【第20話】 種婿
【前回のあらすじ】
魔人さんは苦労人(確信)。
魔生樹の活性期から、半月程が経過した。
唐突な魔生樹の活性期。それに伴う魔獣たちの撃退。討伐。攫われた人質らの救出作戦と、そこに現れた魔人たちの存在……いや、我ながらよく生還できたと思う。
もちろん端から死ぬつもりなどなかったとはいえ、あまりに予想外のことが多過ぎて、途中何度も死を覚悟した場面があったことは確かだ。それでもこうして生きていられるのは幸運なのか、はたまたそういう事態に遭遇してしまった時点で不幸なのか……俺としては前者であって欲しいところである。
ともあれ崩壊する地下空洞から生還した俺は、
数日ほど意識不明の昏睡状態に陥っていたらしい。
そして目を覚ましてある程度体調が回復してから、まずは俺の主人である女蛮鬼の大族長【パトラ】さんに、事態の経緯を説明した。
「ふむ……魔生樹から魔人が発生、のう……」
説明を聞き終えた白髪褐色肌のアマゾネスは、
なにやら思案する面持ち。
「……ヒビキよ。やはりヌシの証言と、同行した者たちの証言に食い違いはない。魔獣どもの巣が崩落してしまったため物的証拠は残されておらぬが、少なくとも魔生樹から魔人が産み出されたという点に関しては、事実なのじゃろうて」
この世界において、魔生樹が生成した地下迷宮に巣食うとされる魔人。しかし現在でもその生態については、ほとんどが謎とされている。
なにせ魔人とは、人類にとって脅威そのものの。恐怖の権化。そんなものに進んで関わろうとする者は少数派で、さらに少数の実際に動いた者たちは、彼らの逆鱗に触れてその大半が命を落としているからだ。
迂闊に触れてはいけない禁忌。
それが魔人という存在である。
(それでも、いくつかわかっていることもある)
どうやらこの世界には最低でも四つほど、『魔人の国』というものがあったらしい。
世界でも最古にして最大級、魔生樹の最終形態とされる『魔界樹』が形成する地下迷宮を根城とし、魔人たちの最上位種である『魔王』が統べる、魔人の国。通称『魔国』。うちひとつは人類の手でなんとか壊滅させることに成功したが、残る三つは依然として、手出しのできない膠着状態が続いているとのこと。
各地に点在する地下迷宮に巣食う魔人たちは、その魔国から送り込まれてきているというのが、この世界の住人たちが有する数少ない魔人の情報だったのだ。
(だからこそ、俺たちが持ち帰った情報の価値は大きい)
偶然の産物ではあるが、俺たちは今回、魔人の発生源を突き止めた。魔人同士による繁殖方法もあるのかどうかまでは定かでないが、少なくとも魔人が増加する手段のひとつとして『魔生樹からの出産』というものがある。この事実が確定しただけでも、魔人に対する研究はかなり前進するはずだ。そして研究が進めば、対策が捗る。きっと国家や各ギルドは、これまで以上に魔生樹の討伐に力を注ぐことだろう。
「じゃがヒビキよ。今しばらくはその事実、皆の前で口にするでないぞ」
それだけにパトラさんの発言は意外だった。
「なっ……どうしてですか!? この情報は少しでもはやくみんなに知らせて、ひとつでも多く今後の魔人による脅威を、減らすべきでは!?」
「落ち着けヒビキよ。ヌシの言うことはもっともじゃ。しかし……人の世とは、残念ながら物事がそう上手くいかぬようにできておるのじゃよ」
滔々と語る大族長の瞳には理性。
彼女には、彼女なりの意見があるということか。
「……すいませんパトラさん。できれば理由を、教えていただけますか?」
「ふむ……ではヒビキよ。仮にこの情報が冒険者ギルドを通して鬼帝国に伝達され、それによって鬼帝国が本格的に、国内の魔生樹掃討に取り組んだとしよう。そしてそれが成功したのち……どうなると思う?」
それは、素晴らしいことのように思える。
国内から魔人や魔獣の脅威が消え去り、
国民たちが安心して暮らせるよりよい国に……
(……ん? なぜパトラさんは、魔生樹の討伐を鬼帝国『だけ』に区切ったんだ?)
