【第08話】 来訪者②
【前回のあらすじ】
▼ラブコメさんはツンデレちゃんを召喚した▼
ママ「っ!?」
(いない、か)
なんともなしに周囲を見渡して、
そんなことを考える。
そしてそのような思考に無自覚の少女は、
気の向くままに歩を進める。
「姉さま!」
と、その背中に声をかけられた。
振り返れば水汲みの途中なのか、
両手で水桶を抱えた少女の姿がある。
アマゾネスのそれよりも暗い褐色の肌。
クリクリと輝く翡翠の瞳と、ピコピコと揺れる長耳。
茶混じりの黒髪を三つ編みにして左右から垂らした、
自身の可愛い隷妹である。
「シュレイか。そうか、もう水が切れていたか。ほれ寄越せ」
「わ、悪いでありますよ! これは隷妹の仕事であります!」
「いいから寄越せ」
「あっ」
強引に水桶を奪い取って片手で抱えると、
仕事を奪われた隷妹の少女【シュレイ】は、
嬉しさと困惑が入り混じった複雑な笑みを浮かべる。
「まったくもう、姉さまはズルいであります」
「何がだ?」
「優しすぎるでありますよ。姉さまは、シュレイを甘やかし過ぎであります。このままじゃシュレイは、ダメな隷妹になってしまうでありますよ」
「そんなことはないだろう」
事実としてシュレイは少女から見て、
隷妹の役割を十分に果たしていると思う。
隷妹とはアマゾネスにおける独自の主従であり、大別するとアマゾネスが自身より上位のアマゾネスに師弟関係として加わるものと、なんらかの事情により自らの生活を維持できなくなった者が奉公を対価としてその庇護を得るために加わるものの、二種類に分けられる。シュレイは後者だ。
シュレイはその見た目からもわかるように、
鬼人族の女蛮鬼ではなく、
精人族の暗森人。
そんな彼女は本来このプレト大森林に住むドルイド一族の末裔なのだが、前回の活性期の際に彼女の一族はかなりの痛手を負い、部族のうちの数十名が今後の生活に支障をきたすほどの損害を被った。
シュレイの場合は家族の死去。
まだ幼いシュレイを残して彼女の血縁者は森に命を還し、さらに不幸なことに残された部族の親族には、彼女を養っていけるだけの余裕がなかった。
そこで声をかけてきたのが、プレト大森林を治めるアマゾネスの一族であり、当時からシュレイと個人的な親交のあった少女である。
こうしてシュレイは少女の隷妹となり、
以来こうして献身的に、少女に尽くしている。
少女はそのことに満足している。
ゆえにシュレイの不安は杞憂だ。
「それよりも、今日もお早いお帰りでありますねっ!」
少女と並んで歩くことが嬉しいのか、
シュレイは満面の笑みだ。
「狩りが順調のようで、何よりであります」
「ああ、そうだな……」
「姉さま?」
けれど、それに応ずる少女の声音は暗い。
確かに狩りは順調だ。
それこそ『順調すぎる』ほどに。
鬼帝国から特例管理領地として認められているプレト大森林。
そこに住む様々な種族の便宜的な統治者として名を挙げられているアマゾネスの一族には、その権限と引き換えにいくつかの役割がある。
そのひとつが『魔獣の間引き』であり、魔生樹に餌を運ぶ魔獣たちが枯渇しないよう、しかし増え過ぎないように数を調整しながら、大森林内の魔獣を狩り続けることがアマゾネスたちの日課であり責務である。彼女らが定期的に部族ごと大森林内を移動しているのは、このためだ。
ゆえに戦士階級である少女は今朝も森へ赴き、
昼過ぎには成果とともに集落へと帰還した。
隷妹の少女はそれを純粋に喜んでいる。
(とはいえさすがに、魔獣たちの数が多すぎる。これはやはり、大族長様が仰っていたように活性期の前触れなのか?)
