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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第三章 奮鬼冒険編
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【第04話】  新婚 ④ 

【前回のあらすじ】


 隷妹「あれれっ!? わたしもう影が薄いピョン!?」



 訓練場で鍛錬を終えた後は、俺もタウロやアブラヒムを伴って森へと向かうのが日課となっている。俺の目的は魔獣相手の戦闘訓練や、森でしか取れない薬草などを採取するため。タウロは俺の護衛と、特訓の続き。アブラヒムは暇つぶしだ。


「しっかしモテるオトコはツレェよなァ。森に入るだけでも、いちいち気を遣わなきゃなンねェなんてよォ」


 時間は昼と夕方の中間あたり。俺たちがわざわざこんな中途半端な時間に森へ潜っている理由は、アブラヒムの言う通り周囲に気を遣ってのことだ。


「し、仕方ないですよ。そうでもしないとおふたりとも、あっというまに囲まれてしまいますから……」

「ひゃはは。アイツらの目、完全に獲物を狙う狩人だったもンなァ」


 以前もっとはやい時間に森に入ったときは、まだ狩りの途中だったアマゾネスたちに囲まれて大変だった。しかしこの時間帯であれば、彼女たちのほとんどはもう集落へと帰っている。あまり狩りに時間をかけることは、戦士である彼女らにとって不名誉なことだからだ。


「それに、このくらいの、時間の、ほうが、意外と、大物、出会えたり、します」

「おお、このまえ大毒牙蛇ポイズンバイパーが出たときはラッキーだったよなァ。アレの毒と皮、高く売れるんだよォ」

「ほ、双角巨兎ホーンブルラビットの肉は、シュレイさんが喜んでくれましたしね」


 そんなことを話しながら、森を探索し、薬草を摘み、魔獣を狩る。正直なところ俺たちの力量であれば、このあたりで遭遇する魔獣程度ならまず問題はないため、気分はちょっとしたピクニックだ。


「そういえばよォ」


 そんななか、タウロがいないタイミングでアブラヒムが尋ねてきた。


「そろそろじゃねェ? 例の試験日。ほら、街である冒険者の……」

「はい」

「……なァキョーダイ。おまえマジで、冒険者になンのかよォ?」

「ええ。マリー、や、バクウンさん、たちと、相談して、決め、ました」

「ふゥ~ん……」


 俺の返答にアブラヒムは不満げだ。

 そしてこういうとき、だいたい次に来る問いはわかっている。


「……おィキョーダイ。俺様と一緒に、傭兵やろうぜェ?」


 だが、俺の答えはいつも同じ。

 黙って首を横に振るだけだ。


 血剣士は呆れた笑みを浮かべる。


「ひゃはっ。ガンコだねェ、キョーダイは」

「ヒム、こそ」


 俺がこの半年で口にするようになった略称で呼ぶと、アブラヒムは「違ェねェ」と苦笑してくれた。いつもどおりの遣り取り。だがそこに、濃くなっていく別れの気配を感じた。


「……ヒムこそ、集落、出て、行く、のです、よね?」

「あァ。俺様としたことが、ちょっと長居をし過ぎちまったからなァ。でも滞在中に魔獣を狩りまくって小遣い稼ぎもできたし、退屈もしなかった。まァ、いい休暇になったってモンだァ」

「……そう、ですか」


 俺が理由わけあって冒険者を目指すように、傭兵屋であるアブラヒムもまた自分の傭兵団を立ち上げるという目標がある。冒険者は秘境へ、傭兵は戦場へ。俺たちの別離は必然だった。


「だけどこれがァ、今生の別れってワケでもあるめェしよォ」


 相変わらずマイペースな吸血鬼ヴァンパイアが、

 陰気になっていた豚鬼オークの肩を叩く。


「もしキョーダイが困ったことになれば、遠慮せず声をかけてくれよなァ。戦場ならいくらでも、キョーダイ価格で敵をブッ殺してやるぜェ? おっとォ、だからって敵軍には回るなよォ? いくら俺様でもォ、キョーダイの首を刎ねるのはちと心苦しいからなァ?」

「……ふごっ。善処、します」


 つい、苦笑してしまう。


(……もし戦場で敵対したら、同情しても、手は抜かないってことか)


