【第07話】 来訪者①
【前回のあらすじ】
ママ「新参者には負けません!」
「オイオイなんだァ、そのしけたツラはァ? つーかよォ、テメエ、俺様が名乗ってやってんだからテメエも名前くらい名乗れよなァ! まァ、豚野郎の名なんてそもそも興味ねェけどな! ひゃはっ!」
なんだよ、おい。
名乗って欲しいのか欲しくないのかはっきりしろよ。
突如現れた血色の少年のよくわからないテンションに少々呆れつつ、ひとまずは常識的な対応を返すことにする。
「ヒビキ・シバ、デス。アナタ、一体、何者、デスカ?」
「あァん? ヒビキ、シヴァ? 聴き取り辛ェんだよテメエ。もっとはっきりしゃっきり喋りやがれ!」
「私、公共語、練習中、デス」
「おっとそうだったのか。そいつは悪ィな」
血色の少年【アブラヒム】は前言を撤回した。
どうやら自分の非は認められる性格らしい。
「ンで、なんでアマゾネスの集落に豚が……って、そうか。テメエが例の隷夫野郎か」
「何カ、問題、デモ?」
「いやなに、そういや最近、気難しいことで有名なアマゾネスの大族長に上手く取り入ったヒモ野郎がいるってウワサに聴いてたから、いったいどんなクズ野郎かと思っていたら……そうかそうか、テメエがそうなのかァ」
口許に笑みを浮かべ、少年は近づいてくる。
だが、全く安心はできない。
なぜならアレは師匠やハミュットさんがよく浮かべている、好戦者のそれだからだ。
「まァ、そのナンだ」
瞳は赤い。
血のように紅い。
「ここで出会ったのもナニかの縁だ。ちょっとくらィ味見を──」
「そこまでだ」
不穏な呟きとともに、
腰元の片手剣に手を伸ばしていた少年。
制止したのは、少年とは別方向から響いた少女の声である。
「貴様、そこまでにしておけ。それ以上の集落における騒動は、このオビィ・ハオル・ハガネが看過しないぞ」
暗がりから現れた少女【オビィ】はそう言って、
血色の少年を牽制する。
その際に一瞬だが……ギンッ!
しっかりと俺を睨みつけてることも忘れない。
「あァ、なんだァテメエ、なんでメスガキがこんな時間にこんな場所にいやがる? そこの豚野郎と逢引かァ?」
「イエ、違イ──」
「違う! お、オレはただ、この豚野郎が毎晩集落で勝手なことをしていないか、監視しているだけだ!」
俺の言葉を遮るようにオビィが叫ぶ。
事実、その通りなのだろう。
(はぁ。やっぱり監視されていたのか)
こうして夜の鍛練を始めてからというもの、すぐに彼女は姿を現すようになり、最初から最後までずっと俺のことを監視していることは知っている。とはいえ彼女は姿を隠していた様子なので、俺も気付かないフリをしていたワケなのだが。
(それにしても毎日ガッツリ監視されるほど、俺って危険人物扱いされてるのか)
前科があるため否定できないのが辛いところだ。
「ふゥん。まぁいいや。それで、何の用だよ発情ビッチ、イイトコなんだから邪魔ァすんなよなァ」
「だ、だれが発情などしているものか! 訂正しろ!」
「オビィサン、訂正、部分、違イマス」
からかわれている内容が不快なのか、
少女は暗闇でもわかるほどに真っ赤だ。
「アブラヒム、サン、挑発、停止、オ願イ、デス」
「けっ、なんだよなんだよォ、テメエはそのビッチの肩を持つのかよォ。つまんねェ~なァ~」
俺に応戦の意思がないことを察すると、
興が削がれたのか、少年も片手剣から手を放した。
「そ、それで、貴様、一体何者だ!? どうしてここにいる!?」
「あァ? テメエだって聴いてたんだろピーピングビッチ。俺様ァフリーの傭兵屋で、この時期に部外者がここを訪れる理由なんて、決まってンだろがよォ」
「ああ、『祭り』か」
近々催される予定の、アマゾネスたちの祭り。
それはある者は賞金のために、
ある者は部族内の地位向上のために、
ある者はアマゾネスたちの酒池肉林を夢見て、
ハオル大森林に住む様々な部族の男たちがこぞって参加する、武闘大会のことである。