本来魔人とは、人類の宿敵。
であれば魔人の掃討とは、人類一丸となってあたるべきだ。
それを鬼帝国だけに限定して話す理由は……
「あっ!」
遅すぎる俺の理解に、パトラさんが顎を引く。
「そうじゃ。かつてかの魔界樹を討ったという神滅聖戦のように、人類が共同して魔人の討伐に当たるのならよい。しかし現状では残念ながら、各国々に当時のような共同歩調は望めないじゃろうて」
およそ百年前に起きたとされる神滅聖戦において、目前の脅威に人類は一致団結して立ち向かった。しかしそうしてひとつの魔界樹を討ち、人類側には余裕が生まれ、魔人側には人類に対する一時膠着の構えができてしまったことにより、状況は変わってくる。
(今の人類の敵は、なにも魔人『だけではない』ということか)
魔人以外の人類の敵……それは同じ人類。
噛み砕いていえば国家と国家の権力争いだ。
(この世界には大国だけでも、鬼帝国以外に蟲華国や獣覇国、妖聖国や公翼国なんかがある。小国だって鱗連盟のように団結すれば、どう動くかわからない)
皮肉にも魔界樹の討伐によって得られた安穏が、人類それぞれの勢力に力を与え、野心を芽生えさせた。そして一定以上の地位を確立した勢力がそれ以外の勢力に併呑されることを拒み、むしろ吸収して更なる高みを目指そうというのは、生物として当然の発想だ。少なくとも俺の目に、今の人類の動きはそのように見える。
(そんななか、鬼帝国『だけ』が国内の魔生樹を……『資産』を廃棄してしまえば、どうなるのか)
このプレト大森林がそうであるように、魔生樹の群生地は危険な火薬庫であると同時に、魅力的な宝物庫だ。魔生樹が産み出す魔獣、それらから採取できる素材は、今の鬼帝国にとって欠かせない武力の一端である。
「民のことを思えば、魔生樹はあってはならないものじゃ。しかし国家としてみれば、魔生樹はなくてはならないものじゃ。民意と政治、これはややこしい問題でのぅ……少なくとも今の鬼帝国に、国内の魔生樹を掃討する決断は下せぬじゃろうて。むしろ国民にいらぬ混乱を招くこの情報を、握り潰そうとするやもしれぬ」
「そんな……」
「それにこの際じゃからヌシには教えるが、じつのところ魔人が魔生樹から発生し得るという可能性は、一部の者のなかでは以前から既知の事実なのじゃよ」
ゆえにそのような状況……魔生樹が魔人を産み出すような事態を有識者は『魔生樹の覚醒』と呼んでいるらしい……が見受けられるときは、彼らは独自のルートで情報を共有し合い、秘密裏に対策を進めるらしい。
国家のために、国民を騙して。
「それで……パトラさんは、いいと思っているのですか?」
「よいわけないじゃろうが」
否定するパトラさんには悲嘆の色。
それでも彼女は意見を曲げない。
「しかし現時点のわらわには、それを覆せるほどの力はない。情けない話ではあるが無力なわらわには、この小さな箱庭を守るだけで精いっぱいなのじゃよ」
そうだ。
今のプレト大森林に住む人たちの暮らしだって、そこに『魔生樹があるからこそ』成り立っている生活なのだ。それがなくなれば、必然的に彼らの暮らしにも変化がもたらされる。そこまでのことを、俺は考えていなかった。
「……すいません」
「否、ヌシが謝る必要はない」
「でも……だとしたら、いったいいつになったら人類は、魔人の脅威から解放されるのでしょうか?」
「さてのぅ。少なくともふたたび人類が結託して魔人に挑む日が来るとすれば、それは人類内での格付けが済んだあとじゃろうなぁ」
果たしてそれまで、
魔人は悠長に待ってくれているのか。
あるいはそれを成したとして、
そのとき人類はいったいどのような状態に着地しているのか。
あまりに大きな命題に、
