【第13話】 追試
【前回のあらすじ】
マザ魂、爆発。
ふたたび訓練場の盆状台地に戻った俺とモリィは、互いに距離を取って向かい合う。審判役は、手旗を用意したギルド職員たち。彼らと同じくこの場に居残った受験生たちは、安全地帯にて野次馬と化していた。
「やれー! やっちまえー!」「イケメンなんてぶっ殺せー!」「……めぇぇ。まったく、血の気の多いブタさんですねぇ」「きゃー!」「モリィせんぱーい!」「……不要ナ戦闘、理解不能」「ヒビキくん、自分の筋肉を信じて!」「筋肉の声に耳を澄ますのよ!」
先輩への下克上というシチュエーションに燃えているのか、意外と男子たちから俺への声援は多い。とはいえいかに内面が腐ってもイケメンというアドバンテージは強く、女子たちの大半は、彼女たちに笑顔で手を振るクソ眼鏡に向けられている。残る少数派の女子たちの声援は、有り難いが豚には高尚過ぎて理解できない。
「……ずいぶんと、余裕、ですね」
「ふっ。格下相手に、気負う必要もないでしょう」
キザったらしく前髪を手の甲で払うモリィ。
「そして証明してみせましょう。ネルト嬢に相応しい騎士は、いったい誰なのかということを!」
バッと魔法外套を翻して、クソ眼鏡は熱い視線をネルトに送った。
「……ああ、ヒビキくん。わたしのために、争うだんて……」
一方でネルトは、潤んだ瞳を俺に向けている。いつの間にやらネルトの中では、今回の決闘はそのような理由に変換されているらしい。悲痛な台詞とは裏腹に、表情はどこか嬉しそう。黄金の瞳は爛々と輝き、頬は興奮に火照っていた。
「……っ!」
渾身の口説き文句をスルーされたモリィはギリリと歯を鳴らして、俺を睨みつけくる。完全なる八つ当たりだが、ざまぁ。いい気味だ。
(そういえばこの世界では、いまだに『ひとりの女性を奪い合う男たち』っていうのが、ひとつの憧れってハナシだったな)
むしろ一夫多妻が公に認められているぶん、この世界の女性たちは前世よりも殊更に、男性から情熱的に求められることに焦がれているのではないか。そしてそうした女性の心理を理解しているからこそ、モリィはこんな無茶な決闘をふっかけてきたのだろうが……
(……やり方を、間違えたな)
クソ眼鏡は俺の、決して触れてはいけない部分を踏み躙った。こうなってしまった以上、気を利かせて彼に花を持たせるという結果は有り得ない。たとえネルトがどのような勘違いを抱いていようとも、この場は全力で往く。彼女の誤解を解くのはその後だ。
「それでは、追試時間は十分。その間に受験生の方は、審査員の方々に己の力量を示してください。また冒険者の方はくれぐれも、自分もまた審査員の一員であることを自覚したうえで、受験生の対応に当たってください」
この場の責任者であるローグはそのように念を押すが、当人である賢鬼はまるで気にした風もなく、忌々しげに俺を睨みつけている。俺もまた正面から睨み返す。両者からの返答を諦めた禿頭の緑鬼は嘆息ののち、渋々と右手を頭上に掲げるのであった。
「それでは……試験、開始っ!」
疲弊した中年緑鬼の腕が振り下ろされるや否や、魔法が発動。
「――〈戦鬼闘氣〉!」
「――〈氷礫弾〉!」
対後衛戦の定石に則り、彼我の距離を詰めるべく、俺は強化魔法を発動。それを先読みしていたモリィは、水平に掲げた魔法杖の先端から氷礫を射出してきた。
それも一発、二発の話ではない。
ゆうに視界を埋め尽くすほど大量に、だ。
ズドドドドドドッ!
訓練場に、機関銃の掃射じみた破壊音が鳴り響く。
先手をとられた豚は前に出ることを許されず、
受け身の回避を優先させた。
「逃がすか!」
モリィの振るう魔法杖に率いられて、氷牙の猟犬たちが群がってくる。
(……チっ、さすがに戦い慣れしてるな!)
決闘において、相手との距離を潰すのが対後衛用の定石であるなら、距離を一定に保つことが対前衛用の定石だ。それを『格下』と称した相手に躊躇うことなく実行してきたモリィの判断力に、俺は彼に対する評価を一段階引き上げた。
(それに魔力量も、並みじゃない!)
