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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
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【第11話】  活性期③

【前回のあらすじ】


▼ ハーレムさんはツリバシ先生を召喚した ▼





 タウロンティウス・プレト・ホーンズは、

 自分のことが大嫌いだった。


 ゆえに叔母であるアマゾネスの隷夫となって以降、彼は顔を隠し、自身を略称で呼んでいる。


 集落にやってくる以前を忘れるために。

 過去に、蓋をするために。

 傷を遠ざけるために。


 そんな彼の想いを察してか、自身の叔母であり主人でありアマゾネスの大戦士であるハミュットは、何も言わない。


 ただ黙って。

 時には笑って。

 ときどき無茶な要求を押し付けて。


 少年をからかいながら、困らせながら、焦らせながら、ただ傍に置いてくれる。


 少年はそれが幸せだった。


 たとえ以前と変わらず不鬼子である自分に対する視線が冷たくとも、ただ彼女が傍に居てくれるだけで、少年は以前とは比べ物にならないほどに幸福な日々を過ごせていた。


 そんな、ある日のことである。


「タウロ、こいつはヒビキってんだ。大族長様の隷夫なんだが見ての通りオークでアマゾネスの流儀を知らねぇ。先輩のお前が色々と教えてやりな」


 そんなことを言うハミュットが、

 豚鬼オークの少年を連れてきた。


 年齢は自分よりも少し上。オークとしては年齢のわりに立派な体格ではあるが、それでも大鬼オーガである自分よりは、一回りほど小柄な少年である。


「ヒビキ、デス。ヨロシクオネガイシマス」


 公共語が不自由らしく、

 発音に硬さがある。


 それでも口にする慣れない単語からは、

 懸命な努力が伺えた。


(悪い人じゃ、ないのかな……?)


 聞けば彼は『とある目的』のために、この集落に逗留し、自らの意思で、大族長の隷夫になることを受け入れたのだという。流されるまま消去法で、逃げるように今の主人の温情に縋った自分とは大違いだ。


 だから、だろうか。

 自分を真っすぐに見つめる双眸。

 その力強い瞳を、眩しいと感じてしまったのは。


「こ、こちらこそ、よろしく、です」

「……?」

「ああ気にすんな、こいつはこういうヤツなんだよ。デカい図体のクセにビビリなんだ」


 ハミュットに口調を指摘されて、

 かぁっと頬が熱くなる。


(僕だってべつに、好きでどもっているわけじゃないんですけど!)


 だが思考とは裏腹に、人を前にすると、自然と身体は固くなる。


 ──また、不快にさせないだろうか。

 ──また、怒られないだろうか。


 常に他人の顔色を窺ってしまうのは、

 少年の拙い処世術であった。


「配慮、必要、アリマセン」


 そんな少年に、ヒビキは右手を差し出す。


「指導、受ケル、私。ヨロシクオネガイシマス」


 こちらを見つめる少年の瞳に悪意はない。

 それどころか不思議なことに、

 共感の色さえあった。


(もしかしてこの子も、僕と同じような経験を……?)


 その直観は、疑心に塗り固められた少年の心を解すのには十分なものだった。加えて妙に滑らかな『ヨロシクオネガイシマス』が、少年の頬を緩ませていた。


「……タウロ、サン?」

「……っ! あ、ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて、少年の手を握り返す。


「こ、こちらこそ、分不相応だと思いますが、よ、よろしくお願いします」


 こうして、少年たちの友誼は結ばれた。


        ◇◆◇◆◇◆


 それから一月も経たないうちに、オークの少年【ヒビキ】はタウロにとって、友と呼んで差し支えないほどの信頼を得ることとなった。むしろ自分こそ、こんな人物に友と呼ばれる資格があるのか、自問してしまうほどの存在である。


 なにせ、ヒビキは賢い。

 日を追うごとに公共語は上達していき、一度教えた隷夫の仕事は、二度目は十全に果たしてしまう。


 なにせ、ヒビキは強い。

 あの大族長が目をかけるだけあって、鬼教官と名高いハミュットをしても、実力は折り紙付きと評されている。


 なにせ、ヒビキは優しい。

 ある時勇気を出して自分が角無鬼であることを告げ、頭蓋仮面に隠している素顔を晒しても、彼は嫌悪など微塵も示さずに「男前、デスネ」と微笑んでくれた。タウロは泣いた。


 そしてヒビキは、情が深い。

 証拠に毎日、欠かさず彼は床に臥せている母親を見舞っている。

 じつは聞くところによると彼女こそが、彼が集落に逗留を決めた原因であるらしい。しかしヒビキの口から母親に対する不満不平を聞いたことはない。あるのはただ称賛、賛美、感謝といったものばかり。聞いているこちらが照れてしまうほどに、彼の母親に向ける親愛は純粋で力強いものだった。つい、羨ましいと思ってしまうほどに。


