【第02話】 予兆②
【前回のあらすじ】
第三王子「我が鬼士団にイジメなど存在しない」
ギルドの使者が帝都に至ってから五日後。
舞台は西方の、黒壁都市へと移動する。
その名が示す通り、外周を厳かなる黒壁に囲われた城塞都市の一角である。薬草の採取から魔獣の討伐まで、手広いクエストが掲示板にずらりと並ぶ〈帝国の鬼火〉の黒壁支部。
鬼帝国の東西南北を守る城塞都市のひとつにおいて、最大規模を誇る冒険者ギルドであるからして、それを利用する依頼人は一般市民だけにとどまらず、大商人や貴族たちがクエストを発注することも珍しくはない。そのような上客たちを迎えるための応接室に、現在はふたつの人影があった。
「……で、とっつあんはそのボンボンどものお守りに、オレ様たちを指名ってことかよ?」
一方は側頭部をファイアパターンに剃り込んだ、強面の赤鬼であった。
高名な画家による抽象絵画。上質な魔獣の素材を使用した革張りのソファー。魔力を帯びた石材を加工して作られた錬金製の長机。毛足の長い絨毯と、絢爛華美になり過ぎず、迎える客人を決して不快にはさせないはずの高級調度品に彩られた室内に置いて、しかしその人物は吐き出す言葉とともに不機嫌さを隠そうともしていない。
沈み込むようなソファーに深く腰を落として腕を組み、あまつさえ長机に両足を乗せたその姿は、まさしく粗暴な酔漢たちが集う場末の酒場こそ相応しいだろう。しかしながらかような暴挙が許されているのは、ひとえに赤鬼の首元に輝く、ギルド特製の金等級金属板の存在に他ならなかった。
「ええ、はい、そうなりますね、ラックさん。しかしこれは貴方がた〈三色鬼〉にとっても、そう悪くない話のはずですよ、はい」
鬼帝国にも十人といないとされる白金級冒険者を除けば、所属する冒険者ギルドにおいて、もっとも高位とされる金等級冒険者。その発言力はギルド職員とはいえ無視できるものではなく、彼の対応如何によって、目の前の人物の職場における立ち位置が揺らぐ可能性は十分に在り得る。
だからこそ、赤鬼の冒険者――ラックは、彼の態度が気に入らなかった。
「……けっ、とっつあんよぉ。つーか化けの皮なんてもうとっくに剥がれてんだから、オレ様の前でンなまどろっこしい態度はやめてくんねぇ? キモいんだけど?」
「いやはやそんな、畏れ多い。私はいつだって誠心誠意、冒険者の皆様に対応させていただいているだけですよ、はい」
たとえ路地裏にたむろする無法者であろうと全力で目を逸らす金等級冒険者の眼光を受けて、恐縮しきった様子で頭を下げるギルド職員。しかしそのような態度とは裏腹に、禿頭の緑鬼――ローグの呼吸がまるで乱れていないことに、彼とは数年来の付き合いである赤鬼は「ちっ」と舌を打つ。
「まぁいい。とっつあんの腹芸に付き合ってたら日が暮れちまうぜ。それにこうしてオレ様のところに話が回ってくる時点で、もうあらかたの根回しは済んでんだろ? 選択権がないのに、いちいち白々しいーんだよ」
「ええ、はい、そういう物分かりがいいところが、私がラックさんを推している理由ですよ、はい」
伊達にギルドの『裏番長』などと呼ばれていない緑鬼の笑みに、賢明なる金等級冒険者は抵抗を諦めてすみやかなる情報収集へと意識を切り替えた。
「で、そのボンボン発注の特級クエストの内容は? 期間は? 報酬は?」