「それで貴様は、その参加者だと?」
「あァ、これがその証拠だァ」
そう言って少年は木札をオビィに投げ渡す。
(へぇ。参加者の『証」まで持っているのか)
なんでもこの武闘大会、
数日間に渡って執り行われるのだが、
普通に参加希望者を募ると数が多すぎるらしいからな。
そのため内部の希望者は事前に部族内で数を絞られ、外部の希望者は祭りの一ヵ月前ほどから、集落にて参加資格の有無を問われる『試験』を受けることになる。じっさい集落には少し前から腕に覚えのある冒険者たちが集まってきており、集落からやや離れたところに彼らのための逗留テントも用意されている。
祭りに参加する者、または試験に落ちてそれを見物する者たちは、そこで英気を養っているはずだ。
「たしかに貴様は、祭りの参加者のようだな」
そして目の前の少年は、そのどちらでもない。
森の外で活動しているアマゾネスから直々にスカウトされた実力者。
所謂『特待枠』の参加者だ。
「だが、なぜこのような時間に、このような場所に? 正規の手続きを経た参加者ならば、逗留テントに滞在しているはずだが?」
「細々とうっせェなァ。見ての通り俺様ァ吸血鬼だからなァ。キホン夜行性なんだよォ。ンでついさっき到着してテキトーなアマゾネスを捕まえて案内させようと思ったら、面白そうな豚野郎を見つけたから、ちょっと寄り道しただけじゃねェかァ」
「夜の森を、抜けてきたのか……」
オビィが眉根を寄せた理由は、
少年の非常識な発言よりも、
その行動からだろう。
日の落ちたプレト大森林を突破する。
それは魔獣たちの巣窟であるダンジョンに挑むことと同義であり、しかも見たところ、彼はそれを単身で果たしたようだ。
(つまりそれだけの実力者ってことか)
そう言えば俺も、
礫を投げられるまで接近に気付かなかった。
油断していたといえばそれまでだが、しかしそれよりも、それだけの力量がこの少年には備わっていると見るべきか。
(パッと見の外見年齢は、あっちが三つか四つ、年上ってところか)
だが十代中ごろに見える容姿に反して、その佇まいからは、師匠やハミュットさんには及ばないものの、幾多の戦いを潜り抜けた者だけがまとう『風格』が感じられる。
きっと彼は幼い頃より、
自分を磨いてきたのだろう。
命を賭けて、
死線を超えて、
己を高め続けてきたのだろう。
(……一体俺と、どちらが強いんだろうか?)
ふと、そんなことを考えている自分に気付いた。
(うわぁ危ない危ない、これ、完全に師匠たちの思考じゃないか。怖ぇー。俺怖ぇー)
朱に交われば赤くなると言うが、
俺も随分とこちらに毒されてきたらしい。
「まあいい、ならば滞在者用のテントに案内するからついて来い。あと貴様の勝手な振る舞いについては、貴様を推挙したアマゾネスに報告させてもらうからな」
「あァ、おっけェおっけェおーるおっけェ。なんでもいいからさっさと案内してくれやァ」
「それと貴様。オレの監視がないからって、勝手な真似をするなよ? 貴様の失敗や失態は、全て大族長様への評価に繋がるのだ。そのことを努々忘れるな」
「理解、デス」
「ふんっ」
「ンじゃァ~なァ~豚野郎。またどっかで戦ろうぜェ~」
そして二人は集落のほうへと去っていく。
残された俺も集中力が途切れたため、
本日のトレーニングを終えてストレッチに入る。
(……そう言えばオビィとまともに話したのって、あの日以来か)
これを機に、少しでも態度が軟化してくれればいいのだが。
◇◆◇◆◇◆
それから数日間は、
とくに際立った異変もなく経過していった。
変化と言えば精々、オビィがあの日から道端で睨みつけてくるだけでなく直接小言まで言ってくるようになってきたことや、俺とハミュットさんの稽古にアブラヒムが乱入してきてすったもんだの末に何故かハミュットさんに気に入られて俺と一緒に稽古を受けるようになったことや、そのせいでまたタウロくんが「は、ハミュット様に、新しい男が……」とナーバスになってしまいそれを慰めたりだとか、マリーが「なんだか最近、女の匂いがしますね。ママのいない隙にヒビキくんを誑かす悪い女ですか。連れてきてください速やかに処分します」と危険なことを言い出したのでそれは誤解だよと説明したりだとか、そんなところだ。
