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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
47/83

【第18話】  魔人 

【前回のあらすじ】


 ボーイ(豚鬼)・ミーツ・ボーイ(魔人)。





「あっ、あっ、あっ、あぁっ! あはぁ!」


 まるで俺たちの存在など眼中にないかのように、産まれた(?)ばかりの魔人は近くに転がる魔獣の骸を楽しげに振り回している。少年のような体躯の人型が自身の数倍はある質量を放り投げ、圧し折り、踏み砕いて蹴り飛ばす光景は異常の一言に尽きるが、今の俺たちにはそれを呑気に観察する余裕はない。


「……今のうちネ」


 魔人から視線を逸らさず、気配を殺したまま俺たち潜行班のリーダーである拳闘士【バクウン】さんが告げる。


 何が、なんて質問は返ってこない。

 何故なら皆が直観しているからだ。


 ──アレは危険なモノだ。

 ──アレに触れてはいけない。

 ──アレと関わってはならない。


 ──と。


(と、とにかく、この場から撤退だ。お願いだからそのまま、こっちに興味を持たないでくれよ……っ)


 けれど、仮にこの世界に『運命』と呼ばれるものがあるとすれば、おそらく俺は『そのような星の下』に生まれてきたのだろう。こういうろくでもない場面限定で、俺の願いはほぼ確実に裏切られてしまうというジンクスがある。


「……あぁ? あー?」


 それを証明するかのように、ジリジリと壁際を移動していた俺と……魔人との、視線が合った。しかもその表情に『ニヤリ』と、まるで子どもが玩具を見つけたような無邪気な笑みが浮かんでいるように見えるのは目の錯覚だと信じたい。


「あっ! あっ! あぁーっ!」

「くっ、気付かれましたか!」

「というかあの魔人、ヒビキ殿を見つめているでありますか!?」


 律儀なことに、運命様はまたしても俺の期待を裏切ってくれたようだ。


(クソッ、やっぱりこうなるのかよ!)


 皆の視線のなか、僅かに重心を落とした魔人が……ドンッ! 

 足元の魔獣の死骸を撒き散らして、その場から消失。

 次の瞬間には無邪気な笑顔が、俺の眼前に迫っていた。


「あっはぁああああああああっ!」


 ズドォオオオオンッ! と、地下空洞に衝突音が響き渡る。


「ヒビキィ!」

「大丈夫、デス!」


 いちはやくそれに気づいた血剣士【アブラヒム】が声を荒げるが、大丈夫。なんとか防御はできている。壁際を移動する際も念のため、羽兼龍断流の『流水の構え』を解かなかったことが、功を奏した。


「……あぅ? あぁぁぁ?」


 攻撃ベクトルを『受け止める』のではなく『受け流す』防御術によって、俺に飛び蹴りを放ってきた魔人は空中で方向転換され、あらぬ方向の岩壁へと激突していた。


(クッ……それでも、この威力なのかよ)


 攻撃はほぼ完璧に受け流したはずだ。

 それなのに腕には無視できない痺れが残っている。


(やっぱりアイツ、見た目通りの重量じゃないな)


 この衝撃を例えるなら、かつて修行で師匠に大岩を高速で投げつけられたときのそれが近いだろうか。当時は師匠に「アンタ俺を殺す気ですか!?」とマジギレしたものだが、その経験がこうして実戦で生きているのだから、なんとも笑えない話である。


「……あぅー」


 ともあれこれで、魔人の興味は完全にロックオンされてしまったらしい。壁面に半ば突き刺さっていた下半身を引き抜いた魔人は、不機嫌そうに俺を睨みつけている。


「……バクウンサン、頼ミ、マス」

「そんな!」


 俺の意図を察したのであろう。

 森精人ドルイドの少女【シュレイ】が悲鳴じみた声をあげた。


「まさかヒビキ殿! あ、あの魔人と、戦うつもりでありますか!?」

「必要、役割、デス。貴方、避難、シテ、クダサイ」

「そんなぁ……」


 俺の手を握り締め、納得いかないと首を横に振るシュレイ。だがこれは、誰かが引き受けなければならない役割なのだ。殿しんがりがいるといないでは、全体の生還率がまるで違ってくる。


「そうだぜデコ助ェ、ギャーギャーと喚くなよォ。テメエはいつもみたいに『姉さま姉さま』って、あのビッチの心配だけしてりゃあイイんだよ」

「……っ! そんなこと、お前に言われる筋合いはないであります!」


 とはいえこの場においてはどちらに正論があるのかは、シュレイも理解しているのだろう。最後に一度、名残惜しげに強く俺の腕を握りしめたあとで、彼女は定位置である主人を乗せた炎馬の側へと戻っていく。


