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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
35/83

【第06話】  新生活②

(注意)今回は二話連続投稿です。


【前回のあらすじ】


 ママ「ふぅ。やっと私にも平穏が……」

 ラブコメさん「こんにちは」

 ママ「!?」






 正午過ぎ。


 洗濯場でタウロくんたちと別れ、

 ひととおり午前中の奉公を終えた俺は、

 アマゾネスの集落から少し離れた森の中にいた。


 本来このプレト大森林は魔生樹の群生地帯であり、魔獣除けの結界や罠が仕掛けられている集落以外では、人がおいそれと出歩くことは推奨されない。


 突如として茂みから飛び出す猪型魔獣。

 頭上の枝から降り注ぐ蛇型魔獣。

 器用に棍棒を振り回す猿型魔獣。

 気配を消して毒の牙を剥く蜥蜴型魔獣。


 人の手が行き届いていない未開の森は、

 魔獣たちの領域テリトリーだ。


 だがこの一帯は話が別。

 なにせここはアマゾネスの戦士たちの鍛錬場。


 ここにやってくる命知らずなどそうはいないと、

 俺をここに連れてきた初日にハミュットさんは豪語していた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 そして鍛錬場に魔獣が近寄らない理由は明確。

 なぜなら魔獣以上に危険な『猛獣』が、

 ここには出没するからだ。


「おいおいなっさけねぇなぁヒビキ! 男のクセに女より先にへばるなよ!」


 そんな危険な猛獣……もとい腕に闘牛の刺青タトゥーを入れた大柄な女蛮鬼アマゾネスは、大地に四肢を広げて寝転がる俺を見下ろしていた。


「おら立てヒビキ! おったちやがれ! 若いんだから青臭い回復力を見せてみろ!」


 とはいえ彼女も息は荒く、露出の多い褐色肌には大量の粒汗が浮かんでおり、言葉ほどに余裕はないはずだ。しかし瞳には活力が滾り、哀れな獲物をまだまだ甚振ろうという嗜虐心スパルタの炎が見て取れる。軽くデジャウだ。


「……な、なにもそんなところまで、師匠に似てなくたって……」

「あ? なんつったよヒビキ!?」

「ナンデモ、アリマセン」


 懐かしい思い出と痛みを、首を振って断ち切る。

 立ち上がるって応戦の姿勢を見せると、

 新たな指導者は笑みを深めた。


「よしよし、ようやくヤル気になりやがったか。でもまあテメエも、ようやく少しは持続時間が伸びてきたよなぁ。笑えるくらいあっちゅう間に果てていた最初の頃が懐かしいぜ」


 いろいろとツッコミどころ多い【ハミュット】さんの発言だが、今はそれをする気力が惜しい。


 それよりも少しでも長く息吹で脈拍を整えて、

 気力と魔力を高めていく。


「おいおい、ヤル気だなぁ。いいぜぇいいぜぇ、かかってこいよ。お姉さんがかる~く遊んでやるから。なんならおっぱい触っても怒らないぜぇ?」

「行キマス!」


 そして再開される、

 俺とハミュットさんの実戦型組み手。


 これもまた、俺の新たな日課だった。


        ◇◆◇◆◇◆


 それから数時間後。

 俺は再び大地に突っ伏していた。


(も、もう無理……何も出ないよぉ……)


 なんだか徐々にハミュットさんに毒されつつある気がするが、しかしこれ以上俺から何も出ないのは事実だ。精も根も魔力も絞り尽くした。


「キシシシ、そんじゃま、今日はこんぐらいにしとくか!」


 ようやく生徒いびりに満足したのか、

 本物の『鬼』教官様も俺の横に倒れこんできた。


「あ~っ、つっかれたぁ~」


 俺とハミュットさんの荒い呼吸が森に染み込んでいく。


「ヒビキ~、あっちぃかぁ~?」

「……ベツニ」

「アタイ、汗臭くないかぁ~?」

「……ベツニ」

「キシシ、だったら問題ねぇな」


 ある程度落ち着いてくると、ハミュットさんが寝転ぶ俺に密着して、頭の下に腕を差し込んでくる。

所謂『腕枕』というやつだ。男女が逆だが。そのまま俺を抱き締める。


「あ~、相変わらずヒビキは抱き心地がいいなぁ。とくに首回りとか腹周辺の筋肉が最高だぜ!」


 どうやらハミュットさん、他の鬼人オーガンではつきにくい豚鬼オーク特有の発達した筋肉がお気に召した様子。そのため、こうしてたびたび抱き着いてくる。まあ、普段お世話になっている身としては、この程度は恩返しにもならないだろう。何より俺も気持ちがいい。


