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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第三章 奮鬼冒険編
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【第06話】  冒険者登録 ②

本日は二話連続投稿なので、読み飛ばしに注意してください。


【前回のあらすじ】


 ブタも歩けば美女に当たる。



 朝からひと悶着あったものの、冒険者ギルド〈帝国の鬼火オーガンホープ〉の受付嬢たちは、今日も今日とて仕事に励む。


 一言に受付嬢といっても、その仕事は多岐に渡る。基本的な仕事である依頼クエストの受注や処理から、ギルド内の他部署についての説明や案内。ときには新人冒険者たちに受注クエストについての注意を促したり、逆に気難しいベテラン冒険者へ配慮したりと、ただ一日中席についているだけのように見えて、気苦労は絶えない。ギルドの花役といえば聞こえはいいが、優美に見えるその姿は、彼女らの影の努力と忍耐によって支えられていることに疑いはなかった。


 無論、黒鬼ダークオーガンの受付嬢であるネルトとて、その例外ではない。むしろ勤務して三年ほど、まだまだ新米に分類される彼女だからこそ、職務の遂行には相応の集中力が求められる。


 そのため思い返せば顔が火照ってしまう今朝の豚鬼オークのことや、思い出すだけで胸やけしてしまう常連の賢鬼ホブオーガンのことを、ネルトはつとめて頭から追い出して、己の職務に没頭していた。


 だというのに……


「いやホント、誤解なんですよ。さっきのはたまたま、ネルトさんの胸元にホコリがついておりまして、それを指摘しようか迷っていただけというか……」


 どうにも今日という日は、

 ネルトにとってつくづく思い通りにいかない日らしい。


 正午も近い時間帯。


 通常時の持ち場であるギルドホールの受付から離れ、廊下を歩くネルトの隣に並ぶのは、いくら無言を貫いても平気で声をかけ続けてくる冒険者ストーカーであった。


(……はぁ。なんでよりにもよってこの人が、『登録試験』の補佐クエストを受注しているのよ)


 それというのも本日は、この〈帝国の鬼火〉では半年に一度行われている、登録試験の日であるからだ。


 各ギルドが定期的に執り行う登録試験。


 それはギルドによって面接や発表会など内容は様々だが、ようするに各ギルドへ名を連ねることを希望する新人ルーキーたちが、己の力量をギルドへアピールする場のことを指す。


 冒険者ギルド〈帝国の鬼火〉の場合、

 試験内容は『筆記試験』と『実技試験』のふたつ。


 これから執り行われるのは前者であり、指定されている部屋には、受験料を支払った冒険者の雛たちが集められている。またそのあとに執り行われる実技試験の安全面にも配慮して、この登録試験にはいつも、十名程度の冒険者がギルド発注の依頼クエストによって雇われているのが通例となっている。


 よって、冒険者ギルドにおけるシルバー等級……つまり中堅クラスの冒険者たちがここにいることは、なんら不自然ではないのだが――


「……うわぁモリィの野郎、ガッツいてんなぁ」「……だってあいつ、今日の職員シフトを確認してわざわざクエストを受けたんだろ?」「……ネルトちゃんも災難だな」


 ――周囲の冒険者たちの囁きと視線が痛々しい。


 ついでに他のギルド職員たちもさりげなく距離をとっているあたり、面倒な人物をネルトに押し付けておこうという魂胆が見え透いている。


(くぅ! 恨みますよ、主任!)


 ネルトの上司であり、今回の試験を人材採用から取り仕切る禿頭の緑鬼トロールを睨みつけると、彼は苦笑を浮かべて頭を下げた。許さない。


「……え~、それでは私は確認をして参りますので、時間まで皆さんは、少々こちらでお待ちください」


 そんなネルトの視線から逃げるように、目的の部屋に到着したあと、緑鬼は額の汗を拭いながらそそくさと姿を消してしまう。


「あ、ローグさん。ちょっと待ってください」


 なぜかそのあとを、モリィが追った。


(……? あの人、主任に何の用事でしょうか?)


 気にはなったものの、普段から現場にも顔を出して冒険者と交流を持っている緑鬼だ。個人的な用事でもあるのだろうと、ネルトは深く検索はしなかった。それよりも一時とはいえ粘着質な視線が途切れたことが嬉しい。


「はぁ。ネルトも災難ねぇ。あんなのに付きまとわれて」


 安堵の吐息を漏らすネルトに話しかけてきたのは、同僚の女性たちである。


「……本当に、嫌になりますよもぅ」


「えー。でもモリィくん、カッコイイじゃないですか。普通にイケメンですよ?」「それにあの若さでシルバー級だし、将来性も十分じゃない?」「ネルトだってじつは、満更でもないんじゃないのぉ~?」


