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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第三章 奮鬼冒険編
53/83

【第03話】  新婚 ③ 

【前回のあらすじ】


 ラバー・イズ・ナンバーワン。



 あのとき俺ははじめて、オビィの『女性』としての芯の強さに触れた気がした。そして今思えばあのときから本格的に彼女に惹かれ始めているように感じるのは、まあ、我ながら単純というかなんというか。


(とにかく俺はこのままだと、子を成すことができない)


 それはほぼ、間違いない。


 マリー曰く魔法回路による『制限』さえ解除できれば……とのことだが、そのためには教会とのコネクションが必要となるため、現状でそれを視野に入れるのは不確実に過ぎる。


 オビィなどは「なに、焦る必要はない。可能性があるのであれば気長に待つさ」などと言ってくれているが、俺としては切実に、マリーを蝕む呪禁魔法の解呪の次に何とかしたい事案である。


(でもそう悠長なことも言っていられないのがアマゾネス側の問題だ)


 なにせ現在の俺の立ち位置は、すべて『種婿』という前提があってのもの。その種婿が『子を成せない』では資格なしと見做され、地位の剥奪すら有り得るのだ。そうなると、この集落で治療を受けているマリーの立場も危うい。


 つまり俺は、種婿の地位は守らなければならない。

 しかし求められるがままに種をばら撒いて、

 種無しと判断されるのもマズい。


 そんな葛藤に答えを与えてくれたのは、

 アマゾネスの大族長・パトラだった。


『ふむ、ならば期限を設けるとするか』


 オビィとの相談の結果、俺の裏事情を打ち明けると、大族長はそのような提案をしてくれた。


『今から三年間は、大族長としての権限で、ヌシの種婿としての生活は保障する。その間にヌシらは母の病を癒すなり自らの枷を解くなり気合で子を儲けるなり、好きに励むがよい。……まあ、とはいえアマゾネスが種を求めることまでは止められぬから、それはヌシらで何とかするんじゃぞぃ?』


 そう言って呵々と笑う大族長に、

 俺は深く頭を下げることしかできなかった。


『かかっ、そう気にするな。わらわとてできることなら、一族に優れた子種を撒いて欲しいという打算あってのものじゃわい。……それよりもオビィ、ヌシはいいのかぇ? 種婿自身が女を拒むのはともかく、ヌシが事情を隠して種婿を独占することを良しとせぬアマゾネスは、ヌシによからぬ感情を抱くことになるが?』

『構いません』


 大族長の問いに、オビィは揺らがない。


『種婿殿が授けてくれる幸福も苦難も、すべて謹んで受け入れる』


 そして告げられたその言葉を、

 俺は一生忘れないだろう。


苗嫁つまとして種婿おっとを支えるというのは、そういうことですので』

『……ぶごっ』


 情けなくも、俺はその場で涙を堪えることができなかった。


        ◇◆◇◆◇◆


 ともあれそのようなオビィの献身があって、俺は種婿という体裁を保ったまま、集落に滞在し続けている。


 また後日その会話を説明したマリーも「……そうですか」と態度こそ素っ気なかったものの、なにか思うところはあったのだと思う。事実それから、マリーのオビィに対する態度は、気持ち角が取れたように感じられる。


「……申し訳、ありません」


 とはいえやはり、

 俺の所為でオビィが迷惑を被ることは心苦しい。


 朝の水浴び場において、種婿の扱いにおけるひと悶着があったらしいオビィに対して頭を下げる。


「なに、婿殿が謝る必要はない。すべてオレが好きでやっていることだ」

「しかし……」

「それにな、婿殿。オレの婿殿が人気者というのは……正直、悪い気はしないのだ」


 絶句する俺の前で、オビィは薬草茶ハーブティーを啜る。だがよく見るとその尖耳の先端が朱に染まっているあたり、彼女なりに頑張って、空気を和ませようとしてくれたのだろう。


「……ははっ」

「……何を、笑っている」

「いや、私、素晴らしい、嫁を、貰い、ました」

「ふん。何を今さら」


 オビィの眉間に皺が『ギュンッ!』と刻まれるが、最近ではそれが彼女なりの照れ隠しだとわかってきたので、俺の微笑みはさらに深まってしまった。


「それにそれに、もし姉さまが無事に種子をお迎えなされましたら、次はシュレイの番でありますよ!」


 そこで食事を終えた隷妹頭の少女が、

 喜々として会話に割り込んでくる。


「ああ、その通りだな」

「ふふん、周りが何を言おうと、隷妹の特権は譲れないのでありますよ!」


 ちなみに彼女の発言は『主人の妊娠期間中、種婿の相手をするのは隷妹の役目』という文化のあるアマゾネスとしては普通のものなのだが、ただでさえオビィひとりに振り回されている感のある俺としては、なんとも気後れしてしまう話題である。


