それでは本日も引き続き、先日と同様の方針で遺跡の探索を進めます! 〈蕾の守護者〉は野営地の警護を、〈大地の大槌〉は〈災遊鬼〉と、〈知恵捨団〉は〈三色鬼〉と、それぞれペアを組んで、遺跡の探索と魔獣への警戒を行ってくださいまし!」
「おお、任せとけ!」
「今日こそは遺跡を見つけ出してやるわい!」
少女鬼士の発破にしわがれた声で応えたのは、ずんぐりむっくり大樽のような体形に豊かな顎髭を蓄えた、土精人の集団だった。
「我ら〈大地の大槌〉、サムライなんぞに後れをとったら、土いじりを生業にしとったご先祖様に申し訳がたたんでのう!」
「んだんだ!」
「それに昨日までの探索で、ほとんど場所は絞り込めておるんじゃ!」
「魔獣狩りしか取り柄のないサムライどもに、出る幕などないぞぃ!」
「はは、これは手厳しい」
まだ朝日が昇って間もないというのに、酒瓶を掲げ、鼻頭を赤らめている土精人たち。酒精を帯びた彼らの言を真っ向から受けるのは、東方風の戦鎧に身を包んだ、只人の一団である。
「たしかに我ら、日頃の行いを顧みれば、返す言葉もない所存。とはいえ魔生樹の生態に限って言えば、火乃國にも譲れぬ意地がありますがゆえ、ご無体とは思いますが、今回ばかりはご老体たちに涙を呑んでいただくより他にないかと」
「ほほぅっ、言うのぅ!」
「髭も満足に生え揃っておらん青二才どもが!」
「それほどの大法螺を吹くなら、賭けるか!? 酒を! 勝利の美酒を!」
「言っておくが儂らを満足させようと思ったら、飲み宿一軒、二軒ぶんの酒樽では、到底足りぬからのぅ!」
「ははっ。なれば是非とも、我ら秘蔵の火酒をご賞味していただくしかありませぬな」
「もっともその場合、ご老体たちに酒を注いでもらうこと、忍びないとは思いますが」
「然り、然り」
煽り、煽られて、ますます顔を赤らめていく土精人たち。そんな彼らに好戦的な笑みを浮かべて応じる只人は、扱いの程度に差異はあれど、大陸のほとんどで奴隷として使役され、ときには劣人とまで呼ばれて蔑まれる人種である。
とはいえ、一見して当方の島国出身とわかるサムライたちに、同様の視線を向ける者は少ない。何故ならば彼らにそれを向けたものは須らく、かの民族が別名『戦闘蛮族』などと恐れられている所以を、己の身体で理解することになるからだ。
「はっ! 島国育ちの戦狂いどもが!」
「ははっ。拙者らにとってそれは、むしろ誉め言葉ですぞ?」
事実、こうして彼らと口論を交わしている土精人たちにも、語る言葉こそ荒いものの、その内側には互いを認めた知己の情が十分に見受けられた。
(鍛冶馬鹿に戦闘馬鹿。同じ荒くれ者同士、気が合うのでしょうかね?)
