【第17話】 誤算
【前回のあらすじ】
主人「……大事な人……アイツ、大事な人って……きゅぅ」
隷妹「姉さま、凄い熱でありますよ!? ち、鎮静薬! いや鎮静魔法を!」
(よし、これで司令塔は潰したはずだ)
手応え通り、急所に渾身の〈大破撃/フルインパクト〉を叩き込んだ多頭竜が起き上がる様子はない。五つある頭部もすべて息絶えている。これでセオリー通りなら、次の守護獣が決まるまでのあいだ魔獣たちはまともな連携がとれないはずだ。
(そのあいだに皆と合流して、なんとか脱出を……)
指揮系統を失い、にわかに混乱状態に陥った魔獣たち。暴走するそれらを捌きながら、皆との合流を目指していると……
…… チリッ ……
背筋に違和感。
全身の産毛が逆立つような怖気。
「……っ!」
振り返るとそこには、信じられない光景が待ち構えていた。
「おィおィヒビキィ、なんだありゃ!?」
合流した血剣士【アブラヒム】も瞠目している。
何故なら俺たちの視線の先では……
……ドクンッ、ドクンッ!
この地下空洞に蠢く魔獣の母である魔生樹。
母樹に実る、彼らの揺り籠〈卵繭/コクーン〉。
そのなかのひとつが『青く』発光していたのだ。
(な、なんだあれは!? 普通の色じゃないぞ!?)
これまで俺が目にしてきた〈卵繭/コクーン〉は、内部に魔獣を宿しているものは薄黄色に発光しており、守護獣以上のもので赤色、そうでないものは灰色で萎んでいた。ゆえに、あの色は異常。異質。異端。そもそも色以上にそこに魔生樹から注がれる尋常ではない魔力量が、事態の怪異性を物語っていた。
「もしかしてアレかァ!? ほら、守護獣を失った魔生樹がごく稀にィ、最期の力を振り絞って最強の魔獣を生み出すとかいう!?」
「ワカ、リマセン……っ!」
俺もそのウワサは聞いたことがある。ただしそれでも、その〈卵繭/コクーン〉が『青い』だなんてハナシは聞いたことはない。
(とにかく、決めなければ!)
進むのか、退くのか。
戦うのか、守るのか。
『ギィイイイイッ!』『ギョッ!?』『グゥエエエエエエッ!?』
判断の決定打となったのは、
地下空洞に響き渡る『断末魔』だった。
「おィおィおィおィ、マジでこりゃあいったい全体どゥなってンだァ!? シャレになってねェぞッ!」
驚愕とともに、アブラヒムは片手剣を振るう。ザンッ、ザッ、ザザザッ、と切断するのは地面から伸びてきた触手。否、正確にはこの地下空洞を支えている魔生樹の『根』だ。
「あの魔生樹、自分の生み出した魔獣どもを『喰らって』やがるぜェ!」
先ほどから悲鳴をあげているのは、
魔生樹の根に絡めとられた魔獣たちだった。
彼らはその先端を身体に打ち込まれ……ゴボ、ゴボ。
あたかも灯油を汲み上げるポンプのように、
体内の血肉と魔力を簒奪されている。
(母が子を、喰らうのか!?)
いったい彼らのあいだにどこまで、
そのような認識が存在するのかはわからない。
ただその光景には俺にとって、
言いようのない生理的嫌悪があった。
「アナタたち、早くコッチへ!」
声のした方向では、緑鬼の拳闘士【バクウン】さんが手招きをしている。その背後では精霊鳴刀が生み出す紅蓮の壁が、四方から襲い掛かる魔生樹の根を焼き払っていた。
(そうか、あの炎の壁なら魔生樹の根を防げるのか!)