ちっぽけな俺が答えを見出せるはずもなかった。
◇◆◇◆◇◆
とまあそのような経緯があって、魔生樹から魔人が発生した話は、最低限の関係者たちのあいだだけで留めることになった。俺が寝ているあいだに、冒険者たちのほうにはすでに根回しが済んでいるとのこと。彼らは今回の件を『魔人』ではなく『突然変異の強力な人型魔獣』の発生として、上に報告するらしい。パトラさんの話では冒険者ギルドの上層部にも『事情通』はいるらしいので、これで問題なく処理されるのだろう。
「ふぅん……まあ、無難な対応ではないですかねぇ」
パトラさんとの話し合いの後で、当然ながら俺が次に訪れたのは大切な母親【マリー】のところだ。俺が昏睡状態のあいだ欠かさず見舞いに来て可能な限り添い寝をしてくれていたという献身的な母親に、今は俺が添い寝をして腕枕をしている。もちろん、マリーの指示である。
「しかしヒビキくん、本当によく生きて帰ってくださいましたね。魔人との戦闘なんて、万全なママでも状況によっては勝てないかもしれないのですよ?」
それは裏を返せば、下手さえ打たなければマリーはあの魔人に勝てるということだろうか。実際に魔人の恐怖を体感した者としては、なんとも笑えない話である。
「それでいったいどうやって、二体目の魔人から逃げ延びたのですか?」
「それが俺にも、本当にわからないんだ」
俺の記憶が残っているのは、あくまであの二体目の魔人に完膚なきまでに叩きのめされたところまでで……次に気付いた時には、冒険者たちに担がれてアマゾネスの集落へと撤退している最中だった。
俺たちを発見した冒険者たちの話によると、俺と血剣士はどうやら崩壊する地下空洞から転移魔法で地上に脱出してきたらしいのだが、それをいったい誰が、何の目的があってそのようなことをしたのか、正確なことはわからない。
(……いや、わかっている。というかあの場においてそんなことができる存在は、ひとつしかいなかったんだ)
あの状況であの場に新たな存在が介入してきたとは考えにくい。けれどそれ以上に、アレが俺たちを見逃したうえ、わざわざ地上にまで転移させる理由が思いつかない。
(いったい俺が気を失っているあいだに、何があったんだ……?)
そんなことを考えていると……ジー。
腕枕をされたマリーが、至近距離から俺を見つめていた。
(ん? 珍しいな)
奇妙なことにその瞳は、普段の慈愛溢れる母親のものではなく、戦闘時などにときおり彼女が見せる、感情の読み取れない聖人としてのものである。
「……」
「……」
近くで見ればよりはっきりとわかる、長い睫毛。大きな瞳。見つめているとどこまでも深く吸い込まれる、底の見えないミステリアスな紅玉の輝きに、俺がしばし魅入られていると……
「……んっ」
と、マリーが瞳を閉じて唇を差し出してきた。
「てい」
「ひゃんっ」
腕枕をしている反対の手で鼻をつまむと、
マリーが情けない声をあげる。
「な、なんですか! せっかくヒビキくんが、求めてきてくれると思いましたのに!」
「うんマリー、さっきまでの神妙な気持ちが台無しだよありあがとう」
「では感謝の気持ちを行動で表現してください! 具体的には唇で! 親子の親愛なるスキンシップを望みます!」
「ごめんなマリー、俺の前世は日本人だから、西洋風のスキンシップは管轄外なんだよ」
「ではせめてハグしてくださいよ!」
「よしきた!」
「うにゃぁああああっ!」
などと、一緒の寝床で抱き合ってゴロゴロと転がる俺たちである。だがあとで思い返せば、どこかマリーに肝心なところをはぐらかされたように感じるのは、俺の気の所為なのだろうか……。
◇◆◇◆◇◆
それからあとは、とくに問題なく時間が経過していった。
