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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
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【第04話】 前世 

【前回のあらすじ】


 サムライ「……むう。なにやら某、除け者の気配」


 前世の話をしよう。

 前世の俺は、普通の日本人だった。

 終わり。


 ……なんて、もう誰かに遠慮する必要もないか。


 うん、訂正しよう。

 前世の俺はちょっとだけ、『不幸な』日本人だった。


 それは別に身体が不自由だったとか、精神に障害があったとか、そういう類の先天的な不幸ではない。俺の不幸は──生みの親。ツラだけが取り柄で先のことなど何にも考えていない頭スッカラカンのクソババアが俺の産みの母親だったことが、前世の俺における最大にして最悪の不運だった。


 要約すると、前世の俺の母親は頭の悪い女だった。でも、顔とスタイルはいい。だから男が寄ってきて、すぐに依存する。そこまではいい。だってそれは、本人の自己裁量の範囲だから。


 問題なのは、そんな人生を歩んでいるうちに、当然のように俺を無計画に孕んで、何を考えていのか……いやきっと何も考えていなかったのだろう。おそらく「お腹の赤ちゃんが可哀想」とか「彼氏が産めと言ってくれたから」とかいうくだらない理由で、俺を産み落としやがったことだ。


 色恋沙汰はいい。

 それはあくまで当人同士の問題だ。


 しかし──子どもを作る。

 新たな命を自分たちの好き勝手に加える。


 そのことの重要性を、責任を、あの女は本当に理解していたのだろうか。


 答えは否だ。


 やりたいからやっただけ。

 招来の計画など何も考えていない。

 完全にノリだけの行き当たりばったりな選択だ。


 その結果として浅はかな考えで産み落とされた俺は、何が原因かは興味ないが当時の男に捨てられたあと、母親あいつからいちいち思い出すのも不愉快な扱いを受けた。


 ガキのころは満足に、腹が膨れていた記憶がない。人目につくからと、ほとんど家から出してもらえなかった。本当にちょっとしたことで、憂さ晴らしのように『躾』が行われる。そういう環境だ。


 本当によく死ななかったな、当時の俺。

 自分で自分を褒めてやりたいよ。


 だけど……、さ。

 俺の不幸は──母親あいつの愚かさは、

 それだけで終わらなかった。


 きっと学習能力というものがないのだろう。俺という前例があったにも関わらず、あの女は新しい男とノリで『次の命』を育み、産み落とし、そして案の定あっさりと捨てられやがった。


 生まれてきたのは妹だった。

 第二の俺だった。


 誰だって、そんな彼女の人生などは、容易に想像できるだろう。実際に妹は俺が母親あいつの目を盗んで世話をしなければ、乳児のまま死ぬような扱いを受けていた。そんな妹に──第二の俺自身に、通常以上の責任感とか保護欲とかが湧いてしまったのは、仕方のないことだろう。


 当時の俺はガキなりに、妹を全力で守った。


 見よう見まねでミルクを作って、哺乳瓶を銜えさせた。何度も失敗を重ねながら、汚れたオムツを取り替えて洗った。夜泣きしないよう、寝るときはいつも一緒だった。風呂も一緒だった。ろくに小学校にも通わず俺は一日中、いつも遊び歩いている母親あいつに代わって妹の世話を焼き続けた。


 そんな俺の献身が実って、五つ歳の離れた妹はなんとか、一番不安定な乳児期を乗り越えることができた。


 そして徐々にではあるが……これは非常に癪なのだが事実として認めざるを得ない……母親譲りの美貌が表に現れ始めた時期に、あの『事件』は起こった。


 当時の俺が十一歳。妹が六歳。母親あいつが二十九歳のときに連れてきた、彼氏が起こした出来事である。


 そいつの当初の目的は、そろそろとうが立ち始めたもののまだ女としては『使える』母親あいつで、暇を潰す程度のものだったのだろう。しかし俺たちの家に出入りするようになり、日々芽吹いていく妹の魅力に気づいたとき、あいつは別の『欲』を出しやがった。


 あの日のことは今でも覚えている。


 いつものように男に買い出しパシリを命令された俺は、途中で財布を忘れてしまったことに気づき家に引き返した。そして──いったい男にどういう命令を与えられたのかはわからない。下半身裸にされて涙目になった妹と、それに頬ずりをしていた男の姿を目の当たりにしてしまった。


 ── ぷつんっ ──


 ここが俺の限界だった。


 俺は男に気づかれる前にその場を離れ、台所からフライパンを持ち出した。そして背後から男の頭をフルスイング。からの連打連打連打。いくら殴っても腹の中のグツグツが冷めることはなかったが、頭を抱えて転がる男が正気を取り戻す前に、俺は泣き喚く妹の手を引いて家の外に飛び出した。そのまま交番に駆け込み、おまわりさんに虐待の事実を訴え、妹に手を出そうとしたロリコン野郎とそんな状況でも男の味方をするクソババアを、まとめて国家権力に引き渡した次第である。


 と、ここまでが前世の俺の不幸。


 そしてその後の生活は……

 まあ、特筆すべきことはないだろう。


 俺と妹はそのまま児童保護施設に入所となり、中学を卒業するまでそこで育った。その後俺はいちおう高校に通ったものの、いろいろあってすぐに自主退学。空いた時間をバイトで埋めて金を稼ぎ、俺なんかよりもよっぽど頭のいい妹の進学費用として貯蓄する、悠々自適なフリーター生活を過ごしていた。