とはいえ土精人は『大地の民』と呼ばれる性質上、そしてサムライは祖国が掲げる『魔獣と人類との共存』という国色上、互いに魔獣や魔生樹に対しての造詣は深い。今回の遺跡探索に彼らを軸として置いたリノリアの判断に、間違いはないはずだ。
「ホッホッ。となるト、宴に料理は欠かせないネ。食材の調達は任せるヨロシ」
「ウホッホォ! ってぇことは、久々に魔獣珍味が食えるのかよ。こりゃあ今夜は精がつくぜ! なっ!」
「ぷふー。ちょっとぉー、人前ですよー。自重してくださいー」
「無駄デスよ。ゴクウに我慢ほど、縁の薄い言葉ハ、ありませセン」
「アハハ、相変わらずキミたちは仲良しだね~」
そうして〈大地の大槌〉と〈知恵捨団〉が互いに気炎を燃やしている傍らでは、それぞれの同行チームである〈災遊鬼〉と〈三色鬼〉の面々が、歓談していた。
前者のチームが特性を活かした探索係を担うなら、後者のチームに求められるのは、彼らの活動を円滑にするための護衛役である。通常、未発見の遺跡近辺では魔生樹が活性化しており、比例して魔獣との遭遇率も上昇する。無論、金等級冒険者ともなれば自力で魔獣に対処することも可能だが、少しでも安全かつ迅速な遺跡の発見を目指すなら、そうした役割分担は必須と言えるだろう。
その点、初日から与えられた分担に不満を唱えることなく、粛々と己の役割を果たしてくれている冒険者たちに対する、鬼士団の評価は高い。
(まあ……職務に忠実で能力的に優れているからといって、性格まで素直で扱いやすいというわけには、いかないのですけど)
なにせ冒険者にせよ傭兵屋にせよ、そうした専門職の人材は、高位になるにつれ我が強くなっていくという傾向は、世間一般の常識だ。何故には彼らには、それを貫き通せるだけの『力』が備わっているのだから。
はたして……悲しいかな。
例に漏れずかの冒険者たちも、なかなかに個性的な逸材揃いである。
「ウホホッ、今夜は寝かせないぜ~?」
「ぷふー。もう、昨晩あれだけ絞ってあげたのに、ゴクウさんは底なしですねー」
「ナラば今晩ハ、拙僧も加勢しヨウ」
「ウホッ。そりゃあ楽しみだっ!」
たとえば資料によると、先ほどから豪快に高笑いをしている猿鬼などは、金等級クラン団長としての実力よりも、その性癖で知られる性豪だ。
なにせああして猿鬼の両脇に抱えられ、鬱陶しそうにしている豚人や鱗鬼などは、まぎれもない雄(♂)。つまるところ筋肉隆々の剛毛逞しい猿鬼は同性愛者であり、彼が率いるクランのメンバーは全員がその愛人だというのだから、恐れ入る。
(こ、今夜は3Pですか!? 毎晩毎晩……想像が捗って、仕方ありませんわ!)
ちなみにこの少女鬼士は、男性同士の肉体関係は余裕で許容範囲だった。
なにせ互いをライバルとして切磋琢磨する鬼士団において、そのような性癖を開花させる者は、少なくない。そしてそんな男性同士の麗しい親愛に鼻息を荒くさせる令嬢たちは、意外なほど多い。幼い頃から従者として鬼士団に出入りしていた少女鬼士がその道に目覚めるのは、ごく当たり前の道理である。
「おやおや、皆さん盛り上がっていますね。士気が高いのは、結構なことです」
「アハハ、リーダー。だからそのキャラ、めちゃくちゃ気持ち悪いよ~?」
「ぶ、ブーハオ。ボス、ワタシたちヲ、笑い死にさせるつもりネ」
「……てめぇら、あとで覚えてろよ?」
そうした仲睦まじい〈災遊鬼〉たちの傍らで、何やら笑いを堪えている様子の、青鬼や緑鬼といった〈三色鬼〉のメンバー。彼らにも『美食狂』や『魔法狂』といった物騒な二つ名がついているようなので、現時点で問題こそ起こしていないものの、取り扱いが容易な駒と断じるには早計だ。
「だ、ダメですよ、ふたりとも。ラックさん、貴族様を相手に、リーダーとして頑張っているんですから……ブヒィッ!?」
「おっとすいません、ちょうど蹴りやすい位置に不快な臀部があったものですから、つい足が出てしまいました」
「丁寧な説明でも悪意しか感じませんよ!?」
とはいえ、そんな彼らを束ねているのがあの赤鬼ならば、余計な心配は無用だろう。現に今も、同盟クランとして率いてきた銅等級冒険者である豚鬼と、あえて自らが悪役を演じることで、気の置けないコミュニケーションをとっている。
(資料では『戦闘狂』なんて二つ名が記載されていましたが、きっとなにかの間違いですわよね)
これだから、情報をそのまま鵜呑みにするのは危険なのだ。ギルド指名の特級クエストを果たしつつ、後輩の育成にも力を注ぐその姿は、正しく金等級冒険者の鏡と称されるに相応しい。あと、顔もなかなかのイケメンだ。昨晩も猿鬼とカップリングされた赤鬼は、少女鬼士の妄想をじつに捗らせてくれた。
(やはりああいう野性的な魅力の殿方は、オラオラした態度からの『強気受け』が、鉄板ですわね! それをあの毛むくじゃらの腕が、無理やり押さえつけて……っ!)
