【第02話】 新婚 ②
【前回のあらすじ】
マザー・イズ・オンリーワン。
ともあれ、そんなマリーとの面談からすでに半年ほど。晴れて苗嫁として認められたオビィは毎晩のように俺と同衾し、先ほどのような朝の光景に繋がるわけである。
「それでは婿殿、そろそろ行こうか」
「ええ」
「……んっ」
「……?」
「んんっ~」
「……あ、あぁ」
最後に可愛らしく唇を差し出してきた新妻に応えたあとで、俺たちはモソモソと朝の支度を整える。とはいえ身の回りの世話は基本的に隷妹たちの仕事なので、簡単に互いの身体を布拭いた後で着替え、俺たちは大族長から与えられた新婚用テントの外に出た。
「おはようございますであります、姉さま!」
「おはようございますピョン、お姉さま!」
「お、おはようございます、兄さん……」
「ああ、おはよう」
「おはよう、ございます」
テントの外には待機していたオビィの隷妹たち。少女がふたりと少年がひとり。あとひとりの隷妹は所用があるので、この場にはいない。
「ではシュレイ、あとは任せた」
「はいであります!」
「行くぞミミル」
「はいですピョン!」
手慣れた様子で隷妹頭となった暗森人の少女・シュレイにテントを任せ、オビィは新米隷妹である兎人の少女・ミミルを連れて水浴び場に向かった。
「では、俺たちも、はじめましょう」
「は、はい!」
その姿を見送りながら、俺は師匠のひとりである大戦士から預かるかたちとなった大鬼の少年・タウロとともに、運動前の柔軟を始める。それが終われば日課である朝の走り込みだ。これは同行する護衛のタウロの体力を考慮した軽いものなので、身体強化魔法を使えば小一時間ほどで終わる。
(ふぅ、今日もいい汗掻いたな)
やはり健康的な生活には、規則正しい生活リズムが不可欠だ。朝日を浴びながら緑の深い森の中を走っていると、とくにそれを強く感じる。
「よっこらせ、と」
わざわざ男性用の水浴び場に行くのが面倒なため、テントに帰還した俺は常備してある水瓶でタオルを湿らせ、火照った身体の汗を拭っていく。ああ、気持ちいい。
「ぶはー、ぶはー」
一方でランニングに付き合ったとタウロはそれほどの余力はないようで、汗だくのまま地面に突っ伏して息を荒げていた。それでも決して、彼のトレードマークである頭の上半分を覆う骨仮面だけは外さない。
「……し、死ぬ……」
「……? 大丈夫、ですか?」
「っ! も、申し訳ありません、兄さん。つい弱音を……」
「いいえ、タウロくん、頑張っています。体力、つきました。自信、持ってください」
なにせ当初は、この早朝メニューすら完遂できていなかったのだ。それが曲がりなりにもこうして最後まで消化できている時点で、確実に地力は出来上がっている。
(……それにしてもタウロくん、よく決断したよなぁ)
一気に増えた隷妹たち。その発端は、俺の苗嫁であるオビィが戦士から中戦士になったことにより、隷妹を増やすべきだという話が周囲から持ち上がったことである。
基本的にこのアマゾネスの集落では戦士階級でひとりかふたり、中戦士で三人~五人、大戦士で五人~十人ほど隷妹を抱えるという風習がある。よってそれまで隷妹がシュレイひとりだけだったオビィにも、人数の増加が求められたわけだ。
なにせ隷妹とは戦士階級以上のアマゾネスにとって、日常の雑事を任せる労働力であると同時に、自らを盾としても守るべき庇護者。
戦士には非戦士を守る義務があるというのが彼女たちの常識であるため、中戦士になったオビィも、これに異は唱えなかった。
そして一週間ほどをかけた面談のすえに……ちなみにオビィの隷妹募集には『何故か』希望者が殺到して非常に時間がかかったのだという……選ばれたのが、二名の隷妹と一名の隷夫。その隷夫こそが、タウロ当人だったわけである。
しかもあとで聞いたところによると、
タウロは自らこの募集に立候補していたらしい。
だがタウロは元来、消極的な性格であったはず。それに彼はそれまで自分の庇護者であったアマゾネスの大戦士に、奉公する『主人』として以上の感情を抱いていたように見受けられた。そんな彼がこのような道を選ぶまでには、相当の葛藤があったとみて間違いない。