 知性に優れ、

 情愛に富み、

 強靭な精神と、

 頑強な肉体を、

 併せ持つ少年。


 タウロにはヒビキが、完璧超人に見えた。

 自分が『こうなりたい』と思う存在がそこにいた。


 いつの間にか自然と口調は目上の人に対するそれとなり、タウロの中にある『オークは下品で野蛮な種族』という認識は、木っ端微塵に砕け散っていた。


「あ、あの、ヒビキ様」


 ある日、タウロは直接問いかけた。


「ど、どうして、ヒビキ様は、それほどまでに、頑張れるのですか?」


 それほどまでに、自分に厳しく。

 それほどまでに、努力を重ねて。

 それほどまでに、高みを目指せるのか。


 そんなタウロの問いに、ヒビキは短く一言。


「必要、ダカラ」


 単純な言葉。

 ただしそこに込められた想いは重厚。


 タウロはそれを感じ取る。


(僕も、こういう風になりたいな……)


 必要な目的のために、

 必要なだけの努力を重ねる。


 言葉にするのは簡単だが、

 今までずっと逃げ続けてきた少年には、

 それが如何に困難なことなのか理解できてしまう。


 それでも、そうなりたいと願った。

 今度こそは、逃げ出さずに済むように。


(お母さん……)


 自分を捨てた母親。

 だが一方で自分もまた、母親を見捨てていたのではないのか。諦めていたのではないのか。去っていくその背中に手を伸ばす努力を、放棄していたのではないのか。そんな答えのない後悔は、ずっと少年の胸の内で燻っている。


(僕はもう二度と、大事な人を失いたくない)


 こんな自分を、拾ってくれた恩人を。

 こんな自分を、友と呼んでくれる友人を。


(そのためには僕が、もっと変わらないと)


 目に見えるほどの劇的なものではない。

 しかし少年はゆっくりと、確実に、変化しつつあった。


        ◇◆◇◆◇◆


 そして転機が訪れる。

 それはタウロがヒビキと交友を重ねて、

 四ヵ月が経とうかという頃である。


「ま、魔生樹の、活性期ですか!?」

「ああ、もうほぼ間違いねぇ」


 告げられた凶報にタウロは狼狽える。

 対するハミュットは冷静だ。


「じきに大族長から直々に警告が下されるだろう。大戦士たちも自分たちの集落で、防衛の準備を始めているはずだ。この集落にもそろそろ、避難民が集まり始める頃だろうな」


 淡々と語るハミュットに動揺はない。


「そしてアタイらは前回と同じく、魔獣どもの迎撃に当たる。タウロ、お前は後ろで大人しくしているんだぞ」

「……っ!」


 それは、容赦のない戦力外通告。

 今までのタウロなら甘んじて受け入れていただろう。


 仕方がないから。

 分不相応だからと、諦めて。


 だが今は違う。

 受け入れられない。


 大事な人たちが命を賭けるなか、

 自分だけがのうのうと安全地帯にいることなど許容できない。


「タウロ、お前……」


 そんな隷夫の内心を、

 主人は正確に読み取っていた。


 一瞬だけ嬉しそうに目元を緩ませ、

 すぐに表情を引き締める。


「タウロ、勘違いするなよ」


 告げられる言葉は怜悧な刃物だった。


「最近お前がヒビキや、あのヴァンパイアの坊主どもと仲良くつるんでいることは知っているし、それを咎めるつもりはない。だけど勘違いはするな」


 言葉の刃物は少年の心を抉り、

 真っ赤な鮮血を滴らせる。


「お前が以前から、隠れて身体を鍛えていたことは知っている。才能がナイってわけじゃない。むしろアリなほうだろう。これからも鍛練を続けていけば、そこそこの戦士にはなれるはずだ。……でも、それでも違う。あいつらは特別だ。誰もが皆、あいつらみたいになれるわけじゃない。そのことは理解して、弁えろ。じゃねぇと早死にするだけだ」


 お前は二人とは違う。

 あくまで凡人なのだと、

 事実を冷淡に突き付けられる。


「卑屈になれ、努力するなと言っているわけじゃない。だが無謀な蛮勇を夢見て散っていった馬鹿どもを、アタイは何人も知っている。だからタウロ、今回は身を引け。我慢して耐えろ。そしてもし次にこういう状況に陥ったときに、今とは違う選択をえらべるように備えるんだ」


 ハミュットが口にする言葉は全てが正論だった。

 タウロは彼女の言葉を否定することができない。


(だけど……それでも)


 譲れない、愚かさがある。

 曲げることのできない矜持がある。


(たぶん今、ここで退いてしまったら、もう僕は二度と前には進めない)


 根拠のない想像だが、

 おそらくそれは事実だと理解できる。


 男には、決して退いてはいけない場面がある。

 それが今なのだと、タウロの本能が訴えていた。


(僕は、変わる。ここで変わるんだ)


