【第09話】 活性期①
【前回のあらすじ】
▼オビィは ちからを ためている▼
ドォーン、ドォーン、ドォーン……
断続的に、太鼓の音が響き渡る。
プレト大森林の数か所から湧くそれは、
悲報を告げる警鐘であった。
テントでそれを耳にする白髪のアマゾネスは、
閉ざしていた瞼をゆっくりと開く。
「……きてしまった、か」
零れた言葉に震えるのは、
彼女の背後に控えていた隷妹たちだ。
「では、大族長様……」
「うむ。恐れていた事態が、起きてしまったようじゃのう」
何が、とは確かめない。
確かめることすらしたくない。
「して、『例の者』たちは?」
「は、はい。ギルドから通信魔道具にて出発の報だけは受けておりますが、いまだ到着は確認できておりません」
「ふむ、間に合わなんだか……ならば仕方ない。我らだけで、事に当たらねばなるまいのぅ」
一方で彼女たちの主人は淡々と、
必要な道具や人員などを手配する。
「大戦士たちに迎撃準備の伝令を、それと待機している族長たちを呼べ。あと至急、わらわの儀式に必要な魔道具の準備を」
「は、はい!」
「直ちに!」
何故ならその小さな肩には、
多くの同胞たちの命が預けられているのだから。
ゆえに彼女は、覚悟を決める。
ゆえに彼女は、決意を固める。
「心せよ、魔生樹の活性期じゃ」
そして戦いが始まった。
◇◆◇◆◇◆
「いいかぁテメエら、気合を入れろ! 戦いだ! 祭りだ! 戦闘鬼の本望だ! 発情してトチ狂った獣どもに、鬼人の恐ろしさを徹底的に叩き込んでやれ!」
「応!」
「はい!」
「当然です!」
アマゾネスの集落にある広場にて。
戦士階級以上のアマゾネスが集められ、
大森林に十人といない大戦士のひとり、
ハミュットさんの薫陶を受けていた。
また他にもこの場には大森林に住まう様々な部族……黒森人や犬人、兎人や大鬼などが集まり、各部族から立候補した戦士たちが、これから始まる戦いに向けて英気を研ぎ澄ましている。
おそらく今現在この大森林の、
あちこちで繰り広げられている光景だ。
「では今から名前を呼ぶ者は前に出ろ! 呼ばれたヤツはそいつの下について、ひとつの『班』とし、それを最小の単位として集落の前衛防衛にあたってもらう! 残ったヤツは後衛だ! 悔しいとは思うが腐らずに、非戦士たちの守護に勤めろ! いいな!」
「「「 はいっ! 」」」
そこでハミュットさんは下がり、
代わりに前に出たアマゾネスたちが次々と名前を挙げていく。
「やったぁ!」
「頑張ります!」
「くっ……次こそは!」
各班の人数は四~六名ほど。
指揮を執るアマゾネスは中戦士以上のアマゾネスらしく、彼女らに名を呼ばれた者は歓喜し、そうでない者は期待と不安に揺れている。
なにせこの場で名を呼ばれるということは、
彼女らは一定の評価を得ているということだからな。
そうでない若手のアマゾネスたちも、
数少ない地位向上の機会に意欲的だ。
(場違いな感想になるんだろうけど、まるで部活のスタメン争いだな)
これから生死を賭けた戦場に赴くとは思えない熱気である。
(まあ俺はあくまで、俺にできることをするだけだ)
そうして中戦士からの指名が一通り終わり、