「心配すンなァ」


 ポンと、その頭を血剣士が軽く叩いた。


「ヒビキは俺様が守ってやるよォ」

「……気安く、触るなであります」

「アブラヒム!」


 二人の遣り取りに、今度は俺が声を荒げる番だった。

 それでも吸血鬼ヴァンパイアの表情は変わらない。


「いいかァヒビキィ。一流の傭兵屋ってェのはなァ、一度引き受けた依頼は死んでも達成しねェといけねェんだァ。でねェとテメエのオフクロさんに殺されちまうぜェ」


 傭兵屋は冗談めかした口調でそんなことを言うが……


(……でもなアブラヒム。そんな顔でそんなこと言われても、全く説得力ないぞ)


 ヴァンパイアの目は笑っておらず、肌には鳥肌が立っており、片手剣を握る手には必要以上の力が込められている。呼吸も若干、乱れているようだ。


「ひゃは、心配すンなァ。まだまだ俺様はァ、死ぬ気なんざこれっぽっちもねェよォ」


 それでもアブラヒムは、俺の隣に並び立つ。

 それほどの覚悟を持って、俺の隣で戦ってくれる。

 そんな相手にこれ以上、不要な言葉を重ねるほど俺も無粋ではなかった。


 ただ、最低限の言葉を一言。


「アリガトウ」

「おゥ。帰ったら美味い酒をおごれよなァ」


 任せろ。土下座してでもパトラさん秘蔵の酒を引っ張り出してきてやるぜ。


「烈士たちヨ、武運ヲ」


 バクウンさんもまた、そうした俺たちの決意を汲んでくれたようだ。両手を身体の正面で合わせる蟲華国式の礼を贈ってくれたあとで、皆を率いて撤退してく。


「ヒビキ殿、ぜったい、ぜったい返ってくるでありますよ。これ以上姉さまを困らせることは、シュレイが許さないであります!」


 そうだな。もし自分の所為で死人が出たなんて聞いたら、あの責任感の強い少女のことだ、きっと必要以上に自分を責めてしまうだろう。そうならないためにも、俺は生きて帰らないといけない。


「了解、デス」

「約束でありますよ!」


 最後まで背中にシュレイの視線を感じていたが、

 俺にはそれを確認すること叶わない。


「来るぜェ!」


 何故なら目の前の強敵からは、

 一瞬たりとも視線を逸らすことなど許されないからだ。


「あぁあああああぅあああああぁぁぁっ!」


 またしても……バヒュッ! 慣性の法則など無視するかのように、宙をほとんど水平移動して魔人が距離を詰めてくる。あの攻撃をまともに受けては駄目だ。俺はアブラヒムの前に飛び出した。


(悪いが何度でも投げ飛ばさせてもらうぜ!)


 構えるのは『流水の構え』。先ほどと同じようにヤツの攻撃ベクトルを変えて、自身の力で壁に叩きつけてやる。


「あはぁ!」


 ところが……ピタリ。


 あろうことか魔人は俺の眼前で、何もない空中にもかかわらず『急停止』。挙句、その場でクルリと縦方向に回転して、攻撃を『飛び蹴り』から『踵落とし』に無理やり切り替えやがった。


(マジかよッ!?)


 一秒を分割した世界での早業に、

 迎撃の予備動作に入っていた俺は反応が追い付かない。


 結果……ズドォオオオオオンッ!


 亜竜にでも踏み潰されたかのような衝撃が、

 頭上に掲げた両腕を襲う。


 ミシミシと筋肉が悲鳴を上げ、大地が俺を中心として陥没。たった一撃で小規模なクレーターを作り出した魔人はさらに、俺の頭上で拳を掲げ、笑みを浮かべていた。


「させるかァ!」


 魔人が拳を振り下ろす寸前、横から割り込む裂帛の銀閃。血剣士から繰り出される剣戟は魔人の腕を断ち斬ろうとして……ガキィイインッ! まるで金属に拒まれたかのような悲鳴を漏らす。


(この音は硬化……いや、蟲人キリコが使う甲殻魔法か!?)


 見れば刃を受けた魔人の皮膚が変色し、

 硬い輝きを帯びていた。


「ぎぃっ!」


 それでも多少の痛覚はあったようで、続けて振るわれる二撃目を、魔人は受けようとはしない。掌で側面を叩いて弾き飛ばした。その後も三撃目、四撃目と続くアブラヒムの連撃は、すべて空振りに終わる。


(だが、隙はできた!)