それでもタウロは、自ら選んだのだ。
決断したのだ。
ならば不肖ながら自分を『兄さん』と慕ってくれる少年の兄貴分として、そんな彼を応援することに吝かではない。そんな気持ちで、俺は彼の成長を見守っていた。
「大丈夫、です、タウロくん。少しずつ、少しずつ、で、いいのです」
「兄さん……」
と、そのとき風に乗って、食欲をそそる香りが運ばれてきた。
「朝食、準備、できた、ようですね」
豚鼻をフゴフゴと鳴らして、
俺たちは匂いの発生源へと移動する。
「ふん、ふふーん、ふん、ふふーん」
そこは俺たちの居住テントの側面。
野外に設置された竈の正面である。
「ふんふんふーん、でありますよ~っ♪」
そこではテント内の清掃を終えた隷妹頭の少女が、長耳を揺らして朝食の仕上げに取り掛かっていた。彼女のその楽しげな鼻歌と、掻き混ぜる丸鍋から漂う香りに、つい頬が緩んでしまう。
「シュレイ。今日も、美味し、そう、ですね」
「あ、ヒビキ殿!」
声をかけると、ペコリ。
彼女は調理の手を止めて、恭しく頭を下げてきた。
「おはようございますであります!」
勢いよく跳ね上がる元気な声と、満面の笑顔。
左右で結われた宵色のおさげが、犬の尻尾のように揺れていた。
「おおげさ、ですよ。もっと、気楽、して、ください」
「いえいえ、ヒビキ殿は姉さまの種婿様、つまりはシュレイの旦那様でもありますゆえ、不作法はできないでありますよ!」
「それでも……」
「それよりもヒビキ殿は、ずいぶんと公共語が上達されたでありますね! 下女の身としては、鼻高々でありますよ!」
えっへんと慎ましい胸を張るシュレイ。
あからさまな話題展開である。
(ははっ、気を遣われたな)
苦笑してしまうが、しかし最近は少しずつ硬さがとれてきた公共語を褒められると、悪い気はしない。今回は彼女の思惑に乗っておくとしよう。
「どれどれ」
シュレイの手元を覗き込む。
「美味しそう、ですね」
「ありがとうであります!」
「なにか、手伝える、ことは?」
「いいからヒビキ殿は、さっさと席に着くでありますよ!」
残念。
拒否されてしまった。
「朝食の準備は、ぜ~んぶシュレイたちの仕事でありますよ! あ、タウロはさっさとお皿を並べるであります! 終わったら使い終えた道具の水洗い! 急ぐでありますよ!」
「は、はい!」
十二歳の人族としては平均的な背丈のシュレイが、自分よりも頭二つ分は背丈の大きなタウロに次々と指示を出す。ほぼ同年代のふたりだが、隷妹長と隷夫という立場があるため、上下関係ははっきりとしているのだ。
(まあ、そんな関係を抜きにしても、女性の言葉を無碍にするタウロくんってのはちょっと想像できないんだけどな)
気弱な弟分にちょっと失礼な感想を抱きつつ、
俺は用意されている野外のテーブルへと向かう。
(ほうほう、今日はスープとベーコンエッグにパン、それにサラダか)
席に着くと、すぐに朝食が運ばれてきた。テーブルに並べられるのは定番のメニューであるが、それだけに調理人の腕が問われる。そしてこの半年の新婚生活でシュレイの腕前は十分に把握しているため「ぐぅぅぅ……」と、お腹が情けない悲鳴をあげた。
「ふふんっ♪」
精人の長耳が、ピクピクと上下に揺れる。
「ふふっ。ヒビキ殿は、ほんとうに作り甲斐のある旦那様でありますねぇ!」
「お恥ずかしい、です。でも、いつも、食が、楽しみ、です」
「またまたぁ~。口が達者でありますから~」
「本当、ですよ」
「ふふん、そんなに褒めても、何も出ないでありますよ? せいぜいスープの肉をちょっと増やしてあげるぐらいであります」
「ありがとう、ございます」
「ベーコンもサービスであります」
「おお」
「サラダも大盛りでありますよ~♪」
「ステキ、です」
ドヤ顔で朝食を豪華にしてくれる隷妹頭。
反比例して質素になっていく己の朝食に、
隷夫の少年は涙目だ。
(でもゴメンな、タウロくん。オークは美味しいご飯には勝てないんだ……)
全て美味しすぎるシュレイの食事が悪い。
「……お、いい香りだな」
