【第01話】 予兆①
【前回のあらすじ】
ブタ「ただいま」
ママ「ヒビキくんっ!」
鬼帝国の東西南北に配置された四つの要塞都市に数えられる、西の黒壁都市。その近隣に存在する遺跡として、もっとも有名なものを挙げるとすれば、それは『静謐なる魔境』の二つ名で知られるハイラル遺跡だろう。
そもそもこの『遺跡』というものは、古い伝承によれば、それこそこの世界を創造した神々の遺産だとされている。またそうした宗教的な価値をさておくとしても、遺跡からはたびたび聖遺物と呼ばれる、超級魔道具が発掘されているため、所有国における資産的な価値は高い。
あるものは空間を歪め、あるものは天候さえ操り、あるものは死者すらも蘇らせることが可能とされるこれら聖遺物は、創造神が去ったあとの世界を統べる人族において、容易に各国の勢力図を変革させる。ゆえにその存在は、いつの時代も時の権力者たちから非常に重要視されてきた。
またそうして発見された遺跡を管理する各国の為政者はもちろんのこと、功名を欲して新たな遺跡を求める冒険者、もしくは遺跡から発掘される技術に魅了された探求者、あるいは遺跡という存在そのものに価値を見出して崇める宗教家など、いかなる理由であれ、この神秘に満ちた遺産を欲する人々は絶えない。
かようにして人々の心を魅せてやまない、奇跡の宝庫であるからして、新たなる遺跡の発見の一報は、冒険者ギルドを通してすみやかに王族の耳へと届けられていた。
「……ほう。新しい遺跡の発見か」
鬼帝国の首都である『ダイアラスト』。通称『帝都』。周囲を聳え立つ堅牢な外壁に囲まれた鬼帝国でもっとも栄える都市の中心に据えられた、豪華絢爛なる王城。その片隅における、一幕である。
そこは現在、鬼帝国に七人いるとされる王位継承権を持つ王子らに割り振られた王族専用私室だった。部屋の中央で傅くのは、正規ではない手続きを経てこの場に馳せ参じた冒険者ギルドの使者。彼の者の口から伝えられた情報に、その正面で、豪奢な椅子に腰かけた男性が耳を傾けている。
それは税と品の粋が凝らされた部屋のなかでも、
ひときわ存在感を放つ人物である。
年齢は二十代の後半に差し掛かった頃合い。体力、気力ともに充実している男の表情には威厳が宿り、凪いだ湖面のごとき瞳の奥には、全てを見透かす英知が見て取れる。特徴的なのは、他の鬼人には見られない、額から側頭部を抜けて後頭部までをグルリと囲うように生え揃う、大小複数の鬼角だろうか。あたかも王冠のように見えるそれはまさしく、鬼帝国を統べる王族『角冠鬼』の名に相応しい。
「続けよ」
「はっ!」
座上から睥睨する王族からの許可を待って、その正面で床に肘をつく冒険者ギルド使者は、さらに深く頭を垂れた。
「現場からの報告によれば、どうやら近頃頻発している魔生樹の活性期、それに伴う地形の変動、魔獣の討伐、それらを担当して集計していた当方のギルドの職員が『その可能性』に気付き、彼の者が所属しているギルドが内密に調査を進めたところ、『その可能性』が極めて高いと判断できる場所を特定できたとのこと。もちろん帝都におけるギルド本部でも、挙げられた報告書から同じ結論に達しております」
「ふむ。それは僥倖であったな」
「はっ。さすがにかのハイラル遺跡ほどの規模ではないようですが、しかし未発見の遺跡となると、その発見者にはけっして低くない称賛と名声が与えられるもの。それが王子殿下の趨勢を決める大事なこの時期に発見されたこと、これすなわち鬼神様のお導きに相違ないと確信したため、我ら〈帝国の鬼火〉はこうして、ご報告に馳せ参じ仕った次第であります」
「……ふん、世辞はよせ。どうせ他の王子にも、汝らは同じ甘言を献上しているのであろう?」
「滅相もない。私たちギルドの忠誠は全て、帝国第三王子であらせあれるギルクライン・クラウン・ダイアラスト殿下に捧げられておりますれば」
王族の皮肉にも動じず、頭を下げ続ける冒険者ギルドの使者。その姿をしばらく見つめたのちに、鬼帝国の第三王子――ギルクラインはつまらなそうに息を漏らす。