「はいはい、詳しい内容はこちらにまとめておりますので、どうぞ確認してください」
やはり断られるという選択肢は存在しなかったのだろう。ギルドの捺印がされた正式なクエスト依頼書に、ラックは不満を呑み込んで視線を向ける。
「……おいおい、オレ様たちだけじゃなくて〈知恵捨団〉に〈災遊鬼〉、〈大地の大槌〉に〈蕾の守護者〉まで使うとか、さすがボンボン発注のクエスト、豪勢だなァオイ」
そこにズラリと並んだ名は、自身の率いる〈三色鬼〉を含め、いずれもこの冒険者ギルドに所属する金等級冒険者が率いる、五つの冒険者チームであった。その全てから人材を募ることに、ギルド側の本気具合を感じつつ、それほどの人材を必要とするクエストの内容に興味を惹かれる。
「……けっ、遺跡の探索ねぇ」
そして合点する。なるほど、これはたしかにクエスト発注側もギルド側も全力を持って当たる案件だ。自然と引きまっていく表情で視線を滑らせる赤鬼だが、ふと、それがある項目で止まった。
「……オイオイ、とっつあん聞いてねぇぞォ? これ、特級だけじゃなくて同盟まで絡んでいるじゃねぇか。オレ様たちにボンボンだけじゃなくて、ガキどもの面倒まで見ろとか、ちーと働かせ過ぎじゃねぇか!?」
冒険者とは単独を除く場合、二名~五名程度の仲間、六名~十名程度の集団、それ以上の規模からなる団体と呼ばれる活動単位を設けている。そして依頼内容によって自分たちの冒険者単位ではクエスト達成が困難だと判断した場合、一時的に別の単位と組んで攻略に当たることを、同盟クエストと称していた。
今回の場合は、すでに依頼者側から参加する冒険者の人数に指定が出ている。それをクエストの主軸となる五つの冒険者チームで割ると、ひとつのチーム当たりの参加者数は十名程度。
「ええ、もちろんラックさんたち〈三色鬼〉の、少数精鋭というメリットも、私どもは重々承知しておりますとも。はい。とはいえ今回の重要なクエストに、貴方がたを外すという選択肢はございません。ですのでここはひとつ、こちらのなかから、人数の埋め合わせを選んでいただければ幸いかと……」
そう言って禿頭を撫でる緑鬼が、新たな書類の束を差し出してくる。それらにはこのギルドに所属する、銀等級以下の冒険者たちの情報が数十名ほど記載されていた。
「……彼らであれば、実力的にラックさんたちの足を引っ張ることはないと思います。はい。それに彼らには個人的な『ツテ』もございますので、差し出がましいとは思いますが、交渉を私に任せていただければ、スムーズに話は進められるかと。はい」
「オイオイ、そりゃあ可哀想なハナシだなぁ、オイ。いったいコイツら、とっつあんにどんな弱みを握られてんだよ?」
ローグが浮かべる朗らかな笑みに、ラックは口元を引き攣らせる。
(とはいえこれは、このキナ臭ぇクエストを蹴るチャンスだな)
如何に依頼主やギルド側が手を回したところで、最後にその是非を決めるのは、冒険者自身の自己判断だ。これを覆すことは、冒険者という存在の意義を歪めるため、さすがのギルド裏番長もそれを強要することはない。ここまで後手に回っているが、最終的な決定権は、あくまで金等級冒険者の手の中にある。
(とりあえず書類にはひととおり目を通したフリをしてから、マトモな人材がいねぇってゴネてみるか。んで、とっつあんの反応を窺いつつ……っ!?)
