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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
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【第13話】  決断

【前回のあらすじ】


 ママ「覗き、ダメ、絶対」



「……姉さまを! 姉さまを、助けてください!」


 集落の広場でそう訴えるのは、

 森精人ドルイドの隷妹【シュレイ】だ。


 そして彼女が『姉さま』と呼ぶ主人など、

 たった一人しか考えられない。


「シュレイサン、何ガ、起キテ、マスカ?」

「あっ……」


 声をかけた俺にシュレイは驚きの表情を見せるが、葛藤は一瞬、すぐにその顔には涙と懇願が浮かぶ。


「お、お願いでありますヒビキ……いや、ヒビキ殿! 姉さまを、どうか!」

「おィおィ落ち着けデコ助ェ。だからソイツがいったいどういう了見なのかってェ、尋ねてるンだろうがよォ」

「なっ……で、デコ助じゃないでありますよ! 失礼であります!」


 血剣士【アブラヒム】の発言に憤慨するシュレイであったが、そのおかげで少し落ち着いたようだ。


「ね、姉さまが、魔獣に攫われてしまったのであります……」


 彼女の説明を要約すると、あのあと……俺とアブラヒムが前線に戻った後も、オビィは後方で仲間たちと奮戦を続けていた。その最中に猿型魔獣の奇襲を受けて、身柄を攫われてしまったのだという。オビィの他にも数名、そのような人員がいるらしい。


「猿型魔獣ッつーと、あのエテ公かァ」

「猿型魔獣は、執念深いであります。そのせいで、姉さまは……」


 話の聴き手は言葉が不自由な俺に代わり、

 アブラヒムが担ってくれていた。

 俺は傍らで静聴している。


「にしてもビッチもビッチだァ。あんな手負いのエテ公に遅れをとるなんてよォ」

「そ、それは、わたしのせいですピョン!」


 新たに会話に加わってきたのは、

 見覚えのない兎人ラビリアの少女だった。


「オビィ様は、他の魔獣に襲われていたわたしを救ってくださったのですピョン! でもそのせいで隙が生まれて、あのアームコングに……っ」

「フーン。ま、それはいいやァ。で、ビッチが連れ去られたのはマジなのかァ。途中でられてたり、捨てられてたりって可能性はァ?」

「それはすでに確認済みです」


 さらに話に加わったのは、女蛮鬼アマゾネスの少女。今度は見覚えがあるな。彼女はたしかオビィと一緒に集落を守っていた戦士階級の少女だ。


「アームコングの退路を追跡したところ、貴方が危惧したような形跡がありませんでした。代わりにアームエイプたちの死骸がいくつか転がっていましたよ」


 基本的に大森林の人員が割かれていない場所には、

 アマゾネスたちのトラップが仕掛けられている。


 それをあの猿型魔獣は、仲間を踏み台とすることで超えていったのだ。仲間を簡単に捨て駒にする巨猿なら、十分に考えられる可能性だ。


「それに哨戒係のラビリアや犬人コボルドたちが、何か人型の物を担いで森を駆ける猿型魔獣を確認しております。ただ彼らはあくまで哨戒係なので、直接の戦闘は……」

「まァミイラ取りがミイラになっても笑えねェしなァ。こうして情報を持ち帰ってるだけでも儲けもンだァ」


 アブラヒムが話をまとめる。


「つまりこういうことかァ。あのビッチは下手こいて、エテ公に拉致られたァ。ンでアマゾネスとしちゃあ、それをわざわざ『助けに行く気はナイ』ってなァ」


 アブラヒムの言葉にシュレイはふたたび目元に涙を浮かべ、オビィの知人らしいアマゾネスやラビリアの少女も、沈痛な面持ちを浮かべている。それが答えだ。


「何故、デスカ?」


 俺の質問に、反応したのはアマゾネスだ。


「現在の集落に、オビィたちの救助に回すほどの戦力的余裕はない」

「デモ、冒険者タチハ……」

「彼らはあくまで『集落の護衛』や『魔獣の討伐』というクエストをギルドで受注してやってきた者たちだ。彼らに、それ以上の行為を強要する権限はない」

「シカシ、マダ、オビィサンハ、キット……」

「ああ、わかっている! おそらくまだオビィたちは生きている! そして今頃『どんな目に遭っている』かもな!」


 魔獣が敢えて生きたまま、

 獲物を巣穴に持ち替える理由は大きくふたつ。


 ひとつは母樹に新鮮な供物を捧げるため。


 そしてもうひとつは、自分たちが『愉しむ』ためだ。


「魔獣の中にはァ、他種族を苗床として数を増やすヤツもいる。仮にそうでなくてもあの気の強えェビッチのことだ。今頃はエテ公どもに、散々甚振られてることだろうなァ」


 知性とは、残忍な性質を孕んでいる。


 獲物を甚振る。弄ぶ。苦しめる。破壊する。

 そうした昏い愉悦を、あの猿型魔獣からは感じた。

 アブラヒムの危惧は十分に起こり得る。


「でェ、そこまでわかっていながら泣き寝入りってかァ。ひゃはっ、アマゾネスッつーのはとんだチキンどもだなァオイ! タマァついてんのか!? いや、ついてるワケねェーかァ!」