加えてこうして肉食触手が暴れ回る地獄絵図では、俺たちはともかく、怪我人や非戦闘員を守りながらの撤退は困難だと判断せざるを得ない。となると選択肢は『ひとまずあの炎の壁に逃げ込んで状況が変化するのを待つ』の一択に限られる。
「ヒビキィ、モタモタすんなァ!」
「ソッチ、コソ!」
同じ結論に至ったらしい血剣士とともに、煌々と燃え栄える紅の防壁まで撤退。精霊の意思によって形成された立方体は俺たちが近づくと壁面の一部を解除して、内部へ飲み込むなり閉門。ふたたび全方位から伸びてくる触手を燃やし尽くす鉄壁の要塞と化した。
「ぶっはァぁぁぁ……。いやァ、なかなかにエキサイティングだったぜェ、ひゃはっ!」
「残念だけどマダ、油断は禁物ネ。とにかく交代で、この結界を維持しないト」
「マズ、私、ヤリマス」
触れた触手を焼失させるほど高温の炎壁であるが、その制御はカタナに宿る精霊が行っているため、内部はやや暖かいという温度に保たれている。空気も時折開く風穴から上手く循環させているようだ。さすが師匠の愛刀・紅風さん、マジハイスペック。
「すいません紅風さん、お願いします」
とはいえ制御できる炎の質量には限界があるらしく、今の紅風さんは炎壁の維持に制御を割いているため、炎馬の形状をとっていない。正方形を模した炎の中心に、その核である精霊鳴刀が浮いているという状態だ。
俺が謝罪とともに柄を握って魔力を注ぎ込むと、
緋色の刀身は「仕方ないわねぇ」とでもいうようにボフッと火の粉を散らした。
「ひ、ヒビキ殿!」
いつまでも頭の上がらない姉貴分に苦笑していると、声をかけてきたのは、深みのある黒髪の三つ編みを左右から垂らした隷妹の森精人【シュレイ】。
「何かシュレイにも、手伝えることはないでありますか!?」
「……へ?」
「……っ! な、なんでありますか! その、鬼が酒を零したような顔は!?」
思わず素で反応してしまった。
ちなみにシュレイの口にした『鬼が酒を零した』は、前世の『ハトが豆鉄砲を喰らった』と同義の慣用句である。つまり『予想外の出来事に驚いた』という意味だ。
「い、イエ……シュレイサン、私ヲ、手伝ウ、申シ出、初メテ、デス」
「そ、それは……シュレイにだって、恩を返すくらいの礼儀はありますよぅ……」
恥ずかしがっているときのクセなのか、クリクリ。シュレイは左右から垂らしたおさげを指先で弄びながら、口先を尖らせてしまった。地肌が黒褐色なのでわかりづらいが、精人の特徴である長耳はやや垂れ下がり、ほんのり赤く染まっている。
「……それに……もし本当に、ヒビキ殿が姉さまの……になれば、シュレイもその……に、なるわけでありますし……」
よほどテンパっているのか、漏らす呟きは早口気味で、この距離でも聞き取れないほど不明瞭だ。それでも彼女が俺の行動に感謝して、その恩返しがしたいという温かな気持ちは伝わってきた。
「……アリガトウ、ゴザイマス」
「ふぇっ!?」
今度はシュレイが酒を零した番だ。
「な、なな、なんでヒビキ殿が、シュレイに感謝するでありますか!? 逆でありますよ!」
「ソレデモ、私、シュレイサン、気持チ、嬉シイ、デス」
そもそも俺は、彼女に感謝される理由があるとは思っていない。俺は俺のワガママで、こうしてこの場にいるだけだ。それを彼女が好意的に捉えて、自ら関係の改善を申し出てくれているというのなら、それは純粋に嬉しい誤算。そしてそんな優しい彼女に感謝の気持ちを伝えることは、当然だと思う。
「アリガトウゴザイマス、シュレイサン」
「~~~ッ!」
できるだけ穏やかな笑みを意識したつもりであるが、そこは豚面クオリティ。見眼麗しい少女のお眼鏡には叶わなかったらしく、シュレイは視線を逸らして「馬鹿」「卑怯者」「ナマイキであります」と罵倒暴言を並べながら、ポコポコと胸板を魔法杖で叩いてくる。まあ強化魔法も用いていない少女に殴られたところで、痛くも痒くもないのだが。
「シカシ、結界、維持、私、ヒトリ、十分、デス。ソレヨリ、オビィサン、ハ?」
「……姉さまなら、先ほど眠ったばかりでありますよ」
シュレイの視線を辿ると、
オビィは結界の隅で穏やかな寝息を立てていた。
その顔はどこか、憑き物が落ちたようにすら見える。
(容体はひとまず、落ち着いたというわけか)
オビィの重体から察するに、精神は肉体以上に損耗していたはずだ。一度意識を手放したのなら、回復するのには当分時間がかかるだろう。
「ソレハ、良カッタ、デス」
「むぅ、全然良くないでありますよ! ヒビキ殿のせいで、姉さまがどれだけ魘されていたのか……少しは、自分の行いを反省するであります!」
急に烈火の如く怒り始めたシュレイに、
俺は凹まざるを得ない。
(えぇ……それって、俺に助けられたことが、そんなに屈辱的だったってことか?)
まあ確かに、彼女からしてみれば怨みしかない俺に弱みを見せることは、精神的苦痛以外の何物でもないのかもしれないけど。
そういえば確かに、助けに来たときも、いま思い返せばどこか攻撃的な口調だった気がするけど。
(……うん、大丈夫。俺は大丈夫。たとえ彼女がどう思っていても、俺は自分の自己満足で行動しているだけなんだ。自分が納得できるなら、それでいいじゃないか)
そしてシュレイは何故、
先ほどから若干不機嫌そうなのか。
(まあ、それだけこの子はオビィを慕っているってことか)
主人の気を害されて、
隷妹である彼女が怒るのは当然か。
(全く、迂闊な発言で、せっかくの仲直りのチャンスを棒に振ってしまった)
前世から対人スキルの低い自覚はある俺であるが、やはり年頃の娘さんの扱いというのは格段に難しいものであると再確認する。どこに地雷があるかわからない。
「へィへィへェ~ィ。イチャついてンじゃねェぞこのヤロウどもォ~」
「べべべ、べつに、イチャついてなんかないでありますよ!」
そしてアブラヒムは相変わらず空気を読まない。
ある意味尊敬に値する。
(いやでもこうしていつも一瞬で会話の主導権を握っているあたり、逆に空気を読めているって言えるのか?)