「それにシュレイとしては、姉さまへの奉仕だって頑張りたいでありますよ!」

「ああ、それは楽しみだ」

「それはもう! イメージトレーニングはバッチリであります!」

「そうか、期待している」

「はいっ!」


 だが『そういった方面』の認識についてはこの世界の女性、なかでもとくにこの集落の女性たちは、開放的オープン積極的アグレッシブだ。正直その率直ストレートさには圧倒され、気圧されてしまう。


(……タウロくん、助けて)


 気乗りしない話題に援軍を求めるが、食事の後片づけをしていた少年は無言で視線を逸らした。孤立無援。食べ物の恨みは恐ろしい。


「ああ、はやく姉さまの子どものお世話をしたいでありますよ! きっと姉さまに似て、凛々しく美しく逞しいアマゾネスなのでしょうねぇ!」

「オレだって、シュレイの子の顔を見るのは楽しみだ。おそらくシュレイに似て、賢く気が利き愛らしいドルイドになることだろう」

「楽しみでありますね~っ♪」

「うむ」


 シュレイは両手を頬に添えて長耳をピクピクと揺らし、

 オビィはその豊かな胸の前で腕を組んで満足げな笑みを浮かべている。


「……ずずっ」


 女性たちがそうした将来の展望について楽しげに語るなか、気配を殺したオークは黙々と、香草茶を啜るのであった。


        ◇◆◇◆◇◆


 そうした愛する奥さんたちとの和やか(?)な朝食を終えると、俺は日課の鍛練のために集落の外れにある訓練場へと移動する。途中まで同行していたオビィは戦士としての務めを果たすため、森へと向かった。


「では行ってくる」

「気を、つけて」


「ああ」


 本来であればアマゾネスの戦士たちはもっと早い時間から森へ入るのだそうだが、そこはなんというか、種婿を迎えた苗嫁の特権というヤツらしい。


(よし、俺も気合を入れて頑張るか)


 例の『あの日』も迫ってきていることだしな。


「よろしく、お願いします」


 オビィと別れた俺は訓練場に向かい、

 そこで待っていた人物に頭を下げた。


「ホッホ。今日も元気、良いことネ」


 恰幅の良い巨体を揺らして朗らかに微笑むのは、緑鬼トロールの拳闘士・バクウン。


 以前であればこの時間帯は、アマゾネスの大戦士から稽古をつけてもらっていた。しかし最近は色々と忙しいらしく、彼女の手が回らないときは、こうしてそのとき集落に滞在している実力者たちから指導を受けている。


 今日の指導者であるバクウンは、半年前の活性期で顔見知りになった冒険者だ。それから彼にはたびたび、おもに近接格闘術についての指導を受けていた。


「他の、お二人は?」

「ボスとヒューリーなら、もう二人を連れて行ったヨ。今日はボスがオーガ、ヒューリーがヴァンパイアの少年ネ」


 口調に蟲華国の訛りが見受けられるバクウン。

 彼の言うように訓練場では、すでに各々が組み手を始めている。


「オラオラぁ! もっと気合を見せてみろッ!」

「う、うぉおおおおおおっ!」

「ボケカスッ! 吠えるだけなら誰でもできる! 腰入れろ腰ッ!」

「は、はひぃ!」


 先行していたタウロは両手に棍棒を構えて、

 大槌士である赤鬼ブルオーガに打撃戦を挑んでいた。


 というか、一方的にボコられている。


(俺もよく、師匠にボコられたなぁ……)


 つい、目を細めてしまう。

 懐かしいものだ。


「あはは、どうしたのぉ? まだ来ないのぉ?」

「うっせェンだよォ! 遠くからチマチマと、ウザってェ!」


 一方で周囲に片手剣を滞空させた血剣士は、

 風刃を舞わせる青鬼ブルオーガの魔法士に接近戦を挑もうとしていた。


 操血魔法で使役する片手剣を器用にも足場として、空中へと駆け上がり方向転換しながら距離を詰める血剣士。対する魔法士は長い外套ローブの裾をはためかせながら、連続して圧縮された空気の刃を放つ。


