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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
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【第06話】 稽古

【前回のあらすじ】


 主人公、異世界にて鼻芸を習得。


 俺が異世界の豚鬼オークへと転生して一年ほどが経過した。

 教会が製造した人造生命体ホムンクルスでもある俺は、生後半年くらいまで異常な速度で成長していたのだが、最近ではそれも徐々に落ち着いてきた。


 本来なら完成体まで一気に成長するらしいのだが、

 このあたりが成功例である教会の勇者たちと、

 失敗作である俺との差だろう。


 現在の俺は一般的な人族と同じ程度の成長速度を保っている。

 年齢でいえば八歳前後といったところだろうか。


 とはいえ人類のなかでも獣人ライカンと並んで、

 肉体的に優れているとされる鬼人オーガン


 豚鬼オーク種は鬼人オーガン属のなかでもとくに秀でた耐久力タフネスを有しているとされる種族なだけあって、背丈的には平均的な同年代の真人ヒューマを少し超した程度であっても、横幅はかなりガッツリある。


 具体的には腕や足、頬やお腹なんかがかなり肉厚だ。

 でも肥満デブじゃないよ?

 筋肉だよ?


 その証拠に……


「喝っ!」

「ぶひぃ!」


 ほらね。


 咄嗟に腰を屈めることで、頭上を高速で通り過ぎる拳を棟髪モヒカン風に生えている頭髪をほんのちょびっと断ち斬られただけで回避できた。

 愚鈍なだけの豚ではこうはいきませんよ。

 HAHAHAHA!


(っていうか……)


 ドゴッ!


「ちょ、タンマ! 待ってください!」


 背後で鈍い音。

 きっと拳が岩壁にめり込んだ音だろう。

 あんなものが顔面にヒットした日には、ただでさえブサイクな豚顔がさらに悲惨なことになること請け合いだ。


 緊張からドッと冷や汗が溢れ、

 ブフー、ブフーと、豚鼻から荒い息を吐き出す。


 見上げる俺の視線の先には、

 悠然と佇む大きな影がそびえていた。


「師匠、殺す気ですか!?」


 思わず抗議してしまう俺を、

 火ノ國のサムライが冷ややかに見下ろしている。


「ヒビキ。羽兼はがね龍断流りゅうだんりゅうは、稽古とあっても命懸けぞ」


 稽古中に命を散らしたくはない。


 そんな弟子の真っ当すぎる懇願を、師匠は一蹴。

 岩壁から拳を引き抜き、頭上に掲げて、打ち下ろしの姿勢をとる。


「現世に未練があるならば、口よりも先に身体を動かせぃ!」


 振り下ろされる拳。


「ぶひぃ!」


 俺はそれから背を向けて逃げ出した。

 轟音。きっと拳が今度は地面に突き刺さった音だろう。


(こ、殺される……!)


 その後も背後で鳴り響く風切り音。


 情け容赦のない死神の吐息を間近に感じながら、

 時折転びそうになりつつも全力で俺は走り続けた。


「こらヒビキ、逃げるでない! 組手稽古にならぬであろうが!」

「ちゃ、ちゃいますがな! これは戦略的撤退ですがな!」


 とはいえ現在、俺たちはぐるりと周囲が岩壁に囲まれた穴の中にいる。

 頭上には太陽。上空が吹き抜けである巨大陥没地を利用した、

 天然素材の稽古場である。


 またこの稽古場には簡易結界が施されているため、

 内部の震動や騒音が外部に漏れる恐れ心配はない。


 一日もかけずにこんな即席の稽古場が『造れる』んだから、

 収穫した魔生樹を触媒にした魔法って本当に便利だよね。


「全く、屁理屈を捏ねおって……」


 って、プチ現実逃避をしてる場合じゃねえや。


 いま重要なのは、俺は逃げ場のない檻の中にいること。

 そして背後では足元から拳を引き抜いた師匠が、

 バキバキと指を鳴らしているってことだ。


「まあ良い。稽古にも遊び心は必要。なればそれがしも童心に返り、的当て遊びに興じようか」


 すると師匠はその場にかるく腰を落とし、重心を固定。


 左手を身体の正面に、

 右手を腰の辺りに移動させて、

 何か『溜め』を作る姿勢をとった。


(やっべ、あの『誘動トリガー』は──)


