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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
49/83

【裏話】  隠者

【前回のあらすじ】


〈煌星/バースト〉=『界〇拳』






「……」


 魔生樹の枯渇によって崩壊が始まっていた地下空洞。しかしその地鳴りは現在、一時的に停止している。そうして訪れた不自然な静寂のなかで、佇む人影がひとつ。名を魔人。だがその怜悧な表情には、先ほどまでには見られなかった『感情』が浮かんでいる。


「……なんだ、貴様は」


 闇墨色の瞳の先には、もうひとつの人影。

 それは全身を血に染め、疲労がゆえに呼吸が乱れ、立ち上がることすらままならない、瀕死の豚鬼オークである。


「……ぶふー、ぶふー」

「答えろ。貴様、いったい何をした?」


 それでも、オークはまだ『生きている』。

 絶対に『回避できないはずの攻撃』を回避して、まだ己の前で命を保っている。それが魔人には解せなかった。


「ぶふー、ぶふー……はっ、……ははっ。ま、まったくキぃーミは、相変わらずのせっかちさんだぁーね。まぁーあそれが、キぃーミらしいというか何とかいうか」


 ようやくオークの口から漏れた言葉。

 だがそれは先ほどまでとは異なる口調で発せられ、

 しかも内容が理解できない。


 魔人の眉根に深い皺が刻まれる。


「何を、言っている?」

「ん? もぉーしかしてワガハイがわからない? 本当にぃ?」

「……狂ったか」


 理解不能な目の前の存在を、魔人は狂人の類である判断した。となれば、これ以上道化に付き合ってやる理由はない。魔人は今度こそ、逃れられない『終わり』を与えるために行動を開始しようとした。


「ねぇ『ラース』くん。まだワガハイが誰なのか、本当にわぁーからないのかぁーい?」


 ピタリと、その動きが止まる。


「なん……だと?」


 魔人の瞳に浮かぶ様々な波紋。


 驚愕、直感、理解、動揺、困惑、疑問……


「貴様……まさか、貴様なのか!」

「んふっ、よぉーやく思い出してくれたよぉーうだね。ワガハイは嬉しいよ」

「ふざけるな!」


……それらの感情が過ぎ去ったあとで残されたのは、激烈なる『憤怒』だった。


「何故、貴様がそこにいる!? いや何故、貴様がまだ『生きている』のだ!?」

「んふふっ、ざぁーんねんながらそれはちょっと違うんだぁーよねぇ。いまのワガハイは『魂』だけ。肉体を持たない魂だけが、この少年の身体にちょぉーっとばかり、勝手に居候させてもらっているのさぁ」

「……ッ!」


 あくまで飄々とした『誰か』の物言いに、魔人もやや冷静さを取り戻したようだ。左右の瞳を閉じて、不思議な紋様に囲まれた額の水晶体を発光させる。


「……どうやら、嘘はついていないようだな。なるほど、それがあの虫ケラどもが造り出した『魂を保存する器』というやつか」

「ピンポンピンポンだいせいかぁーい」

「しかしもともと、その器に収まる魂はせいぜいひとりぶんが限度なのだろう。それを貴様が無理やり割り込んでいるせいで、ずいぶんともうひとつの魂に負担をかけているようではないか」