すでに十秒以上も、途切れることなく飛来する氷結魔法〈氷礫弾〉。ひとつひとつが大人の拳ほどもあり、さらにそれが無数に高速で射出される光景は、ひとえに術者の卓越した魔力と技量によるもの。これだけで、並みの冒険者が相手なら十分に決定打と足り得る。
「ブギィイイイイイイッ!」
だが俺とて歴戦のサムライに鍛えられ、それを日々の鍛練で研鑽してきたという自負がある。雄叫びとともに硬化魔法〈鋼化〉で身体の一部を鉄塊と化した俺は、回避を中断。迫りくる氷弾を真正面から全て受け止めた。
「ヒビキくんっ!」「馬鹿、避けろよ!」「いやぁあああああっ!」
訓練場に響く、観客たちの悲鳴。
彼らはきっと、氷礫による豚のミンチを幻視したのだろう。だけど残念。予想は覆されて、数秒後に悲鳴は驚愕へと変化する。
「なっ……」「アイツ、効いてないのか!?」「それどころか少しずつ、前に進んでないか!?」「おいおい、いったいどういう鍛え方してるんだよ!?」「きゃぁあああ!」「筋肉最高!」「やはり筋肉は正義なのよ!」「濡れる……っ!」
硬化した両腕を身体の正面で交差させ、氷塊に怯むどころか、前に歩を進める俺の姿に男性からは驚嘆が、女性からは嬌声が漏れた。さあ、今度はこちらが攻める番だ。
「……ふん、わざわざ『彼女』を呼び出したのです。そうこなくては困ります」
不意に止まる、氷礫の暴風。
にわかに湧く観客たちとは対照的に、冷笑を浮かべているのはクソ眼鏡だ。冷淡な態度を際立たせるように、その口許からは本当に『白い吐息』が漏れている。
(……ッ!? なんだ、『アレ』は!?)
そこで俺はようやく、魔法杖を構える賢鬼の側。透明度の高い薄氷のごとき翼を優雅に羽ばたかせる、半透明な蒼鳥の姿を確認した。そしてその超然たる存在感には、見覚えがある。
「貴方……まさか、精霊士、なのですか!?」
「ほう。どうやら『精霊』を見るのは、初めてではないようですね」
俺の反応に、モリィは口端を吊り上げた。意味するところは、確信。すなわち彼我の絶対的な戦力差。師匠から預かる精霊鳴刀に宿った炎馬がそうであるように、魔力の結晶体とも呼べる精霊とは、それだけで戦況を容易に決定付ける。
(……ッ! さっきまでの〈氷礫弾〉は『足止め』じゃなくて、『目晦まし』が目的か!)
そして目の前の氷結魔法を防いでいい気になっていたマヌケ野郎は、まんまと精霊を召喚する時間を与えてしまった。これは完全に俺の失態である。
「……ふふ、いい顔だ。どうやらキミは、彼女の力をちゃんと理解しているようですね」
止まり木のように魔法杖に乗った精霊鳥の首元を、指先で撫でる精霊士。召喚主からの愛撫に、蒼鳥は嬉しそうに目を細めている。
「ならばキミには、彼女の名を知る資格がある。彼女こそはこの精霊鳴杖に宿る、美と氷の化身、フリージア! いずれこの大陸全土に名を轟かせる精霊士である僕の、唯一無二のパートナーです!」
大きな身振りで魔術外套の裾をはためかせる召喚主に応えるように、比翼を広げながら『クェエエエエッ!』と鳴く精霊鳥。
そんな一人と一匹の姿は、両者の揺るぎない絆を感じさせるに十分なものだ。
似たもの同士。
同属同類。
間違いない、アイツら絶対にナルシストだ。
「……さて、いちおう確認しておきますが、どうしますか? 意外なことにキミは、精霊という存在を正しく理解している様子だ。であればここで退くことを、僕は臆病者と責めはしませんが?」
モリィの言葉を受けて、俺は周囲を見渡す。
どうやら精霊という存在に精通しているらしいギルド職員は、無言で顎を引いた。この状況はまさしく、彼らの言うところの「無謀と蛮勇は違う」といったところか。誰もがその目に、俺に対する心配と同情を浮かべている。
また彼らほど理解は深くないだろうが、それでも目前にある精霊という存在に、先ほどまで湧いていた受験生たちは完全に呑まれてしまっている。誰もが言葉を忘れて、霜を降らせながら優雅に宙を舞う蒼鳥の姿に魅せられている。数少ない例外は、こんな状況でもうつらうつらと船を漕ぎ始めているメイリーぐらいのものだ。逞しい。
(……普通に考えたらここは、リスクを冒す場面じゃないんだろうな)
いちおう『追試』の体裁をとってはいるものの、この『私闘』の結果をギルド側が試験の結果に反映する可能性は、じっさいのところそれほど高くはないだろう。むしろ自制を無くして無茶を決行した結果、彼らに無様な姿を晒してしまうことのほうが、マイナスの可能性としては大きいくらいだ。よってここで俺が前者を選ぶメリットは低い。
「どうしますか?」
モリィが重ねて問いかけてくる。
その声音には確信。
当然、答えは決まっている。
「退くわけ、ありません!」
「ですよねぇ! ――〈氷礫弾〉!」
俺は地面を蹴って前に出た。
応じてモリィは魔法杖を構え、蒼鳥が空に舞い上がる。
さよなら、理性。
さよなら、常識。
そんなチンケなもの、母の名誉と比べればゴミみたいなものだ。
「ブギィイイイイイ!」
ふたたび全身を叩く氷礫の嵐のなか、覚悟を決めた豚鬼が進む。まっすぐに最短で一直線に目標へと向かう回避を捨てた特攻野郎に、クソ眼鏡も脅威を覚えたようだ。頭上を舞う相棒に指示を送る。
「フリージア!」
『ピィイイイイイイイッ!』
甲高い鳴き声で応じた蒼鳥は、召喚主の要望を正確に汲み取っていた。
ザンッ! ザンザンッ! ザンッ!