そして頁をめくる手が、ある冒険者の項目で停止した。
「……ええ、はい。やはり気になりますか、『彼』のことが」
ニヤリと、ギルド職員の顔に笑みが浮かぶ。
対照的に金等級冒険者の額には、汗粒が浮かんでいた。
「偶然ですが、私もギルドの面接試験のときから、彼には目をつけておりましてねぇ。はい。そんな私の期待に、彼は見事に応えてくれていますよ。はい。じっさいのところ、彼がうちに所属してから一年と半のあいだに達成したクエストの数には、目を見張るものがありますからね。そんな彼に早くも銀等級への昇格試験の話が上がっていることも、じつに納得のいく話でありますね、はい」
「……」
「ですが……現実的には、このままではそれの可能性は薄いでしょう、はい」
「……」
ラックの無言を埋めるように、ローグは件の人物に関係する話題を振り続ける。
まるで、獲物を追いこむ猟犬のように。
じわじわと、他の選択肢を奪っていく。
「たしかに銀等級としての実力が、彼にはすでに備わっているかもしれません。はい。しかし私どものギルドの銀等級には、力量と同じ程度の信頼が求められます。そしてそれは本来、相応の時間をかけて両者のあいだで育まれていくこと。こればかりは、本人だけの熱意では、如何ともし難い問題だと言えるでしょうね、はい」
「……」
「ですが彼は、そう言った点ではじつに幸運だ。豪運ともいえる。いえね、これはけっして馬鹿にしているわけではないのですよ? 豪運、奇運、悪運、大いに結構。そういった運に恵まれない凡百の冒険者とは、得てして、大成などしないものですからね、はい」
「……」
「おっと、話が逸れてしまいましたね、はい。とにかく彼の幸運は、私どもも注意を向けざるを得ない特級クエスト。その参加権を握る数少ない金等級冒険者と、個人的な繋がりを持っていることでしょうか。はい。もちろん、依頼主の要請どおり、今回のクエストはギリギリまで市勢に情報を伏せてはいますが、クエスト達成の暁には、大々的にギルドの功績として発表する予定です。そこへ名を連ねることが、どれほどの意味を持つかは――」
「……ああ、わかったよとっつあん。オレ様の負けだ」
沈黙を破った金等級冒険者の言葉は、敗北を認めるものだった。求めていた答えを得たことに、ギルド職員の笑みが深まる。
「ええ、はい。きっとラックさんなら、そう仰ってくださると信じておりましたよ、はい」
「……あのなぁ、とっつあん。冒険者のオレ様が言うのもなんだけど、アンタぜってぇ、ロクな死に方はできねぇぜ?」
「おやおや、これは異なことを。ラックさん、私はね、往生するときは自宅で家族に見守られながらと決めているのですよ、はい」
最後の悪足掻きにもまるで揺るがないローグの笑みに、ラックは掌で顔を覆い、天井を仰ぐことしかできなかった。
●
闇の中を、歩いていく。
目的はない。
意味もない。
意思がない。
(俺は……いったい、何を……?)
ただ漠然と、本能に導かれるがまま、上も下も、右も左も、前も後ろも認識できない闇のなかを、ただひたすらに進んでいく。
(俺は……いったい、誰だ……? なんで、ここにいる……?)
次第に、意識すら曖昧になってきた。定まらない意識が攪拌され、希釈され、消散していく。自我が、溶ける。自分が、自分でなくなっていく。
(俺は……誰だ……? シヴァ・ヒビキ……? 志波、響……? それとも……?)
境界がズレる。輪郭がブレる。世界が、認識が、俺という存在の内と外を隔てる何かが、ゆっくりと剥がれ落ちていく。俺が、俺から解放される。そこに不安はない。むしろ言いようのない、安堵すら覚える。
(俺は……オレは……おれは……ぼくは……いったい……?)
わからない。すべてがなにひとつわからない。だからどうでもいい。ゆるしてくれ。かいほうしてくれ。おれというふあんていないきものを、このばくぜんとしたふあんから、すくいだしてくれ……
『……おぉっとぉ、そこまぁーでだよぉ、少年』
そのとき、声が聴こえた。
男なのか、女なのか。
子どもなのか、老人なのか。
遠いのか、近いのか。
泣いているのか、怒っているのか。
その全てでありがなら、どれでもないような、道化じみた不思議な声だ。
『いやはや、まったく、ワガハイがちょぉーっと目を離した隙にこんなところまできているだなんて、心臓が悪いにもほどがあぁーるよねぇ? まあそれだけ、〈神魂宝珠〉との同期が順調だってことなぁーんだろうけど、さぁ』
声は俺に、語り掛けてくる。そうすることで、投石によって生まれる水面の波紋のように、凪いでいた俺の心に変化が生じる。変化は歪みとなり、歪みは形となって、それらは次第に俺という人格を世界から浮かび上がらせていく。心地よい全から、不安な個へと、切り離されてしまう。
それがたまらなく……怖い。
『たぁーしかに『始源の魂流』に還ろうとするのは、そこから派生した魂の帰巣本能だぁーよ? でぇーもね、少年。キミにまだそれは早い。何故ならキぃーミには、まだやるべきことがあぁーるだろう?』
母の手から離れ、怯えて泣き喚く子どものような俺に、声は相変わらず道化じみた奇妙な抑揚で語り続ける。うるさい。黙れ。放っておいてくれ。俺を、ひとりぼっちにしないでくれ。俺をみんなのところに還してくれ。
(ひとりは……もう、いやなんだ……っ!)