まあ精々が、
「おいヒビキ! テメエ魔獣の巣で、新種の魔獣ごときに後れをとったらしいな! 情けねぇ、アタイが一から鍛え直してやる!」
と、病み上がりにも関わらずアマゾネスの大戦士であり鬼教官でもある【ハミュット】さんに熱烈なスパルタ指導をしていただいたり、
「おいボケカス! テメエ、俺たちを出し抜いてなにやら地下でお楽しみだったらしいじゃねぇか! いい度胸だなぁゴルラァ!」
「ズルいよズルいよ、そういうのはオシオキだよねぇ~」
「ホッホッ。ふたりとも、あの人の弟子に興味あるならそう言えばいいネ」
と、何故かハミュットさんとの特訓中に冒険者クラン〈三色鬼/カラーズ〉の方々が乱入してきて俺を指導してくれることになったり、
「ひゃはは、なんだァ楽しそうじゃねェかァヒビキィ。俺様も混ぜろよォ~っ!」
と、こちらは平常運転の血剣士【アブラヒム】がその地獄絵図に参加してきたり、
「そういえば主人として、勝手な行動をとった隷夫に罰を与えんとのぅ」
と、サディスティックな笑みを浮かべたパトラさんに、わざわざ小規模魔生樹が群生する洞窟に赴いて希少な鉱石を採取してくるよう命令されたり、
「ひ、ヒビキ様! に、兄さんと、呼ばせてもらってもいいですか!?」
と、この世界の俺にとって数少ない友人である隷夫仲間【タウロ】くんに、よくわからないお願いをされたぐらいのものである。
ちなみにこのお願いの真相は、俺が寝ているあいだにアブラヒムがいろいろとタウロくんに勝手な情報を吹き込んだらしく、タウロくんのなかでは『俺』=『兄貴分』=『自分は弟分』という図式が確立してしまったらしい。
そのことについては思うところはあるものの、まあ正直なところ前世から『弟』という存在には心惹かれるものがあったし、それを口にするタウロくんもとても誇らしげであったので、まあ、悪い気はしない。俺が強く否定しないので、たぶんこのまま定着していくのだろう。
そして……
「そこまで、勝負あり!」
「「「「「 わぁああああああああっ!!!!! 」」」」」
時系列はようやく現在。
半月遅れで開催されたアマゾネスたち主催の武闘大会、その決勝戦に追いついた。
「勝者、ヒビキ=シヴァ!」
審判役であるハミュットさんが勝利の宣言をしてくれるが、今の俺にはそれに応えるだけの余裕が残されていない。額から血を流し、ぶふー、ぶふー、と荒い息を吐いている。
(く、クソ……けっきょく、〈煌星/バースト〉を使わされちまったな……)
あれは著しく体力を消耗する自爆技なので、できることなら使用を避けたかったのだが、まあ決勝戦の相手が相手だ。仕方がない。
「クッソォ……やっぱタイマンじゃあ、俺様の分が悪ィかァ……」
武闘大会では刃物が使用禁止のため、代わりに用意した四本の木刀。そのすべてを砕かれた血剣士は、即席で設けられた簡易野外闘技場のうえで、大の字に寝転んでいた。
「ははっ、ふったりとも情けねぇなあ! まあでも確かにそれぐらい、芯のある熱い勝負だった! ほらさっさと起き上がって握手しろよ! 観客が待ちくたびれてるぞ!」
ハミュットさんに促され、膝に手をついて呼吸を整えていた俺と、地面に寝転んでいたアブラヒムが、それぞれ立ち上がって握手する。途端、闘技場をグルリと取り囲んでいた観客たちから割れんばかりの拍手が沸き上がった。
「「「 ヒビキ! ヒビキ! 強き破拳士、ヒビキ! 」」」
「「「 アブラヒム! アブラヒム! 勇なる血剣士、アブラヒム! 」」」
「はっ、まだまだだってのボケカスどもが!」
「たしかにこの程度で、満足してもらっちゃ困るよね~」
「ホッホッ。明日から、特訓メニューを増加ネ」