ふたたび大戦士であるハミュットさんの出番となった。
「ヒビキ! それにアブラヒム!」
そこに、俺の名前があった。
ついでに傍らの吸血鬼の名前もある。
「ひゃはっ、楽しみだなァヒビキィ。狩り放題戦り放題稼ぎ放題でぜェ!」
魔獣たちとの戦いが決まってから、
吸血鬼の少年【アブラヒム】は上機嫌だ。
「戦闘、不謹慎、デス」
「馬鹿言うなァ、これが本物の『祭り』ってヤツじゃねェかァ!」
本来は『祭り』という名の武闘大会の参加者として集落に滞在していたアブラヒムであるが、そこは本職『傭兵屋』。戦力を欲するアマゾネスに雇われて、この防衛線に参加することになっていた。他にも何人か、戦線に加わった参加者はいるようだ。
「なに、あの傭兵屋……」
「なぜ大戦士様の班に……」
「それよりもなんであの豚鬼が……」
ともあれそれは彼の実力を知らないアマゾネスたちにとって、鬱屈を煽るのに十分だったらしい。
(というか彼女たちの不満の原因は、俺か)
彼女たちからしてみれば俺は、日中はフラフラと何をしているかよくわからない隷夫の豚鬼。不審がるのも、不安に思うのも、当然だ。
(だけどこの戦いには、集落で眠っているマリーの身の安全がかかってるんだ)
俺だって、できることなら何でもしたい。
そしてそんな俺にハミュットさんが少しでも価値を感じたというのなら、俺としてはそれを遠慮も自重もするつもりはない。全身全霊で、魔獣の迎撃にあたらせてもらう。
「……よし、それじゃあこれで班分けは終わりだ。各班員は班長の指示に従って配置につけ! 余り組も集落周辺で、前衛組が討ち漏らした魔獣の掃討に務めろ! いいか、一匹たりとも集落内の非戦士や避難者に近づけさせるんじゃねえぞ!」
班分けしたアマゾネスへの指示を終えて、
ハミュットさんが合流してくる。
「待たせたな」
「ひゃはっ。にしても大戦士サマっつーのも大変だなァ。戦るだけじゃなくて、ガキどもの面倒までみなきゃならねェなんて」
「それもまた選ばれた者の義務ってやつさぁ。つーかアンタも兵を率いる気なら、他人事じゃないだろ?」
「違ェねェ。ンじゃま、しっかり勉強させてもらうとするかァ」
「ヒビキも、何か言いたいことや聞きたいことあるか? だったら今のうちに済ませといてくれよ。巣穴から溢れ出た魔獣どもがここにやってくるまで、もうさほど時間はねぇってハナシだからな」
「私、問題、ナイ、デスガ……」
集落のほうへ視線を向ける。
あそこには現在アマゾネスの非戦士や、集落の近場に住む非戦闘員の人族たちが、これから襲来する魔獣の群れに備えて、避難して来ているはずだ。
(でも本当に、大丈夫なのか? たしか集落周辺には魔獣除けの結界が張ってあったはずだが、大量の魔獣の前にはその効果は薄いって話だし……)
簡単な柵などは拵えられているものの、それだけで物理的に、押し寄せる魔獣の群れを防ぎきれるとは思えない。
「あぁ、集落の防御が心配だってか」
そんな俺の視線を、ハミュットさんは軽く笑い飛ばす。
「だったら心配ねぇよ。普段は『あんな』だけど、それでもこの森の大族長様って肩書は、伊達じゃねぇんだ」
直後に……ドォオオオオオンッ!