 そんなことを、わざわざ明言するあたりが彼らしい。


 そうだ。

 これが傭兵屋、アブラヒム・ヴァン・ヘルシングだ。


 粗野で粗暴で好戦的で。

 でも愛嬌があって口達者で憎めなくて。


 まっすぐで自分を曲げることなく、

 まっすぐに自分を信じることができる、


 俺の……この世界での、はじめての『友だち』だ。


        ◇◆◇◆◇◆


「お疲れ様、です」

「あひっ!? 王子……あ、あるじ様!?」


 森での狩りを終え、集落に帰還後。

 目的地に向かう途中で背中を見つけたので、声をかけたら驚かせてしまった。目元を覆い隠すほどに伸ばされた前髪の下で目元がキョロキョロと泳ぎ、頭部から生える二本の毛束……に見える、蟲人キリコ特有の神経器官である『触髪』が、彼女の内心を示すかのようにビビビッと逆立っていた。


「すいません。驚かせ、ましたね」

「ブーハオ!」


 パオは咄嗟に否定を意味する蟲華国語を口にする。


「御主人様がパオの如きゴミクズ虫に謝罪などお辞めくださいむしろパオのほうこそ下僕の分際で御主人を困らせてしまって申し訳ありません生きていることが恥ずかしい無能虫です最低です今すぐ死んでお詫び申し上げますので少々お待ちをそこにちょうどよい木がありますので!」


 そう一息に言いきって、キリコの少女はわざわざ携帯常備しているらしい締縄ロープを取り出し、すぐ近くの木へと向かおうとする。


「落ち着いて、ください」


 俺がそれを見逃すはずがない。

 グワシと、後ろから頭を掴む。


「あひぃっ」

「パオ、貴方は、少し、早合点、過ぎます。もっと、落ち着いて」


 そのままグワシグワシと、無遠慮に彼女の頭を撫でる。パオは「あひひひっ」とか「はひぃっ」とか「ふにゅぅ~っ」とかよくわからない奇声を漏らしているが、触髪という器官を持たない俺にはそれがどういう感覚なのかはわからない。でもまあ逃げ出さないあたり、そこまで痛いとかいうことはないのだろう。


(でもこうでもしないとこの子は、落ち着いてくれないしなぁ……)


 下手に説得しようとすると、先ほどのように勝手に勘違いして納得して暴走してしまう。なので少々乱暴だが、こうして実力行使するのがもっとも効果的なのだと、俺はすでに学んでいるのだ。


 ちなみに彼女の名前はパオ。前回の募集で兎人ラビリアのミミルとともにオビィの隷妹となったもうひとりの少女であり、なんでも彼女は前回の活性期の折に、運悪く魔獣どもに攫われてあの巣穴へと連れ込まれた被害者のひとりらしい。


(で、そんなこの子をたまたま救出したのが、俺だったと)


 だからそれに恩義を感じて、隷妹へと志願した。

 ミミルだって似たようなものだ。


 彼女の場合は魔獣に襲われたところをオビィに助けられ、それが動機で隷妹へと立候補したというのだから。


(あの魔獣どもに感謝する気はないが、でもそうやって繋がっていく人の縁って、不思議だよなぁ……)


 そんなことを思い返していると、

 パオのほうも落ち着いたらしい。


「も、もう大丈夫です主様……お手数を、おかけしましたね」


 若干まだ髪と息が乱れているが、こちらに頭を下げるパオに動揺の気配は見受けられない。俺は「気に、しないで、ください」と謝罪を受け取り、目的地は同じなので、そのままふたりで歩き出す。


「パオ、洗濯、帰り、ですか?」

「ハオ。ちょうど、御母上の召し物を交換しておりましたので」


 どうやら彼女は、マリーの汚れ物を洗濯してきた帰りだったようだ。


「主様のほうは、どうでしたか?」

「成果、この通り、です。確認、お願い、します」


 俺はパオの抱えていた洗濯物を奪い取り、代わりに肩に担いでいた麻袋を渡す。中には森で採取した薬草などが詰まっていた。自分の持ち物を取り上げられたパオは慌てていたが、俺が返す気がないことを悟ると、困ったように嘆息してから麻袋の中身を確認し始めた。