それは、俺という個が剥がれ落ちた、本能の叫びだった。
『甘えるなよ、少年』
対する声は、道化じみた気配を消失させる。
『逃げるな、投げ出すな、自分自身に言い訳をするな。やると決めたのなら最後まで貫き通したまえ。そしてそれこそが、キミの存在意義となる』
鋼の意思を伴った言葉の刃が、脆弱な俺を貫く。
『思い出せ、少年。キミの願いを。キミの誓いを』
ザクザクと、斬り裂いて。
『取り戻せ、少年。キミの決意を。キミの使命を』
スパスパと、切り落として。
『創り出せ、少年。キミの世界を。キミという存在を』
余分な不純物が削ぎ落された魂は、いつの間にか、輪郭に整えられていた。器が拵えられたことで、攪拌していた意識が収束してく。自我が、定まる。自己を自分で定義する。
(お、俺は……いったい、何を……?)
気付けば俺は、俺という存在を取り戻していた。
『……ふぅ。まぁーったく、手間のかかる少年だぁーねぇ。ワガハイ、これでもいろいろと忙しいのだから、あまり余計な負担はかけさせないでほしいのだーけれどぉ?』
声のほうも、いつのまにか抜身の刃じみた緊張感が失せていた。
同時にそれが、徐々に遠ざかっていく気配を覚える。
(ま、待ってくれ! ここはいったい、何処なんだ!? っていうかアンタ、いったい誰なんだよ!?)
答えを求める叫びにも、声の主は振り返らない。
ただなんとなく――その顔は、笑っているような気がした。
『ふふん。どぉーうせそれに答えたところで、〈神魂宝珠〉の安全装置で、目が覚めたとき少年は「また」そぉーれを忘れてしまっているよ。でも、慌てなくていいんだ。焦らなくてもいい。諦める必要なんて、まぁーったくないんだよぉ?』
声は告げる。
喜ぶように。
嘆くように。
『いずれまたワガハイたちは、出会うことに、なぁーるのだから、さ』
●
「……っ!」
全身に冷や汗を掻きながら、上半身を跳ね起こす。
「……ブフー、……ブフー」
「む、婿殿? 大丈夫か? 水を持ってこようか?」
同衾していた褐色肌の女蛮鬼が、困惑気味に声をかけてくる。そんな彼女に臆病な豚野郎は、返事もせずに抱き着いた。
「お、オビィ……俺は……おれは……っ!?」
「……大丈夫だ、婿殿。オレはここにいる。どこにも行きやしないさ」
何度も肌を重ねた心地よい体温が、俺をやさしく包み込む。その豊満な胸元に顔を埋めているため表情を窺うことはできないが、きっと彼女は、微笑んでいるのだろう。もう二年以上の付き合いになるのだから、それぐらいは容易に想像がつく。
「ぐっ……ふぅっ……ぶぎぃ……っ」
「よしよし、大丈夫だ。落ち着け、婿殿。大丈夫。ここには、婿殿を傷つける者なんて、誰もいない。いてもオレが、守ってやる。オレだけじゃない。義母上も、シュレイも、ミミルも、パオヘイも、タウロだって、みんな婿殿のことが大好きだ。だからなにも、心配することなんてないんだ」
荒ぶる豚を、出来過ぎた嫁さん――オビィは、普段の凛と引き締まった表情からは想像もできない母性で甘やかしてくる。耳に心地よい声音と、豚鼻を埋め尽くす豊潤な香りと相まって、情けなくもテンパっていた豚野郎は徐々に落ち着きを取り戻してく。
(……というか俺は、いったい何に、こんなに怯えているんだ?)