アマゾネスたちの歓声に混じって最近新たに加わった鬼教官たちの手厳しい意見が聴こえた気がするが、今は気にすまい。純粋に目の前の勝利を喜ぼう。
「……オ疲レ様、デス、アブラヒム」
「ひゃはっ、そっちこそひでェ顔色だぜェ?」
寄り掛かるような自然な動きで、
アブラヒムが首に腕を回してくる。
「……なァヒビキィ。やっぱ俺様と組まねェかァ?」
耳元で囁かれた言葉に、普段の気楽な調子はなかった。
「テメエも、俺様も、いずれでっかいことを成す器だァ。その俺様たちが手を組めばそれこそ天下無敵、鬼に金棒ってヤツだぜェ?」
ちなみに転生者たちによって、前世の慣用句もこの世界には持ち込まれている。『鬼に金棒』もそのなかのひとつだ。アブラヒムは俺が転生者だとは知らないはずなので、さすがに偶然だろうが。
「……スイマセン」
ともあれ、俺の答えは決まっている。
「……どうしても、かァ?」
「……ハイ」
たしかにこの自由奔放な吸血鬼とともに世界を巡ることに心は惹かれるが……俺には、俺がやるべきことがある。それを果たすまでは、寄り道をしている余裕などないのだ。
「……ちぇっ、またフラれちまったかァ」
そうした俺の決意を理解してくれたのか、アブラヒムはあっさりと引いてくれた。代わりにその顔には、無邪気な笑みが浮かんでいる。
「ンじゃまあ口説くのはまだ今度としてェ、そン代わりにヒビキィ、せめて俺様の兄弟分くらいにはなれよなァ?」
「キョーダイ、ブン……?」
よくわからないが、親友みたいなものだろうか。
だとすれば俺とてこいつには友誼を感じているので、吝かではない。
「ハイ。ワカリ、マシタ」
「オッケェ。だったらァ……」
ブチリと、アブラヒムは唐突に自分の掌を嚙み切った。
「……? イッタイ、何ヲシテ──」
「それィ」
「ぶひっ!?」
直後にアブラヒムは、掌に滲んだ血を俺の口に押し込んできた。
「うわ、汚い! この野郎、何しやがる──」
「ひゃは、いただきィ!」
「ぶぎぃ!」
今度は俺の頬を伝っていた額からの流血を舐めとられた。俺の驚愕は、観客たちによる「「「 きゃああああああああっ! 」」」と先ほどよりも大きな歓声によって掻き消されてしまう。
「アブラヒム!」
「ひゃはは、怒るなよ『キョーダィ』。晴れて血の契りは交わされたんだァ。今日から俺様たちは、血を分け合った義兄弟。仲良くしていこうぜェ。じゃあなァ!」
やりたいことをやって言いたいことを言った血剣士は、俺が文句をつける前に脱兎の如く逃げていった。後を追おうにも、優勝の儀が残っているからとハミュットさんに呼び止められてしまう。
「それでは強き男、破拳士ヒビキよ。これより優勝の儀を執り行う」
そう言って観客たちの視線が集まるなか、儀式を執り行うのは大族長パトラさんだ。特別な場だからだろうか、普段よりも煌びやかな衣装や装飾品をまとっているため、滲み出る威厳もどこか神々しい。まあ、中身を知っている身としては効果も半減だが。
「強き男、ヒビキ=シヴァよ。ヌシは我らの前で惜しむことなくその力を披露し、我らの心を滾らせてくれた。その感謝の意を一族の代表として贈らせてもらうとともに、ヌシには今後も我ら一族の栄華のため──」
などと、流暢に述べられるパトラさんの言葉をただひたすら聞き流す。前世からお偉いさんのお言葉をスルーするのは得意だ。そんなことよりも、俺には気がかりなことがある。
(このあといよいよ、アマゾネスたちの『種婿選びの儀』か)
ぶっちゃけ俺としては武闘大会の優勝云々よりも、そこで俺が種婿として選ばれるかどうかのほうが重要なのである。
(パトラさんの指示通り大会で全力は尽くしたけど、はたしてそれで、俺みたいな豚の嫁に立候補してくれるような物好きがいるんだろうか……?)