豚の進路を塞ぐように、高さ三メートルを超える巨大な氷柱が、次々と天に向かって伸びていく。おそらくは氷結魔法〈凍氷柱〉。氷礫とは比べ物にならない圧倒的な質量を、さすがに無視することはできない。回避のため、一瞬、足が止まる。
『ピィッ!』
その瞬間を、蒼鳥は捉えた。
ピキピキと地面から霜が伸びて、俺の右足を地面と結合してしまう。
(しまった――っ!)
囚われの豚鬼が氷の足枷を破壊する前に、
精霊士は次の一手を打ってくる。
「そこを動くな! ――〈氷檻棺〉!」
モリィの呼びかけに応え、俺の前後左右を囲うようにして生えた巨大氷柱から、各々を繋ぐ氷の紗幕が広がっていく。半透明の薄膜は瞬く間に厚みを増して面となり、肥大化。形成されたのは巨大な氷檻。密封された内部には、ようやく氷を踏み砕いた、ノロマな豚が取り残されている。
『ピィイイイイイッ!』
なおも追撃の手は緩まない。
空に蒼鳥の美声が響き渡ると、震えたのは氷壁だ。眷属の呼びかけに応えるように、バキバキと氷檻は不吉な音を鳴らして見る間に厚みを増していく。このままでは、十数秒後に待っているのは膨張した氷による圧死。衆目があるので仮にそこまで至らなくとも、その時点で勝敗は決したと判断されるのは間違いない。事実、光を隔てて風景が湾曲される氷壁の向こう側では、審判役のギルド職員らが、勝敗を告げる手旗を掲げようとしていた。
(ああクソ、まったく見事な連携だな! 惚れ惚れするぜ!)
互いに同系統の魔法を行使し、重複させることで、効力を格段に高め合っている。
練り上げられた精霊鳥と召喚主による阿吽の呼吸には、
素直な賞賛を送らざるを得ない。
(だけどなァ――『この程度』で、俺を止められると思うなよッ!)
もう出し惜しみをしている状況ではない。
後先のことなど考えず、残った魔力をひとつの魔法回路に注ぎ込んだ。
「――〈戦鬼闘氣・煌星〉!」
◆
(あぁ、もうダメっ!)
もはや絶体絶命と表現するに差し支えない豚鬼の窮地に、ネルトは豊満な胸元に強く掌を抱き寄せる。ぐんにゅりと形を変える刺激的な光景に、傍らの男性冒険者から視線を感じるが、今はそれを気にする余裕などない。
「……あちゃー。あのボケカス、ミスったな」「アハハ、完全にモリィくんの勝ちパターンだよねー」「さすがに精霊を召喚されると、分が悪いネ」
ネルトと同じく安全地帯で『追試』を観戦していた冒険者たちは、みな苦笑を浮かべていた。魔法による牽制と、精霊の召喚。そこからタッグを組んだナルシストコンビの実力と実績は、現場で肩を並べたことのある彼らはよく理解しているのだろう。
「そ、そんな! まだヒビキくんは、諦めていませんよ!」
「いや、でもジッサイ、あそこまでガッチリ固められたらオレ様でも面倒だぜ?」「下手に足掻くより、潔くギブアップしたほうが『普通』賢明だよねー」「ホッホッ。違いないネ」
精霊鳥と精霊士の奏でる氷結魔法によって、上下四方を氷壁に覆われ、完全に内部に閉じ込められてしまった豚鬼。さらに冷気を放つ氷檻は、徐々にその厚みを増している。冒険者たちが語るように、状況は完全に詰みといっていい。勝負を監督する審判たちも、大事に至る前に決断を示そうと、手にする手旗を今まさに振り上げようとしていた。
(くっ……仕方がありません! こうなったらわたしにできることといえば、凍傷になってしまっているかもしれないヒビキくんを、人肌で温めてあげることくらいですね!)