 ゆえにタウロは、大族長の防壁魔法が発動するまえに集落から抜け出して、魔法の効果範囲から外れていた。そして用意していた仮面で角無鬼であることを隠し、集落周辺の防衛組に、何食わぬ顔で紛れ込んだ。


「ようあんちゃん、デケぇ図体だなぁ」

「ここでしっかりと頑張って、アマゾネスたちにアピールしようぜ!」

「っていうかこんなヤツ、逗留所にいたっけな……?」

「あ、ぼ、ボクは、先日到着したばかりなので……」


 幸いにして防衛組には冒険者たちがいたため、彼らにまぎれることでタウロの潜伏が露見することはなかった。彼らと会話していると、じきに森の奥から咆哮が聴こえてくる。


「来たぞ、魔獣どもだ!」


 そこからあとのことは、無我夢中でよく覚えていない。


 とにかく向かってくる魔獣たちを棍棒で叩きのめし、蹴りつけて、動かなくなったところで頭蓋を砕いた。タウロにとっては初めて戦闘であったのだが、日々の鍛練と、生来の逞しい肉体が、それを力技で可能とした。


(や、やった! やったぞ!)


 しかし達成感に浸る暇もなく、

 次から次へと押し寄せる魔獣の群れ。


「うっ、あぁ……」


 喜色は新たなる恐怖へと塗り潰され、

 やがてタウロの思考から理性が剥がれ落ちていく。


「ああああああああっ!」


 いつしかタウロは考えることをやめた。


「あぁあああああああああああああああっ!」


 今はただ本能に従い、棍棒を振るう。蹴りつける。叩き潰す。壊す。殺す。それだけでいい。余計な思考など戦闘鬼には不要。タロウは生まれて初めて、自分の中に潜んでいた凶暴な血に身を委ねていた。


「きゃあああああああっ!」


 そんなタウロの意識を呼び戻したのは、

 アマゾネスの悲鳴だった。


 気が付けば戦場は屍累々と成り果てており、

 幸か不幸か、タウロは数少ない生き残り側だった。


(皆、やられてしまったのか!? やったのはこの猪型魔獣の群れ!?)


 そして中でも一際巨大な猪型魔獣が、

 悲鳴をあげる獲物に向かって鋭い牙を向けている。


(マズい!)


 気がつきた時には駆け出していた。


 途中で悲鳴を上げているのが集落で自分を「不鬼子」といつも罵るアマゾネスだと気付いたが、だからどうした。今はただ、彼女を助ける。そこに意図や理由はいらない。タウロは猪型魔獣の正面に立ち、両手を広げた。


 直後に全身を揺らす衝撃。激痛。


 全身をビリビリと稲妻が駆け抜け、一瞬、手足の感覚が消失。息が詰まり意識が吹き飛びそうになるが、必死にか細い糸を繋ぎとめる。衝撃で仮面がズレ落ちた。


「……う、うおぉおおおおおおお!」


 だが、巨体は止まらない。

 踵を地面に埋めるタウロごと、さらなる前進を開始する。


「……ぼ、ボクだって、僕だってぇえええええっ!」


 それでもタウロは諦めない。


 脳裏に浮かぶのは、

 いつも自分を見守ってくれた主人の笑顔。

 そして気付けば背中を追いかけていた、友の眼差し。


(僕だって、負けない! 置いていかれたくないんだ!)


 タウロの気迫が、再度魔獣の前進を押し留める。


「かはっ!」


 腹部に熱。

 咳とともに血を吐き出した。

 視線を下げれば、深々と己の胴体に突き刺さった魔獣の牙が見える。


(ああ、これは……)


 ダメだと、本能で悟った。

 どう見ても牙は、内臓へと達している。

 スルスルと、全身の力が抜けていく。


「っ! おい誰か、そいつの援護を!」


 遠くで誰かが叫んだ気がしたが、

 それよりも早くに脱力した少年の肉体は、

 荒れ狂う猪型魔獣によって乱暴に投げ捨てられてしまう。


 しばし宙を滞空して、地面に落下。

 グシャリと、何かが潰れた音がした。


「……ご、ごめん、なさい」


 血とともに吐き出したその言葉は、

 いったい誰に対してのものなのか。


 近づいてくる魔獣の足音。

 遠ざかっていく意識の光。


 今まさに、その命の光を途絶えさせようとしている少年の脳内では、無数の記憶が駆け巡っていった。走馬燈だ。その中に、幼い日の自分の姿があった。母の姿があった。主人の姿があった。そして、友人の姿があった。


 ……だから、だろうか。


「ブギィイイイイイイッ!」


 戦場に、怒れるケモノの咆哮が響き渡った。



 お読みいただき、ありがとうございました。


 次回の投稿は明日の予定です。


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