つい先日、戦士階級以上のアマゾネスが集められた場における大族長の発言を思い出して、胸中を不安がよぎる。
だが表情に出すことはない。
なぜならまだこれは未確定の情報。
非戦士階級である隷妹の不安を煽ることはない。
(だとしても、だ。それは魔獣が増え過ぎていることを、看過する理由にはならない。ここはもう一度、森へ入るべきだろうか)
交流の時間が減って隷妹は寂しがるだろうが、
これも回りまわって彼女の安全のためだ。
理解してもらう他ない。
いつの間にか空いているほうの手に身を寄せて上機嫌に鼻歌を鳴らす隷妹を、さて、いったいどうやって説得すべきかと、少女が思い悩んでいると……
「あっ」
シュレイが小さくも不機嫌な声を漏らした。
「……むっ」
つられて少女も十数メートル離れた人物を発見。
すぐにギュンと眉間に皺が寄る。
少女の緊張したときの癖だ。
「だからさぁ! アンタのその無駄にデカい身体がジャマなんだって言ってんの! 大戦士様の隷夫だからって、不鬼子の分際で、チョーシに乗ってんじゃないわよ!」
「ご、ごめっ、ごめんなさいっ」
「ひゃはははっ、言われてるぜデクノボー! 何か言ってやれよォ!」
「笑ウ、厳禁、デス」
見ればそこには数名の少年少女の姿がある。
少女たちの一団はアマゾネス。
少女自身も面識のある、アマゾネスの戦士たちだ。
一方で少年たちのほうはしきりに低頭する長身の大鬼に、その隣で嘲笑を浮かべる吸血鬼と、そんな彼を諫める豚鬼という、それぞれ種族の異なる少年たちであった。
そのうちの一人に少女の視線は固定されている。
シュレイが不機嫌そうに口を開いた。
「あいつまた、こんな時間に集落の中をぶらついているであります。隷夫の奉公も満足に果たしていないのに、いい身分でありますね!」
「そう、なのか?」
「きっとそうでありますよ! シュレイ以外の隷妹の子たちも言っているであります! あいつがちゃんと奉公をしているのを、朝と夕方以外は見たことないって! それに昼間はずっと大戦士様と一緒に姿を消しているでありますし! きっと昼間から大戦士様の『寵愛』を受けているでありますよ! 豚鬼のクセに!」
まるで少女に言い聞かせるように、
怒涛の勢いで愚痴を垂れ流すシュレイ。
だがそれが誤りであることを、少女は知っている。
「違うぞシュレイ。あれはちゃんと、大族長様の意向を得ての行動だ。オレたちが口出しすべき問題じゃない。それに大戦士様だってあれを甘やかして寵愛を与えているわけではなく、むしろ指導者として厳しく鍛えているらしいぞ」
「どうして姉さまが、そんなことを知っているのでありますが?」
「……偶々だ」
そう、偶々、偶然、何故か。
少女のもとにはそういう情報が集まってくるのだ。
自分としては全くそのつもりはないのだが、少女が口を利いた大族長の関係者たちは不思議とそんな情報を漏らしてくることが多いので、いつのまにか少女はそれを知っていた。ただそれだけのこと。
「そういえば最近、姉さま、夜の帰りが遅いでありますね」
「……そうか?」
だとしてもそれは、仕方のないことだろう。
なにせ夜目を鍛えることは、狩人にとって重要な鍛練だ。
そのため少女は以前から時折夜間に外出して、
夜目を研ぎ澄ましている。
最近はその頻度が少し多いだけだ。
ほぼ毎日と言っていい。
そのついでに不審者の監視をしていても、
何ら不自然なことなどない。
「それに今日も、狩りから帰ったのにシュレイのところには戻らずふらふらと……もしかして、あれを探していたのでありますか?」
「そんなことはない」
「……へぇ」
即答した少女に、シュレイは目を細めた。
(ん? 急に寒気が……?)
原因不明の怖気に、少女は背筋を震わせる。
「とにかく、今度からウチらを見かけたらさっさと道を譲りなさいよ! いいわね!」
「はっ、はいっ、ごめんなさい……」
「ふんっ!」
ともあれ少年少女たちの諍いは、
オーガの少年がひたすら低頭することで収まったようだ。
「ひゃはははデクノボー、舐められてっぞォぶふゥ!」
「黙レ」
オーガの背中を叩いて嗤うヴァンパイアを、
オークが腹部に拳を叩き込んで黙らせる。
「……げっ」
と、そこで件の人物がこちらに気付いた。
視線がぶつかる
「っ!」
ギュンッと、少女の眉間の皺が深くなった。
比例して相手の表情が渋くなる。
(なんだ、その顔は。不快なのはこちらなのだぞ)
自身の表情をまるで自覚していない少女は相手の対応に胸中を苛立たせるが、少女の癖を知っているシュレイは、別方向の不快さに口先を尖らせていた。そんな隷妹の反応にも気付かない少女は、感情の赴くままスタスタと歩を進める。
「おい貴様、こんなところで何をしている。もう稽古はいいのか? もしや、ズル休みではあるまいな? だとしたら許さんぞ」
「コンニチハ、オビィサン」
少女【オビィ】の険のある言葉にも、
オークの少年【ヒビキ】の丁寧な対応は崩れない。
(なぜ、そう畏まる。先ほどまではもっと気楽にしていたではないか)
オビィの苛立ちは加速する一方だ。
「おィおィ、なんだよこのビィ~ッチ。いきなりゴキゲン斜めじゃねェかァ。もしかシて生理中かァ~?」