種婿選びの儀をざっくり説明すると、中戦士階級以上のアマゾネスが、闘技大会で目についた男を逆指名するのだと聞いている。当然人気の男には複数のアマゾネスが種婿の授かり手……『苗嫁』に立候補することがあるし、その逆も然り。そして俺がその種婿に選ばれるかどうかで、今後の集落におけるマリーの扱いも変わってくるわけだ。
(これだけのアマゾネスがいるのだから、誰かひとりくらいは、哀れな豚に情けをかけてくれる心優しい人物がいてくれるといいなぁ……)
やるべきことは成した。
あとは良い結果を天に祈るばかりだ。
「──以上をもって、優勝の儀を終わりとする。そして優勝者であるヒビキ殿には引き続き、種婿選びの儀に参加を──」
「大族長様!」
そこで、パトラさんの声を断つ叫びがあった。
「……おい、誰だ?」「大族長様のお言葉の最中だぞ?」「あ、あそこだ!」
それは闘技場の入り口から。
ざわつく観客のあいだから現れた、
燃えるような赤髪の若きアマゾネスのものである。
「オビィ! 無礼であるぞ!」
「無礼は承知! しかし大族長様には、種婿選びの儀の前に、オレの中戦士の儀を執り行っていただきたい!」
そう言って闖入者……赤髪褐色肌のアマゾネス【オビィ】は、肩に担いでいた麻袋を手渡してくる。パトラさんが中身を確認するとそれらは数種類の魔獣による討伐部位であり、それらを単独で集めてくることが、アマゾネスの中戦士として認められるために必要な試練なのだという。
「……それよりもヒビキ。ほら、大族長様の気遣いを無駄にするなよ」
そのようなことを傍らで説明してくれたハミュットさんが、こっそりと俺に首飾りを渡してきた。首飾りはあきらかに女性用で、即座に俺はその意図を理解する。
(なるほど。だからパトラさんは、わざわざ『この日』に武闘大会を開いたのか)
奇しくも本日は、オビィの十四歳の誕生日なのだという。そしてアマゾネスが中戦士の儀を受けられるようになるのは十四歳から。つまりオビィは最短最速で中戦士になるために動いており、パトラさんはそれを把握していた。
(そしてこのタイミングで俺が彼女の誕生日を祝うことで、仲直りの機会を与えてくれたということか)
あの地下空洞の一件以来……じつのところ、オビィとの関係は良好とは言い難かった。俺としては以前と変わらず彼女と軽口(?)を交わす間柄でありたかったのだが、あのとき彼女の隷妹が言っていたように、オビィはかなりご立腹の様子だったのだ。
まず基本的に集落内で俺と顔を合わせない。
露骨に避けられている。
たまに道ですれ違っても、視線すら合わせてもらえない。
顔を背けられる。
勇気を振り絞って声をかけても「おう」とか「ああ」とか素っ気のない返事ばかりで、会話が続かない。
これだけ態度で示されれば、いかに鈍感な俺でも彼女の心中を察して余りあるというものだ。そしてあるときそうしたことを説明したパトラさんが「ふむふむ、なるほどのう。委細承知した、すべてこのわらわに任せておけぃ」と心強い発言をしてくれた結果が、今日のこと場ということか。
(さすが大族長様、人の機微というものをよくわかっている)
よく見れば首飾りに嵌め込まれている鉱石は、かつて俺がパトラさんの指示のもと、わざわざ魔獣の跋扈する洞窟に赴いて採掘してきたものだった。これなら俺からの贈り物と言っても、嘘偽りにはならないわけだ。
(まったく、パトラさんの念入りさには頭が下がるな)
俺もこういった気遣いは見習っていきたい所存である。
「──ではこれにて、パトラ・プレト・マイオスの名のもと、オビィ・プレト・ハガネを一族の中戦士として認める。中戦士オビィは今後も己を磨き、一族のために尽くせ」
「はっ、そのお言葉、有り難く頂戴奉ります」
「うむ。そしてオビィよ。奇遇なことにこのたびの武闘大会の優勝者から、ヌシへの贈り物があるらしいのじゃ。せっかくの機会じゃ、この場で受け取るがよい」
「ふぇっ!? ぎょ、御意! 了解しましたでございます!」
この展開は予想していなかったのだろう。パトラさんのサプライズに、オビィも驚きを隠せないようだ。しかし俺の姿が視界に入るなり『……ギュンッ!』と深くなってしまう眉間の皺には、苦笑を隠せない。
「オビィ、サン」
「な、ななな、なんだ?」
「受ケ取ッテ、クダサイ」
さすがにこれだけの衆目が集まっているのだ。緊張や恥ずかしさで褐色の肌を真っ赤に染めているオビィであるが、だからこそ彼女とて、衆目の前でそれを拒否することはできなかったのだろう。プルプルと震える手で、俺の差し出した首飾りを受け取ってくれる。
「こ、これは……?」
「贈リ物、デス」
「こ、この、宝石は……?」
「私、トッテ、来マシタ」
「……っ!」
やはり女性としてアクセサリー系の贈り物は嬉しいのか、オビィの反応は上々だ。受け取ってくれた首飾りを胸元に抱きしめ、感じ入るように瞑目して天を仰いでいる。仕掛け人であるパトラさんも満足そうなアイコンタクトを送ってくれているので、俺の選択に間違いないはずだ。
(ようやくこれで、彼女と仲直りできたのかな……?)
