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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
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【第03話】 亜人 

【前回のあらすじ】


 サムライ「言いがかりで御座る」



 さらに一ヶ月が経過した。相変わらずベイビーな俺は、白髪紅瞳の少女に抱かれたまま、無精髭を生やしたオッサンとともに生活をしている。


 この間、俺は何もできない。

 ベイビーなので仕方がない。


 大人しく少女に抱かれているか、

 われているかの二択である。


(……ああ、辛い)


 辛い。とても辛い。少女には悪いが、拷問と言っても差し支えのない生活だ。なにせ自我があるのに、

ただひたすらに寝て、起きて、食事して、排泄して、また眠るというヒモ男のような生活が延々と続くのだ。おかげで最近のマイブームは、今日の御飯が何かを予想すること。完全に思考がニートのそれだ。もう働きたくないでござる。


「あ、見てくださいヒビキくん」

「あれなるは棘尾犬スパイクドッグで御座るな」


 そんな俺の胸中を、察していてくれているのだろう。少女たちはことあるごとに、俺に話しかけてくれている。今も森の中を歩いていて遭遇した見慣れない生き物……尻尾の先端が刺となっている黒犬を発見すると、指を差しながら名前を教えてくれた。


「すぱいく、どっぐ」


 こうした遣り取りは、現状における俺の数少ない娯楽だ。最近ようやく安定してきた声帯でリピートすると、少女は「よくできました」といわんばかりの笑みで頭を撫でてくる。


 ちなみに『ヒビキ』とは、前世の俺の名ね。


 志波しば響樹ひびき

 最終学歴は高校中退のフリーター。

 平成生まれの日本人で、享年はたぶん二十歳かな?


「スパイクドッグは見ての通り、尾の先端に刺を有したやした犬型の魔獣です。魔生樹が生み出す魔獣としては最低階位のもので、危険もさほどありません。精々が牙による噛み付きと、尻尾の刺による攻撃程度でしょう」

「むしろあれの厄介なところは、敵や獲物を発見して仲間に知らせる斥候としての役割で御座ろう」


 そんなふうに風下で会話をしていた俺たちとの距離はまだ十数メートルほどあったのだが、犬に似た外見通りに感覚器官が優れているのか、スパイクドッグとやらもこちらに気づいたようだ。


 ピクン、と魔獣が反応してこちらに顔を向けようとした──


 ……チキッ…… 


 それより一瞬早くに、オッサンの腰元から金属音。


「――〈紅風/べにかぜ〉!」


 鞘から抜刀されたのは、ゆるく反った日本刀のような刃。鮮やかな薄紅色の刀身から、オッサンの声に応えるように、紅蓮の炎が飛び出した。


 ザンッ!


 飛翔する紅の三日月は魔獣の喉元を正確に通過。刃の納刀と同時に犬型魔獣はその場に崩れ落ち、遅れてボトリと、頭部が胴体から転がり落ちた。


「南無」


 横たわる魔獣の死体に、オッサンは掌を垂直に立てて黙祷。スパイクドッグの切断面は完全に炭化しており、断末魔どころか血の一滴さえも零さない、あまりに静かな『死』だった。


「うん、これなら後始末が楽ですね」


 そうした魔獣の屠殺にも、少女に動揺は見られない。平然と近寄って、俺を抱いている反対側の手で魔獣の死体に触れながら一言。


「〈次元門/ゲート〉」


 魔獣の死体に触れていた少女の手先に発光する幾何学模様が生まれ、それはヴンッと独特の音とともに真っ黒な穴を生み出した。空中に発生した黒点はブラックホールのように二つに分断された魔獣の頭部と胴体を呑み込んで消滅。これで現場には、魔獣の『死』という痕跡すらなくなってしまった。


「相変わらずハガネさんは、仕留めた魔獣に手を合わせているんですね。やはりヒノクニの風習は変わっています」

「それが奪った命に対する、祖国の流儀なれば」

「だからそれが、理解し難いというのです。魔獣は所詮魔獣ですよ?」

「なれば某らも、所詮は人。命と命、そこに優劣など存在せぬ」

「ふ~ん。そんなものですかねぇ……」


 平然と会話をする少女はすでに、目の前で起きた魔獣の『死』など忘れているかのようだ。もちろん黙祷を終えたオッサンにも、奪った命に対する誠意のようなものは感じられるが、罪悪感は見受けられない。


 それがこの世界での常識なのか、この二人だけのことなのかは不明だが……少なくともここでは『それ』が当たり前であることは、俺もここ数ヶ月の共同生活で理解している。


 自分が生きるために、他の何かを殺す。


 極めて自然で、逃れようのない根源的な行為だ。


(それでもこうやって目の前で生き物が殺されるのは、気持ちのいいもんじゃないんだけどな……)


 そうしたナイーブなジャパニーズ(前世)の胸中には気づかず、オッサンは何やら満足気な様子である。


「しかし斥候役の刺尾犬がいるとなると、やはりこの辺りに魔生樹があるという某の見立ては、間違っておらぬようで御座るな」

「ええ、その通りですね」


 少女は笑みを浮かべて追従した。


「さすがヒノクニのサムライ。魔生樹の生態分析については毎度ながら、お見事の一言に尽きます」

「うむ、そうであろうそうであろう」

「とはいえ、魔生樹の管理については教会も細心の注意を払っております。いつ捜索部隊に発見されるかわかりませんし、できるだけ早急に処理してしまいたいのですが……頼めますか?」