その苛立ちをヴァンパイアが煽ってくる。
「……こ、こんにちは、でございます。オビィ様」
背後で低頭する長身は頭蓋仮面を被った角無鬼の隷夫だが、こちらは一瞥しただけで、興味がないためすぐに意識の外へと追いやった。
「相変わらず貴様は不快だな。まだ、大戦士様との勝負の機会を伺っているのか。身の程を知れ」
「ひゃはっ、そいつはもういいんだォ~。今の俺様ァこいつに夢中ゥ~。首ったけってヤツさァ~。テメエもじつはそうなんだろゥ?」
「イエ、完全、否定、デス」
「なンだよォなンだよォつれねェじゃね~かァ~。俺様の片思いかァ~?」
「誤解、招ク、発言。止メテ、クダサイ」
「あ、あの、ケンカは、よくないですよ」
言葉ほどに落ち込んだ様子も見せずに、
馴れ馴れしくヴァンパイアはオークの肩に手を回す。
オークの少年は煩わしそうに顔を顰めつつも、
強引に振り払おうとはしない。
二人の背後のオーガはそれを、
困惑と羨望の入り混じった表情で見つめている。
つまりはいつも通りの光景だった。
(なんだなんだ。そいつらよりも、オレのほうが早くに出会っていたじゃないか。というかこの森で一番に貴様を見つけてやったのはオレなんだぞ。なのに貴様ときたら次から次へと……っ)
すでに日常になりつつある少年たちの遣り取りに、
オビイは何故か言いようもない不快感を覚える。
傍らに控える隷妹に言わせるとその表情は「まるでお気に入りの玩具を奪われた子どものよう」なのだが、幸か不幸か彼女はそれを、主人に知らせるつもりは毛頭ない。
「姉さま、もう行くでありますよ」
むしろ積極的に距離をとろうとする。
「しゅ、シュレイ。オレはまだ、こいつに言ってやりたいことが……」
「それは完全に気のせいであります! ええ、姉さまが、下賤なオークごときに語る言葉など、持っているはずがないのでありますよ! さあさあさあ、豚臭い獣臭が移る前に、さっさと避難するであります!」
有無を言わさぬ迫力と熱意で、
シュレイはオビィの背中を押してくる。
「ひゃははぁっ! 今日もまたァ、エラィ嫌われッぷりじゃねェかァ!」
「……タウロクン、私、獣、臭イ、デスカ?」
「ひ、ヒビキ様は、ちょっと汗臭いだけで、獣臭くはないですよ!」
爆笑するヴァンパイアと、
慌ててフォローしている(つもりの)オーガ。
「……ぶひぃ」
容疑者のオークは両手をついて項垂れていた。
(……べつにオレは、嫌いじゃないんだけどな)
強くなるために、
歯を食いしばって流した汗だ。
臭いと思うアマゾネスなどいるはずがない。
◇◆◇◆◇◆
オビィにとってあの少年は、
色々と複雑な存在だ。
記憶もない父親の置き土産を破壊した張本人。
その父親が命を賭けて守ろうとした直系弟子。
初めて自分に男性器を見せつけた変態。
初めて自分の手を地面につかせた男性。
大族長様に迎えられた隷夫。
大戦士様に認められた戦士。
そして何より、母を大事に想う子。
母に大事に想われている子。
他の種族と比べて殊更に自身の母親に親愛の情を向けるアマゾネスにとって、その一点だけを見ても、少年の存在は強く印象に残るものだ。それが性欲の化身とさえ呼ばれるオークであることが、返って少年という存在の奇異さを際立たせている。
いったいあいつは何者なのだ?
何故こんなところにいるのだ?
少年の庇護者である大族長が意図的に情報を制限しているため、彼に対するそういった疑念や興味は、今やアマゾネスの集落中に渦巻いている。
オビィもまた、記念樹倒壊事件の被害者として大族長から一定の情報を得ているものの……いやむしろ、だからこそ、噂のオークに強い興味を惹かれている者のひとりだ。
最近はふと気づけば彼のことばかり考えている。
彼の姿を見かけるたびに鼓動が乱れ、
彼の言葉を耳にする度に血圧が上がり、
彼の困った微笑みを向けられるたびに息が詰まる。
もしかすると自分は何かの病気ではないのか。
最近はそんなことを疑い始めた。
(それもこれも全て、アイツの所為だ)
出会いは最悪。
見た目は最低。
今だって決して、良好と言える関係ではない。
口を開けば憎まれ口ばかりが飛び出てしまう。
それなのに何故か気になる。
気になってしまう。
(……ああクソ、なぜこう酷く苛つくのだ!)
そうしてある日突然胸に飛び込んできた来訪者は、
今日も少女の心を激しく搔き乱すのだった。
◇◆◇◆◇◆
昏く澱んだ空間に、明滅する光源があった。
人族が魔生樹と呼ぶそれは、枝から延びる無数の〈卵繭/コクーン〉を灯し、育み、生み落として、時間とともにその勢力を拡大していく。眷属を増やし、栄養を補給して、さらにその幹を太く伸ばしていく。
そんな魔生樹が鎮座する空間に、
新たな光源が追加された。
魔法陣。
地脈を利用したそれは転移を目的としたものであり、
魔力による発光現象が収束すると、
そこにはひとつの影がある。
何処より現れた来訪者は、
明滅する魔生樹を見上げて呟いた。
──頃合いか、と
そして宣言した。
──始めるか、と。
お読みいただき、ありがとうございました。
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