【第13話】 決断
【前回のあらすじ】
ママ「覗き、ダメ、絶対」
「……姉さまを! 姉さまを、助けてください!」
集落の広場でそう訴えるのは、
森精人の隷妹【シュレイ】だ。
そして彼女が『姉さま』と呼ぶ主人など、
たった一人しか考えられない。
「シュレイサン、何ガ、起キテ、マスカ?」
「あっ……」
声をかけた俺にシュレイは驚きの表情を見せるが、葛藤は一瞬、すぐにその顔には涙と懇願が浮かぶ。
「お、お願いでありますヒビキ……いや、ヒビキ殿! 姉さまを、どうか!」
「おィおィ落ち着けデコ助ェ。だからソイツがいったいどういう了見なのかってェ、尋ねてるンだろうがよォ」
「なっ……で、デコ助じゃないでありますよ! 失礼であります!」
血剣士【アブラヒム】の発言に憤慨するシュレイであったが、そのおかげで少し落ち着いたようだ。
「ね、姉さまが、魔獣に攫われてしまったのであります……」
彼女の説明を要約すると、あのあと……俺とアブラヒムが前線に戻った後も、オビィは後方で仲間たちと奮戦を続けていた。その最中に猿型魔獣の奇襲を受けて、身柄を攫われてしまったのだという。オビィの他にも数名、そのような人員がいるらしい。
「猿型魔獣ッつーと、あのエテ公かァ」
「猿型魔獣は、執念深いであります。そのせいで、姉さまは……」
話の聴き手は言葉が不自由な俺に代わり、
アブラヒムが担ってくれていた。
俺は傍らで静聴している。
「にしてもビッチもビッチだァ。あんな手負いのエテ公に遅れをとるなんてよォ」
「そ、それは、わたしのせいですピョン!」
新たに会話に加わってきたのは、
見覚えのない兎人の少女だった。
「オビィ様は、他の魔獣に襲われていたわたしを救ってくださったのですピョン! でもそのせいで隙が生まれて、あのアームコングに……っ」
「フーン。ま、それはいいやァ。で、ビッチが連れ去られたのはマジなのかァ。途中で殺られてたり、捨てられてたりって可能性はァ?」
「それはすでに確認済みです」
さらに話に加わったのは、女蛮鬼の少女。今度は見覚えがあるな。彼女はたしかオビィと一緒に集落を守っていた戦士階級の少女だ。
「アームコングの退路を追跡したところ、貴方が危惧したような形跡がありませんでした。代わりにアームエイプたちの死骸がいくつか転がっていましたよ」
基本的に大森林の人員が割かれていない場所には、
アマゾネスたちのトラップが仕掛けられている。
それをあの猿型魔獣は、仲間を踏み台とすることで超えていったのだ。仲間を簡単に捨て駒にする巨猿なら、十分に考えられる可能性だ。
「それに哨戒係のラビリアや犬人たちが、何か人型の物を担いで森を駆ける猿型魔獣を確認しております。ただ彼らはあくまで哨戒係なので、直接の戦闘は……」
「まァミイラ取りがミイラになっても笑えねェしなァ。こうして情報を持ち帰ってるだけでも儲けもンだァ」
アブラヒムが話をまとめる。
「つまりこういうことかァ。あのビッチは下手こいて、エテ公に拉致られたァ。ンでアマゾネスとしちゃあ、それをわざわざ『助けに行く気はナイ』ってなァ」
アブラヒムの言葉にシュレイはふたたび目元に涙を浮かべ、オビィの知人らしいアマゾネスやラビリアの少女も、沈痛な面持ちを浮かべている。それが答えだ。
「何故、デスカ?」
俺の質問に、反応したのはアマゾネスだ。
「現在の集落に、オビィたちの救助に回すほどの戦力的余裕はない」
「デモ、冒険者タチハ……」
「彼らはあくまで『集落の護衛』や『魔獣の討伐』というクエストをギルドで受注してやってきた者たちだ。彼らに、それ以上の行為を強要する権限はない」
「シカシ、マダ、オビィサンハ、キット……」
「ああ、わかっている! おそらくまだオビィたちは生きている! そして今頃『どんな目に遭っている』かもな!」
魔獣が敢えて生きたまま、
獲物を巣穴に持ち替える理由は大きくふたつ。
ひとつは母樹に新鮮な供物を捧げるため。
そしてもうひとつは、自分たちが『愉しむ』ためだ。
「魔獣の中にはァ、他種族を苗床として数を増やすヤツもいる。仮にそうでなくてもあの気の強えェビッチのことだ。今頃はエテ公どもに、散々甚振られてることだろうなァ」
知性とは、残忍な性質を孕んでいる。
獲物を甚振る。弄ぶ。苦しめる。破壊する。