 恐怖に頬と尻尾を引き攣らせる俺に、

 師匠は童子わらしの笑みを浮かべて呟いた。


まとよ、精々逃げ延びるのだぞ」


 突き出される右の拳。

 師匠との距離は十メートル近くあったのだが、

 そんなことは関係なく咄嗟にその場から飛び退く。


 直後に……ドゴッ!

 地面が『砕かれた』。


「油断するな。次々ゆくぞ」


 今度は抗議の声をあげる暇も与えてくれず、

 師匠は突き出していた右拳を腰元に戻し、

 連動して左拳を突き出してくる。


 そのまま右、左、右、左と、交互に突き出される拳。

 そのたびに地面が陥没し、抉られ、砕かれてゆく。


 師匠が発動しているのは遠距離攻撃魔法の基礎である、

 衝撃魔法〈斬波/スラッシュ〉系統の魔法回路だ。


 火ノ國ではあれを遠当とおあて術式の〈風玉/かざだま〉と言うらしい。


〈斬波/スラッシュ〉も〈風玉/かざだま〉も原理は一緒で、

 肉体や武器に込めた魔力を衝撃波に変換して放つというもの。


 魔法のなかでは基礎とされているため低階位に分類されているものの、基礎であるがゆえに、使用者の魔力や技量によって効果や脅威は大きく変動する魔法だ。


 師匠の場合だと、弾切れの心配がない連射砲といったところか。


「ほれ、どうしたヒビキ。気を抜いておるとすぐに捉えてしまうぞ?」


 逃げ場のない檻の中。

 無尽蔵の弾丸を放つ機関銃が、獰猛な笑みを浮かべてくる。


(逃げ回っているだけじゃダメだ。どこかで反撃しないと!)


 そのため不可視の砲弾に神経を磨り減らしながらも、

 俺は呼吸を整え体内で魔力を練り上げていく。


「捉えた」


 ついに追い詰められ、無理な体勢で攻撃を躱したため姿勢が崩れたところに、師匠は容赦なく詰みの一撃を放ってくる。


(でもそれは誘導フェイントです!)