「ハオ、ハオ、ハオ。はい、大丈夫です主様、切らしかけていた薬草がちゃんと補充されております。爺様が喜びますよ」


 どうやら今回は毒草が混入していなかったようだ。

 密かに安堵しているうちに、目的地へと到着する。


「爺様。只今、戻りました。主様もご一緒です」

「ハオ。中へ入っていただきなさイ」


 テントの中から老人の声。促されるままテントの中に入れば、そこには身だしなみを整えた白髪紅瞳の美少女・マリーと、その傍らで触診をしていたらしい老人の姿。白髪の混じった濃翠の髪を総髪にした老人の頭部からは、パオと同じ二束の触髪が伸びていた。


「ヒビキ殿、来訪、ご苦労様デス」

「リー先生こそ、診察、ありがとうございます」


 パオよりも蟲華国の訛りが強い老人の名前はリー。パオが隷妹となる前に所属していた一族の代表者的な立場の人であり、その言葉遣いからもわかるように、故郷で歳を経てから数年前にこの地に流れ着いたという移民だ。


 逆に産まれてからほとんどの時間をこの森で過ごしたというパオには、それが少ないのが印象的だった。


「御母堂のご容体は相変わらず。回復の兆候は見受けられないデスが、悪化の兆候も潜んでいますネ。ひとまずは現状維持かト」


 キリコが医療や医学に精通しているというのは、人族のなかではポピュラーな共通認識である。もちろん皆が皆そのようなことはないのだろうが、少なくとも眼前の老人にはそれが該当しており、彼はこの大森林における名医として一定の評価を得ていた。


 それゆえに大族長のツテでこうして定期的にマリーを検診してくれるのは有難いし、その血縁者であり弟子でもあるパオが、マリーの専属医師として俺のいないあいだ彼女に付き添ってくれていることはとても感謝している。


「では、儂らはこれニテ、失礼しマス。パオ」

「は、ハオ!」


 気を遣われたのだろう。

 リーがパオを連れてテントを退室する。


「マリー、大丈夫か?」

「ええ。先生もそのように仰られておりましたし、何よりヒビキくんの顔を見たママが元気にならないはずがありません」


 言葉通り、満面の笑みのマリーである。


 とはいえそれが俺を気遣っての空元気であることは明白で、彼女は敷布団から半身を起こした状態から立ち上がろうとはしない。それがわかっている俺は彼女の横に移動して、その枕元に腰を下ろす。


「ふふんっ♪」


 するとマリーは、ゴロリ。

 起こしていた半身を倒して、俺の太ももに頭を乗せる。

 いわゆる膝枕の態勢だ。


「それでヒビキくんは、今日はどのようなお話をママに聴かせてくれるのでしょうか?」

「べつに、面白い話なんてないよ。ただいつも通りの生活さ」


 そして俺は甘えんぼモードのマリーに、今日あった出来事などを説明していく。とくに報告すべきことのない内容ではあるのだがが、一日のほとんどをここから出ることのできないマリーにとっては、貴重な娯楽であるらしい。俺は丁寧に話を進めた。


「それでな、タウロくんがずっと朝食のことを根に持ってて……」

「ほうほう」

「バクウンさんから教わった筋トレが効果的で……」

「なるほどです」

「ヒムのヤツがまた性懲りもなく……」

「ふむふむ」


 ふたりきりのため神聖語を用いた会話はスムーズで、他愛のない話に、マリーは絶妙のタイミングで合いの手や相槌を入れてくれる。そんな眼下のマリーの髪を、俺は撫でたり指に絡めたりしながら報告を続ける。穏やかな、かけがえのない時間だった。


「……それでな、マリー」


 でも、そんな時間にも終わりは訪れる。

 覚悟を固めて、俺は続く言葉を口にした。


「前から言っていたように俺、冒険者になろうと思う。そのためにまず次の登録試験を受けに街に行かないといけないんだ。だからたぶんそのあいだ、マリーとこうして……過ごせなく、なると思う」