いざとなれば、衆目に自らの黒蜜肌を晒すことも辞さない覚悟のネルトである。たとえその光景にポッキリと心が折られる者がいようとも、恋する乙女には関係ない。惚れ込んだらどこまでも一途に尽くすのは、鬼人女子にとっての美徳なのだ。
(大丈夫ですよヒビキくん。貴方には、オネーサンが付いています!)
敗北に打ちひしがれて震える少年と、そんな彼を肉体と愛情で包み込む自分の姿を想像して、ちょっぴり興奮してきた受付嬢。彼女は甘えるより甘えさせたい派だ。できるならそのまま全力で甘やかして、自分なしでは生きていけなくなるぐらい依存させたい。溺愛したい。監禁したい。フゥフゥと熱っぽい吐息を漏らしながら、ネルトは制服の胸元を緩め始めた。
「……まあ、あのボケカスがこのまま『普通』に諦めるはずがないんだけどな」「アハハ、だよねー」「ハオ。間違いないネ」
脳内がピンク色に染まり始めた受付嬢の尖耳に、冒険者たちの呟きが滑り込む。
(……え? なに?)
次の瞬間、氷檻の内側から、新星爆発のごとき閃光が生じた。残された命の蝋燭を全て捧げたかの如き業火の猛りに、手旗を掲げようとしていた審判たちも一瞬、各々の判断を躊躇ってしまう。
「……ブギィイイイイイイイッ……」
畳みかけるように、氷檻の内側から咆哮が轟いた。
続けて、猛烈な勢いの掘削音が響き渡る。
(うぇ!? えっ、まさかヒビキくん、ここから――っ!?)
分厚い氷壁に阻まれているため景色がやや歪んでいるが、それでもネルトの目が捉えたのは、閉ざされた世界を打ち破らんとする挑戦者の姿。
「……ギィイイィイイィィィィィイイ……」
氷壁越しにも関わらず肺の底を震えさせるような雄叫びに、ネルトの下腹部までもが熱くなる。ふたたび潤み始めた受付嬢の瞳の先では、一瞬たりとも停止しない豚鬼が、ひらすら目の前の障害を蹴る蹴る殴る砕く。
対象が無機物であるため、
駆け引きの技巧など存在しない純粋な暴力。
時折〈波撃〉などの魔法攻撃も交えながら、豚鬼は掘削機のごとく眼前の氷壁を割り砕いていく。
そしてついに――
「――くっ、無駄な抵抗を! フリージア!」
『ピッ、ピィイイイイイッ!』
「ブッ、ギィイイイイイイイイイイッ!」
耐え難い内部からの圧力に、氷檻の一面が崩壊。
飛び出してきた豚鬼を、賢鬼と蒼鳥の氷壁魔法が迎え撃つ。
地面と水平に放たれる氷弾の猟犬が、
大地から天へと伸びる氷牙の隆起が、
立体的な脅威となって一斉に獲物に襲い掛かかっていく。
「――〈暴風、波撃〉ォおおおおおおおッ!」
それでも豚鬼は止まらない。
もはや目で追うことすら難しい連撃連打を以てして、
襲い掛かる者すべてを屠っていく。
ズギャギャギャギャギャッ!
バキバキバキバキィッ!
正面から迫る氷礫を割り砕き、足元から伸びる氷柱を踏み砕いて、豚鬼の前進は止まらない。迷うことなく留まることなく怯むことなく、標的を目指して一直線に進んでいく。
「なっ、舐めるなよクソガキ!」
『ピィイイイイイッ!』
「ブギィイイイイイイイイッ!」
すでに賢鬼と蒼鳥の表情に余裕はない。豚鬼もそれは同様だ。一人と一匹と一人はそれぞれを互いに脅威と認め、惜しむことなく全ての力を尽くそうとしている。縮む両者の距離。迫る決着の刻。とうとう訪れるその瞬間に、彼らを見守る者たちが息を呑んだ――
「……ま、そろそろ潮時か」
――そのとき、傍らの冒険者たちが動いた。
「よっしゃぁボケカスども、オレ様も混ぜろォ!」「アハハ、行っくよぉ~っ!」「腕が鳴るネ!」
そして次の瞬間、赤鬼の冒険者が手にする大槌を大地に叩きつけると、地面が爆ぜて、今まさに激突しようとしていた両雄と一匹がまとめて吹き飛んだ。
ついにその力を示した賢鬼と精霊。
両者の連携に苦しむ豚鬼と、雄姿に悶える受付嬢。
そして彼らを訳知り顔で語る冒険者たちはいったい何者ナノカー(棒読み)。
次回、ようやく本章の区切りです。
お読みいただき、ありがとうございました。
m(__)m