 向かってくる衝撃波を正面から受け止めるように空中で身体を捻り、

 腕を正面で交差させると同時に魔力を集中。

 魔法回路を発動。


「ふんぬッ!」


 誘動トリガーを使用したため無詠唱で発動した魔法回路は、

 身体強化魔法である〈鋼化/スティール〉。


 瞬時に両腕の表皮がビキビキと硬化して、鉛色に変質。

 弾性と引き換えに鋼鉄の硬度を獲得した両腕が、

 不可視の銃弾を弾き落とした。


「ほう」


 弟子の対応に、師匠が僅かに目を見開く。


 基本的にこの世界における魔法を発現させるには、

 魔法の制御装置である魔法回路と、

 燃料である魔力が必要だ。


 魔法と魔法回路と魔力の関係については、

 前世の車とエンジンとガソリンに置き換えると理解しやすいだろう。

 パソコンとOSと電力の関係でもいい。


 今回の場合で言うと俺は自身の体内『魔力』を、

 体内に形成している魔力の流脈──『魔法回路』に注入して、

 強化『魔法』を発動させた、という具合だ。


 またそのように魔法回路の起動、停止を管理する場合には、

 たいていはそのための『鍵』の設定が必要となってくる。

 それが『詠唱スペル』と『誘動トリガー』だ。


 たとえば今回、俺が使用した強化魔法。

 魔法回路そのものは強化系統のなかでも低階位のもので、

 効果は『筋力の向上』という一時的なもの。


 この魔法をスペルで管理する場合、使用方法は簡単だ。

 魔法回路が形成されている肉体部位に魔力を集めて、スペルを使用すればいい。


 魔法回路を停止させるには魔力の注入を止めればよく、

 これはどの魔法にも言えることだ。


 しかし鍵が『それだけ』だと不都合なのは、実際に証明されたばかりだろう。


 今は稽古中だが、実際の戦闘中にスペルを唱えるというのは思いのほか難しい。

 そのため戦闘中などの逼迫した状況下でも瞬時に魔法回路を起動させるために編み出されたのが、トリガーである。


 このトリガーを簡単に説明すると、


【①】、肉体を用いてある特定の動作を行う。

【②】、①の後に魔力を魔法回路に注入する。


 という手順を踏むこと。


 俺だと『腕を身体の正面で交錯させること』が、手順【①】に当たる訳だな。


 またこの手順【①】は俺のように『腕を交錯させる』に限定させる必要はなく、『息を止める』『手で印を組む』『一定のリズムで指を鳴らす』など、魔法回路の起動に必要な魔力の流れを妨げないものならなんでもよい。


 そしてこの『魔力の流れを妨げずにトリガーへ繋げる』動作こそが、戦いにおける『型』であり、そこからさらに発展すると戦闘中に相手のトリガーを見抜いて使用する魔法回路を先読みする……なんて駆け引きに繋がるわけなんだが、話が長くなるので割愛。


 とにかく、魔法回路の管理にはスペルと、できるならトリガーがセットで必要。

 これだけ覚えておいて欲しい。


 でないと魔法回路はエンジンがかかりっぱなしの車のような状態で、

 日常生活のふとした折に、油断して魔力が流れただけで、

 魔法が発現しちゃうからね。


 強化魔法ならまだしも〈風球/かざだま〉とか〈鬼火/おにび〉とかが、

 睡眠中に寝ぼけて家族や仲間に炸裂した日にはとんだ大惨事だ。


「ようやくヒビキも、満足に術式を起動できるようになってきたで御座るな」


 目下、俺が訓練している魔法の起動速度については、師匠も及第点をくれたようだ。

 嬉しそうに目を細めている。


 そうなんですよ。

 俺だって日々頑張ってるんですよ。

 だからちょっとぐらい、弟子に優しくしてくれたって……


「なればそれがしももう少しばかり、術式の威力を上げてもよいな」


 アンタは鬼か。


「なに、少々の怪我なれば以前に伝授した術式で治癒できよう。人は痛みなくしては学ばぬゆえ、稽古これはまたとない好機と識れ」


 絶望を浮かべる俺に対して、

 師匠は至極真面目にそう告げる。


 その顔が怜悧な拷問吏に見えたのは目の錯覚ではないはずだ。


「参るぞ、ヒビキ」


 そう言って今度は両手で印字を切る東方式の誘動トリガーを行い、手を振るう動作で投げ放ってきたのは、火遁術式の〈鬼火/おにび〉。


 不可視の弾丸に代わって飛来する大量の火球。

 強化魔法〈鋼化/スティール〉で硬化した腕でも防げないことを察した俺は、慌てて両足を用いた回避運動に切り替える。


 一息ぶんの差で爆音。炸裂音。


 先の発言通り〈斬波/スラッシュ〉の衝撃に属性効果を上乗せした火炎魔法は〈風玉/かざだま〉よりも破壊力が格段に向上しており、被弾した地面や壁が派手に爆散、炎上していた。


「だ、だからアンタは、俺を殺す気かってぇの!?」

「その程度で散る命なれば、ここで散ってしまうほうがよかろうて」


 軽くそんなことを仰る師匠の目はどこまでもマジだった。


(ったく、これ前世だったら虐待どころのハナシじゃねーからな!)


