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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
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【第14話】  交渉

【前回のあらすじ】


 ママ「笑顔で始める交渉術、その一です」




「アブラヒム?」

「おうよォ。もうハナシは済んだンだろォ? つっても公共語じゃねェからナニ言ってるかサッパリだったけどなァ、ひゃはっ!」


 そう言ってテントに入ってきたのは、

 紅の鎧をまとった血剣士【アブラヒム】。


 実際に付き合い始めた期間は短いが、すでに戦友とも呼べる密度を共に過ごした吸血鬼ヴァンパイアは、いつもの軽薄な笑みを俺の母親【マリー】に向けており……


「ンで、ソイツがハナシに聞くテメエの母親──っ!」


 次の瞬間には跳躍。

 一拍遅れてファサァ……と、

 彼が飛び出していったテント入り口の幕が揺れる。


「あ、アブラヒム!?」


 訳がわからないがとりあえず追いかけると、テントから後方跳躍したらしいアブラヒムは視線を前に向けたまま、左右の手に片手剣を握り締めていた。


 額には大量の汗。

 呼吸は荒い。

 表情には緊張と焦燥が張り付いていた。


「あ、アブラヒム?」

「……おィヒビキィ。ありゃァいったい、何者だァ?」


 視線は一瞬たりともテントから外さず、

 アブラヒムが問いかけてくる。


「本当にニンゲンかァ? たとえ戦場で首元に刃を添えられてもォ、ここまでのプレッシャーは味わわなかったぜェ……?」


 あ、原因はマリーだ。


「マリー!」

「ええ、大丈夫ですよヒビキくん。その子に入ってきてもらってください」


 テントからの返事で、

 ようやくアブラヒムが肩の力を抜く。


「……ふゥ。もういいのかィ?」

「あ、ハイ。テント、入室、希望、ト」

「ひゃははっ、さっすがヒビキのオフクロだなァ。ヤベーヤベー。寿命が縮んだぜェ」


 むぅ、なんだその言いぐさは。


(それだとまるで、俺までヤバいヤツみたいじゃないか)


 マリーはアレだ。

 ちょっとお茶目なところがあるだけだ。


「失礼するぜェ」


 アブラヒムとともにテントに戻ると、

 そこには布団から半身を起こしたマリーの姿がある。


「マリアン・リ・ハネカワと申します。初めまして」

「えっ!?」


 母の口から流暢に紡がれた共通語に、

 俺は動揺を隠せない。


「ん? どうしましたか、ヒビキくん?」

「いやだって、マリー、共通語喋れたのか!?」

「ええ、まあまだ少し硬いとは思いますが、ヒビキくんがハガネさんから習っているのを盗み聞きしておりましたし、アマゾネスの治癒士たちからも介護の合間に教わっておりますので、最低限の意思疎通は可能だと思いますが……どこか、おかしかったですか?」

「い、いや、そんなことはないけど……」


 そんな「片手間で習いました!」なマリーに負けてしまうと、流石に心が折れそうだ。


(……さすが聖人。いろいろとハイスペックだぜ)


 あと盗み聞きとか、

 ナチュラルに怖いセリフを混ぜないでくれ。


「ハァン、オフクロさんのほうは喋れるのかァ。だったらハナシは早ェ。……でェ、俺様はどうだったンだァ? 俺様は『合格』かァ?」

「まぁ、ギリギリ及第点といったところですね」

「ひゃははっ、キッビシィなァおィ」

「……? 何、話、デスカ?」


 俺の傷心を無視して話を続けたアブラヒムが、

ニィと含みのある笑みを浮かべる。


「何って、アレだァ……まァ俺様ァ、じつはついさっき雇い主に解雇されちまってなァ。で、ヒビキよォ。ヒマになった傭兵屋を、『雇う』つもりはないかァ?」

「……っ! そ、ソレハ……ッ!」


 ここまでお膳立てされれば、真意など丸わかりだ。

 ただそれを、諾々と受け入れることには抵抗がある。


「よろしい、では報酬はわたくしが支払いましょう。──〈次元門/ゲート〉」


 葛藤する俺が止める間もなくマリーが空間魔法から取り出したのは、二本の片手剣。装飾などから察するに二対ワンセットの片手剣らしく、鞘に収まったままの状態からでも鋭い魔力を感じる業物だ。