「……ふん。まあいい、報告ご苦労、下がれ。沙汰は追って知らせる。それと貴殿らの忠義はたしかにこのギルクラインに届いたと、上司どもを安心させてやれ」
「ははぁ!」
第三王子から色良い返事を頂戴したことで、冒険者ギルドの使者は喜色を浮かべて、退室していった。その足音が完全に遠ざかったあとで、ギルクラインは謁見の最中もずっと背後に控えていた人物たちに声をかける。
「……で、ゴードン。リノリアよ。其方らはこの情報、どう判断する?」
「ははぁっ、すべては王子殿下のお心のままに!」
直立不動を保っていたふたりの臣下。そのうち即座に頭を垂れたのは、十代の中ごろを過ぎた少女であった。
全身を包む黄金の軽鎧は眩いほどに磨き上げられており、傷ひとつ見受けられない。その輝きは、彼女の職務に対する意欲の高さと同時に、実経験の浅さを物語っている。
よく日焼けした、小麦色の肌。頭の左右でまとめられた蜂蜜色の髪。先端の吊り上がったアーモンド状の瞳は、その整った容姿と相まって、普段であれば彼女の高い気位を周囲に誇示しているのだが、今ばかりはそこに、他者を威圧する色はない。圧倒的な上位者に対する、畏敬のみが浮かんでいる。
「くくっ、リノリアよ、そう堅苦しいことを申すでない」
小麦肌の新米鬼士――リノリアの対応に、ニヤリと口もとを歪めるギルクライン。深々と頭を下げる臣下からは窺うこと叶わないが、それを見下ろす主君の顔には、ありありとした嗜虐の笑みが浮かんでいた。
「この場には我ら、気心の知れた者しかいないのだ。ぜひとも其方の、奇譚のない意見を聞かせてくれ」
「お、畏れ多くも、そのようなことを、一介の鬼士に過ぎないわたくしめに申されましても……」
王族と鬼士。主君と家臣。帝王を頂点にいただく封建社会において、リノリアの反応はもっともだ。しかし上位者はそれを許さない。
「なんだ。其方は、我の言には従えぬと?」
「い、いえ! 決してそのようなことは!」
「なら疾く述べよ。むろん栄えある我が親衛鬼士団として、相応しい進言をな」
「っ!? な、それは、その……っ!」
瞬く間に上がってしまったハードル。深まる嗜虐者の笑み。まったく予期していなかった職場の重圧に、実経験の浅い新米鬼士は早くもパンク寸前だ。全身が熱く火照り、目の奥はグルグルと渦を巻いている。
「ははっ、王子殿下。あまり孫娘を、苛めないでいただきたいものですな」
「お、お爺様……」
そのように混乱するリノリアの肩を叩いたのは、二十代後半と見られるギルクラインと比較して親子以上に歳の離れた、筋肉隆々の巨漢――ゴードンである。
王子のまとうそれが生まれついての覇気ならば、
巨漢のまとうそれは歳月を経た大樹の如き貫禄。
主君に対してまったく気後れなどしてない堂々たる風格に、庇護下におかれた新米鬼士はつい、安堵の吐息を漏らしてしまう。
「ほう、ゴードンよ。つまりリノリアは、我との会話に苦痛に感じていると?」
「……っ!?」
そうした少女の心の隙間を、見逃すギルクラインではない。言葉こそ古株の臣下に向けられているものの、その矛先は相変わらず、新米鬼士を捉えている。
「お、お爺様! わたくしはべつに、困ってなどおりませんわ!」
値踏みするような主君の視線を受けて、緩んでいた表情を一転。蜂蜜色のツインテールを左右に揺らして潔白を主張するリノリアに、老齢の域に差し掛かりつつある古参鬼士は、大仰に嘆きの色を浮かべた。
「おぉ、リノリアよ、つれないのぅ。そのように情を仇で返す行いは人として、鬼士として、さらに言えば第三王子の直属鬼士団である〈金剛鬼士団〉として、あまり褒められたものではないぞぃ?」
「あっ……」
鬼士道を説く先達に、すぐさまリノリアは己の浅慮を恥じた。自身の醜態を認めることのできるその実直さは、たしかに美徳であろう。
「……は、はい。申し訳、ありませ――」
「ふむ。ここで己の非を認めるということは、やはり其方は、我との交流を重荷に感じているということで相違ないか?」
だがそうした愚直は、愉悦者にとっての餌でしかない。
「ふえっ!?」
「これこれリノリアよ。たしかにヌシは殿下に使える鬼士であるが、だからこそ、ときには過ぎた主を諫めねばならぬ。たとえその結果、どのような結末を迎えようとも、な」