「……いいえ」


 ちょうどよい暇潰しなのか、口早にそんなことを言ってくる同僚たち。だがネルトの強硬な姿勢は崩れない。黒鬼の受付嬢は首を横に振り、断言した。


「あの人には……肉が、足りません」


 同僚たちの顔に理解が広がる。


「あー、ネルトはそっち系か」「じゃあ賢鬼モリィくんはナイよね、ドンマイ」「やっぱ男は肉よね、筋肉!」


 彼女らの意見に深く頷くネルトは、筋肉フェチでもあった。体格は大きいほど素敵で、筋肉は厚いほどに好ましい。ネルトはそんな肉に埋もれることを夢見ていた。強い男性を好むオーガン女性としてはごく普通の願望である。


(……それに比べて、あの子の腕はよかったなぁ)


 恍惚とした心地で思い返すのは、今朝がたの豚鬼オーク


 ネルトの身体をギュッと抱き締めるあの、太さと密度を兼ね備えた腕の感触は、理想的であった。少なくともモリィのような、申し訳程度の筋肉はついているものの頼りない細腕とは比べ物にならない。


(それによく見ると、けっこう可愛い顔していたし)


 さらに付け加えて補足すると、ネルトは年下ショタ嗜好であった。そのような点で評価しても、今朝がたの豚鬼はなかなかポイントが高い。重ね重ね、あのときの好機をものにできなかった己の不甲斐なさを悔いてしまう。


「……さて、と」


 そのようにギルド職員の女性たちが姦しく喋っているあいだに、

 暇を持て余した冒険者たちも動き始める。


「どれどれ」「ルーキーどもはどんな感じかなぁ~?」「うははっ、みんな緊張してる」


 扉の隙間から室内を覗き込む、野次馬根性丸出しの冒険者たち。ネルトも同僚たちの興味が自分から逸れているあいだに、そちらの集団に移動する


「うわ、空気重っ」「誰か喋れよ」「ビビり過ぎだろ。マジで」


 軽口を叩く冒険者たちの言うように、室内の空気は重く、受験生たちの表情は固い。しかしこの黒壁都市でも大手である冒険者ギルドへ登録しようというのであれば、最低限の素質は必須だろう。それはこれから試される教養であり、実力であり、何より胆力。それらを示すことができないというのであれば、実力相応の末端ギルドへ所属すればいい。


(まあたしかに、ここで尻込みしているようでは、実際の現場では役に立たないでしょうしね)


 だからこその、冒険者たちの態度であった。


 ともすれば自らの背中を預けることもあり得る、

 彼らに対する先輩冒険者たちの視線は鋭い。


「……お、あの子なんてどうよ?」「ダメ、足が太すぎる」「じゃああっちは?」「スタイルはまあまあだけど、ルックスが微妙じゃね?」「ん、キビしーね」「お、アレアレ。あの子なんでどうよ? おまえ巨乳好きだろ?」「馬鹿野郎、胴体と区別できない胸をおっぱいとは呼ばねぇよ」


 とはいえ一概に、冒険者志望者たち(おもに少女)を測る視線に、それ以外の興味が含まれていないとは言えないのだが……


「……サイテーね」「ギルドを娼館か何かと勘違いしているんじゃないの?」「ないわー。ホントないわー」「あいつらクエストに失敗して痛い目に遭えばいいのに」「それね」


 なおそんな彼らの背中には、ギルド職員(女性)らの冷ややかな視線が突き刺さっていることを注釈しておく。


「……おっと、美少女ターゲット発見」


 そのとき、室内を物色――もとい審査していた冒険者の視線が、一か所に固定された。つられて他の冒険者たちの視線もそこに集中する。


「どれ」「わぉ、あれってアマゾネスじゃね?」「マジか、森から出てきたのかよ」


 部屋の後方。

 窓際の一角に、果たして女蛮鬼アマゾネスの少女はいた。


(……うっ。たしかに、ものすごい美人さんがいる)


 興味を惹かれたネルトとて認めざるを得ない美貌は、まさしく戦女鬼の異名に相応しい、野性味と気高さを同居させたものだ。また身体を覆う民族衣装は薄く布面積も少ないため、瑞々しく引き締まった褐色肌が、惜しげもなく晒されている。おそらくまだ十代の中ごろだろうに、豊満に実った臀部と胸部は、彼女の一族の血が成し得た奇跡に違いない。


「……ふぅ」


 そんな美しさと凛々しさを兼ね備えた少女が、机に片肘をつき、物憂げな眼差しを窓の外に向けていた。


「……婿殿がいない」

あねさま、まだ旦那様と別れて一時間も経っていないでありますよ?」

「無理もないですピョン。集落を出てからというもの、おねえさまずっとベッタリでしたピョン。禁断症状が出てますピョン」


 またアマゾネスの周囲には、彼女を気遣うふたりの少女の姿があった。


 それぞれ黒褐色の肌を持つ黒森人ドルイドと、

 頭部から兎耳を生やした兎人ラビリアである。


「お、いーねいーね。周りの子もすっげぇカワイイじゃん」「姉さまってことは、アレか? あれがアマゾネスの隷妹ってやつなのか?」「っていうかなんだよ婿殿ってもうあのアマゾネスに手を出しているカスがいるのかよ殺すぞマジで」「ははっ、やめとけって」「アマゾネスの種婿なんてどう考えてもヤバすぎるから」「返り討ちに遭うだけだって」