轟音が響き渡る。
「きゃあ!」
「じ、地震!?」
「い、いやこれは、大族長様の、砂塵魔法だ!」
アマゾネスたちが指さす方角。
そこでは天に向かって何本もの砂柱が噴出し、
それらは見る間に高さ八メートルほどの砂壁を形成していた。
グルリと集落を囲うそれはまさに防壁であり、
黄土色の表面をすぐさま大量の蔦が覆って、
物理的な密度を高めている。
「お、どうやらドルイドたちも新緑魔法で協力しているみたいだな」
「へェ、大した防壁じゃねェか。ありゃ俺様でも、正面からブチ破るのは骨が折れるぜェ」
自信家なアブラヒムから見ても、
あの防壁魔法の強度は相当なものらしい。
「どうだヒビキ、これでもまだ集落の防御が不安か?」
「……イエ」
これで後顧の憂いなく、
魔獣の撃退に集中できる。
◇◆◇◆◇◆
それから一時間後。
プレト大森林は騒乱に包まれていた。
「退くな、そこは守り切れ! そっちは出過ぎ、戻ってこい! いいか、前後に突出するんじゃなくて、横に広がるんだ!」
基本的にプレト大森林内にある大規模集落は、活性期における魔獣たちの襲撃に備えた立地の場所に設けられている。そうした地の理に加えて森には様々な迎撃用トラップが仕掛けられているので、そちらを抜けてくる魔獣たちは少ない。
脅威がやってくるとすれば、それはどうしても塞ぐことができない大きな道など、地の理が働かない場所である。そしてそういった場所に、彼女たちは派遣されていた。
「来るぞ! とにかく魔獣どもを、後ろに通すんじゃねぇ!」
自らも迫りくる魔獣たちを撃退しつつ、アマゾネスの大戦士【ハミュット】は周辺に散らばる自分の班員たちに指示を飛ばす。
『グルルルルルゥ!』『ガゥガゥ!』『ガォオオオオンッ!』
「しゃらくせぇ!」
活性化した母体の影響を受けているため、いつもよりも息の荒い狼型魔獣の群れ。迫る群狼を、大戦士は拳一つで迎え撃つ。戦闘魔法〈戦鬼闘氣/オーガンオーラ〉によって強化された鬼の拳は、荒ぶる魔狼たちを一撃のもとに森へ還していった。
「ちっ、すまねぇ何匹か抜けた!」
それでも物量の壁を点で抑えようとすれば、
いくつかの討ち漏らしは生じてしまう。
ハミュットの横をすり抜けていく魔狼たち。
しかし彼女の顔に不安はない。
「了解!」
「任せろォ!」
なぜなら背後には、
頼れる仲間たちがいるのだから。
「踊れェ、〈操血演舞/ブラッドダンス〉!」
ヴァンパイアの血剣士が叫ぶなり、
彼の背中と腰で待機していた片手剣が射出。
魔力線によって制御された四本の猟犬たちは魔狼たちの前に立ち塞がり、強引に前進を押し留めた。
「今だァヒビキィ!」
「ブギィイイイイイイイッ!」
そうして足が止まってしまえば、
横から迫る破拳士との衝突は不可避。
雄叫びをあげるオークは魔狼の群れに突撃。
すでに訓練用の腕輪は外しているため、本来の力を取り戻したオークはまさしく暴力の嵐となって、牙を剥く魔狼たちを次々と森へ還していく。
遅れて他の班員たちが、
残る魔狼たちの掃討に当たった。
(やっぱり、あの二人の相性は抜群だな。引き抜いて正解だぜ)
単騎でありながら多数を相手取れるアブラヒムと、
単体の戦闘であれば無類の強さを発揮するヒビキ。
稽古の際に散々と苦戦を強いられた両名の連携。
各々の利点を活かすことによって、ハミュットの指揮する戦線からの討ち漏らしは限りなく抑えられていた。
そんな彼らに向けられるアマゾネスたちの視線は熱い。
(キシシッ、みんなイイ顔してるじゃねぇか)
アマゾネスにとって『強さ』とは、
それだけで絶対的な価値のあるものだ。
大戦士直々の指名によって戦闘に参加した両名。
最初こそ胡乱気であったものの、
戦闘開始からその実力が示されるなり、
二人を見るアマゾネスたちの視線が変わった。
「……ちょっとあのオークの子、凄くない?」
「ま、まあ、皆が言うほど悪くはないんじゃないかな?」