「へェ、ミスリル製かァ。装飾は上等。刃も美しいィ。イ~ィソードじゃねェかァ」

「おそらくそれだけで、安い家程度なら購入できる金額になるでしょう。前払いの報酬としては如何なもので?」

「命を賭けるにゃあちと安いが、今回は特別割引にしといてやるよォ」

「アブラヒム、勝手ナ! ……それにマリーも、それは大事な保険じゃないか!」


 マリーの空間魔法に収納されている数々の魔道具は、いざとなれば換金して、マリーの治療費に充てようと考えていた。マリーもそれは了承してくれていたはずなのに……


「ヒビキくん、勘違いしないでください。わたくしが約束したのは、あくまでそれを『わたくしの命のために使う』ということです。つまりそれは『ヒビキくんの命のために使う』ことと同義。というわけで何ら、問題ありません」

「でもっ!」

「ゴホッ、ゴホッ」


 マリーが苦しそうに咳をした。

 口許を押さえる掌には、朱が混じっている。


「マリー!? クソッ、安易に魔法なんて使うから!」

「大、丈夫です。それよりも貴方。報酬はわたくしが用意いたしますので、少しでも冒険者から人員を募ってください」

「おぅよ。交渉代は別途でちゃんと用意してくれよォ」

「アブラヒム!」

「心配すンなァヒビキィ。あのババアもそのへんは了承済みだァ。……てェ、これは黙ってろってハナシだったっけなァ。まァいっかァ。ひゃはっ」

「……っ!」

「おっとォ、そういやテメエに届け物だァ」


 そう言ってアブラヒムが投げ渡してきたのは、

 臨時の鞘に収まった見覚えのある『カタナ』である。


「紅風、さん……」


 精霊鳴刀『炎蹄紅風』。師匠から預かった愛刀の名を呟くと、まるで『私を忘れるな』とでも言うようにボフッと火の粉が舞った。


(どうして、こうなる……っ)


 俺はただ、湧き上がる感情に震えることしかできない。


(俺はただ、俺のワガママで、好き勝手に動いているっていうのに……っ!)


 皆の思いやりが身に染みる。

 優しさが胸を締め付ける。


「ヒビキくん、受け入れなさい。たった一人で絶望に立ち向かうことが『強さ』なら、自らの弱さを認めて他人の手を借りることもまた『強さ』です」


 人は、一人では生きていけない。


 少なくとも俺はまだ、自分ひとりで全てを手にできる段階には至っていない。


 それを強く思い知らされた。


「あり、がとう……マリー、アブラヒム、みんな……」

「ひゃはっ、これは『貸し』だかンなァ! 忘れるンじゃねェぞォ!」

「ママはママとして当然のことをしているだけなので感謝される謂れはありません。……ですがもし、どうしても感謝の気持ちを表明したいというのなら、生きて帰ってきたあとにたっぷりとママを甘やかしてください。それはもう、頬が溶け落ちるほどに」

「ああ、任せてくれ」


 骨がデロデロになるまで甘やかしてやるから覚悟しろよ。


(……生きて、ここに帰ってくるんだ)


 熱を帯びたカタナの鞘を握り締め、

 そう強く誓った。


        ◇◆◇◆◇◆


「オ願イ、デス! 力、貸シテ、クダサイ!」


 それからすぐに俺は広場へと向かい、

 集っていた面々に頭を下げていた。


「いや、お願いって言われてもなぁ……」

「活性期の魔生樹に特攻とか、命がいくつあっても足りねぇよ」

「ボウズ、考え直せって。命を無駄にするな」

「そうそう、若さの暴走は命取りだぜ?」


 俺を囲む冒険者たちには困惑の色。

 中には同情して、励ましたり宥めたりする者までいる。


「オ願イ、シマス!」


 だけど俺は、頭を下げ続けることしかできない。

 心配してくれている人たちには悪いが、俺はこの決意を曲げるつもりは毛頭ないのだ。


(とにかく一人でも多く、協力者を募るんだ)