 そんな俺に対して、

 妹は色々と不満を抱いていたようである。


 でも俺としてはすでに『失敗してしまった』俺なんかよりも、まだまだ修正の効く妹に、真っ当な人生を歩んでもらいたかったわけだ。他人からは、偽善者とか自己満足だとか詰られることもあった。俺自身も、自分が届かなかった未来を妹に託している自覚はあった。それでも俺は、そんな自分に満足していた。幸せだった。


 そんな俺が数年後に、久々に集まった施設の仲間たちと旅行に向かう途中で交通事故に遭い命を落としてしまったことは、流石に予想外だったけどな。


 ……まあ、いい。


 いや良くはないが、

 それらは全て終わってしまったことだ。

 胸に澱む感情はいったん押し潰して、話を先に進めよう。


 ともあれ、そんな前世から現世へと転生した俺である。

 与えられた新たなる境遇は──亜人。

 豚鬼オークだった。


 オーク。前世でファンタジーな物語を触れた者なら誰でも知っている、あの豚野郎。粗野で、粗暴で、粗雑なバケモノの代表格。R―18禁ゲームの代表者。それが俺の現世だ。


 この時点でもかるく正気を失ってしまいそうな特大級の不幸なのだが、ところがどっこい、話はここで終わらない。俺の不幸は止まらない。なにせこのオークという種族……というか産みの親である少女のような真人ヒューマたちが、それ以外の人類を亜人デミと呼んで差別していることからもわかるように、両者は決定的に対立してしまっている。


 その理由などは数百年前まで遡るようだが……

 とても長くなる話っぽいので、ここでは割愛。


 重要なのは現時点で、ヒューマとそれ以外の人類が対立していること。そしてほとんどの大陸で亜人たちから迫害を受けているヒューマたちが、この『結界』によって守られたサウストン大陸に数百年単位で引きこもり、外部との接触を絶っているという現状だ。


 当然、そんなサウストン大陸において、ヒューマから亜人がどのような扱いを受けているのかなんて、いちいち詳細を確かめるまでもない。


 奴隷以下の家畜扱い。それがサウストン大陸における亜人の立ち位置だ。そんな環境下でオークがまっとうに生きることが不可能なことぐらい、馬や鹿以下の豚頭にだって理解できる


 しかも少女の話によると、俺という存在はサウストン大陸における最大勢力──『神栄教会』が極秘で行っていた『勇者召喚』計画。その一端である『懐胎転生』計画の失敗作であるらしく、新たな勇者を転生者として召喚するつもりがオークなどという亜人を生み出してしまい、それを表に出したくない教会は、とっとと俺という存在を『処分』してしまう方針らしい。要するに教会の汚点である俺には、サウストン大陸における最大勢力から抹殺指令が出ているんだとよ。

 

 はっはっは。ここまでくると笑えるねぇ。不幸過ぎて。


 転生した種族はオーク。ヒューマたちの社会には馴染めず、しかも大陸を覆う『結界』の所為で、所の大陸へ移動することも難しい。だから人目のつかない森なんかを転々として、教会の捜査網を掻い潜りつつ、魔獣や魔生樹なんかを狩ってワイルドな野営生活をしている、と。


 それが俺たちの現状だった。


        ◆


「……」

「あ、あの、ヒビキくん?」


 少女からそうした説明を受けて呆然としていると、無言で掌を見つめていた俺に恐る恐るといった様子で少女が声をかけてきた。顔には媚びた笑みが浮かんでいる。


「だ、大丈夫ですよヒビキくん。大丈夫です。たとえ貴方がどんな種族であっても、ママの愛は変わりません。それだけは信じてください。嘘だと思うのであれば──」

「まりあん」


 何かを懸命に伝えようとする少女の訴えを遮って、自分でも制御できない冷たい感情に突き動かされるまま、俺は暗く冷たい声を放ってしまう。


「な、なんでしょうか?」

「なあ、まりあん。まりあんはなんで……こんなおれを、うんじまったんだよ」


 何故、俺を産んだ。


 こんな、不幸になるしかないのに。

 不遇であることがわかりきっているのに。


 こんな場所に……

 こんな種族に……

 こんな世界に……


(なんで俺を、産み落としやがったんだ……?)


 ぎりりと、不細工な掌を握り締める。


「そ、それは……」


 そんな虚無さえ感じられる渇いた質問に、

 少女は瞳を揺り動かし、やがて瞑目する。


「……ふぅぅぅ」


 長く吐き出される深呼吸。きっとその閉じた瞼の裏側では、様々な感情や思惑が交錯しているんだろう。決して短くはない十数秒の間を置いて、少女は目を開いた。


「……それは貴方を、愛しているからです」


 もう、少女の瞳は揺れない。

 視線には、言葉には、確固とした決意が宿っている。


「わたしは貴方を愛しています。ひとりの母親として、我が子のことを愛しています。それだけが真実で、貴方をこの世界に迎えた理由です。それが答えではご不満ですか?」

「……そうか」


 自らの気持ちを整理した少女は、

 俺の答えを待っているらしい。


 だから俺は答えてやった。


 正直な、俺の気持ちを。

 隠す気のない真っ直ぐな本音を。


「──おれはおまえが、だいきらいだよ」


 こんな世界に産み落としたお前を、俺は絶対に許さない。



お読みいただき、ありがとうございました。

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