わからない。
思い出せない。
状況から、おそらく直前まで見ていた夢に関係しているのだろうが、不思議なことに、つい先ほどまで浸っていた世界のことを、俺は何一つ思い出すことができなかった。それでも無理に記憶を遡うとすれば、ズキリと、頭の芯に鈍い痛痒を覚える。
まるで『何か』が、それを警告でもしているかのように。
(いったい……俺の身体に、何が起こっているっていうんだ?)
じつを言うとこの不可思議な違和感は、今回が初めてのことではないのだ。
(でも今までは、ここまで身体に変化が起きることはなかった。ということは徐々に、症状が悪化している? それも俺が、教会に造られた出来損ないの人造勇者だからなのか……?)
じわじわと、得体のしれない怖気が広がっていく。
またしても震え始めた臆病者のそれを止めたのは、やはり、こんな豚野郎にはまさしく真珠である、美しくも優しい女蛮鬼であった。
「最近、少しクエストの消化に根を詰め過ぎていたからな。義母上のためにはやく冒険者等級を上げたい婿殿の胸中は察するが、ときには休息も必要だろう。そうだ。今度シュレイたちを連れて、気分転換に外出でもしようじゃないか」
胸元に抱いた豚野郎の頭部を撫でながら、紡ぐように、染み込ませるように、降り注ぐオビィのゆったりとした声音が、根拠のない不安を片っ端から拭い去ってくれる。
御年十七歳にして、溢れんばかりのこの母性。ホント、ビビりの豚野郎には分不相応の、出来過ぎた鬼嫁に、感謝の念が堪えない今日この頃である。
「そうだ、なんだったら少しばかりのあいだ、まとめて休暇をとってみるのもいいかもしれないな。大丈夫だ、婿殿は何の心配もしなくていい。婿殿の世話はオレがする。稼ぎはシュレイたちが稼いでくる。クエストはタウロが頑張ってくれるだろう。なに、ほんの二~三日くらいなら……いや、まあ大事をとって一週間……しかし婿殿の憔悴ぶりを鑑みれば、一ヵ月くらいの療養は必要かもしれないな……」
現時点でも十分に御立派だが、なおも成長の余地を感じさせるビッグマウンテンに豚が耽溺しているあいだに、オビィがブツブツと何やら不穏なことを呟き始めた。
(……ん、薄々感じてはいたけど、オビィの優しさって、ダメ人間製造機でもあるよね)
しかもそれを支えることに喜びを見出している節があるので、始末に負えない。このままだと働かない駄豚と、喜々として貢ぐ鬼嫁という、不毛な永久機関が爆誕してしまう。
「……あー、もう大丈夫だよ、オビィ」
「ん? そうか? べつにあと一日や二日くらい、オレはこのままでも構わないぞ?」
魅惑の柔肌から距離を置くことには強靭な意思力を要したが、このままではダメ人間ルートに奥さんまで道連れなので、そこは気合一発、甲斐性なしの豚野郎なりに、なんとか頑張ってミッションを達成する。
「……ところで婿殿。先ほどはずいぶんと魘されて――というか誰かを夢のなかで追いかけていた様子だったのだが、今度はいったい、どこの雌豚に色目を使われているんだ?」
「……あっ」
そしてようやく気付いた。
相変わらず、俺を慈愛顔で見つめる女蛮鬼。
その瞳が、まったく笑っていないことに。
「あ、あの、オビィ? なにか勘違い、していないか?」
「大丈夫だ婿殿、大丈夫。オレはきわめて冷静だ。何も勘違いなどしていない。勘違いしているのはどうせ、雌豚のほうだ。何と言っても、婿殿は優しいからな。しかしその優しさは、ときとしてはた迷惑極まりない誤解を生む。その結果として勘違いした雌豚が婿殿に言い寄ってきたとしても、それは婿殿に非のある話ではないだろう。大丈夫、オレは冷静だ。怒ってなどいない」