ちなみに俺が種婿候補に挙がっている件は、
未だマリーには報告していない。
なんだかんだ言って俺自身がその立場に就くことを不安に思っているため、それが確定するまでは、なんとなく、彼女にそれを伝えたくないのだ。
伝えてしまったら、
もう逃げられない気がして……
いつかは伝えなくてはと思う。
でも今はまだ……などと考えているうちに、
どんどんと言い出しづらくなってしまったのだ。
マリーはなにか勘づいているようだが、
少なくとも俺がそれを口にするまでは、
経過を見守ってくれるつもりらしい。
さんきゅーマリー。
愛しているよ。
今日の見舞いは花でも摘んでいこうかな。
「ふゥん……それで、森の様子がおかしいってェ~?」
そんな訳で本日も当然のように、
俺たちの昼稽古に参加しているアブラヒムである。
どうやら彼の職業は自分で名乗っていた通り職業『傭兵屋』。今はフリーのため、将来自分が立ち上げる傭兵団の資金調達のために、この武闘大会に参加するらしい。加えて今回は団員募集も兼ねており、かくいう俺も誘われたのだが、丁重にお断りした。
あとこの世界におけるヴァンパイアとは、
個体差があり基本的には夜行性ではあるものの、
我慢をすれば日中に活動できないというわけではないらしい。
例えるとアレだ。
低血圧の人が朝から頑張ってる、みたいな。
なのでアブラヒムはどこかぼんやりとしている。
まあそれも戦闘に突入してスイッチが入れば、
鬱陶しいほどのハイテンションになるのだが。
ともあれ。
「ああ。ここ最近はちぃっとばかり、魔獣たちの数が多過ぎる。これじゃあまるで『活性期』の前触れだって、何人かのアマゾネスが怯えちまってんだよ」
「活性期、デスカ」
柔軟をしているハミュットさんの言葉に、
危険な雰囲気を嗅ぎとる。
「ああ、魔生樹の活性期だ。ヒビキはたしか、まだ体験したことなかったよな? ヴァンパイアの坊主は?」
「ンにゃ~、俺様も直に体験したことはねェなァ~」
俺たちの反応に「そうか」と顎を引いて、
ハミュットさんは説明を続ける。
「知っていると思うが、魔生樹には活性期ってものがある。たしか地脈を流れる魔力の周期がうんたらかんたらと大族長様なんかは仰ってたが、要するに、魔生樹がバンバン魔獣を生み出す危険な時期だ。しかも生み出された魔獣は飢えた母体に栄養を届けるために近場の獲物を襲うっていう、最悪の事態を生み出しやがる」
そしてここは魔生樹が群生するプレト大森林。
活性期における魔獣たちの被害は甚大であり、毎回その時期には、各部族から少なくない死傷者が出てしまうのだという。
事実オビィの母親も、
前回の活性期でその命を森に還したのだとか。
では何故、そのような危険な魔生樹を放置しているのか。
それは魔生樹という存在のメリットとデメリットを語らねばならない。
言うまでもなく、魔生樹は危険な存在だ。
魔物を生み出し、ダンジョンを形成して、眷属以外の生物に須らく被害をもたらす。対抗する手段を持たない者たちにとってそれは、災厄以外の何物でもない。
だが『そうでない者たち』にとって、
その価値は一変する。
魔獣を狩って、素材を集める冒険者。
請負人だって依頼によっては、魔獣を狩ることは少なくない。
そうすることで得られる不老長寿の秘薬、未来を示す宝玉、地脈を制御するための塔、天空を裂く大剣などは、人族の歴史に大きな影響を与えてきた。そして今後もしばらくは、それが続いていくのだろう。
そのためには希少素材を採取できる魔獣の存在は必要悪。
それが魔生樹を完全に根絶することのできない、