「なんか背中が、大きい……」
とくに変化が大きかったのがヒビキに対するもので、今まで根拠のない噂ばかりが先行して皆が興味を抱いていたぶん、反応は劇的であった。
(んー、まぁ当初の予定とはちぃーと違うが、結果オーライってとこかね)
本来であれば彼の実力を知らしめるのは武闘大会であり、そこで一気に彼を種婿として迎える土壌を作ってしまおうというのが、大族長の計画であった。
強き子を求めるアマゾネスにとって、
種を迎え入れる最大の判断材料は『強さ』。
容姿や性格などはその次だ。
ゆえにオークという容姿がマイナスでも、
これほどの『強さ』はそれを覆すほどのプラス。
さらに思い込みの激しいところはあるものの、
おおむね人に好かれる良識人であるとくれば、
彼を種婿にと立候補するアマゾネスは、
決して少なくないだろう。
(まあ誰も名乗り出ないときは、アタイがもらってやるさ)
あの抱き心地はなかなか気に入っている。今は大族長からの厳命によって手出しを控えているが、彼の子種なら迎え入れてやっても問題ない。彼に懐いている自身の隷夫も喜ぶはずだ。
「大戦士様!」
戦闘の切れ目にそんなことを考えていると、
息を切らせるラビリアの少女が駆け寄ってきた。
頭頂部からピンと伸びた兎耳に、
身体の一部を覆うやわらかい質感の獣毛。
兎の特性を持つ獣人であるラビリアは、情報共有手段の要であり、定間隔ごとに配置されている。
その彼女が慌てて駆け寄ってくる様に、
ハミュットは嫌な予感を禁じ得ない。
「で、伝令ですピョン! 西側の、前線の一部が突破! 少なくない魔物が集落に向かってしまったそうですピョン!」
「ちっ、あの馬鹿野郎が! どうせまた前に出過ぎたんだろうが!」
西側の前線を任されているアマゾネスはハミュットの顔見知りであり、よく言えば勇猛果敢、悪く言えば猪突猛進という、分かりやすい戦闘狂であった。そんな身内の失態に憤りを覚えるものの、今は状況への対策が優先だ。
「それで、状況は!?」
「は、はいピョン! 現在、あちらの戦線は立て直したそうですが、奥へ進んだ魔獣たちの掃討まで手が回らないらしいですピョン!」
「それでこっちに救援要請ってか!? ふざけんなっつーの!」
「ご、ごめんなさい……」
怒気を撒き散らすアマゾネスの大戦士に、
ラビリアの少女は委縮してしまっている。
ライカンの未婚の女性たちには、種族ごとに特定の語尾をつけるという風習がある。それさえ忘れて青くなって震える少女の姿に、ハミュットも冷静さを取り戻した。
「わ、悪い。べつにアンタを叱ったわけじゃないからな? それよりも、あの馬鹿に伝令を頼む。【状況は了解。すぐにこちらで対応するからこれ以上は蟻の一匹たりとも討ち漏らすんじゃねーぞ。あとこのツケは、テメエの秘蔵の酒だから覚悟しとけよ】ってな」
「は、はいですピョン!」
すぐさま少女は言霊を用いた魔法によって、
数キロ離れた同族との連絡を図る。
「ルー、ルルー、ルー」
〈遠話/モルス〉と呼ばれるこの通信魔法と、
種族特性である超聴力を活かした連絡能力こそが、
彼女たちラビリアの強みであった。
「さて、と。あとはこっちの選抜だけど……」
大戦士であるハミュットが抱える班員は、
通常の三倍近い二十名。
だがこれはハミュットに任された戦線を維持するのに必要最低限の人数であり、ここから人員を減らすことは、ハミュットとしても避けたいところだ。
送り出す援軍は最小。
それでいて散らばった魔獣たちと、
それを率いる群れの長を確実に撃破できる人員。
そんなもの、考えるまでもない。
「ヒビキ! それとヴァンパイアの坊主! ちょっとこっち来い!」
かくして戦場は、さらに激しさを増していく。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は明日の予定です。