 魔人の注意が一瞬、アブラヒムに向く。その間隙に俺は強化魔法〈増強/パンプス〉を発動させることに成功。飛び蹴りの姿勢のまま空中に留まっていた魔人を、力任せに弾き飛ばす。


「大丈夫かァ、ヒビキィ!?」

「助カリ、マシタ」


 体勢を立て直し、アブラヒムと並んで魔人を牽制。


(しかし、本当に危なかった)


 いきなりキメられるところだった。

 今ごろになって全身から冷たい汗が噴き出す。


(アイツの学習能力を見誤っていたな)


 アレを魔獣と同格に考えてはいけない。少なくともあの魔人には、たった一度受けただけの攻撃に、すぐさま対応するだけの知能と力量が備わっている。


(だけどこちらも、わかったことがある)


 確認する視線に、血剣士も顎を引いた。


「わかってンよォ。ヤツが使ってンのは重力魔法だァ」


 空中での慣性を無視した急制動。

 さらにその体躯に見合わぬ剛力と重量。


 その二つから結び付けられるのは空間魔法と同じくらい希少レアとされる重力魔法で、サンプル数が少ないため対策が確立していない敵の攻撃に、このまま受け身に回っているのは危険だ。


「ソレニ、頭モ、優秀」

「あァ、あの野郎、ナマイキに俺様の攻撃にもすぐ対応しやがったァ。今は産まれたてで頭がパーだが、アレに経験を積ませるのは下策だぜェ」


 となると戦法は自然、こちらの手を明かさないうちの短期決戦へと限られてくる。


「アブラヒム、ヤツ、動キ、止メル、可能、デスカ?」

「あァ? なんかいいアイデアでもあるのかよォ?」

「一応」

「フ~ン……」


 そうして俺たちが会話をしているあいだも、魔人の視線はこちらに向けられている。込められている感情は完全に興味から敵意へと切り替わっていた。だが、だからこそ脅威と判定した俺たちに、魔人も迂闊に手を出しあぐねているようだ。


(とはいえ言動から推察するに、堪忍袋の緒はそんなに長そうじゃないよな)


 付け入る隙があるとすれば、そのあたりか。


「……まァいい。その賭け、乗ったぜェ」

「デハ、拘束、オ願イ、シマス」

「おうよォ。ただこれは俺様の奥の手だかんなァ、失敗したら次はねェし、成功しても俺様はもう使いモンにならないからなァ」


 事実上の自爆予告を口にして、

 ニヤリとアブラヒムは獰猛に笑う。


(それはそれは、ずいぶんなバクチ打ちなことで)


 だけどそれだけの|賭け金(信頼)をベッドしてくれるんだ。

 俺も、応えないとな


「ウッシ、じゃァヒビキィ、タイミングは間違うなよォ!」

「……あぁぁ……うっ!?」


 じっとこちらの様子を窺っていた魔人がとうとう動き出す……まさにその直前で、アブラヒムが走り出した。


「踊り狂えェ、〈操血剣舞/ブラッドアーツ〉ッ!」


 左右の手に握る二本の片手剣。

 それに付き従うように、宙に滞空するもう二本の片手剣。


 計四本の刃の猟犬を従える血剣士は、

 獲物との距離を詰めていく。


「大人しく俺様の戦果になりやがれェえええッ!」

「あぅーっ!」


 対する魔人は額の水晶体を発光。

 自身の肌を覆う甲殻魔法の範囲を拡大。

 さらに重力魔法も発動させて、上下左右から乱舞する刃の雨を軽業士の身のこなしで回避する。


「クッ、チョコマカとォ!」

「あはっ、あははぁ! あははははっ!」


 やはり基礎能力値が異常に高いのか、秒を重ねるごとに、魔人の動きに余裕が見えてくる。刃を回避する動きは必要最小限、最大効率に近づき、代わりに反撃する回数が増えていく。比例して、回避し損ねたアブラヒムの身体から流れ出る血液の量は増えていた。


(まだだ……今はまだ、耐えろ!)


 加勢したい衝動に駆られるが、役割分担。今は耐える時なのだ。そう自分に言い聞かせて、俺は体内で魔力を練り上げ続けた。


        ◇◆◇◆◇◆


「ホオォォォォォォ──」


 魔獣たちのあいだを、翠の人影が駆け抜ける。一見すると肥満体にもみえるそれを形成するのは柔軟性と弾力性を兼ね備えた筋肉であり、ゴムマリのように跳ねて高速移動するそれを、狭い洞穴内でありながらもひしめく魔獣たちは補足することができない。