そして次の瞬間……ツー、っと。
オビィの瞳から涙が溢れた。
「ッ!?」
「うむ、ではこれにて種婿による『苗嫁選びの儀』が成立したことを認める!」
「ッ!!?」
「して苗嫁オビィよ、ヌシの返答は如何に!?」
「……つ、謹んで、お受けいたします」
「ぶひぃ!?」
思わず情けない悲鳴が漏れてしまった。
怒涛の展開に理解が追い付かない。
「……ちょ、ちょっと待ってくださいパトラさん! 『種婿』とか『苗嫁』とかって、いったいどういうことですか!?」
小声で、かつおそらく周囲には理解できないであろう神聖語で問いかけると……ニヤリ。パトラさんは肉食獣の笑みを浮かべた。
「……おおそういえば、ヌシにはまだ説明しておらなんだのぅ。たしかに種婿とは、我らアマゾネス側が選ぶものじゃ。しかし族長以上のアマゾネスに認められた種婿には、『自らが苗嫁を選ぶ権利』がある。そして今のお主は大会の優勝者。つい先ほど、大族長が直々に認めた種婿じゃよ」
「……っ!?」
「……あとついでに言っておくと、種婿が特定の品物をアマゾネスに贈るということは、苗嫁として迎える求愛儀式じゃ。それがオビィの誕生石である魔鉱石であれば、文句はないのぅ」
ここでようやく、俺は全てを悟った。
「……は、嵌めましたね?」
「……嵌めたとは人聞きの悪い。わらわとしては将来有望な若人たちの背中を、ほんの少し押してやっただけじゃぞい。それよりも、ほれぃ」
俺の追及を断ち切るように、パトラさんが視線を送る。その先でははやくも首飾りを身に着けたオビィが、歓喜と不安を押し殺したような顔でこちらを見つめている。
「……あまり新婦を待たせるでない。不安になるじゃろうが」
「……でもそれは、誤解で──」
「……まあもし仮にわらわがこれだけの人前で正式にプロポーズをされてそれを受けた直後に『やっぱり無理です』とご破談にでもされたら、迷わず大峡谷に身投げするのぅ」
「……」
既成事実、理詰めときて、最後は脅迫。
大族長様の計画は完璧だった。
(……詰んだ)
思わず膝から崩れ落ちそうになるが、何とか気合で踏み止まる。そうだ。これはすべて、俺のミス。俺の責任。俺の事情だ。少なくとも彼女に……俺のプロポーズを受けてくれたオビィに、恥をかかせる理由にはならない。
「……本当ニ、私、大丈夫、デスカ?」
「……馬鹿」
それでも最後の抵抗としてそんなことを問いかけると……オビィは背の高い俺の首元に抱き着き、そのまま唇を重ねてきた。
「きゃぁああああああ!」「ちくしょうオビィ羨ましいぞぉおおおお!」「ヒビキ様どうかお幸せにぃいいいい!」「ね、姉さまぁあああああ!」「ボケカスども、マセてんじゃねぇぞおおおおっ!」「兄さん! 兄さぁああああんっ!」
その瞬間、拍手と歓声と少しの罵声が俺たちを包み込んでくれた。
「……これから、末永くよろしく頼む」
「……あ、ハイ」
こうして俺に、ステキなお嫁さんが出来ました。
◇◆◇◆◇◆
……さて、マリーにどうやって説明しよう。
これにて第二章は終わりです。
長い間お付き合い、ありがとうございました。
これからまた書き溜め期間に入るので更新は止まりますが、再会をのんびりとお待ちしていただけると嬉しいです。
それでは、お読みいただきありがとうございました。
m(__)m