「承知、任されよ」


 少女のベタ褒めに気をよくしたオッサンは顎を引き、上機嫌な足取りで森の奥へと消えていく。


「……よし」


 少女はその背中を黒い笑顔で見送っていた。


「それじゃあヒビキくんはここで、ママといい子いい子していましょうね~♪」


 そしてオッサンの姿が完全に見えなくなるなり……デレッ。頬をふにゃふにゃに緩ませながら手近な倒木に腰を下ろし、抱きかかえている俺に顔を摺り寄せてくる。


「うふふ。お邪魔虫のいない、ママと二人きりの時間ですよ~」


 お邪魔虫って……

 オッサンが聞いたら凹むぞ。


(っていうかオッサンこれ、魔生樹云々って、体よく追い払われただけだろ)


 あと簡単に説明すると、『魔生樹』とは、先ほどのような『魔獣』を生み出す不可思議な樹木のことらしい。俺もまだ勉強中なので詳しくは説明できないが、その『処理』とやらが大変な作業であるだろうことぐらいは、容易に想像できる。


「ああ、幸せです。世界にヒビキくんとふたりっきりでママはとっても幸せですよ~」


 であるというのに、恍惚とした少女の笑みからは、罪悪感など欠片も見当たらない。


(うん、この子、見た目に反してわりと黒いよね)


 女は見た目に騙されてはいけない。

 このあたりは、前世にも通じる訓戒だ。


「何します~? 何しましょうか~? あ、そうだご飯ですか? ちょっと早いけどおマンマにしちゃいますか?」

「まっ!」


 嬉々として貫頭布の裾を捲り上げようとした少女を、慌てて制止させた。


(危ねぇ!)


 たしかに今の俺にとって食事は『それ』しかないが、そのたびに大事なものがゴリゴリと削られていくのだ。可能な限り回数は減らしていきたいと願う俺は、常識人の鏡といえるだろう。


「ごはん、いい。いま、いらない」

「えぇ~、そんなぁ~」


 けれどそうした赤子の拒絶に、少女はショボーンと表情を曇らせた。悪気がないことがわかるだけに、こうした反応は居たたまれない。でも俺だって譲れない一線があるのだ。人として。男として。


「えっと、では、えっとぉ……」


 俺に構いたい。でも嫌われたくない。そんな葛藤が透けて見える少女は口を開いて閉じて繰り返している。こういった仕草は年相応っぽくて可愛らしく、つい頬が緩んでしまう。


(……まあ、でもあれか)


 ちょうどオッサンもいないことだし、いいタイミングといえばタイミングだろう。どうせいつかは渡らなければいけない橋だ。覚悟を決めろ。


「……ぷぎゅう」


 俺は弛緩した空気を遮るように、一度目を閉じて、深呼吸。気持ちを切り替える。


「まり、あん」

「……っ! は、はい! なんでしょうか!?」


 呼びかけると、大きな瞳を潤ませていた少女は即座に反応した。それまでの悲し気な表情を一瞬で切り替えて、今は溢れんばかりの喜色を浮かべる少女に胸をチクチクと苛まれつつも、心を鬼にして話を切り出す。


「はなし、きかせて」

「ん、お話ですか?」


 少女は小首を傾げる。だがそれも一瞬のこと。顔には理解が広がる。これまでにも何度か暇を持て余した俺が『この世界』についての話を聞かせてくれとせがんだことがあったため、今回もその類だと判断したのだろう。


「ええ、勿論いいですよ。ママの話でよければ喜んで。それではえっと……前回の続きですと、魔法のことなどでしょうか?」

「ちがう」

「だったらその前の、魔獣と魔生樹の生態についてですか?」

「ううん、ちがう」

「それでしたら……ま、ママの、とっておきの秘密などを!」

「それはいい」

「ふぇっ!?」


 つれない返答に少女はガーンとふたたび涙目だが、でもどうせ「ママの世界で一番愛しい人は誰でしょう?」「それは貴方ですよ!」っていういつもの『お決まり』だろう。もう何十回目だという話だ。これだけ頻繁に繰り返されたら、嫌でも反応が冷たくなってしまう。


(そもそも今回はそういうんじゃなくて、マジメな話をしたいんだよ)


 具体的には……


「……あじん」

「……えっ?」


 さすがに予想外だったのだろうか。


 少女が驚きに目を見開くが、

 構わず俺は繰り返す。


「あじん」

「あ、あの、ヒビキくんそれは……」

「あじん、のこと、おしえて」

「し、しかし……そのことをいったいどこで……」

「おしえて」


 困惑、恐怖、悔恨、動揺……紅玉の瞳の中で様々な感情が揺れ動く。しかしじっと視線を逸らさない俺に、やがて少女は何かを諦めたように嘆息した。


「……そう、ですか。わかりました」


 そして少女は語り始める。


 俺が要求した内容──『亜人』について。


「……」


 すでにおおよその見当はついているが、俺はその内容に無言で耳を傾けた。


        ◇◆◇◆◇◆


 少女の話によると、俺が転生したこの世界は『エルディオン』といい、現在の俺たちはその世界の西に位置するサウストン大陸にいるらしい。そしてこの世界には先ほども目にしたように『魔獣』や『魔法』といった、前世の価値観ではファンタジーとされる要素が現実として存在している。


