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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第三章 奮鬼冒険編
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【第01話】  新婚 ① 

【前回のあらすじ】


 ママ「うふふふふふ……」(ゴゴゴゴゴッ……)



「ん……ん……」


 早朝。心地よい微睡みのなか、耳元で蕩けるような声が聴こえた。億劫ながら瞼を持ち上げると、目前には穏やかな少女の寝顔。燃えるような赤髪をしっとりと頬に張り付かせた褐色肌の女蛮鬼アマゾネス・オビィのものである。


「んん……むこどのぉ……」


 彼女がいったいどんな夢を見ているのかは定かでないが、むにゅり。オビィは一糸まとわぬ肉体を、同衾する俺に押し付けてきた。瑞々しく張りのある肌の感触とぬくもりが、背筋に心地よい快感を走らせる。


「……ふへ。ふへへへ」


 だらしのない寝顔。愛おしさが込み上げてきて赤髪を撫でると、オビィの相貌がさらに崩れる。普段は凛々しい彼女の反応に、俺もつい頬を緩ませた。


「……」


 それからしばらくして。

 彼女の意識も覚醒してきたらしい。


「おはよう、ございます」

「……おはよう、婿殿」


 頃合いを見計らって声をかけると、不機嫌そうな声が返ってきた。緩んでいた表情も、すでに引き締まっている。


「気分、わるい、ですか?」

「そんなことはない。ただまたしても、無様な寝顔を婿殿に晒してしまったことを恥じているだけだ」


 そんなことを言って、表情を隠すようにオビィは顔を俺の腕に押し付ける。ちなみに俺としては、女性がそうした寝顔を見せてくれるのは一種の信頼の証だと思っているので、恥じる必要などまったくないのだが。


「……婿殿」

「なんで、すか?」

「……手」


 おっと、そういえば無断で彼女の頭を撫でていたのだった。それを指摘されただと思って手を引こうとすれば、続く言葉は真逆のものだった。


「……手が、止まっているぞ」

「え?」

「……いいから、続けろ」

「お、おう」


 俺が手をふたたび動かし始めると、オビィはその感触を確かめるようにグリグリと頭を動かした。どうやらご満悦らしい。


(素直じゃないなぁ……)


 とはいえそこに煩わしさではなく愛しさを感じるのは、俺の彼女に対する感情ゆえだろう。当初は勘違いから始まった関係でも、交流が重なれば思いが深まり、芽生えてくるものもある。少なくとも俺は彼女を、できる限り大事にしていきたいと考えている。


(男って、ホント単純だな)


 オビィが俺の『苗嫁』となってから半年ほど。その間に急速に膨らんだこの想いに、我ながら苦笑を隠せなかった。


        ◇◆◇◆◇◆


「……そう、ですか」


 約半年前。自ら意図したことではないとはいえ、アマゾネスたちに『種婿』として認められた俺が、オビィを『苗嫁』としてお嫁さんに指名してしまった当日のことである。俺たちは日が暮れ始めると同時に、とあるテントを訪れていた。


 介護役のアマゾネスたちが気を利かせてくれたのだろうか、テントの中には、寝布から半身を起こした少女がひとりきり。


 言わずもがな彼女こそ浄火軍の『元』聖人にして、

 この世界でもっとも尊い『現』俺の母親である、

 真人ヒューマの少女・マリーだった。


 西洋人形めいた白髪紅瞳の美しい彼女は、俺の身勝手な弁明を文句のひとつも挟まず最後まで清聴したのち、深く嘆息した。


「それで……」


 感情が汲み取れない無機質めいた瞳。

 それが先ほどから全身に脂汗を滲ませている俺を素通りして、その傍らに向けられる。


「……その娘は、あくまでヒビキくんが自らの意思で選んだわけですね」

「あ、はい。この度は──」

「お黙りなさい。貴方に意見は求めていません」


 ピシャリ、と。

 俺たちの神聖語を使った会話など理解できなかったであろう、それでもこのテント入ってから一度も向けられることのなかった紅玉の瞳に反応したオビィであったが、氷柱のごとき冷たい声音に二の句を封じられてしまった。