気付けば『ムフー!』と、鼻息が荒くなってしまう。もともと充血気味だった瞳を、さらに血走らせる少女鬼士。そんな彼女の意識を現実に引き戻したのは、パンパンと手を叩く音とともに響き渡る、美麗なバリトンボイスである。
「こらこら、鬼士様の御前ですよ。皆さん、もっと慎みを持たないと」
少しばかり浮ついていた場の空気を諫めたのは、額から長い鬼角を生やした、一角鬼の美青年だ。
異性ならつい目を惹かれてしまう整った顔立ちと、それを際立たせる貴公子然とした立ち振る舞い。それらはこの場に集う五つの金等級チームにおいてもっとも年若い団長という才能を信じさせるに、十分な魅力を擁している。
「とにかくこの野営地の安全は、僕たち〈蕾の守護者〉が承りました。だから皆さんは安心して、遺跡の探索に集中してください」
「めぇぇぇ~。ま、モーレツ可愛いメイリーちゃんがいれば、百人力ですよ~」
「んんんんん~っ! だよねぇ! メイリーたん可愛いよメイリーたん! はあはあっ! 今日も世界は、キミを中心に廻っているっ!」
だからこそあれは詐欺だろうと、
リノリアは心の底から思った。
「めえぇ! 今日もキモいですよ、団長! しっ、しっ、ですぅ! はやくメイリーの視界から消え失せてください!」
「ああ、なんてつれないんだメイリーたん! でもそれがイイっ! とっても魅力的だよ萌えてしまうよメイリーたん、はあはあ!」
クランメンバーである、フリフリとした装飾過多な羊鬼の少女を目にした瞬間、凛々しかった英雄の面持ちは、変質者へと堕落。見眼麗しい少女に対して徹底的に媚びまくり、なんとか視線を集めようとするその姿は、豪勢な菓子にたかる羽虫を連想させる。
「めえぇぇ! もうっ、キモい! ウザキモいですぅ!」
「ああああ、ありがとうございます! ありがとうございますぅ!」
最終的にはクランメンバーにゲシゲシと足蹴にされて、感涙咽びながら感謝の言葉を連呼する一角鬼に、注がれる周囲の視線は冷たい。
「あー……どうやら、〈守護者〉んところのボウスは、今日も元気みたいじゃのう」
「火乃國でも血を残すため、幼嫁を出す習慣はありまするが、さすがにアレは、度し難いでござるなぁ」
「ケッ。あんな駄肉の、何がいいんだよ。せっかくカワイイツラぁしてんのに、もったいねーよなぁ」
「……ったく、あのボケカスが一番、冒険者の品位を落としているんだっつーの」
一角鬼以外の、団長たちの意見も辛辣だ。彼に向けられる視線に仲間意識は皆無であり、宿る感情は、路傍の汚物に向けられたそれである。リノリアなど感情が剥落して、真顔になってしまっていた。
「……えー。では皆さん、今日もよろしくお願いします」
はたしてそのような光景も、本日でもう三日目。少女鬼士は初日のように悲鳴をあげることなく指示を出し、冒険者たちもそれに従って、ゾロゾロと行動を開始するのであった。
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「――チェストォオオオオオオオオッ!」
それからしばらくして、野営地近くの森に、裂帛の雄叫びが轟いた。
・新キャラ続々です。
・ドワーフクラン――〈大地の大槌〉
・サムライクラン――〈知恵捨団〉
・ガチホモクラン――〈災遊鬼〉
・ロリコンクラン――〈蕾の守護者〉
・一気にクラン(=団員数十名以上の冒険者チーム)が増えてわかりにくいとは思いますが、そのうち誰かひとりでも、読者様の心に刺さってくれると嬉しいです。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
次話の投稿は来週月曜日の予定です。
m(__)m