(あーあ、また派手に訓練場を荒らしちゃって)


 あんまりやり過ぎると、

 あとで修繕するのが大変なんだぞ。


「さて、ではワタシたちも始めるネ」

「はい」


 おっと、呑気にひとの訓練を眺めている場合じゃないか。

 時間は有限。大事にしていこう。


「前に教えた、内功打撃とその防御方法ハ?」

「大丈夫、です」


 そして俺も、バクウンとの稽古を開始する。

 まずは前回のおさらいからだ。


「ハオ。ワタシたちのような種族にとって、細かい魔力操作が必要な武器や魔法は不要。信じるは己の肉体。研ぎ澄ますは己の技。まずはその基礎の復習から、始めるネ」

「わかり、ました」


 熟練の冒険者である〈三色鬼/カラーズ〉の面々から学ぶべきことは多い。

 今日もまた、有意義な一日になりそうだ。


        ◇◆◇◆◇◆


「もうっ、バカタウロ! あんたまた、隷夫の分際で戦士様たちの訓練に紛れ込んでいたの!? バカなの!? 死にたいの!? いくら戦士様や隷夫様たちがお優しいからって、あんまり甘えてんじゃないわよっ!」

「は、はい……」

「もうっ、いつもそればっかり! 言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ! ほら、さっさと手を出して」

「う、うぅ……」

「少しぐらい染みるのは我慢しなさいよ! あと滋養水! ちゃんと飲みなさいよ! 果汁を垂らしといたからそんなに不味くないでしょうが!」

「あ、あぅぅ……」


 一方的に手渡された緑色の液体を口に含み、タウロは渋面を浮かべていた。わかる。あの青汁モドキは滋養水といって、治癒水ポーションに似た効能のあるポーションモドキなのだが、本物のポーションより安価な反面、効能が低く苦くてエグいのだ。


 しかし彼が弱りきった顔をしているのは、

 決してそれだけが理由ではないだろう。


「あぁ、またあの子、タウロにちょっかいをかけているでありますね」


 そんなタウロと少女の遣り取りを見守っている俺たちは現在、訓練がひと段落したため休憩中だ。時間はそろそろ昼飯どき。同じく訓練を終えた〈三色鬼/トリニティ〉の面々をアマゾネスたちが取り囲んでおり、そんな彼女たちを牽制するように、シュレイが俺のとなりに控えている。


「あ、あの!」「種婿様!」「よろしければ差し入れを……」

「要らない要らない要らないであります! 旦那様に必要なものは、すべてシュレイが用意してあるでありますよ!」


 なんでもこの休憩時は、集落に居残っているアマゾネスたちが合法的に、目当ての男性にモーションを仕掛けられる絶好のチャンスなのだという。それは種婿に対しても例外ではなく、そのためシュレイがこうして、女性への対応が苦手な俺の壁役となってくれているのである。有り難い。


(しかし彼女たちはこんな無愛想な豚野郎の、何がそんなにいいんだろうな……?)


 こうした遣り取りのあいだ、俺はシュレイの指示のもと『徹底的に相手を無視する』という非常に失礼な態度をとっている。……のだが、どうやらそれがアマゾネスたちのあいだでは逆に『女性に媚びない硬派な戦士』として、評価を上げているらしい。もうワケがわからない。


「……まったく次から次へと、本当にしつこいし懲りない女どもでありますね。少しは慎みや遠慮というものを持つであります」

「ひゃははっ、それをオマエが言うかよォ」


 シュレイがアマゾネスの対応をしている間に、吸血鬼ヴァンパイアのアブラヒムがやってきた。彼は当たり前のように置いてあった水筒を掴み、ゴクゴクと中身を嚥下する。


「くはぁ~、マズい! もう一杯!」

「あ、それはそれは旦那様の滋養水でありますよ! それを勝手に! というか、文句があるならそもそも飲むなでありますよ!」

「ン~、なんていうかなァ。オマエのこれ、マズいけど不思議とまた飲みたくなるンだよなァ~」


 わかるわかる。

 そのへんは配分の妙というか、

 シュレイの女子力の高さなのだろう。


「返せ! 返せであります! それが無理ならせめて吐き出せ!」

「おいおい、モッタィねェなァ。ケチケチすんなよォデコ助ェ。キョーダイのモノは俺様のモノ、俺様のモノは俺様のモノォ~……というワケでいただきィっ!」

「あ、とうとう弁当にまで手を出したでありますね! もう許さないでありますよ、この腐れヴァンパイアめ! 死を以て贖うであります! せいっ! せいっ!」

「お、今日の昼メシはサンドイッチかァ。いいねェ~」

「むきぃいいいいいいっ!」


 魔法杖を棒術のようにして繰り出すシュレイであるが、残念かな、その程度の腕前では血剣士であるアブラヒムを仕留めることはできない。杖の先端を避けながら器用に食事を続ける吸血鬼に、うちの隷妹頭はもう涙目だ。