であれば折を見て、彼にこっそりと会話術のコツを教えてもらうことも、検討しなければならない。
「ムッツリで遊ぶのもいいけどなァ、ちィっとは外も気にしてくれやァ」
「む、むむむ、ムッツリ!? シュレイはムッツリではないでありますよ! 訂正するであります! 訂正するであります!」
「ムッツリじゃねェ? あァ、ムッチリかァ。ムッチリデコ助かァ。悪ィ悪ィ」
「きぃいいいいいっ!」
先ほどまでの腰の入っていないものとは異なり、腰を低く構えたわりと本格的な槍術の構えで魔法杖の先端を突き出すシュレイであるが、アブラヒムはそれを悠々と回避。軽口を続ける。ただ、こちらに向けられる視線には真剣な色。俺もようやく、外の異変に気が付いた。
「紅風さん、結界を解除してください!」
精霊鳴刀が炎の防壁を解除する。
「こ、これは……」
辺りには、奇妙な静寂。あれほど地下空洞に満ちていた魔獣たちはすべて触手に絡めとられ、干からび、奪われて、物言わぬ物体となっている。そして死に塗れたねっとりと粘着質な闇の中で……ドクン、ドクン。
徐々に──しかし確かに、
大きくなっていく音。鼓動。胎動。
音の発生源は魔生樹の頭上で、それは地下空洞の魔獣どころか枝葉に宿っていた〈卵繭/コクーン〉からも栄養を吸い上げたらしい青の果実が、今まさに産声をあげる、呪われし福音であった。
「チッ、間に合わねェ。産まれやがるぜェ!」
「みんな、立ち上がるネ! 動けない者は、精霊馬の背中ニ!」
「紅風さん!」
『ヒヒーンッ!』
事ここに至ってはもはや、この場に止まる理由などありはしない。
動ける者は自らの足で立ち上がり、そうでない者はふたたび炎馬形態となった紅風さんの背に乗せる。
そうして皆が脱出の準備を整えているあいだ、俺たち戦闘員はついに『ビリッ……ビリリッ』と自らを覆う殻を破り始めた存在を、呼吸すら忘れて凝視し続けていた。
そして……
「……ぅぅ、うぎゃぁああああああああああああああああああああっ!」
青い〈卵繭/コクーン〉を内側から破り、
産声をあげたのは人型の物体。
それは出産と同時に十メートル以上はある魔生樹の枝葉から重力に引かれて落下するが……ズドン! 悲鳴を上げたのは地面のほうで、陥没し、落下した存在は何事もなかったかのようにケロリと立ち上がる。
「おィ、おィ、おィ、おィ、マジかよおィ……」
「マサカ、そんなハズが……」
その光景に、戦場ですら笑みを絶やさないアブラヒムはおろか、歴戦の冒険者であるバクウンさんですら動揺を隠せない。彼らの驚愕の視線の先で、人型がゆっくりと動き出す。
「……あぁ? あぅあぁ? あっ、あっ」
柔軟体操のように肩を回し、腕を伸ばす。
腰を曲げて、膝を撓ませる。
首を傾げる。
「あぁー? あぅあーっ!」
無造作に拾い上げた岩石を砕き、
踏みしめた大地を陥没させて、
近くに転がっていた自身の数倍はある魔獣の死骸を事もなく片手で持ち上げて数メートルも投擲する。
「あはぁ! きゃっ! きゃっ!」
生まれたばかりの赤子のごとき無垢な笑みを浮かべる人型の尋常ならざる怪力に、本能的な不安がどんどん広がっていく。
(まさか……まさかまさかまさかまさかっ!)
形状としては、真人のそれがもっとも近い。顔だちは美形と呼べるほどには整っており、おそらく少年なのだろうが、非常に中世的な容姿だ。あえて推察すれば、外見年齢は十代中ごろといったところだろうか。
だがその耳は、精人のように尖っている。
その口には、鬼人のごとき牙が覗いている。
その両腕や下半身は獣人のような獣毛に覆われていて、頬に残る〈卵繭/コクーン〉の体液を反射しているのは、水人めいた鱗肌であろうか。
そして何より目を惹くのは……その額に輝く、第三の瞳。いや、瞳のように見えるそれは正確には何かの結晶体であり、あくまで俺の直観によれば、それは先ほどまで魔生樹の幹で発光していた魔晶核のそれに酷似している。
(ふざけんな! なんで『そんなもの』が、この場に現れたりするんだよ!?)
かように様々な人類の特徴を持ちながらも、
そのどれでもない異形種。
仮に俺のような前世の知識を持つ者が見れば、
それを『悪魔』とでも称しただろう。
だがそうした先入観を持たないこの世界に生きる者たちが口にするのは、それとは異なる答えが存在する。その意味は災厄。性質は絶望。その名は……
「……『魔人』」
人類が古くから忌み畏れる、破滅を齎す魔の象徴である。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は明後日の予定です。
m(__)m