そうした昏い愉悦を、あの猿型魔獣からは感じた。
アブラヒムの危惧は十分に起こり得る。
「でェ、そこまでわかっていながら泣き寝入りってかァ。ひゃはっ、アマゾネスッつーのはとんだチキンどもだなァオイ! タマァついてんのか!? いや、ついてるワケねェーかァ!」
「……っ! 貴様に、何がわかる!」
「そうですピョン! 戦士様たちだって、散々上の人たちと掛け合って!」
「でェ、諦めたンだろうゥ? 見捨てたンだろうゥ? 仕方がない、無理だからって、仲間の命を切り捨てたンだろうゥ? ひゃはははっ、なんともステキなオトモダチじゃねェかァ、なァヒビキィ!」
「アブラヒム!」
たしかに、コイツの言っていることも正論だ。
しかし世の中、正論が常に正しいとは限らない。
諦めなければならない弱さがある。
見捨てなければならない苦しみがある。
切り捨てなければならない涙がある。
この世界は、優しさや正しさだけで成り立っているわけではない。
憎しみや悪意、どうしようもない絶望だって、
切り離せない世界の一部なのだ。
弱者はそれを、甘んじて受け入れなければならない。
それが理だ。
「シュレイ、サン」
でも……だとしても。
希望を捨てることはできない。
願いを否定することはできない。
弱さには、立ち向かえばいい。
苦しみには、抗えばいい。
涙なら、前を向いて立ち上がればいい。
俺はもう二度と、大事な何かを失いたくない。
世界に蔓延る不条理に、緩慢に屈したくない。
そのために、ずっと鍛え続けてきた。
そのための、『力』だ。
「任セテ、クダサイ」
涙に濡れた少女の瞳を、
真っすぐに見つめて約束する。
「オビィサンハ、必ズ、助ケマス」
◇◆◇◆◇◆
「ならぬ」
シュレイたちとの会話を終えた俺はすぐに、
大族長【パトラ】さんのテントへと直行した。
そして開口一番に飛び出した言葉がこれである。
「パトラサマ」
「ならぬと言っておろうが」
鋼の声で繰り返すパトラさんもまた、
なかなかに酷い有様である。
いったいどれほどの魔力を消費したのか目の下は窪み、頬は憔悴。全身が汗に濡れて髪が肌に張り付いている。周りで甲斐甲斐しく世話をしている隷妹たちの表情を見れば、どれほど彼女が困憊しているのか、察して余りあるというものだ。
それでも、瞳には意思の炎。
大族長としての意地と尊厳と責任が、
彼女に言葉を発せさせている。
「オビィたちのことは諦めろ。無駄にヌシが命を散らせる必要はない」
「だとしても俺は、行きますよ」
共通語ではなく神聖語で答えた俺に、
パトラさんは「……はぁ」と嘆息。
「いちおう、聞いておこう。なぜヌシが、そこまで固執するのじゃ?」
俺に合わせて神聖語で問いかけるパトラさんに、背筋を正して返答する。
「彼女は、母の恩人です」
あのとき彼女が発見してくれなければ、
俺の母親【マリー】が助かっていた保証はない。
「それだけか?」
「彼女は、俺の数少ない友人です」
オビィのほうは俺を嫌っているだろうが、
それでも彼女は数少ない話し相手だ。
友人だと、思っている。
「それだけか?」
「それに彼女は……師匠の、娘です」
これが、最大の理由。
彼女は俺の師匠【ハガネ・テッシン】の実の娘。
そして俺は、マリーは、彼に返しきれないほどの恩義がある。
(今でも、目を瞑ると思い出すんだ)
師匠と過ごした日々を。キツいと表現するには生ぬるい地獄の特訓と、その合間で見せる悪戯小僧の笑みを。意外とシモネタ好きで、マリーがいないときにそのような話を振られて、迷惑していたことを。酒好きで、戦闘狂で、美食家で、困ったらとりあえず力で解決しようとする困り者で、そのくせ童心じみた部分を忘れない、魅力的な男の生き様を。
(そして……何よりも)
最後の、師匠の姿を。
勇者に立ち向かう気高く力強い、
あの大きな背中を。
「師匠は、かつて俺とマリーを救ってくれました。助けてくれました。守ってくれました。そんな人の娘を我が身可愛さで見捨てるような真似を、俺はできません」
それは師匠が示してくれた道に背くことになる。
それだけは、絶対に選ぶことはできない。
「そのために、死ぬことになってもかや?」
「はい」
「母親が悲しむぞい?」
「悲しません」
答えは矛盾していない。
たしかにオビィの救出には、俺が死ぬ可能性がある。