「ええぇっ!!?」
さらにここに至って、寄り掛かっていた大樹がその実、自らを囲う牢獄であることに気がついた。まさしく四面楚歌である。
「さあリノリアよ。どちらの意を是とするのか、はっきりと申してみよ」
「リノリアよ、真の鬼士道とは、己の正義に殉じるものぞ」
「あの、う、その、わたくし、わたくしはぁぁぁ~……っ」
真顔の第三王子と祖父に挟まれ、とうとう涙目になって頭を抱え込んでしまう少女鬼士。その姿を眺める者たちの瞳に潜む嗜虐に、当人だけが気付かない。
「う、うぅ……」
むろん彼女とて、恵まれた血筋と弛まぬ努力によって、十代半ばにして王族直属の鬼士団に所属することを許された、生粋の才女である。だがいかんせん、才能だけで人生経験の深さだけは補えない。特注である魔法金属製軽鎧で守られた脇の下は、かなりの湿り気を帯びていた。
「……ふん。まあ孫娘とのじゃれ合いはこのくらいにしておくとして、ゴードンよ。そろそろ貴殿の、意見を聞かせてくれはくれまいか」
「はっ、御意!」
「……ぁ」
そのためようやく両者からの矛先が逸れたとき、つい気が緩んで下着を湿らせてしまったことは、墓穴まで持っていく乙女の秘密である。
「とはいえ、そうですな……あくまで私見を申し上げせてもらうなら、ある程度の危険を考慮しても、今回の話には乗るべきでしょうな」
そうした孫娘の赤面を他所に、祖父から団長の顔に戻ったゴードンが、第三王子と言葉を交わす。献上された臣下の言に、ギルクラインの瞳が細められた。
「……ふむ。理由を述べよ」
「はっ。まずは言うまでもなく、他王子への牽制。やはり遺跡の発見となれば、帝王陛下からの評価が高くなることは間違いありますまい。とくに第一王子が各地で頻発する魔獣の鎮圧、第二王子が荒れた領地での治世で順当に成果を挙げられているなか、第三王子がやや押しが弱いことは否めませんからなぁ。これはいい箔付けになりますわい」
「……ふんっ。これはまた、ずいぶんな物言いではないか」
好々爺の笑みを浮かべたまま、歯に布を着せぬ鬼士団長の物言いに、スッと第三王子の表情から笑みが消えた。
「たかだか鬼士団長の分際で、貴殿は我を……王族を、侮辱する気か?」
「……っ!」
これに慌てたのは、徐々に冷えていく下着に嫌悪を覚え始めていた孫娘である。
「お、王子殿下! どうかお待ちを! お爺様に悪気はないのです! ただ……そう、ただちょっとだけ、人より頭のなかに筋肉が詰まっているだけなのです!」
「……だがそれでこそ、我が鬼士だ。素晴らしい」
「うぇっ!?」
盛大な梯子外しに、愕然とするリノリア。
「……ん? どうしたリノリアよ。たとえ自らの不興を買ってでも、主のために示すべき道を示す。これこそ自ら説いていた、臣下の鏡ではないか」
「え、あ、はい……」
冬の凍てついた気配から一転、春の朗らかな笑みを浮かべる第三王子の見事な掌返しに困惑する新米鬼士であるが、最終的に選択したのは、追従の笑みだ。
「そ、その通りですわ! さすがお爺さ……いえ鬼士団長! 素晴らしいと思います!」
「うぅん……はてさてこの気の弱さ、誰に似たのかのぅ……?」
戦闘技術や礼儀作法など、器量面での能力を評価しているものの、どうにも精神面の弱さを隠せない少女鬼士に一抹の不安を抱いてしまうのは、彼女の血の繋がった祖父であり、また所属する鬼士団の長として、当然のことだろう。
(まあ王子殿下はそれを考慮したうえで、からかっておられるようですしのぅ)
ならばあえて、この場で指摘することはしない。
これもまた権謀術数蔓延る王城で生き抜いてきた、
鬼爺なりのやさしさである。
「え、えへへ……なんて、ね? ね……?」
もはや精神的にいっぱいいっぱいなのだろう。名家の令嬢。才媛鬼女。王家直属の新米鬼士。そんな肩書に守られてきた孫娘の浮かべる卑屈な笑みから目を逸らしつつ、ゴードンは話を進める。
「そして第二の理由は、民衆の支持ですな。実情はともかくその実績は、民衆にとってのいい話題になりますわい。もとより市勢におかれましては人望の厚いギルクライン王子殿下としては、さらなる人気の向上に期待が持てるかと」