「……っ! 貴様に、何がわかる!」

「そうですピョン! 戦士様たちだって、散々上の人たちと掛け合って!」

「でェ、諦めたンだろうゥ? 見捨てたンだろうゥ? 仕方がない、無理だからって、仲間の命を切り捨てたンだろうゥ? ひゃはははっ、なんともステキなオトモダチじゃねェかァ、なァヒビキィ!」

「アブラヒム!」


 たしかに、コイツの言っていることも正論だ。

 しかし世の中、正論が常に正しいとは限らない。


 諦めなければならない弱さがある。

 見捨てなければならない苦しみがある。

 切り捨てなければならない涙がある。


 この世界は、優しさや正しさだけで成り立っているわけではない。


 憎しみや悪意、どうしようもない絶望だって、

 切り離せない世界の一部なのだ。


 弱者はそれを、甘んじて受け入れなければならない。

 それがことわりだ。


「シュレイ、サン」


 でも……だとしても。


 希望を捨てることはできない。

 願いを否定することはできない。


 弱さには、立ち向かえばいい。

 苦しみには、抗えばいい。

 涙なら、前を向いて立ち上がればいい。


 俺はもう二度と、大事な何かを失いたくない。

 世界に蔓延る不条理に、緩慢に屈したくない。


 そのために、ずっと鍛え続けてきた。

 そのための、『力』だ。


「任セテ、クダサイ」


 涙に濡れた少女の瞳を、

 真っすぐに見つめて約束する。


「オビィサンハ、必ズ、助ケマス」


        ◇◆◇◆◇◆


「ならぬ」


 シュレイたちとの会話を終えた俺はすぐに、

 大族長【パトラ】さんのテントへと直行した。


 そして開口一番に飛び出した言葉がこれである。


「パトラサマ」

「ならぬと言っておろうが」


 鋼の声で繰り返すパトラさんもまた、

 なかなかに酷い有様である。


 いったいどれほどの魔力を消費したのか目の下は窪み、頬は憔悴。全身が汗に濡れて髪が肌に張り付いている。周りで甲斐甲斐しく世話をしている隷妹たちの表情を見れば、どれほど彼女が困憊しているのか、察して余りあるというものだ。


 それでも、瞳には意思の炎。

 大族長としての意地と尊厳と責任が、

 彼女に言葉を発せさせている。


「オビィたちのことは諦めろ。無駄にヌシが命を散らせる必要はない」

「だとしても俺は、行きますよ」


 共通語ではなく神聖語で答えた俺に、

 パトラさんは「……はぁ」と嘆息。


「いちおう、聞いておこう。なぜヌシが、そこまで固執するのじゃ?」


 俺に合わせて神聖語で問いかけるパトラさんに、背筋を正して返答する。


「彼女は、母の恩人です」


 あのとき彼女が発見してくれなければ、

 俺の母親【マリー】が助かっていた保証はない。


「それだけか?」

「彼女は、俺の数少ない友人です」


 オビィのほうは俺を嫌っているだろうが、

 それでも彼女は数少ない話し相手だ。

 友人だと、思っている。


「それだけか?」

「それに彼女は……師匠の、娘です」


 これが、最大の理由。

 彼女は俺の師匠【ハガネ・テッシン】の実の娘。

 そして俺は、マリーは、彼に返しきれないほどの恩義がある。


(今でも、目を瞑ると思い出すんだ)


 師匠と過ごした日々を。キツいと表現するには生ぬるい地獄の特訓と、その合間で見せる悪戯小僧の笑みを。意外とシモネタ好きで、マリーがいないときにそのような話を振られて、迷惑していたことを。酒好きで、戦闘狂で、美食家で、困ったらとりあえず力で解決しようとする困り者で、そのくせ童心じみた部分を忘れない、魅力的な男の生き様を。


(そして……何よりも)