だからといって、俺が死ぬと確定しているわけじゃない。
(ようは俺が、生きて戻ってくればいいだけの話だ)
どれだけ説いても曲がらないことを察したのか、
パトラさんは呆れたように嘆息。
困り顔で頭を掻いた。
「……全く。こんなところまで師弟で似ずともよかろうに」
「ありがとうございます」
「褒めとらんわ」
頭を下げようとする俺に、
パトラさんは手を払いながら告げる。
「勝手にせい。じゃがやはり大族長として、一族の者を遣わすことはできぬ」
「勿論です」
「それに無事戻ってきたとしても、仮にも隷夫が主人に歯向かったのじゃ。相応の罰は受けてもらうぞぃ」
「はい」
「ふん。大馬鹿者め」
「自覚しています」
最後に深く頭を下げて、俺はテントを後にした。
◇◆◇◆◇◆
「大族長様、よろしいのですか?」
テントから出ていく豚鬼の少年を見送ったあとで、会話の内容はわからずとも雰囲気で察したのだろう、隷妹の一人が尋ねてくる。
「よいわけないじゃろうが」
「しかし……」
「じゃがわらわがいくら言葉を尽くしたところで、あやつは納得せぬよ。オンナの心配などまるで意に介してくれぬ。オトコとはいつも、そういうものじゃて」
そんなことを言うパトラの目にはどこか、
かつてを懐かしむ色があった。
そしてその人物に……かつてパトラが愛を捧げた男のことを知っている隷妹は、それ以上の追及を止めた。
「では、どうするおつもりで?」
「ふむ、そうじゃのぅ……」
パトラはしばし黙考。
「彼の者を、ここへ呼べぃ」
そして、とある傭兵屋の名前を口にした。
◇◆◇◆◇◆
「わかりました」
「だからお願いだマリー、ワガママを許してくれ……って、へ?」
パトラさんのテントを後にした俺が次に向かったのは、当然、マリーのテントである。そしてここでも反対されるのを覚悟で、オビィの事情と俺の決断を打ち明けたのだが……
「い、いいのかマリー? 本当に?」
「はい。だってヒビキくんがそう決めたのですから、ママが否定する理由はありません」
マリーはにっこりと微笑む。
「それにどうせ、ママが何を言ってもヒビキくんは聞いてくれないのでしょう?」
どうしよう、笑顔が怖い。
「でも……そうですね。ヒビキくんがワガママを言うのですから、ママからもひとつ、ワガママを言わせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論だ」
俺の勝手を容認してもらうのだ。
マリーが望むなら何でもしよう。
足を舐めて綺麗にしろと言われても退かないぜ。
「ヒビキくん、必ず生きて帰ってきてください」
そんな覚悟とは裏腹に、
マリーの口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「もしヒビキくんが戻ってこなかったときは、ママは自ら命を絶ちます」
人はそれを脅迫と呼ぶ。
「ま、マリー!? 何を言っているんだ!?」
「何もおかしなことは言っていませんよ? だって、ヒビキくんがいない世界に、ママが残る理由は何一つないじゃないですか?」
狼狽する俺に、マリーは笑顔を深める。
笑顔に屈しそうなんて初めての経験だ。
「だから、ヒビキくん。ママを死なせないためにも、必ず生きて帰ってきてくださいね」
「……ははっ」
ああ、参った。
参ったなチクショウ。
元々死ぬ気はなかったが、これで余計に死ねなくなった。
「流石だな、マリー。本当に俺のことをよくわかっている」
「ええ、だってヒビキくんのママですから」
えっへんと、ドヤ顔のマリーである。
「ああそれと、戻ってきたらそのオビィとかいう娘を、連れてきてくださいね」
「ん? 別にいいけど、なんで?」
「そりゃあヒビキくんのお友だちですからね。ママとしては『色々と』気になるのですよ」
「……? まあ、わかったよマリー。あちらが応じてくれるか微妙だけど、善処するよ」
「ええ、是非お願いします」
と、マリーとの会話がひと段落したところで、
「へィへ~ィ。そろそろオハナシは終わったかァ~い?」
テントの入り口から、少年の声が聴こえてきた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回の投稿は明後日の予定です。
m(__)m




