【第11話】 実技試験 ②
【前回のあらすじ】
衆目のなか涙目の幼女を肩車してクルクルと舞う豚野郎。
「そんな! 危険過ぎます、直ちに試験を中止してください!」
訓練場の安全地帯において、そのように声を張り上げるのは黒鬼のネルトである。しかし部下の訴えに、〈帝国の鬼火〉の上司である緑鬼の男性、ローグは首を横に振る。
「それはできません」
「しかしアレは――あのジャイアントスライムは、本来は銀等級、いえ下手をすれば金等級の冒険者がチームを組んで討伐に挑むクエスト難易度の魔獣です。それを銅等級にも満たない、新米冒険者以下の受験生相手にけしかけるなんて、正気の沙汰とは思えません!」
「……かもしれません。ですが彼らはそれでも、挑むことを望みました。ならば私たちに、その意思を曲げる権利はありません」
「ですが!」
「落ち着きなさいネルトくん。キミはどうにも、少々感情的になっているようだ」
額に浮かんだ汗を拭きとりながら、興奮する部下を宥めようとする禿頭の緑鬼。そんな彼の対応は、ネルトの顔をさらに赤く染めた。
「べべべ別に、感情的になどなってはいませんが! わ、わたしは、あくまで、いちギルド職員として公平な意見を陳情しているに過ぎませんけどそれが何か!?」
「……その顔を、決して彼には見せないでくださいね」
疲れたように溜息を吐き出しながら、ローグは別の安全地帯にいる賢鬼の青年に視線を向ける。幸い彼に、今の会話は聴こえていなかったらしい。
「それに万が一のときがあれば、彼がなんとかしてくれるでしょう。なにせ巨大粘体を『単独で捕獲した』のは、彼自身なのだから」
だからこそギルドは、今回の実技試験に『赤札枠』としてあのジャイアントスライムを起用することに許可を出したのであろう。つまりそれだけ、ギルド側の彼に対する期待は大きいということだ。
「きっと彼は、そう遠くないうちに私たちのギルドにとって貴重な人材となります。その彼に『貸し』を作れるのならば、多少の融通は利かせますよ」
「……それが、ギルド側の判断なのですか?」
「はて、なんのことやら」
突き刺すようなネルトの視線に、ローグは肩をすくめて額の汗を拭う。しかし一見すると困り顔に見えるその瞳は、どこまでも冷たく冷静だった。
(……ダメだ。わたしじゃ、主任の意思を変えられない。このままだと、わたしのせいでヒビキくんが……っ)
あの男の目論見はわかっている。おそらく受験生に無理難易度の魔獣をけしかけ、彼らが窮地に陥ったところで、颯爽と試験に介入して自らの見せ場を作ろうという魂胆だ。そしてそれだけの実績が、彼にはある。性格にこそ難があるものの、ギルド加入から短期間でシルバー等級までランクアップしたその実力は、ネルトとて認めざるを得ないものだ。
「……とはいえ、既存の人材の確保だけでなく、新たな人材の発掘もまた、私たちの仕事なのですよねぇ」
黙り込む部下には視線を向けず、
安全地帯から受験生たちの戦闘を眺める上司は呟く。
「これは職員の一部しか知らない情報なのですが……彼ら受験生には、通常の『一般組』とは異なる『推薦組』が存在します」
「……たしか、ギルドからの信頼が厚い人物だけが名を添えることができる、特別な受験資格のことですよね」
「ほぅ、ご存じでしたか」
ネルトとて、この冒険者ギルドに所属しておおよそ三年が経過する。その間に彼女は彼女なりに、今の職場に馴染もうと、努力を重ねてきた。その一環である情報収集の成果に、上司は満足したようだ。
「でしたら話が早い。じつはこの試験場には、その推薦組の受験生が存在しています」
「だ、だとしても――」
たしかに『推薦組』の受験生がいれば、そのチームの合格率は上昇するだろう。なにせ『推薦組』の資格とは、彼らを紹介した人物がギルドへの貢献度を上げるためという意味も含まれているため、自然と『推薦組』の実力は平均値よりも突出したものになるからだ。