そんな遣り取りをしていると、ようやく待ち人が現れた。
「待たせたな」
「とんでもない! 姉さまをお待ちすることは、むしろシュレイにとってはご褒美でありますよ! 美しい姉さまにお仕えできて、シュレイは今日も幸せであります!」
たしかに水浴びを済ませてきたオビィの横顔は、寝起きと違って凛々しい。すっかり戦士の顔である。シュレイ曰く、水浴び場ではいつも黄色い悲鳴が上がっていたという話にも頷けるというものだ。
「おかえり、なさい」
「ああ」
「……?」
しかしその顔にどこか疲れの色が見えるのは、気のせいだろうか。
「それではさっそく、ご飯にするでありますよ!」
ちなみに集落の掟では、まず主人であるアマゾネスとその婿や客人たちが食事をとったあとで、隷妹たちが食事をとることになっている。そのため洗濯のため水場に残ったらしいミミルや、今朝から姿を見せてないもうひとりの隷妹の到着を待たず、席に着く。
「ほらタウロ、急ぐであります!」
「は、はい!」
配膳を終えたシュレイとタウロは、
それぞれ俺たちの背後に控えた。
「うむ、ではいただくとしようか」
オビィが席に着き、食事が始まる。
「今日の朝餉も美味そうだな」
「さあさあ、どうぞどうぞでありますよっ♪」
「ああ。……豊穣なる森の恵みよ、今日も我に命の糧を与えてくださったことに感謝する」
「いただき、ます」
オビィは森へ祈りを捧げる。
俺は掌を合わせた。
各々の感謝のあとで食事を口に運べば、広がるのは笑顔。
「……うん、やはりシュレイのご飯は美味しいな。このベーコンは、このまえ仕留めた巨兎のものか?」
「はいであります! 今回はちょっと、肉を燻す香草を変えてみたのでありますよ!」
「いい香りだ。頭が覚めるようだ」
「えへへ。やっぱり朝は、気付けの香薬草でありますねっ♪」
背後のシュレイと会話を楽しみながら食事を進めるオビィ。
「……」(じー)
「……」(もぐもぐ)
一方の俺は背後の恨めしそうな視線を完全に無視だ。
(ごめんな、タウロくん。ベーコンめっちゃ美味い)
容赦なく、黙々と食べる。
育ち盛りで申し訳ない。
(それにしても……)
シュレイとの会話を楽しみながら食事を進めるオビィ。
普段通りの光景だが、やはり先ほどの表情が少し気になるな。
「オビィ、どうか、しましたか?」
念のため食後のティータイムに、オビィに確認してみた。
ちなみにこの間に隷妹たちは、
隷妹用の机で慌ただしく食事をとっている。
「……いったい、誰の所為だと思っている?」
シュレイ特製の香草茶を啜るオビィが、何故かジト目で睨んできた。
「わ、私、何か、しました、か?」
俺も香草茶を啜りながら、つい妻の視線に委縮しまう。
「……すべて婿殿が、魅力的すぎるのが悪い」
「ぶーっ!」
「あ、ヒビキ殿! ばっちぃでありますよ!」
「ご、ごめんなさい……っていうか、え? えっ?」
動揺のあまり口の中の液体を撒き散らしてシュレイに怒られている俺に、オビィは深々と嘆息。
「……水浴び場でな。朝から散々、婿殿の『種分け』についてせっつかれたのだ」
「あぁ……」
その説明で、ようやく俺も理解する。
彼女の言う『種分け』とは、アマゾネス独自の文化だ。
なにせアマゾネスという種族には、男性がいない。そのため種族を繋ぐ『種』はすべて外部から招き入れることとなる。しかし優れた『種』の持ち主は限られている。そのため彼女たちは『種』を一族のなかで共有することに、むしろ積極的ですらあるのだ。
「通常であれば族長に認められるほどの種婿であれば、半年程度の滞在期間があればおおよそ三、四人程度のアマゾネスに種を撒く。実際に種を宿す苗嫁がその程度であれば、お手付きとなるアマゾネスはもっと多いだろう」
それこそが、種婿に求められる役割だ。
「そしてオレが婿殿に苗嫁入りしてすでに半年。もう十分に種は撒いてもらったろうと、そろそろ種を譲ってくれと、周りが五月蠅いのだ」
「それは、その……」
「問題ない。全て『断って』おいた」
当たり前のようにオビィは告げる。
そんな彼女の対応は、俺に原因があった。