 まあ、それはいい。


 いやそれはそれですごく重要なことだとは思うのだが、ここはそれらをいったん横に置いて、話を進めさせていただきたい。何故ならば俺的にはそれらより『も』、ずっと重要なことがあるからだ。


 順を追って説明していこう。


 まず当然ながら、俺のような『転生者』という存在にも驚いたが、そのあとに目撃した魔法や魔獣といった存在にも、相当に魂を揺さぶられた。当然、いい意味でな。なにせこちとら、平成生まれのゲーム育ちなジャパニーズボーイ。であるならば、魔法や魔獣のいる異世界へ前世の記憶を持ったまま転生とか、テンションが上がらないはずがないじゃないか。


 やっべこれ俺の時代キタコレとか、マンガや小説だとこれ主人公コースだよなとか、チートとか、成り上がりとか、ハーレムとか、冒険譚とか、いろんな妄想がとめどなく頭を支配してつい「ぶひゅひゅひゅひゅ」と下品な笑いを漏らしていたことは否定しない。


 でも……現実って、やっぱりそんなに甘くないわけで。


 俺が最初に抱いた違和感は、少女の瞳だった。いつも俺を抱きかかえて、暇さえあれば覗き込んでくる少女の大きな瞳には、ベイビーな俺の姿がありありと写し出されている。


 その姿に、違和感を覚えた。


 そして一度でも『それ』を意識すると、今度は身体のあちこちに感じる違和感が気になってくる。そういえばなんだか、音の聴こえ方がおかしいな。それにケツのあたりがムズムズするし。そういえば鼻息もやたらと荒いような……


 これらはすべて、気のせいだろうか。

 いいや絶対に、気のせいなどではない。


(でも、だとすると、俺っていったい……)


 そのように生じた疑念に答えを与えてくれたのは、ふと記憶の中──俺がこちらの世界に転生して意識が曖昧だった三ヶ月間のものだ──から掘り起こされた、オッサンと少女の会話だった。


「……しかし教会の者たちは真人ヒューマ以外の人間を亜人デミと称して、侮蔑しているので御座ろう?」

「……ですが亜人たちのほうこそ大陸ではわたしたち真人ヒューマ劣人ゴアンと名付け、家畜同然に扱っているというではありませんか」


 二人はそのとき、俺に自我がないと油断していたのだろう。だが幸か不幸か、そうした遣り取りは記憶に蓄積されており、俺は『それ』を知ってしまった。


 この世界には『亜人』と呼ばれる存在がいる。


 それは少女やオッサンのような『前世の基準における人類』ではなく、


 尖った耳を持ち魔力の扱いに長けた精人アルヴ

 頭部に角を有し異形の肉体を備えた鬼人オーガン

 獣の耳や尻尾を有する獣人ライカン

 背中から鳥の羽を生やした翼人アンジェ

 肌の一部に魚類のヒレやウロコを持つ鱗人オルカ

 昆虫の感覚器官や甲殻を有する蟲人キリコといった、


 様々な人種のことを指している。


 そして俺は……


「……豚鬼オーク?」

「はい。貴方は人類分類上では、鬼人オーガン属の豚鬼オーク種ということになります」


 でかでかと顔の中央に鎮座する豚鼻。左右の額から生える尖った角。乳歯にしてはやけに鋭い鬼歯きば。音の聴こえかたに違和感を覚えるのは豚耳がヒューマのそれよりもやや上部にあるからで、尻部の違和感は前世では存在しなかった器官『尻尾』によるものだった。


 当然、そのような造形の俺は、はっきり言って醜い。


 豚顔の人型。

 そんな異形が今の俺だ。


 今はまだ赤子なので肉体面の奇形はさほど目立ってはいないが、この芋虫のような指先もこれから成長とともに肥えていくのかと思うと、気持ち悪いを通り越して吐き気がしてくる。


「……」

「あ、あの、ヒビキくん?」


 亜人について一通りの説明を聴き終えたあと無言で掌を見つめていると、恐る恐るといった様子で、少女が声をかけてきた。顔には媚びた笑みが浮かんでいる。


「だ、大丈夫ですよヒビキくん。大丈夫です。たとえ貴方がどんな種族であっても、ママの愛は変わりません。それだけは信じてください。嘘だと思うのであれば──」

「まりあん」


 何かを懸命に伝えようとする少女の訴えを遮って、自分でも制御できない冷たい感情に突き動かされるまま、俺は暗く冷たい声を放ってしまう。


「な、なんでしょうか?」

「なあ、まりあん。まりあんはなんで……」


 ……こんな俺を、産んじまったんだよ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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