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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第三章 奮鬼冒険編
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【第05話】  冒険者登録 ①

【前回のあらすじ】


・触髪 = アホ毛



 鬼帝国の首都である『鬼帝都市』通称『帝都』を含め、国内に七つ存在する『都市』の名を冠する巨大な街。その中のひとつである『黒壁都市』は、特色として管轄に『豊潤なる火薬庫』プレト大森林や、『静謐なる魔境』ハイル遺跡など、重要資源区域を擁しており、そこに生息する魔獣や発掘される魔道具を目的とした者たちが一攫千金を夢見て集う、情熱と欲望の街として知られている。


 そんな、街中の一角。

 ようやく陽光が夜の帳を払い始めた、早朝と呼べる時間帯。


 けれども黒壁都市において『朝市』と呼ばれる広場にはすでに人の活気が満ちており、無数に並んだ簡易天幕のもと、各々の商品を手にした商人たちが大声を張り上げていた。


「安いよ美味いよ! ウチの採れたて野菜は新鮮だよ!」「今朝解体したばかりの燻製肉はいかがかね!?」「馬鹿野郎、テメエのとこの腐れ肉なんか食ったら逆に腹下しちまうわ! それよりもこの、オレっち特製ポーションはどうだい!?」「馬鹿はお前だ三流エセ薬滋士め! そんな薄めたエールモドキに金払う馬鹿なんているもんか!」「ンだとぉヤルかコラぁ!」「上等だこらぁ!」「……なんだあいつら、またケンカしてるのか」「商売の邪魔だから他所でやれよな」「おいそこのアンちゃんたち、買い食いしたゴミを道に捨てるなよな!」「バレた!」「逃げろ!」


 そのような活気と喧噪に彩られた市場を、

 買い物籠を手に進む女性の姿があった。


「お、ネルトちゃん、今日も美人だね! 採れたての野菜、一束どうだい!?」

「……もう、相変わらずお上手ですね。では一束いただきます」


 威勢のいい野菜売りの呼びかけに、苦笑を浮かべつつも応える女性。


 彼女の種族的特徴である滑らかな黒蜜肌。

 腰元まで伸びる黒艶髪と、頭部から覗く二本の鬼角。


 目は大きいが端が垂れており、ぼんやりと輝く黄金の瞳と相まって、どこか気だるげな印象を受けるが、彼女にとってはこれが平常運転。黒鬼ダークオーガンの女性──ネルトは、慣れ親しんだ朝市で買い物を続ける。


(……うん、うん、よし。あとは卵だけだね)


 買い物を順調に消化できていることに、口元に微笑みを浮かべるネルト。とはいえ念のため、いちおう買い物籠の中身を確認しながら歩いていると……


「……危ない!」


 ドンッと、背後から衝撃。


「ブギッ!?」


 続いて誰かの驚声。

 さらに視界が目まぐるしく回転。

 そして背中に衝撃。生まれる思考の空白。


(えっと……いったい、何が起きて……?)


 一瞬の混乱のあとで、ようやくネルトは『何者かに路上に押し倒された』のだと理解した。となると必然、至近距離から自分を見下ろす人影は、そうして自分を押し倒した人物であるわけで……


(……うわぁ)


 ネルトは息を呑んだ。


 体表を覆う短い獣毛。天を衝く怒髪天モヒカン。自身に向けられる三白眼は鋭く、口から覗く鬼歯は巨大で、抱き締められる腕から伝わる筋肉の感触は重厚。本来であれば、押し倒される云々以前に迫れた時点で悲鳴をあげるべき強面の豚鬼オークであった。


「ダ、大丈夫、ですか?」

「え? あ、はい」


 だというのに、不思議と恐怖は感じなかった。


 それは間近で見る、彼の目の奥の優しい輝きのためだろうか。

 あるいは身体を力強く抱いてくれる、この肉厚な腕の心強さのためだろうか。


(……あれ? そういえば私、痛くない……?)


 そこでネルトは違和感に気付く。無防備に転倒したはずなのに、衝撃こそ受けたものの、まるで痛みを感じない。


 そしてすぐに思い至る。眼前の、片腕でネルトの上半身を抱えるようにして路上に膝をつく、あまりに『不自然な』豚鬼の姿に。


(あ。もしかしてこの人、私を何かから『庇って』くれたんじゃぁ……)


 そこまでネルトの理解が追い付いたと同時に、


「いやぁああああ!」「痴漢よぉおおおおお!」「誰かぁあああああ!」


 周囲から一斉に悲鳴が湧いた。


「ブギッ!? いや、違いま――」


「なんだって!?」「おいおい、こんな朝っぱら豚野郎が女を押し倒しているぞ!」「なに、強姦魔だって!?」「女の敵だなっ!」「ユルセナイッ!」「離れろ、この性欲鬼っ!」「これだから豚鬼オークってヤツは!」「死ねクズっ!」