「うむ。どうにも上の兄上方は、そのあたりをおざなりにしている毛があるからな」
信頼厚い臣下の的確な分析に、第三王子も異論はない。
「ただでさえ兄上たちには、軍務と政務で先を越されているのだ。ならばこそ付け込める隙には、大いに付け込むべきだ」
「はっ。仰る通りかと」
「その通りですわ、さすが王子殿下! ご慧眼であらせられます!」
「まあそれは私の後継者争いにおける私の劣勢を、暗に認めることになるのだが……」
「……」
またしても繰り出された掌返しに、三度、新米鬼士が沈黙する。
「……はぁ」
歪な笑みのまま停止してしまった孫娘に、嘆息を漏らすのは古株鬼士だ。
(まったく、王子殿下もお人が悪い)
一見してギルクラインは眉目秀麗、高貴にして清廉、城内で王族としての義務も十全に果たしつつ、定期的に城下町や領地を訪れては気品あふれる対応を魅せることで民衆からの支持も厚い、まさしく人々が思い描く『理想の王子像』その人である。事実として身分の差を超えて彼に憧れを抱く者は決して少なくなく、何を隠そうゴードンの孫娘もそのクチだ。祖父は彼女の自室に、憧れの王子様と彼に使える少女鬼士の自作恋愛譚が隠されていることを知っている。
「ん? どうしたリノリア。急に黙り込んでしまって」
「そ、それは、その……」
「なに、なにも私に気を遣う必要はない。事実は事実だ。物申したいことがあるのならば、この場ではっきりと申してみよ」
「……」
だが一方で、お気に入りの玩具を壊れる寸前まで使い潰すという悪癖は、古参の家臣ならば誰でも知っているところ。つまりそれは孫娘がギルクラインに目をかけられるという裏返しでもあるのだが、王子殿下との付き合いがまだ浅い彼女にとっては、耐えられる許容をとうに超えているようだ。
このままでは有望な新米鬼士が潰される。
頃合いだと判断した鬼士団長は、強引に話をまとめた。
「何より第三の理由は……城で暇を持て余している『ワシら』の、肩慣らしですな」
ニヤリと、年齢に似つかわしくない、悪戯小僧の笑みを浮かべる古参鬼士。それに気づいた第三王子の口端にもまた、僅かではあるものの、同種の笑みが浮かんでいた。
「まぁ……そうだな。たしかに『貴殿ら』には、ちょうどいい運動かもしれぬな」
「ええ。近頃は城内での鍛練ばかりで、とんと実践から遠ざかっておりますゆえ」
「ふっ。ふふふ……」
「ふはははは」
「……?」
交わされる共犯者たちの笑いに、新米鬼士だけが理解が追い付かない。両者のあいだで醸される形容しがたい空気に、ただ首を傾げている。
「……はぁ。まあ、とはいえ遺跡絡みの案件となると、それなりの面倒ごとは覚悟しなければならないだろうな。魔獣ごときで精鋭たる貴殿らがどうこうなるとは思わぬが、戦場には、常に『まさか』が潜んでいる」
「ええ、仰る通りですな。しかし此度の案件は、他の王子たちに伏せられているもの。あまり大掛かりに動けば気取られ、余計な横やりを入れられますぞ」
「ああ、それに時間の問題もある」
ギルドからの密使はあのように言っていたが、やはり人の口には戸が建てられぬもの。情報封鎖には限界があるだろう。決断は迅速に、かつ王位継承権を持つ他の王子たちに気取られないようにしなければならない。
「……となると、〈金剛鬼士団〉を公に動かすことは難しいか」
「でしょうな。現実的には地方視察を建前に移動していただく王子殿下に、護衛として小隊を同伴させるのが精々でしょう。足りない頭数は、現地で揃えるしかありますまい」
「それがかのギルドへの褒美にもなる、か……」
帝国の王子から直々に依頼されて、遺跡の発見に貢献する。それは情報提供者である冒険者ギルドにとって、まさしく得難い実績である。否、それを望むからこそ、武力に秀でた第一王子や、政治に秀でた第二王子ではなく、人望こそあるものの助力を自分たちに頼らざるを得ない第三王子に、此度の一件を持ち込んだのかもしれない。
「……ふん。よかろう。その程度の『飴』なら、問題あるまい」