 原則として、アマゾネスの戦士たちは大族長の意向によって引き抜くことはできない。契約で縛られている請負人ワーカー傭兵屋マーチスも同様だ。彼らにとって条件を満たさないうちの契約不履行は、その後の活動を左右する死活問題。まず、協力は望めないだろう。


 となれば、残されたのは冒険者プレイヴァー

 あくまで契約に縛られない自由意志でこの場にいる彼らだけが、俺の要請を受けてくれる可能性を有しているのだ。


「ドウカ、オ願イ、シマス!」


 頭を下げることで足りないのなら、土下座する。

 地面に額を擦り付け、懇願する。

 周囲から蔑みや嘲笑の気配を感じるが、構いはしない。

 とにかく頭を下げ続ける。


(情けなくても、今の俺にはこれしかできないんだ)


 皆の期待に応えるため、そして俺の願いを叶えるために、目減りしていく時間に焦りつつも、俺は必死になって協力者を募り続けた。


「おィおィヒビキィ、なァ~にしてんだ馬鹿野郎ォ」


 それから十分ほど経過したところで、

 別行動をしていたアブラヒムが合流してきた。


「交渉は俺様に任せろって言っただろゥ? テメエほどの男がこんなカスどもに、簡単に頭下げてンじゃねェっつーのォ」

「デモ……」

「交渉は、確かに必要だァ。ただし交渉相手は間違えンなァ」


 そう言ってアブラヒムは、引き連れてきた鬼人オーガンたちを指さす。


「貴方、タチハ……」

「あ? 俺はラックだよ」

「アハっ、僕はヒューリーさ。よろしくね~」

「ホッホッ、ワタシはバクウン、以後お見知りおきヲ」


 そのように自己紹介をしてくれたのは、それぞれ側頭部をファイアパターンに剃り込んだショートモヒカンの赤鬼ブルオーガ、耳や鼻にいくつもピアスを空けた長髪の青鬼チルオーガ、そして糸目を細めて総金歯を覗かせる蓬髪頭の緑鬼トロールである。


(この人たち……強いな)