「――それでも、この試験には疑問を呈さずにはいられません。いかに『推薦組』の受験生であろうとも、たったひとりで覆すには難易度が高すぎます」
「ええ、それは私も同意見ですね」
「っ! で、でしたらやはり、一度試験を中止して難易度の見直しを――」
「ですがね、ネルトくん。それが『ひとりではなかった』としたら、どう思いますか?」
「……はっ?」
告げられた言葉に対する、理解が追い付かない。唖然とする部下の表情を横目に、ローグははじめて表情に本物らしい感情を乗せて、クツクツと笑う。
「……いえね。もし仮に、仮にの話なのですが、今回の試験には通常では一人いるかもわからない『推薦組』の受験生が三人もいて、その三人が『偶然にも』ひとつのチームに集まってしまったとしたら……その結果は、なかなか予想のつかないことになりそうですよねぇ」
「えっと、それってつまり――」
「まああくまで『仮に』のお話なので、今回の試験には関係ありませんが」
それにいちおう『保険』もかけてありますし、とネルトに届かない程度の声音を零してから、ローグは再び視線を盆状広場に戻した。
「……さて。あとは、貴方たち次第ですよ」
◆
軽鎧に付着した粘体が『ジュゥゥ……』と異臭を放つ。
「マカさん!」
「承知。問題ナイ」
黒衣の怪人も飛び散る粘体の危険性を理解したのか、踊り狂う触手鞭から大きく距離をとり、全身を包む黒外套を震わせた。
「〈騒骸ノ宴・白螳螂/――――・―――〉」
聴き慣れない言霊とともに、内側からバラバラと落ちてきたのは、細糸で結ばれた大小様々な乳白色の欠片だ。そのうちのひとつを包帯に巻かれた右手が掴むなり、残りの欠片が引き寄せられ、カチカチと組み合わさって、それは見る間に骨組みの大鎌を形成する。
(……へぇ。魔力操作で形状を組み替えられる魔道具か。器用なもんだ)
体内ならともかく体外での魔力操作を苦手とする豚から見ても、マカの魔力操作はじつに流暢で淀みがなかった。さすがは魔力の扱いに長けた骸宴士。美しさすら感じさせる魔力操作で得物を汲み上げた黒衣の怪人は、その場で死神の大鎌を高速旋回。
ビュゥゥゥゥ……
斬り裂くような風切り音とともに、マカの手を中心として白磁の丸盾が現出。不気味な怪音に誘われた触手鞭を、凱旋一蹴で弾き飛ばす。あまりの高速回転に、弾かれた粘体は付着して融解する時間を与えてもらえない。
(これなら、こっちは大丈夫そうだな)
俺はもうひとりのチームメイトに声をかける。
「メイリーさん! 迎撃、可能、ですか!?」
「めめめめめぇええええ! の、乗り心地の悪いブタさんの上では無理ですぅ! あとメイリー、見ての通りの大物なので、細かい作業とか苦手ですからねぇ!」
なるほど。
つまり大雑把な範囲攻撃は得意でも、
狙いを絞った精密狙撃は向かない、と。
「……」
「あっ! いま、メイリーを『使えない子』だって思いましたね! ダメですよ、捨てちゃあ! それにメイリーは、やればできる子なんですから! 今はまだ、本気を出していないだけですから! めえぇぇ!」
俺の鬼角や首元に回される少女の体温からは、
絶対に引き剥がされまいという強い意志を感じる。
(いやさ、さすがにこんな乱打戦で放り出すつもりはないけど)
そもそも事前の自己申告で、メイリーの能力は魔力方面に偏重しているため、肉弾戦は期待しないでほしいと聞いている。機動力に関しても同上だ。そんな子をなんの備えもなく、ジャイアントスライムから伸びる鞭のごとき突起粘体が何条にも乱舞する戦場に放り出すことは、手軽に挽肉を作ることと同義だ。
けれども、
(このままだと埒が明かない!)