(だって俺は……たぶん、このままだと子どもを『作れない』身体だから……)
脳裏を過るのは半年前の記憶。
あの日のマリーの言葉が蘇る。
◇◆◇◆◇◆
『ああ……あとそれと、ヒビキくん。ひとつ、貴方にお伝えしておかなければならないことがあります』
唐突にオビィには理解できない神聖語で話しかけてきたマリー。何か聴かれたくない内容なのかと察して、俺も神聖語で答える。
『なんだよ、マリー』
『いえ、これはあくまで推測なのですが、おそらくヒビキくんは……今のままでは、子を成すことができません』
ここで俺は肺の中の酸素を全発射した。
『ごほッ、ごほッ、な、なんで……?』
呼吸困難に陥った俺が落ち着くのを待ってから、
マリーは説明を続ける。
『その理由は先天的な、ヒビキくんという存在の根幹部分にあります。そもそも教会においてホムンクルスを用いた人造勇者とは、戦力としても象徴としても、組織の最重要機密として数えられるもの。当然その「管理」には、相応の注意が払われております』
そしてそのような俺を含めた人造勇者にはすべて、製作者の許可なしには子どもを複製できないよう、生殖機能に『制限』が課せられているのだという。
『事実として教会はこの人造勇者プロジェクトの黎明期に、杜撰に人造勇者を放置したため、潜在的な勇者の資質を持つ種を無計画にばら撒かれてちょっとした混乱に陥ったことがあります』
それを踏まえて後期の教会は人造勇者たちが勝手な真似をしないよう、その生殖機能に魔法回路による制限をかけているのだ。
『よってその制限を解除できるのは、教会でもごく限られた上位階級の者のみです』
つまり……
『……教会の勢力圏から遠く離れた場所にいる今の俺たちに、その制限を解除する手立てはほぼないと?』
『ええ、残念ながら……』
『……』
『……申し訳ありませんヒビキくん。こんなことになるのであれば、もっと早くに説明しておくべきでした』
いや、それは仕方がない。
これは非常にデリケートな問題だ。
マリーは機を窺って説明してくれるつもりだったのだろうから、悪いのはそんな彼女の気遣いを無碍にして勝手に突っ走った俺だ。
『……どう、しますか? 今の話、わたくしのほうから説明いたしましょうか?』
『……いや』
先ほどから、俺とマリーの様子を窺っているオビィ。彼女には、この事実を隠すことはできない。そしてそれを説明するのは、俺の役目だ。
『オビィ、サン。実ハ……』
怪訝そうな彼女に俺は、拙い公共語で、たったいまマリーから聴いた事情を掻い摘んで説明した。
諸事情によって俺は現状、子どもを儲けることができないこと。
そして当面その問題は、解決が難しいこと。
俺が転生者であり浄火軍のホムンクルスであることは万が一のとき彼女の不利になる可能性があるため伏せたが、それ以外の情報は、隠すことなく正直に打ち明けた。
そのうえで問いかける。
『オビィサン、私ト、結婚、シマスカ?』
今ならまだ、間に合う。
すでに俺たちの結婚は公になってしまったが、それはあくまで対外的なもので、彼女はまだ清い身体のままだ。ならば俺が恥も外聞も捨てて頭を下げれば最悪、彼女はまだ以前の生活に戻れるかもしれない。いや、戻れるようにしなければならない。それが俺の責任だ。
『私トノ、結婚、中止、シマスカ……?』
子種を授けられない種婿に意味はない。結果として俺は彼女を騙してしまった。ならばその罪は、罰は、全て受け入れる。そんな覚悟を持って、俺はオビィに確認した。
『……否』
それでも……
彼女は、首を横に振ってくれた。
『たとえその話が事実だとしても、オレが婿殿を無碍にする理由には成り得ない』
そう言って彼女は俺の震える身体を、
やさしく抱きしめてくれたのだった。
ほのぼの日常編。
からの、マリーさんによる爆弾投下。
しかしオビィは起死回生の一手。
見事、ブタのハートを見事打ち抜きました。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は明日更新予定なので、よろしくお願いいたします。
m(__)m