「それは……」


 魔人の鋭い指摘に、今度は『誰か』が言葉に詰まった。


「ふん。その肉体が魂の格に相応しくないオークなどという形を成しているのも、大方それが原因だろうが」

「……その点についてはワガハイも、申し訳ないことをしている自覚はあるよ」


 吐き出されたのは、謝罪の言葉。

 けれどその芯には『覚悟』の響きがある。


「でもワガハイにはどうしても、『成さなければならないこと』があるからね。そのためには、この世界に干渉するための身体はどうしても必要なのさ」


 これまでの道化じみた口調ではない『誰か』の言葉に、魔人の感情がふたたび昂っていく。


「貴様、まさか!?」

「そうだね。きっとワガハイたちの目的は同じだと思うよ?」

「ふざけるな! 貴様が、それを口にするか!? この世界の誰よりも、貴様が、貴様だけは、それを口にすることが許される立場だと思っているのか!?」


 魔人の激昂に、ビリビリと地下空洞が震えた。

 それでも『誰か』の覚悟は微塵も揺るがない。


「だとしても……ワガハイは、成すよ。たとえこの世界の誰にも許されなくとも、ワガハイはそれを成す。そのためにワガハイはここにいる」

「許さぬ! そんなもの、この私が許さぬぞ!」

「でもねラースくん。キぃーミも、じつは焦っているんじゃなぁーいかい?」


 口調の変化とともに、余裕が戻る。相手の対応にマズいという自覚を持ちつつも、痛いところを突かれた魔人は動揺を隠しきれなかった。そこを責められる。


「今回の、この騒動。どうやら原因はキぃーミが強引に魔生樹を覚醒させて、魔人を産み出そうとしたからのよぉーうだけど……そぉーんなに、時間がなかったのかぁーい? そりゃあ少年たちが攻めてきたから多少は出産が早まったよぉーうだけど、それにしても生まれてきた魔人があれでは、不完全過ぎる。そもそもこんな人目のつく場所で、地脈から大した魔力も確保できていないのに、ムリヤリに魔生樹を覚醒させようってこと自体が非合理的だぁーよ。少なくともキぃーミたち側のルール……魔王たちの『協定』には、反するはずだ」

「……」

「ねぇラースくん、そんなに、タイムリミットは近づいてきているのかぁーい? それなのにキぃーミは、満足な手駒を揃えられていないのかぁーい?」

「黙れ! 貴様には、関係のないことだっ!」


 口車に乗せられている自覚はある。

 それでも魔人は挑発を無視することはできない。


「いやいや、関係大アリだぁーよラースくん。もういちど確認するけど本当にそぉーんなことで、キぃーミは目的を達することはできるのかぁーい?」

「……ッ! 貴様、何が言いたい!?」

「いやなぁーに、もしキぃーミが現状に危惧を抱いているのなら、それを解決できる可能性は『ひとつでも多いほう』がいーいだろう?」

「ハッ! だから貴様を、見逃せとでも!?」


 それが、『誰か』狙い。

 ここまでまんまと誘導されたことに対する苛立ちを、魔人は必死に抑え込む。


「決めるのはワガハイではない、キぃーミさ」


 いちおうの選択権は委ねられた。しかしすでに解答の定められている問題に、魔人が悩む時間はさほどかからない。いや、本来であれば悩む必要すらない問題にかけたその時間こそが、魔人なりの精一杯の抵抗であったのだろう。


「……チッ、好きにしろ」


 それでも魔人は選んだ。

 少しでも、自らの悲願に近づくことができる可能性を。


「んふっ、あーりがとう。キぃーミなら、そう言ってくれると信じていたぁーよ」

「……だが貴様は、いつか殺す。私が必ず、この手で殺してやる。絶対にだ。それだけは忘れるな!」

「んふっ。あぁ、キぃーミはそうだろうねぇ」

「……チッ」


 最後まで不快げに吐き捨てて、

 魔人はオークに背を向けた。


「おい、起きろ。いつまで寝ている」

「……あぅ。あぁ……」


 それからいまだに意識のはっきりとしない未成熟な魔人を回収して、転移魔法が発動したままの魔生樹へと向かう。


「あ、ねぇねぇ」


 その背中に再度、声をかけられた。

 逡巡の末、魔人は振り向く。


「……なんだ?」

「いやね、この地下空洞、今はキぃーミの力で崩壊を防いでいるみたいだけど、キぃーミがいなくなればすぐに崩壊しちゃうよねぇ?」

「それがどうした」

「ほら、見て通りワガハイってとっても重症じゃないか。キぃーミとしても、こんなところで貴重な手駒を失うのは、得策ではないと思うのだぁーけれど?」

「……」

「だぁーけれどぉ?」

「……チッ!」


 そして魔人は、本日いちばんの忌々しげな舌打ちを放ったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 それから数分後。

 崩壊していく地下空洞の地上部分に残っていた冒険者たちは、謎の発光現象を確認。捜索に赴いたところ、そこで瀕死の豚鬼オーク吸血鬼ヴァンパイアを発見することになるのであった。


 お読みいただき、ありがとうございました。


 次回の更新が第二章の締めとなり、明後日の水曜日の予定です。

 予定よりもかなり長くなってしまった第二章ですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


 m(__)m

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