どうしよう。
先ほどまでの「大丈夫」と、全然同じ意味に聴こえない。
ツインボールがヒュンッと縮こまってしまう。
「それで、今度はどこの雌豚が、婿殿に媚びを売っているのだ? もしやまた、あのギルドの受付嬢か? それとも最近懇意にしている武器屋の、見習い鍛冶師の小娘か? ああ、そういえば最近は、宿屋の小娘も怪しい動きをしていたな。大丈夫。オレは怒らないし冷静だから、正直に話してくれ婿殿、な?」
どうしよう。
俺の嫁さんが嫉妬深過ぎる件について。
(というか宿屋の娘さんなんて、まだ年齢一桁の幼女じゃないか)
そんな娘さんがお酒の席で、食事を運んできた際に膝上に乗っかって「ぶたさんのおよめさんになってあげゆー」なんてこと言われても、少々マセたリップサービス以外にどう受け取れというのだろうか。
(アマゾネスの常識的には「集落の仲間や自分の隷妹たちならオッケー」だけど、それ以外の女性はどうやら、許容範囲外っぽいからな。もうちょっと、そのへんの線引きは自分で意識しないとダメだな、こりゃ)
ともあれ今は、目の前で猛っていらっしゃる奥さんを宥めることが、愚かな豚の最優先事項である。そしてこういった方面にはとくに不器用である俺としては、とれる選択肢など限られている。
「オビィ」
「なんだ婿殿。大丈夫。オレは決して怒ったりなどしないから、仔細隠さず正直に思ったことを口にしてくれ」
「愛してるよ、オビィ」
「……っ!」
小手先に頼る変化球を投げられない豚野郎には、直球あるのみだ。
「そ、そんな……誤魔化されないぞ、婿殿!」
「オビィ、愛しているよ。だからそんな、興奮しないでくれ。そんな辛そうなオビィの顔を……俺は、見たくない」
「だ、誰も! 辛そうな顔なんてしていにゃい! そ、それに、そんな顔で、こ、こっちを見るな、バカ婿殿!」
「うん、そうだな。俺は本当に駄目な豚野郎だ。大事な嫁の、笑顔ひとつ、守ることすらできやない。それに気持ち悪いよな、ごめんよ、こんな豚面に生まれてきちまって……」
「……っ! いや、そんなことはないぞ! それは誤解だ、婿殿! 婿殿の顔は決して、生理的嫌悪を催すものではない! むしろ見惚れる! 濡れる!」
「あ、ありがとう……世辞でも、嬉しいよ」
「世辞なものか! 疑っているのなら、ほれ、オレの身体を触って確かめてみろ!」
そう言って顔を赤らめたオビィは、俺の分厚い掌をむんずと掴むと、自身の火照った柔肌へと導いていく。完全に先ほどまでの遣り取りは有耶無耶になったようだ。どうしよう。俺の嫁さんがチョロ過ぎる件について。
(でも……チョロさで言ったら、俺も相当だから、お似合いか)
そんなこんなで無事に仲直りできた豚野郎と鬼嫁は、その日も満足いくまで、仲良しこよしできましたとさ。めでたしめでたし。
●
後日。
「……あー、ダメですピョン。オビィ姉さま、今日は動けそうにないですピョン」
「旦那様。子作りに励むことを悪いとは言いませんが、その、もう少しだけ限度というものも覚えてほしいのでありますよ。必要であればシュレイたちも、閨にてご奉仕いたしますので」
「……本当に、申し訳なく思っております」
いろんな要素がスパイスとなってハッスルし過ぎたあまり、パートナーを再起不能に追いやってしまい、隷妹たちにマジ土下座をかます豚野郎の姿がそこにあった。
・王族の意向を受けて、動き出す冒険者たち。
・一方でブタの中で起こっている、変化と原因。
・最後は完全に、作者のラブコメ成分補給尺ですね(笑)
それではお読みいただき、ありがとうございました。
m(__)m