「っ、申し訳ございません……」

「マリー、それはちょっと──」

「ヒビキくん、この件に関しては、口出しは控えていただけますか? あとどうやら彼女は神聖語に不慣れなようなので、ここからは公共語で会話を進めていきましょう」

「は、ハイ……」


 キリキリキリキリ。

 胃が痛い。


「それで……念のため確認しますが、本当に彼女は、ヒビキくんが自らの意思で、自身の伴侶に選んだということで間違いないのですね?」


 全てを見透かしたような視線に、

 一瞬、息が詰まった。


 もしかすると彼女はすでに、

 裏事情を把握しているのかもしれない。

 そのうえで、俺を糾弾しているのかもしれない。


 だとしても……


「……ハイ。ソウ、デス」

「婿殿……」


 俺の答えは、変わらない。


(たとえなかば騙された、成り行きとはいえ、俺は彼女に告白をして、彼女はそれを受け入れてくれたんだ。なら俺はそれに応えなくてはならない)


 勘違いから始まった関係だ。

 上手くいくかどうかはわからない。


 でも、上手くいく努力はしよう。

 それが俺にできる唯一の誠意だと思うから。


(そしていつか、オビィにちゃんと本当のことを告白しよう……)


 そのとき彼女は怒るだろうか、呆れるだろうか、許してくれるだろうか、それはわからない。でも今はそんな俺の自己満足よりも、彼女の想いが優先だ。


「なるほど……そうですか」


 そんな俺の返答に、マリーは口を噤んでしまう。


(だけどそれを、マリーが許してくれるかどうかはまた別問題だよな)


 なにせこの件に関しては彼女に内密のまま、俺が勝手に進めていたこと。それを事後報告したところで簡単に「わかりました」と納得してくれるはずがない。しかし婚約はすでに決まったこと。それを認めてもらうためならば、俺はもう一度命を賭して魔獣の巣穴に飛び込むことさえ辞さない覚悟だ。


「……」


 無言のまま、何かを思案する様子のマリー。

 静寂が気まずい。

 胃が痛い。

 淡々と、針の筵のような時間が流れる。


 そして、三十秒以上の沈黙のあとで……


「……まあ、いいでしょう」


 与えられた結論。


「えっ?」


 俺はつい聞き返してしまった。


「おや、何か問題でも?」

「え? いや、その……マリー。本当、大丈夫、デスカ?」

「はい。ヒビキくんが決めたことであれば、ママから言うことは何もありません。ヒビキくんの人生は、ヒビキくんのものです。ヒビキくんが幸せであれば、ママはそれでよいのですよ」


 ふんわりと、マリーは微笑んだ。

 笑顔には、子を祝う母の慈愛が満ちている。


(良かった……なんとか、上手く収まりそうだ)


 俺から見ても、ときおり子煩悩が過ぎるマリーである。そんな彼女に人生の一大事を相談もなく決めたことにかなりの罪悪感を覚えていたのだが、そこは前世と現世の倫理観の違いか、はたまた彼女自身の価値観なのか、とにかくこの様子だと、思っていたほど話はこじれずに済みそうだ。


「でもヒビキくん。もし仮に……仮に、ですよ?」


 密かに胸を撫で下ろしていた俺の耳に、

 ひんやりとしたマリーの声が滑り込む。


「……ママのことを理由に望まぬ関係を強要されたのであれば、そのときは、正直に申し出てください、ね?」


 マリーはあくまで笑顔である。

 ただその笑顔には『凄み』があった。


「……」


 ゴクリと、生唾を呑み込んでしまう。


「モ、モシ、仮ニ、ソウダト、スルト……?」

「この森を地図から消します」

「……は?」

「ええ、全力で跡形もなく消して御覧に差し上げますとも」

「……」


 今は身体を蝕む呪禁魔法によって床に伏しているものの、かつては浄火軍の最高戦力である聖人の一柱だったマリー。本来の彼女には、それを成せるだけの『力』がある。


(こ、これは……マリーには、迂闊に『事実』を言えないな)


 伝えるとしても、もっとこう、折を見てからだ。


 決して俺がヘタレている訳ではない。

 カタカタと奥歯が震えているのも気のせいだ。


「義母君」


 そこでオビィが背筋を正し、ふたたび声を発した。

 キロリと氷点下の視線が向けられるが、

 今度は目を逸らさない。


 正座する彼女の横顔には、凛とした決意がある。


「横から失礼では御座いますが、私にもどうか一言、物申させていただきたい」

「……いいでしょう。許可します」

「はっ。ご寛恕に感謝致します」


 一度、深々と頭を下げて。

 一度、深く呼吸を整えてから。


 オビィは、まっすぐにマリーを見据える。


「たしかに、義母君の杞憂は、ごもっともだと思います。しかしこのオビィ・プレト・ハガネ……否、シヴァ。光栄にも種婿殿に選ばれたからには全身全霊、肉体の一欠片と魂の一滴までを、捧げ尽くす所存で御座いますので、どうか婿殿の傍に末長く侍ることを、お許しください」