人族側の事情である。
(だから国としては、ダンジョンに発展するような大規模魔生樹はともかく、プレト大森林みたいに『ほどほどに』育った魔生樹なんかは、一定数確保しておきたいんだ)
危ないけど捨てられない、
そんな厄介な物は一か所に集めて蓋をする。
それがプレト大森林だ。
(でも上のツケを払うのは、いつだって下の人間だ)
とはいえ現場の人間も馬鹿ではない。
わざわざそんな危険地帯に居を構えるのは、
それなりの理由がある。
(鬼帝国側は、この大森林で発生する問題を自分たちの力量で処理する限り、彼らに大森林内における『自治』を認めている)
もちろん帝国や領主への、納税義務はある。
しかし通常の町や村に比べて、この大森林に暮らす部族たちのほとんどは、前者と比べると有り得ないほどの裁量権を与えられているのだ。
詳しくは俺も知らないが、
前世以上に人種による価値観が異なる現世だ。
中には通常の生活様式では満足できない、納得できない、馴染めない者たちもいるのだろう。そんな彼らに与えられた数少ない居場所がこの大森林であり、それを守るためにも、彼らは暴れ狂う魔獣たちの脅威から逃げずに立ち向かわなければならない。
アマゾネスたちが種婿などやや強引とも言える手段で部族の頭数を……戦士の数を揃えようとする理由の一端が、ここにある。
「……へェ、そいつは結構じゃねェか。傭兵屋にはイイ稼ぎ時だァ」
「馬鹿野郎、そんな甘いもんじゃねーよ」
戦闘の気配を感じたのか、
ややテンションの上がってきたアブラヒム。
対照的にハミュットさんは苦虫を嚙み潰した表情だ。
「ったく、ホントなんでこんな時期に活性期なんて起きるんだよ。前の活性期からまだ三年も経っていないじゃねぇか」
「活性期、周期、アル、デスカ?」
「ああ。少なくともここ百年くらいは、活性期ってのは五年くらいの間隔でやってきてたんだ。だからアタイらもそのつもりで、集落の移動や祭りみたいな催しを計画している。それなのに今回の活性期は完全に予想外。イレギュラーさ」
「あァ? だったら武闘大会はァ?」
「本当にこれが活性期だった場合は、参加者たちには申し訳ないけど、延期か中止だろな。どころかアンタらにも、集落の防衛を依頼する可能性があるぜ?」
「はァん。で、報酬は?」
「そりゃ大族長様に聞いてくれよ。まあこちらが無理を頼むんだ。期待してくれていいんじゃんねの?」
「ふゥん。ならまァ最悪、食いっぱぐれることはねェかァ」
ハミュットさんはアマゾネスとして部族を、
アブラヒムは傭兵屋として損得勘定を、
それぞれ心配している。
そして俺も、
(もしそんなことになったらマリーは……)
彼女は今、動けない。動くことができない。
つまり魔獣たちがアマゾネスの集落を襲うというのなら、それが何十でも、何百でも、何千でも、何万であっても、俺はそいつらの前に立ち塞がらなければならない。
(強く、ならないと)
やはりこの世界における『強さ』とは、
否定の仕様がない『正しさ』なのだ。
「おっ、なんだいヒビキ。今日は気合入りまくりのビンビンじゃねえか」
「ひゃはァ! ヤる気じゃねェか豚野郎。いいぜェいいぜェ、そうこなくっちゃなァ! 今日こそテメエの手の内、マルっとゼンブ味合わせてもらうぜェ!」
幸いというかなんというか、いま俺の周りには、俺を鍛えてくれる師がいる。俺とともに高みを目指して競う相手がいる。ならばそれを利用しない手はない。目標と目的が一致した俺は、迷うことなく今日も鍛練に没頭した。
(そもそも全てが、杞憂だったらいいんだけどなぁ……)
そんな甘い期待を、僅かに抱いて。
◇◆◇◆◇◆
だが現実はいつも残酷で、
期待はいつだって裏切られる。
俺が人生二度目の決定的な敗北を味わうのは、
それから間もなくのことだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は明後日の予定です。