 予想以上の収穫に、にわかに湧く冒険者たち。


「……フー。フー」


 だから彼らは……


 背後をとられるまで、『その存在』に気付かなかった。


「「「 っ!!!? 」」」


 気配を感じて振り返れば、そこには獣の頭蓋骨面を被った大男の姿がある。大男は荒い息を吐き出し、冒険者たちを無言で見下ろしていた。


「……あの、えっと」「き、キミも受験生?」「部屋に入るのかな?」


「……コフー、コフー」(コクリ)


「あ、ああ」「それは邪魔したね」「どうぞどうぞ」


 冒険者たちが道を空けると、大男はそのまま件のアマゾネスたちの元へと向かい、彼女たちの前の机に着席した。顔見知りなのか、アマゾネスたちはそんな大男の行動を気にした様子もない。


「……なんだありゃ」「アブねー」「ほら、あれが例の婿殿じゃね?」「ほらとっととブッ殺してこいよ」「チャンスだぞ」「いや見ろ、彼女の横顔から憂いは消えていねぇ。つまり彼は人違いだ!」「おいおい、ルーキー相手にマジでビビんなよ……」


 とはいえ事実、大男の放つ威圧感は際立っている。今も着席したままガタガタと不機嫌そうに机を揺らす大男に、ほとんどの受験生たちはすっかり委縮してしまっていた。


 そして逆説的に、そんな彼の間近にいるアマゾネスたちを始め、この異様な空気のなかでも平常心を保っている受験生たちは、見どころがあるということだ。


「ふむふむ、どうやら今回の新人ルーキーたちは、豊作のようですね」

「……っ!?」


 ふと気づけば、いつのまにかモリィが背後に立っていた。


(……ぜ、ぜんぜん気付きませんでした)


 この距離まで対象に気配を感じさせない隠形技能は、流石シルバー等級の冒険者ということなのだろう。


「……えー、では皆さん、そろそろ試験の準備を始めましょうか」


 続けて、同時に現場に戻ってきていたらしい上司の声が響く。額の汗を拭う禿頭の緑鬼の指示によって、その場にいた職員と冒険者が二組の班に分けられた。


「今回の筆記試験は受験人数が多かったため、二部屋に分けて行われます。A班はこのまま大部屋で試験の監督を。B班はあちらの小部屋をお願いします」


 上司の指示に従って移動を開始する職員たち。


(……うえぇぇ)


 そのなかでもひときわ、小部屋へと移動するネルトの表情は暗い。

 理由は明白だ。


「いや~、試験の担当だけでなく、部屋の振り分けまで一緒になるとは奇遇ですねぇ~。これはもはや、運命といっても過言ではないのでは!? なんちゃって!」


 不自然なほど明るい笑みを浮かべながら、そんなことを語り掛けてくるモリィ。ネルトは業務用の微笑みを浮かべながら、内心で主任を罵倒する。


(……もう! あの人、弱みでも握られてるんじゃないですか!?)


 とてもギルド受付嬢が放ってよいものではない殺気の籠った剣呑な視線に、緑鬼はペコペコと頭を下げる。絶対に許さない。


(……ああ、もう最悪。本当に最悪です。こんなのと小一時間も一緒だなんて)


 今日は仕事が終わったら自棄食いね、などと考えながら、なかば諦観モードに突入したネルトは渇いた笑みを浮かべたまま廊下を移動。すぐに指定された小部屋に到着し、扉を開ける。


「……えっ?」

「……フゴッ!?」


 そして今日という日は……


 とことん、ネルトの想定を裏切る一日らしい。


「……ん? え? え? ど、どうしたのですか、ネルト嬢?」


 部屋に一歩踏み込むなり、硬直してしまったネルト。そんな彼女を傍らのモリィが気遣うが、今の彼女はそれどころではない。常の茫洋とした瞳は大きく開かれ、その視線は一か所に注がれている。


「……あの、えっと、今朝、から、ぶり、ですね」


 相手のほうも、まだ数時間前の出来事を覚えていたのだろう。まっすぐに見つめてくるネルトに対して、その強面を少し困ったように歪ませて、小さく頭を下げてきた。


「……うん、また逢えたね」


 思いがけない豚鬼オークとの再会に……

 ネルトはようやく、心からの笑みを浮かべることができたのであった。



 この世界における冒険者ギルドの一幕と、

 そこで働く人々の日常風景でした。


 はたして冒険者の想いは受付嬢に届くのか?

 そして謎の豚鬼とはいったい何者ナノカー(棒読み)?


 お読みいただき、ありがとうございました。


 m(__)m


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