 最後の、師匠の姿を。


 勇者に立ち向かう気高く力強い、

 あの大きな背中を。


「師匠は、かつて俺とマリーを救ってくれました。助けてくれました。守ってくれました。そんな人の娘を我が身可愛さで見捨てるような真似を、俺はできません」


 それは師匠が示してくれた道に背くことになる。

 それだけは、絶対に選ぶことはできない。


「そのために、死ぬことになってもかや?」

「はい」

「母親が悲しむぞい?」

「悲しません」


 答えは矛盾していない。


 たしかにオビィの救出には、俺が死ぬ可能性がある。

 だからといって、俺が死ぬと確定しているわけじゃない。


(ようは俺が、生きて戻ってくればいいだけの話だ)


 どれだけ説いても曲がらないことを察したのか、

 パトラさんは呆れたように嘆息。

 困り顔で頭を掻いた。


「……全く。こんなところまで師弟で似ずともよかろうに」

「ありがとうございます」

「褒めとらんわ」


 頭を下げようとする俺に、

 パトラさんは手を払いながら告げる。


「勝手にせい。じゃがやはり大族長として、一族の者を遣わすことはできぬ」

「勿論です」

「それに無事戻ってきたとしても、仮にも隷夫が主人に歯向かったのじゃ。相応の罰は受けてもらうぞぃ」

「はい」

「ふん。大馬鹿者め」

「自覚しています」


 最後に深く頭を下げて、俺はテントを後にした。


        ◇◆◇◆◇◆


「大族長様、よろしいのですか?」


 テントから出ていく豚鬼オークの少年を見送ったあとで、会話の内容はわからずとも雰囲気で察したのだろう、隷妹の一人が尋ねてくる。


「よいわけないじゃろうが」

「しかし……」

「じゃがわらわがいくら言葉を尽くしたところで、あやつは納得せぬよ。オンナの心配などまるで意に介してくれぬ。オトコとはいつも、そういうものじゃて」


 そんなことを言うパトラの目にはどこか、

 かつてを懐かしむ色があった。


 そしてその人物に……かつてパトラが愛を捧げた男のことを知っている隷妹は、それ以上の追及を止めた。


「では、どうするおつもりで?」

「ふむ、そうじゃのぅ……」


 パトラはしばし黙考。


「彼の者を、ここへ呼べぃ」


 そして、とある傭兵屋の名前を口にした。


        ◇◆◇◆◇◆


「わかりました」

「だからお願いだマリー、ワガママを許してくれ……って、へ?」


 パトラさんのテントを後にした俺が次に向かったのは、当然、マリーのテントである。そしてここでも反対されるのを覚悟で、オビィの事情と俺の決断を打ち明けたのだが……


「い、いいのかマリー? 本当に?」

「はい。だってヒビキくんがそう決めたのですから、ママが否定する理由はありません」


 マリーはにっこりと微笑む。


「それにどうせ、ママが何を言ってもヒビキくんは聞いてくれないのでしょう?」


 どうしよう、笑顔が怖い。


「でも……そうですね。ヒビキくんがワガママを言うのですから、ママからもひとつ、ワガママを言わせてもらってもよろしいでしょうか?」

「ああ、勿論だ」


 俺の勝手を容認してもらうのだ。

 マリーが望むなら何でもしよう。


 足を舐めて綺麗にしろと言われても退かないぜ。


「ヒビキくん、必ず生きて帰ってきてください」


 そんな覚悟とは裏腹に、

 マリーの口から出てきたのは予想外の言葉だった。


「もしヒビキくんが戻ってこなかったときは、ママは自ら命を絶ちます」


 人はそれを脅迫と呼ぶ。


「ま、マリー!? 何を言っているんだ!?」

「何もおかしなことは言っていませんよ? だって、ヒビキくんがいない世界に、ママが残る理由は何一つないじゃないですか?」


 狼狽する俺に、マリーは笑顔を深める。

 笑顔に屈しそうなんて初めての経験だ。


「だから、ヒビキくん。ママを死なせないためにも、必ず生きて帰ってきてくださいね」

「……ははっ」


 ああ、参った。

 参ったなチクショウ。

 元々死ぬ気はなかったが、これで余計に死ねなくなった。


「流石だな、マリー。本当に俺のことをよくわかっている」

「ええ、だってヒビキくんのママですから」


 えっへんと、ドヤ顔のマリーである。


「ああそれと、戻ってきたらそのオビィとかいう娘を、連れてきてくださいね」

「ん? 別にいいけど、なんで?」

「そりゃあヒビキくんのお友だちですからね。ママとしては『色々と』気になるのですよ」

「……? まあ、わかったよマリー。あちらが応じてくれるか微妙だけど、善処するよ」

「ええ、是非お願いします」


 と、マリーとの会話がひと段落したところで、


「へィへ~ィ。そろそろオハナシは終わったかァ~い?」


 テントの入り口から、少年の声が聴こえてきた。



 お読みいただき、ありがとうございました。


 次回の投稿は明後日の予定です。


 m(__)m

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