 前世で幼少期に母親から熱湯を浴びせられたことはあっても、

 燃え盛る火球をぶちまけられたことはなかった。


 まあ前世と異なるのは、

 母親アイツのあれはただの気まぐれで、

 師匠のこれはあくまで稽古の一環だってことだ。


 そこに悪意はなく、

 俺のためを思っての行為であるというなら、

 弟子として俺は師匠に応えなければなるまいて。


「〈加速/アクセル〉!」


 威力はもとより速度までもが上昇している火球の群れに、球切れがない以上、逃げ場のないこの空間でいつまでも回避し続けることは不可能だ。


 回避という選択を捨てた俺は脚力強化の魔法回路をスペルで発動。


 大地を踏みしめ、前進。

 ボゴッと踏みしめた地面を陥没させつつ、

 俺は本日はじめて横や後ろではなく『前』に出る。


「覚悟を決めたか」


 ただ逃げ回るだけの延命ではなく、

 覚悟を決めた者の特攻。


 師匠は口元に喜色を刻んだ。


「その意気や良し。されど無為な玉砕に、戦神いくさがみの加護は得られぬぞ」


 彼我の距離は十数メートル。

 その間を隙間なく、師匠が生み出した大量の火球が埋めている。

 容赦のない集中砲火の只中にこのまま突っ込めば、十数秒後にはこんがり焼けた焼き豚ローストポークの出来上がりだ。


 それは後免被る。


「〈鋼化/スティール〉!」


 だから俺は前面の体表部分を可能な限りで硬質化させ、

 同時にケツから生えている尻尾を動かしてトリガーを完了させる。


 ドンッ、と足元で爆発音。

 それは降り注ぐ火球によるものではなく、

 俺の『足元で生じた爆発』によって地面が砕かれた音だった。


「ほう。術式の同時起動まで体得しておったか」


 師匠の分析通り、俺が硬化魔法と並列発動させているのは爆裂魔法。

 攻撃ではなく移動に爆発のエネルギーを利用する〈爆地/チャージ〉だ。


「ブヒィイイイイイイイイ!」


 ハガネさんの火遁術式が『質量』で『面』を潰すというのなら、

 俺は『重量』で『点』を突破してやる。


 硬化魔法で前面を覆い、爆裂魔法の推進力を得た俺は、

 目の前で躍り狂う火炎の嵐の中を猛スピードで駆け抜けていく。


(このまま一気にケリをつけるぜ!)


 炎の弾幕を突き破って突進してきた俺に、

 今度こそ師匠は隠す気もない笑みを浮かべた。


「面白い!」


 ズガァアアアアアアン!


 激突。


 八歳程度の体格だとはいえ、硬化に爆裂の推進力、さらに火炎によるコーティングまで施された俺の突進は、ちょっとした大型砲弾並の破壊力があったはずだ。


 それなのに……


「んなっ!?」

「ふはははははっ!」


 師匠は回避せず、どころか片足立ちをして、

 掲げたもう片方の足裏で俺の頭を『受け止めて』いた。


 ズギャギャギャギャギャギャリッ……!


 逃げるのでもなく蹴り飛ばすのでもなく『受け止め』る。


 その結果として地面に着いた師匠の足裏は十メートル近くに渡って地面を抉り、ようやく停止した。


「……ま、マジかよ」

「ふん」


 魔法によって発生していた炎が魔力切れとともに鎮火して、

 ブスブスと全身から香ばしい匂いを撒き散らす俺を、

 足裏の向こう師匠が見下ろしている。


「発想は良い。思い切りも上々。選択も判断も悪くない。されど決定的に力が不足しておる。某に力比べを挑むには、あと十年は尚早で御座ったな」


 最後にそう評価して、師匠が掲げていた足に力を込める。

 すると……ズゴンッ!


「ぷぎっ!?」


 俺の顔面は、地面と熱烈なキスをした。


 視界が暗転。

 意識が遠くなる。


(チクショウ、また勝てなかったか……っ!)


 そこで俺の意識は途絶えた。




 もちろん気絶した豚にはこのあと、ここぞとばかりに飛んできた少女による手厚い看護が保証されておりますのでどうぞご安心を。


 それではお読みいただき、ありがとうございました。

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