「……ぷぎぃ」


 弁明を試みるも、集まってくる周囲の人々のあまりの剣幕に、心を折られてしまった様子の豚鬼。慌ててネルトも反論しようとするが、なぜかそこで彼は首を左右に振って、小さく頭を下げてきた。


「……迷惑、かけて、ごめん、なさい」


 その、あまりに儚げな呟きに、ネルトの鼓動が『キュン!』と跳ねた。


「……っ!」


 直後に豚鬼は起き上がり、走り出す。


「おい、豚野郎が逃げたぞ!」「追え追え!」「絶対逃がすな!」


 肉厚な図体からは想像できない俊敏さをもって、野次馬たちの包囲を抜けた豚鬼は、そのまま一目散に駆けていく。何割かの野次馬たちが語気を荒げてその後を追い、その場に残った野次馬のなかから、ネルトの顔見知りたちが声をかけてきた。


「まぁまぁ、大丈夫かい、ネルトちゃん?」「怪我はないかい?」「まったく、朝から酷い目に遭っちまったねぇ」「おぉ、そんなに顔を真っ赤にして。怖かっただろうに……」


 けれどそれらの声は、どれもネルトの心には届かない。

 いま彼女の心臓は、それらを気にかける余裕がないほどに、バクンバクンと暴れていた。


(し、心臓が、痛い……)


 熱っぽく潤んだ黄金の瞳はいつまでも、

 豚鬼が走り去った方向へと向けられていた。


        ◆


 それからおよそ一時間後。


 朝市から帰宅したネルトは、慌てて朝食と身支度を済ませて、鬼帝国においても大手とされる冒険者ギルド〈帝国の鬼火オーガンホープ〉の黒壁都市支部に赴いていた。このギルドの受付嬢というのが、今年で十八歳となる彼女の就いた職である。


(とにかく、集中しないと)


 今朝のことを思い出すといまだに頬が火照るが、しかし仕事中は切り替えねばならない。とくに自分などは、まだこの職に就いて三年程度の新人。簡単に人の運命を左右するこの重要な仕事に、雑念など持ち込む余裕はないのである。


「ネルトさん、お話伺いましたよ! 今朝は大変だったらしいですね!」


 だというのに、持ち場であるギルドの受付席に着いた途端、迎えた言葉がこれである。これにはあまり感情を表に出さないことに定評があるネルトであっても、口端をヒクつかせてしまう。


「……えっと、お耳が早いですね、モリィさん」

「えぇ、それはもう! 麗しのネルト嬢の一大事とあっては、このモリィ・イシュタル、黙っていてはいられません!」 


 微妙に会話が噛み合っていない気がするが、彼のこうした態度はいつものことなので、気にしないことにする。


(……はぁ)


 押し殺した嘆息を漏らすネルトの前に立つのは、何が嬉しいのか片眼鏡モノクルを嵌めた顔に満面の笑みを浮かべる鬼人オーガンの男性。現在はこの〈帝国の鬼火〉に所属しているシルバー等級冒険者、モリィである。


 筋肉質な体形が多いオーガンのなかでは細身な優男。しかしその身を包む外套ローブと、手にする魔法杖スタッフからわかるように、彼の専門は後衛職である魔術士。そのうえ鬼角や尖耳の形状から魔力操作に長けた賢鬼ホブオーガンと判断できる彼に、あなどりの視線を向ける者はいない。


「うわっ」「まぁーたモリィの野郎、ネルト嬢に詰め寄ってるのかよ」「懲りないねぇ」


 職業用の笑顔を浮かべるネルトの胸元に視線を落とし、だらしなく頬を緩めるモリィに向けられる周囲の視線は、あざけりばかりである。


「とにかくこれで、ようやくネルト嬢のお役に立てますね!」

「……はぁ」


 意味が分からず生返事をするネルトに、一方的にテンションを上げるモリィ。周囲の同僚たちからの視線が痛い。とにかく気持ちが悪いので、一刻も早く自分の前から立ち去って欲しいというのが本音であるが、仕事中の受付嬢である手前、ネルトはただ笑顔で耐えるしかない。


「それで僕は、どこの豚野郎を粛清すればいいのでしょうか!?」

「はあぁ!?」


 だが忍耐にも、限度というものがある。

 口調と表情を崩したネルトに、モリィはグッと親指を立てる。


「いえいえ、皆まで言わずともわかっています! たしかにギルド職員は、私用で同ギルドの冒険者に依頼をすることを良しとしない風潮があります! ですが! しかし! それでも! 僕は、貴方という花を汚そうとした悪漢を許せないのです! どうかこの僕に、貴方に代わって悪を罰する役目を、お与えになってくれないでしょうか……?」