「わざわざ宣言するまでもない当然のことですね。まあ精々、ヒビキくんに飽きられないよう尽力しなさい」

「はっ」


 そう言ってオビィは再度、頭を下げる。その際に……むんにゅり。種族的に発育が優れたアマゾネスのなかでもとくに『将来有望』(とは大族長談)である双丘が押しつぶされて、深い谷間を作った。


「はぅっ」


 それを目の当たりにしたマリーは仰け反った。


「……? どうか、なされましたか?」

「い、いえ……」


 それからマリーは視線を落とし、

 生まれるはずもない自らの峡谷に渇いた笑みを浮かべる。


「……やっぱ、そうですよね。ヒビキくんだって、大きい方がいいですよね……」

「待ってくれマリー、それは誤解だ!」


 咄嗟に神聖語で反論してしまったが、

 大事なのは大きさなどではない。

 そこに愛があるかどうかだ。


 よって俺はマリーの慎ましい愛だって大好きだが、それをこの場で口にすると、ただの変態野郎なので自重する。


「ねぇ……ヒビキくん。念のため確認しますが、ヒビキくんにとって世界で一番大事な人は、誰ですか?」

「ソレハ、マリー、デス」


 自他共にマザコンを認める俺である。

 オビィには悪いが、そこは譲れない。


「そうですか」


 マリーは満足そうな笑みを浮かべた。


「ならいいです。そして貴方……オビィさん、と言いましたね。このようにヒビキくんは仰ってくれていますが、貴方はそれでよろしいのですか?」

「良いも何も、母とは敬い愛するもの。その愛にオレ……私のそれが届かぬというのであれば、それは私の落ち度。さらに精進するのみです」

「へぇ……ではいずれ、わたくしを追い抜くとでも?」

「少なくとも、努力はすべきだと愚考します」


 ピリリと、空気が悲鳴をあげる。


 真顔のまま、ふたりは一瞬たりとも視線を逸らさない。

 凄まじい重圧が場を埋め尽くす。


「……ぷふー、……ぷふー」


 二人の傍らで俺の心臓ハツはバクバクと荒ぶっていた。

 軽い過呼吸も併発している。


(あ……ダメ、意識が途切れそう……)


 生まれて初めて味わう緊張感。

 ブラックアウト寸前だ。


「……まあ、いいでしょう」


 そんな情けない息子を気遣ってくれたのだろうか。

 マリーのほうから口を開く。


「しかしひとつ、覚えておいてください。ヒビキくんは、言うまでもなく素晴らしい男性です。今後も、貴方のような女性が増える可能性は低くはありません。ですがいくらそのような女性が増えたところで……母親は、たった一人。つまりヒビキくんにとってわたくしは、世界で『唯一無二』の存在なのです、そのことを努々お忘れなく」

「承知いたしました。オレ……私も、数ある女性のなかから婿殿に『選ばれた』身として、それに恥じない努力をしていく所存で御座います」

「ええ、期待しておりますよ?」

「畏まりました」

「うふふっ」

「……」


 そこでようやく二人の視線が途切れ、

 張り詰めていた空気が霧散する。


「ぶはー、ぶはー」


 いつの間にか呼吸を忘れていた俺は、

 慌てて酸素を肺に取り込んだ。


(ああ、空気が美味い!)


 あからさまに挙動不審な俺に、マリーの微笑ましそうな視線と、オビィのジト目が突き刺さる。だが今はただ、この素晴らしき世界を感じていたい。何度も深く呼吸をして、生の喜びを噛みしめる。


「ああ……あとそれと、ヒビキくん。ひとつ、貴方にお伝えしておかなければならないことがあります」


 すると、何故かマリーがわざわざ神聖語で話しかけてきた。


「……? なんだ、マリー」

「いえ、これはあくまで推測なのですが、おそらくヒビキくんは──」

「ブホオォッ!?」


 そして告げられたマリーの言葉に、俺はけっきょく、吸い込んだ空気を全て吐き出すことになるのであった。





・ブタ、大人の階段を上った……?(疑惑)

・マリー(母)とオビィ(嫁)の初修羅場。

・今章から一人称の人物表記を一部変更いたしました。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は明日更新予定なので、よろしくお願いいたします。


 m(__)m


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