(とはいえしっかりと食事を『ふたりぶん』用意しているあたり、シュレイの女子力は底が知れないなぁ)


 目の前のそんな喧騒を眺めながら、もぐもぐ。

 用意されたもうひとつの弁当をいただく。

 ああ、やっぱり美味い。


「……はぁ」


 と、そこへタウロが帰ってきた。

 訓練の際にしこたま打ち据えられた痣や傷痕には湿布草が貼られ、ついでに食事もお呼ばれしてきたようである。


「お疲れ、さまです」

「え、ええ。本当に、疲れました……」

「でも、彼女には、ちゃんと、感謝、するべき、ですよ?」

「……え? な、なんで、ですか?」


 いや、その反応が『何故?』なのだが。


「いえ、彼女は、タウロくんを……」

「そ、そうなんです。あの子、以前から僕にいろんな嫌がらせをしていたんですけど……最近では、とくにそれが酷くて」

「……」


 真顔になった俺はひとまず、

 話を聴くことにした。


「それは、どのような? 具体的には?」

「え、ええ? え、えっとですね、たとえばほら、こういうふうに、あえて『効果の薄いのに染みる傷薬』や、わざと『苦いのに効きの弱い滋養水』、それになんだか酸っぱかったり辛かったりする弁当を、むりやり食べさせたりしてきますね」

「……ほぅ」

「し、しかもそのあいだずっと、バカだのノロマだのニブいだのって理不尽な罵倒ばかりしてくるんですよ!? ひどくないですか!?」

「……ほほぅ」

「そ、そして最後はだいたい、何故か『バカタウロ』って叫んで、僕の頬を叩いて、勝手に去っていっちゃいますし……はぁ。い、いったい僕の、何がそんなに気に入らないんですかねぇ……?」

「……」


 両手で頭蓋骨面に覆われた頭部を抱え、

 深々と嘆息するタウロ。


 それを見つめる俺の瞳はとても冷ややかだ。


(それはね、アレだよタウロくん)


 おそらく彼女がそうして用意してくれる薬は、それが不良品なのではなく、逆にいつも俺たちがシュレイに用意してもらっている薬が高品質すぎるのだろう。食事だって言わずもがなだ。ただそれに慣れてしまっているタウロには相対的に、一方に不満に感じてしまうだけだ。


(それにあの子の態度。以前は本当に嫌がらせだったんだろうけど、あきらかに今は違うだろうに……)


 たしかに俺が大族長の隷夫だった頃に、あのアマゾネスの少女がタウロにちょっかいをかけている場面を何度も目撃した。しかし彼女が活性期の折、彼女が身を挺したタウロに救われてからというもの、確実にその心境は変化している。たとえばタウロが頑張って弁当を胃袋に詰め込んでいるあいだ、それを眺める彼女の頬がニヨニヨしている。


(でもまあ以前の関係があるから、きっと彼女から素直にはなれないんだろうなぁ)


 そして以前の恐怖心トラウマから、

 タウロは少女の行動を深読みし過ぎて勘違いしている。


(でもそれを外野がどうこう言うのは野暮というもの)


 こんな面白い……ではなく甘酸っぱいふたりの青春は、当事者同士で解決すべき|問題(ご褒美)だ。


 でもせめて、経験者から一言。


「タウロくん、鈍感は、ほどほどに」


 すると横から、


「それをオマエが言うなよなァ」

「それを旦那様が言うなであります」


 ふたり同時にツッコまれた。

 ごめんなさい。



 大族長の神ジャッジ。

 ブタの騒々しい日常。

 タウロくんの青春でした。

 ……でも確実に兄貴分の負の遺伝子は、弟分に引き継がれております(笑)。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は明日更新予定なので、よろしくお願いいたします。


 m(__)m



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