「──ハィヤアッ!」


 とうとう人影が魔獣の密集地帯を突破した。

 同時に魔獣たちはその場に崩れ落ち、

 血を吐き出して絶命する。


 魔獣たちの命を奪ったのは『外部を破壊した拳撃』と『内部を破壊した衝撃』であり、それを成した存在を人は拳闘士と呼ぶ。


「……もう大丈夫ですバクウンさん、行きましょう」


 魔獣たちを屠ったあとも残心の構えをとっていた拳闘士を促すのは、頭部のウサギ耳をピクピクと動かす兎人ラビリアの青年。潜行班における重要な探知ソナー係である彼の指示に従って拳闘士は地上を目指し、あとに救助者と班員たちが続く。


「んん? これは……」

「また魔獣アルか?」


 しばらくすると青年が立ち止まった。

 頭部のウサギ耳がせわしなく動いている。

 すぐに戦闘態勢に移行するバクウンだったが、それを制したのは青年の言葉だった。


「……違いますよバクウンさん、お迎えです」


 まもなく地下経路で合流したのは、

 地上で陽動を行っていたはずの冒険者たちである。


「いよぅバク、生きてたか」

「その調子だとリーダーは、まだまだ暴れたりなかったようネ」

「まったくだよぉ。これからってときにあいつら、一斉に逃げ出しちゃうんだもん。仕方がないからわざわざこっちに降りてきちゃったよぉ~」


 バクウンと言葉を交わすのは赤鬼ブルオーガの破槌士と青鬼チルオーガの魔法士だが、他にも十数名ほどの冒険者たちが控えている。なるほど、彼らの言葉を聞く限りではどうやら地上の魔獣たちは地下の魔生樹の異変を感じて散り散りになったらしく、手を持て余した彼らが地上を〈乱恥鬼団/リトルボーイ〉の面々に任せて、こうして地下に降りてきたらしい。


「とはいえこっちも、楽しいところには間に合わなかったぽいけどねぇ~」

「ん? そういやあのジジイの弟子とやらはどうした? それにナマイキなヴァンパイアもいねえけど、まさかられちまったのか?」

「いやいや彼らは、今まさにメインディッシュをたいらげている真っ最中ヨ」


 そしてバクウンが告げた言葉に、それぞれ戦闘馬鹿と魔法馬鹿と揶揄される鬼たちは顔を輝かせた。


「マジか、魔人の発生だって!?」

「ズルいよズルいよ、たったふたりでそんな楽しいイベントを独占だなんて!」

「ワタシだってできることナラ、魔人を味わってみたかったヨ!」


 本気で悔しがっている様子の『戦場の三馬鹿』に、周囲の潜行班や冒険者たちは、真顔で表情を引き攣らせていた。


「とにかくこうしちゃいられねぇ、俺たちも参戦を──」


 しかし今にも飛び出す勢いのブルオーガの耳に届いたのは……ズッ……ズズズッ。


 洞窟の底から響く、

 呻き声のような地鳴りだった。


「──おいおい、なんだよおい! ふざけんなよこれ、この地下空洞! もしかしなくても『崩れかかって』んじゃねえか!?」


 基本的に魔生樹が造り上げた地下空洞および地下迷宮というものは、その中に巣食う魔獣たちを討伐しても、その住処自体は残り続けるものという認識だ。


 だが今回のように魔生樹が魔人を生み出したため、それが『枯れて』しまった場合はどうなるのか……その答えを、冒険者たちは身をもって知ることとなった。


「……ちっ、撤収撤収! いそいでトンズラこくぞ!」

「えぇ~!? リーダー、魔人は諦めちゃうのぉ~?」

「魔人と仲良く生き埋め希望なら、好きにするといいネ」


 即断即決。

 地上に向かって撤退を始めた冒険者たちに、声を荒げたのは『それ以外』の者だった。


「そんな! 下に残っているヒビキ殿は、どうなるでありますか!」


 非難する森精人ドルイドの少女の顔には決意と覚悟。あくまで冒険者たちが地上に引き上げるのであれば、彼女は地下に引き返すことを辞さないだろう。そう、バクウンには感じられた。


「お願いであります、どうかヒビキ殿を──っ!?」


 ゆえに拳闘士は少女の意識を刈り取った。

 崩れ落ちる少女を支えるトロールに、

 ブルオーガが声をかける。


「いいのか?」

「ハオ。烈士たちハ、相応の覚悟であの場に残っタ。無粋は無用ヨ」


 だからこそ自分は撤退の引率を受けたのだ。

 そして一度引き受けた以上、それは果たされなければならない。


「……あ~あ、こんな小さな子どもまで泣かせちゃって。こういうところまで、あの人に似なくてもいいのにねぇ~」


 この場にいない誰かの面影を見つめるチルオーガの呟きは、当人に届くことなく地鳴りに呑まれて消えていった。



 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回の投稿は週明け月曜日の予定です。


 m(__)m

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