 まったくもってネルトの好みではないが、同僚からは『整っている』と評判の顔に自信の溢れた笑みを浮かべて、情熱的な言葉を捧げるモリィ。人によってはそれは、たいそう心を揺さぶられる蜜言なのかもしれない。


「…………っ」


 しかしそれはあくまで相手が少しでも好意を抱いている場合に限り、普段からこの無駄に積極的な冒険者に辟易としているネルトにとっては、ゾクゾクと背筋を粟立てるものに過ぎなかった。


「……違い、ます」


 何より――彼は、大きな勘違いをしている。


「……訂正、してください」


 普段は茫洋としている黄金の瞳には、強い非難の色があった。


「……彼は、悪漢などではありません。ただ私を、庇ってくれただけなのです」


 おそらく、という言葉はこの場では用いらない。

 そもそも彼女の中ではこれはほぼ事実となっている。


「……うぇ? え? でもたしかネルト嬢は、今朝がた買い物をしているところを、悪漢に襲われたんですよね? 白昼堂々路上に押し倒された挙句、あわや卑猥な行為に及ばれかけたんですよね?」

「それは、誤解です」

「でも犯人はオークで、貴方の身体をいやらしくまさぐっていたと――」

「――たしかに彼はオークで、私の身体に触れてはいましたが、それは彼の行動に驚いた私が、足を滑らせてしまったからです。そのため結果的に地面に押し倒されて抱き締められたような状態になっても、それは不可抗力というものでしょう」


 やや盛ったアドリブと推測が混じっているものの、ネルトの言葉に嘘はない(と本人は確信している)。ゆえに非難される謂れはなく、毅然と胸を張って言い切った。


「え、ええと、オークに、抱き締められた? その身体を?」


一方でモリィの目は、高速で左右に揺れていた。


「その……たわわな、果実を!?」


 震える指先が向けられるのは、

 受付嬢の制服に包まれたふたつの膨らみ。

 ネルトの女性らしさを主張する、大きなその曲線である。


 なにせ〈帝国の鬼火〉のネルトと言えば、業界のなかではちょっとした有名な受付嬢である。それは彼女自身の優れた容姿や能力、実直にして丁寧な勤務態度などもさることながら、もっとも冒険者たちのなかで話題にあがるのはその胸部。牛鬼ミノタウロスもかくやという圧倒的質量は、本人の美貌も相まって、彼女の前に連日長蛇の列を作ることを容易とさせた。確実に片手では掴み切れない彼女の母性に焦がれる冒険者は多い。当然、モリィもまたそのひとりである。


「チクショウ! なんてことだ!」


 ゆえにモリィは机に拳を叩きつけ、慟哭した。


 なにせ幾度となく、自ら手にすることを夢想したかわからない禁断の果実。しかしいくら追いかけても手の届かない、幻の桃源郷。だというのにそれをあっさりと手にした悪漢が存在し、あまつさえその人物をネルト本人が庇っていることを、モリィは信じられないし、許せなかった。


「許せない!」

「許されないのは貴方です」


 ネルトは両手で胸元を隠した。


「うわぁ」「モリィくん、あれはナイわー」「引くわー」「相変わらず残念なイケメンねぇ」


 軽蔑の視線は、周囲の女性冒険者たちからも向けられている。

 ようやくモリィは失態に気付いた。


「あっ。いや、違っ、これはそういうのじゃなくて!」

「……それでは、用件はお済みですね。次の方どうぞ」


 加害者の弁明を受け入れず、

 ネルトは公然猥褻者を自分の席から追い払う。


「おら、どけセクハラ野郎」「あとがつかえてんだよ」「敗北者は消えろ」


 後に並んでいた冒険者らの後押しもあって、ネルトはようやく、視界から不愉快な物体を排除することに成功したのであった。


「誤解なんだぁああああああ~っ!」


「うるせぇ黙れ若造!」「てめぇみてぇなクソガキが俺たちのネルトちゃんに手を出すたぁ、十年早ぇ!」「イケメン死すべし!」「いい機会だ、みっちり教育してやるぜ!」


 その後、ギルドホールの片隅から聴こえてきた喧噪と悲鳴に、黒鬼の受付嬢はようやく心からの微笑みを浮かべた。



 新キャラ登場。

 ネルト=おっぱい受付嬢、

 モリィ=残念イケメンの認識で問題ないです。


 そしてこの世界では、十代中ごろから仕事に就くのはわりと普通。貴族のような上流階級だと学院などに通うため、それが伸びる感じですかね。


 そういったものも含めて、主人公たちが住んでいる外の世界の空気などを少しでも感じていただけたら嬉しいです。


 それではお読みいただき、ありがとうございました。


 m(__)m


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