たしかに攻撃は防げている。だがあちらに対する有効打がない以上、このままだとジリ貧だ。それに試験という性質上、制限時間もある。このまま粘って時間切れというのも、冴えない展開だろう。
(だとすると、必要なのは起死回生の一手)
それも安全に重きを置いた小手先の連打などではなく、
多少の危険を覚悟してでも状況を一変させる決定打だ。
「メイリーさん、本気、出せば、状況、打破、可能、ですか!?」
「め、めぇぇ、じ、時間さえ、もらえれば、あんなキモキモなスライムなんて、モーレツに昇天させてやりますよぉ!」
「その言葉、信じます! マカさん!」
「……」(コクリ)
チームメイトの反応を確認して、俺は触手鞭の攻撃範囲から後退。同じく距離をとって合流してきたマカの足元に、無理矢理引き剥がしたロリ娘をポイッと放り投げた。
「めぇぇぇ! ブタさん、もっとレディは丁重に扱うですよぉ!」
「すいません。でも時間、余裕、ありませんから」
「まったく、その通りですねぇ!」
抗議しつつも、メイリーはすぐに臨戦態勢をとる。賢明な判断だ。なにせ距離をとった俺たちを追いかけるように、ジャイアントスライムの本体がズルズルと地面を這うように移動しているからだ。本体から伸びる無数の触手鞭は、目の前の馳走に対する飢えを如実に感じさせる。
「しつこい追っかけは、メイリーのライブからモーレツに退場してもらうです! ブタさん、メイリーの肉壁なら肉壁らしく、しっかりと時間を稼ぐですよぉ!」
「了解、です!」
「マントさんも、メイリーはこれから魔力を練り上げますので、無防備になります。そのあいだしっかりと、メイリーを守ってくださいねぇ!」
「承認。善処スル」
「いきますよ! めえぇぇぇ……」
そう言ってメイリーは、カクンと項垂れた。
ゆらゆらと上半身を揺らす彼女の姿は、
寝入っているように見える。
「うおぃ!?」
「……問題ナイ。オソラク、瞑想中」
思わず声を荒げた俺に、メイリーの様子を確認したマカが首を横に振った。たしかに魔力を感知してみれば、彼女の内部では凄まじい速度で濃密な魔力が練られている。だとしても非常にまぎらわしい。モーレツに頭を叩きたい。
(あぁもう、信じるしかないか!)
とにかく俺は、俺の役割を果たすのみ。
「マカさん、彼女、頼みます!」
「承知。武運ヲ祈ル」
ふたりを背後に残して、俺は補助魔法〈爆地〉を発動。爆発とともに前方に加速しつつ、さらに身体強化魔法〈戦鬼闘氣〉を発動させることで、体表を魔力の被膜と全能感が包み込む。
(今の俺だと、〈戦鬼闘氣〉の持続時間は十分ちょっとってところか)
身体能力の一部を強化するタイプの魔法と異なり、全身を強化する〈戦鬼闘氣〉は魔力の消耗が激しい。知人である女蛮鬼たちのように魔力操作によって肉体の一部のみを強化したり、あるいは魔力循環の向上によって消耗効率そのものを軽減させられれば良いのだが、あいにくと今の豚にそこまでの魔力操作スキルはない。
「ブギィイイイイイイッ!」
だとしても、時間稼ぎなら十分。
突進してくる俺に、敵も脅威を感じたようだ。それまでユラユラと四方に散っていた触手鞭が、苔緑色の瀑布となって、疾走する豚を目掛けて一斉に振り落される。
(構うものか!)
降り注ぐ死の抱擁から、俺は逃げない。
むしろ加速して、その内側へと潜り込む。
そうすることで頭上から降り注ぐ触手鞭を回避することはできたが、今度はジャイアントスライムの正面から、こちらに向かって幾条もの触手槍が突き出てきた。
「ブギィッ!」
迎え撃つのは、拳に載せた〈波撃〉。
一点で水面を穿つのではなく、平面で水面を叩くように威力を調節した衝撃魔法に、繰り出された苔緑色の槍は、形を歪ませながら軌道の変更を余儀なくされる。
(良し、これなら触手を『壊す』のではなく『弾け』るぞ!)
ドンッ! ドンッ! ズドンッ!
俺の拳とジャイアントスライムの触手が接触するたびに、太鼓を叩くような衝撃音が響き渡る。対象を『破壊』するのではなく『停止』させようとする俺に、ジャイアントスライムはまんまとその足を止めてくれた。どうやらこの希少種も、その種族特徴の例には漏れず、知能はさほど高くはないらしい。
(ならばこのまま、時間を稼ぐ!)