 滲み出る風格や魔力から、只者ではないと一目でわかる面々だ。


「ヒビキも名前くらいィは聞いたことあると思うが、コイツらがあの有名な『戦場の三馬鹿』だぜェ」

「おいボケカス、三馬鹿じゃなくて三羽烏だっつーの!」

「あははは、そんなこと言ってるのはリーダーだけだけどねぇ~」

「ハオ。まあギルドには〈三色鬼/カラーズ〉で登録してあるから、どれでも呼びやすい名前で呼ぶといいネ」

「は、はぁ……」


 な、なんか濃い連中だな。

 つい圧倒されてしまう。


「ンで、こっちが〈乱痴鬼団/リトルボーイ〉のチビどもだァ」

「紹介が遅ぇよクソガキ!」

「つーかチビじゃねェ、テメエらがデカいんだよ!」

「ケツの穴に拳突っ込んでガタガタ言わせるぞゴルラァ!」


 罵声とともにアブラヒムを睨みつけるのは、

 彼よりも頭ひとつぶんは低い小鬼ゴブリンの集団だ。


 とはいえその小柄な身体には闘志が満ち溢れており、武器や装備に刻まれた古傷の数々が、彼らが歴戦の戦士であることを物語っている。


「ひゃははっ、まあこのチビどもは口は悪いがァ、腕は確かだァ。ンでそっちの三馬鹿も頭は悪いが腕は立つ。どうせ声をかけるンなら、こういう連中にしろよなァ」

「誰がチビだこの腐れヴァンパイア!」

「タマキン毟り取って魔獣のエサにすっぞォ!」

「掘られたいなら素直にそう言えや! いくらでもカマぁ掘ってやらァ!」


 アブラヒムの物言いにゴブリンたちは大激怒。


「……なあヒュー。いま俺って、馬鹿にされたのか? 褒められたのか?」

「アハハっ、リーダーはいつもハッピーで羨ましいねぇ~」

「ハオハオ。ボスはある意味、大物の器ネ」


 一方でブルオーガたち、何故か楽しそうだった。


 ともあれ、


「アブラヒム、彼ラ、協力者、デスカ?」

「ああ。つーかコイツらぐらいの実力がなけりゃあ、活性期の魔生樹に特攻なんてただの自殺行為だァ」


 アブラヒムはグルリと周囲を見渡して、


「ここにいる冒険者の大半は、有名な冒険者や請負人たちの『お零れ』狙いだ。漁夫の利目的の金魚のフンどもに、魔生樹狩りの気概なんてハナからねェってことさァ」


 見下げたように挑発する。


「ば、馬鹿にするなよこの野郎!」

「俺たちだって、やればできるさ!」

「おうともよ! やってやるさ、魔生樹狩り!」


 それに応えたのは先ほどまで渋っていた冒険者たちだ。

 俺はそこで、ようやく一連の遣り取りを理解する。


(ああ……なるほど。そういうことか)


 言い方は悪いがアブラヒムの言う通り、おそらくここにいる冒険者たちは自らの腕にさほど自信がないのだろう。そんな彼らを動かすために必要なのは『報酬』と『勝算』。俺が先ほどまで示していた『誠意』など、命の前では天秤にすら乗らないのだ。


(だけど勝算さえあれば、冒険者は動く。そのためにはまず有名な冒険者たちを動かして、自分たちにも勝算があると判断させなければならない)


 そうして勝ち目が見え、報酬が危険と釣り合うかどうかを審議して、ようやく彼らは積極的な魔獣討伐へと乗り出したのだ。


「……スイマセン、アブラヒム」

「ひゃはっ、イイってことよォ」


 このへんの駆け引きはずっと森に引きこもっていた俺よりも、戦場を渡り歩いてきたアブラヒムが上手だ。


(きっとパトラさんはここまで見越して、コイツを譲ってくれたんだろうな)


 二人にはただ、感謝しかない。


「つーか礼なら俺様よりも、あっちの野郎どもに言ってやりなァ」


 アブラヒムにもう一度頭を下げて、

 俺は冒険者たちのもとへと向かう。


「アリガトウ、ゴザイマス」

「ハッ、ガキが気にしてんじゃねーよ!」

「そうそう、それにオレたちは暴れたいから暴れるんだ!」

「言っとくが報酬と魔獣の素材はキッチリ寄越してもらうからな!」


 頭を下げる俺に、冒険者クラン〈乱痴鬼団/リトルボーイ〉のゴブリンたちは笑って応えてくれる。言葉遣いこそ乱暴なだが、その裏側には確かな優しさを感じた。


「貴方タチモ、感謝、デス」

「ボケカスが。別に、テメエのためじゃねぇっつーの」

「アハハっ、リーダーは素直じゃないねぇ~」

「でもこの件が、キミのためだけじゃないことは本当ネ」

「……? ドウイウ、意味、デスカ?」


 怪訝そうな俺に、総金歯のトロールが教えてくれる。


「今回、攫われたオビィという娘は、ワタシたちにとっても大切な子ネ」

「そうそう。むかしあの人には、ずいぶんとお世話になったからねぇ~」

「ふん。あのジジイに借りを返す、いい機会だぜ!」


 彼らの言葉から、すぐにある人物に思い至った。


(そういえば師匠は昔、ここに一時滞在していたっけ)


 そのときに彼らと、交流を持つこともあったのだろう。

 その縁に、今は助けられている。


(オビィ。やっぱり、きみの父親は偉大な人だよ)


 オビィの母親が恋をして、

 彼女が誇りを抱くのに、

 相応しい人物だ。


 ならば、


(俺も一番弟子として、貴方の名に恥じない生き方をします)


 絶対に、オビィたちを助け出す。



 お読みいただき、ありがとうございました。


 次回の更新は明後日の予定です。


 m(__)m

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