誰もが他人を、己の利が為に利用する。毒蛇で溢れかえる王城において、この程度の駆け引きなど日常茶飯事。第三王子の表情に、言葉ほどの不快はない。
「ならば随行する小隊の人選は貴殿に任せる。ギルドへの連絡も我が手配しておこう」
「御意」
「ああ、あとそれと……」
むしろその瞳には、新しい玩具を見つけた、喜色の輝き。
「……せっかくの機会だ。少しは団員を、鍛え直してこい」
視線の先には、先ほどからすっかりと空気に徹している、表情を無くした新米鬼士の姿があった。
◆
「心せよ、これは崇高なる使命である!」
薄暗い空間に、引き絞った弓のような男の声が響き渡る。
「いまこの世界に我が物顔で蔓延する不遜の輩どもに、世界を統べる資格はない! 否、本来は生きる資格すらない! 奴らは皆、本来の主を忘れ、それどころが牙を剥いた、許されざる大罪人どもである!」
おそらく何百、何千、何万回と繰り返したであろう宣言を、それでも変わることない熱量で放ち続ける暗緑の外套をまとった男。頭上に掲げられたその右手には年季を帯びた魔法杖が握られ、反対側の左手は、経典のような魔導書を胸元に抱えていた。男の発する熱量に呼応するように、魔導書の表紙中央に飾られた結晶体が、淡く明滅を繰り返している。
「ゆえにこれは、大儀である! 聖戦である! 真なる主の信徒として我らは、主らの所有物を穢さんとする不届き者どもに、裁きの鉄槌を下さなければならない!」
歌うように、告げるように、誓うように、限界まで絞られた弦のごとき男の言葉を浴びるのは、同じく頭から足元までを外套で覆った影たちであった。ただし端正な顔を露出している弓弦の男とは違い、三角形の頭巾をかぶることで個々を隠した人影たちは、先導者の呼びかけに熱く震える。
「聖戦である!」「制裁である!」「断罪司教様、どうかご指示を!」「我ら懲罰使徒、主の手足として、見事その任を果たしてみせます!」「うぉおおおおっ!」
「うむ、主への献身こそが、我らの原罪を雪ぐ唯一の道標。さすればいつの日にか、許しを与えてくださる主の御手によって、無垢なる羊の集う楽園への道は開かれるであろう」
問いかけと同様に、何百、何千回と繰り返されてきたであろう男の回答。それでも先導者の言葉は信徒たちの心を深く揺さぶり、その身に宿る信仰という名の炎を、さらに焚きつけていく。
「……はぁ。ダル」
そうしていつ終わるともしれぬ問答を繰り返す外套姿の集団を、少し離れた場所から見つめる、小柄な影があった。数は三つ。顔は外套のフードで隠れているものの、その声音から、まだ幼い少女ではないかと推測できる。
「なあキュー姉、あとこれ、どれくらい続くんだよ?」
「いつもの感じだと、いまやっと半分くらい、です」
「うっざ! っていうかこれ、ウチらマジメに付き合う必要無くない? サボっても問題なくない? どうせアイツらも、ウチらのことなんて眼中にないんだしさー」
「……駄目だよ、七号。任務、なんだから」
「そうですよ、七号ちゃん。任務は真面目に、です」
「へいへい。キュー姉とヨン姉はイイ子ちゃんだね~。妹として鼻が高いぜっと」
ヒソヒソと、囁き合う少女たちの声にも気付かず――あるいは無視をして、暗緑外套の先導者は朗々と宣言を続ける。
「時は満ちた! 今こそ世界は、在るべき姿を取り戻すべきだ! そして我らこそ、その先兵なのである! かつて降臨された創造神たちの遺産を、分を弁えぬ愚か者どもの魔手から守り、偉大なるかの方々たちに献上することこそ、我ら使徒に与えられた崇高なる使命なのである!」
なおも熱を帯びていく男の瞳には、最初から、目前の人影など映っていない。
「これは聖戦である! 制裁である! 断罪である! 無知蒙昧なる愚者どもに、今こそ我ら『魔人教』が、世界の在り方を示すべきなのである!」
終始その目は、どこまでも遠く、ここではないどこかに向けられていた。
・帝国王子を中心とした、新キャラたちの登場。
・あるいは闇で蠢く、怪しげな一団の紹介。
・ふたたび物語が動き始めます。
・新章開始です。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
m(__)m