「ごぶほぉっ」


 マリーが吐血した。

 一瞬でテンパる俺であったが、

 逆に冷静なマリーに窘められてしまった。


「大丈夫ですよヒビキくん。これは呪禁魔法の所為ではなく、ちょっと精神的な負荷に耐えられなかっただけです」

「マリーそれぜんぜん大丈夫じゃないよな!?」


 ダメだマリーもやはり動揺している。


「そ、それでその試験とやらは、何日ほどかかるものなのでしょうか?」

「えっと、バクウンさんから聞いた話だと試験そのものは一日か二日ぐらいで終わるらしいけど、大森林から街までの往復を考えると、たぶん一週間ぐらいは見ておいたほうがいいんじゃないかって……」

「うぅ~ん……」


 グラリと、今度はマリーの身体が傾いた。

 慌ててその身体を抱き止める。


「ま、マリー!?」

「……地獄です……それはこの世の地獄というのですよ……一週間も……ヒビキくんと会えないなんて……」


 俺だって辛い。

 でもこれは、必要な試練なんだ。


 それに……


「……こんなことは言いたくないけど、マリー。もし俺が試験に受かって、本格的な冒険者としての活動を始めたら、集落を空ける期間はこんなものじゃない。一週間、一ヵ月、下手をすれば半年とか一年とかいう場合もあり得るんだ」

「ヒビキくん? それはママへの死刑宣告ですか?」

「そうじゃない。俺はマリーに、生きて欲しいんだ」


 生きて欲しいから。

 マリーにずっと生きていてほしいからこそ、

 俺は冒険者になるのだ。


(たしかに現状いまは心地いい。でも、維持このままだとダメなんだ)


 マリーの身体に巣食う呪禁魔法は着実に、宿主を蝕んでいる。これを放置することは、マリーの緩やかな死を看過するということ。それは許されない。認められない。


(だから俺は冒険者になって、マリーの完治に必要な万能霊薬エリクサーの素材を、自分自身の手で集める)


 希少価値の高い素材や魔道具は、ただ待ち侘びているだけでは手に入らない。自ら欲して、足掻いて、万事を尽くして、ようやく手の届くかという代物なのだ。


「だからマリーには、ここで待っていてほしい。そして戻ってきた俺を迎えてほしい」

「うぅ~……それが、ママの役目ですか?」

「ああ。マリーにしかできないことだ」


 他の誰にも代わりはできない。

 マリーにしか頼めない『お願い』だ。


「うぅ~……むぅぅ~……」


 そんな言葉を受けて、マリーは俺の胸元にグリグリと頭を擦り付けながら唸る。ふだんなら俺の『お願い』にほぼ脊髄反射レベルで『OK』を繰り出すマリーにとっては非常に珍しい反応。つまりそれほど、この件は彼女にとって承諾しかねる問題だということだ。


 それでも……


「……わかり、ました」


 マリーは渋々……

 本当に渋々といった表情だが、

 最終的には了承の意を見せてくれた。


「前にも言いましたが、ヒビキくんの人生は、ヒビキくんのものです。ヒビキくんが自らの頭で考えて導き出した結論に、ママは異を唱えません」

「マリー……」

「で・す・が! 了解と納得はまた別物ですので! せめて集落にいるときぐらいは、ママをたっぷりと甘やかしてください! これは息子としての責任ですよ!」

「勿論だとも」


 俺がマリーに、母としての理解を求めるなら。

 俺は息子して、母の期待に応える義務がある。


 よってその日……というか俺が集落を経つ日までずっと、

 俺は全力でマリーを甘やかし続けた。


 余談だが最後のほうなどは一周回って逆に『俺が赤ちゃんに戻ったという設定でマリーに甘える親子ごっこ』という高度なロールプレイを行うことで『俺はいったい何をやっているんだろう……?』とかるく死にたくなったが、なんとかそれも気合で乗り切った。


        ◇◆◇◆◇◆


 そして俺が、集落を発つ日がやってきた。



 アブラヒムとの別れ。

 最後の隷妹・パオの登場。

 マリーさんへの飴と鞭と飴。

 次回、豚がついに街へと向かいます。


 今回の更新はここまでです。

 気長に次回をお待ちください。


 それではお読みいただき、ありがとうございました。


 m(__)m



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