とはいえそれでも、接触のたびに溶解の飛沫は散り、飢餓の涎となって懐の獲物へと降り注ぐ。ジュウジュウと、軽鎧から漏れる異音と異臭。だがそうして崩壊していくのは軽鎧と衣服のみで、〈戦鬼闘氣〉に包まれた俺自身の肉体は、浸食する苔緑の脅威になんとか抗っていた。
「「「 きゃぁああああああ! 」」」」
別名、堂々とポロリしているとも言う。
半裸の豚を見つめる女性たちから絶叫が湧いた。
「よ、鎧が!」「服が溶けて素肌が!」「なんて引き締まった肉体美なの!」「ほのかに輝く獣毛とかセクシー過ぎない!?」「眼福、圧倒的眼福だわぁ!」
この状況下で声音に含まれているのが『嫌悪』や『恐怖』ではなく『歓喜』や『興奮』であることに、豚は異世界における価値観の違いを覚えずにはいられない。
「きゃぁああああ! ヒビキきゅぅん! きゃぁああああああ!」
「お、落ち着きなさいネルトくん!」
とくにネルトなどはエキサイトし過ぎて、上司であるはずの緑鬼に背後から羽交い絞めにされていた。彼女の職場における評価と人格がこれ以上損なわれるのを避けるためにも、これ以上の露出プレイは避けたい。具体的には上半身はもう手遅れだとしても、下半身の露出だけは死守したい。バレたら母と嫁にお仕置きされる。
(まだ、なのか……!?)
そんな豚の救いは、背後にあった。
「……よしっ、整いましたですぅ!」
彼女の声を耳にすると同時に、俺はその場から横に大きく離脱する。呼吸を合わせて彼女の盾となっていたマカも移動することで、彼女とジャイアントスライムのあいだには、一直線の道が出来る。
「それではお待たせしましたねぇ、観客の皆さん! そして出演者さん! みんなまとめて、メイリーの美声にモーレツ聞き惚れるといいですよぉ!」
そう宣言してメイリーは小型拡声器を構え、本日一番の大音量を解き放つ。
「くらえっ、これがメイリーの〈歌姫絶唱花〉ですぅ、『――めえぇええええええええええええええっ!』」
キュォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!!!!
少女の声とともに放たれたのは、可視化できるほど練り込まれた膨大な魔力であった。メイリーの魔道具を始点として放射状に広がるそれは、あたかも優雅に開がる、半透明な花弁のようにさえ見える。
ただしその華麗なる美しさとは裏腹に、もたらされる破壊は絶大にして甚大。メイリーの放った音撃魔法は、たった一撃で、巨大なスライムのおおよそ八割近い体積をまとめて吹き飛ばした。
(っ!! な、なんつー馬鹿げた威力だよ!)
単純な破壊力だけでいえば、俺の知っている攻撃魔法でも間違いなく上位に入るだろう。少なくともこの魔法が直撃しては、耐久力に自信のある豚とて無事に済むとは思えない。ビリビリと間近で肌を叩く音波の奔流に、背筋が粟立った。
(ったく、世界は広いな!)
大森林における修行で少しは腕を上げたつもりだったが、一歩外に出ればこれである。まだ見ぬ世界の広さと埋もれた実力者たちの存在を感じて、気付かぬうちに己惚れかけていた自分自身を戒める。これだけでも、今日ここに来ただけの成果はあったというものだ。
(でも、俺は負けない。諦めない。絶対にマリーを助けてみせる!)
まだ見ぬ脅威。
まだ見ぬ困難。
まだ見ぬ強敵。
それらを予感し、なお挑もうとする豚の頬は、
自然と吊り上がっていた。
・補足となりますが、ギルドに対する『推薦』には『信頼のおける人物が紹介することで受験生の身分を保証する』という意味もあります。今回の場合は出自に色々と難がある主人公を守るための、紹介者なりの配慮ですね。
・あと主人公は、順調にこの世界に馴染んだバトルジャンキーになりつつあります(笑)。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
m(__)m