 未だに性欲の薄い子どもの身体で助かった。


「どうだぁヒビキ、身体の調子は? どっか悪いとこあるかぁ?」


 ひとしきり俺を抱き締めたあとで、

 ハミュットさんがそんなことを聞いてくる。


 至近距離から見つめてくる黄金の瞳に、

 俺は手首の腕輪を触りながら答えた。


「大丈夫、デス。問題ナイ、デス」

「キシシ、問題ねぇってか」


 ハミュットさんはやや呆れた風に笑う。


「アタイが『それ』つけてようやく満足に動けるようになったのは、中戦士になるちょっと前だったってぇのになぁ。流石は大族長様の隷夫、ってぇことかい」


 彼女の苦笑の原因は、俺の両手両足に嵌る魔道具のためだろう。

 これは大族長【パトラ】さんから渡されたもので、なんでも代々アマゾネスに伝わる鍛練用の魔道具なのだという。


 効果は『肉体と魔力の減衰』機能。

 鍛練対象に負荷ストレスをかけることで、

 機能向上をより効率化するというものだ。


「それ付けてこれだけヤレるんだ。『祭り』が楽しみだぜ」

「ダト、イイノデスガ……」


 ハミュットさんの言う『祭り』。


 それは近々このアマゾネスの集落で催される小規模な武闘会を指しており、実は俺、その大会にエントリーする予定である。


 なにせこの武闘会の目的は、アマゾネスたちの『種婿』探し。

 この大会で成績を残すことは、観客であるアマゾネスたちの興味を惹くことになり、それは将来の選択肢として『種婿』が置かれている俺にとっては、大きなメリットだ。


(まあちょっとくらい腕っぷしが立ったとしても、こんな豚野郎を種婿に迎えようなんていう酔狂なアマゾネスなんていないだろうけど)


 しかしパトラさんやハミュットさんも、

 揃って「とにかく出ろ」と強く勧めてくる。


 そのためにわざわざパトラさんは隷夫としての奉公を免除してまで俺の訓練時間を設け、ハミュットさんはそれに付き合ってくれている。しかもその修行を、他のアマゾネスたちから隔離して隠すという徹底っぷりだ。曰く「そのほうが面白いから」とのこと。意味が分からない。


(おかげで集落では、変な噂が立ってたみたいだし……)


 涙目でタウロくんに「ぼ、ボクは、ハミュット様に、捨てられるのでしょうか……」などと相談されたときは本当に焦った。なんでもそのとき集落では「大族長様の隷夫が大戦士様からも寵愛をもらっている」などという事実無根の噂が流れていたらしい。


 あのときのタウロくんの説得は骨が折れた。

 あとオビィからの視線が三割増しで鋭かった。


 ちなみに隷夫や隷妹の『貸出レンタル』というのは、

 アマゾネスの文化的にはオッケーなようです。


「おいおいなんだよヒビキ、弱気だなぁ。つーかテメエ、なんでそんなに自信がねぇんだよ? ガキなんだからもっと誇れよ。驕れよ。なんつったってアタイや大族長様が、太鼓判を押してやってるんだぜぇ?」

「……」


 そんなことを言われても、俺は知っているから。

 俺より強いヤツらの存在を。


(だから俺は、油断はしない。慢心はしない。満足しない)


 強く、強く、より強く。


 この世界では誰かを守るためには、

 強くなることが一番わかりやすい。


(だから俺は、強くなる。そのために必要なことはなんでもする)


 不意に、頬をブニブニと突かれた。


「お~い、もしもぉ~し。起きてるかヒビキ? つーか横で寝ている女を無視して、勝手にトンじゃってんなよな。失礼すぎるだろ」

「……ゴメンナサイ」


 立ち上がり、茹りかけてきた頭を覚ます。

 ハミュットさんも背伸びして、その豊満な胸を突き出した。


「うし、じゃあそろそろ行くか。今日も行くんだろ?」

「ハイ」


 汗と土で汚れた身体を清めるため、二人並んで小川へと向かう。


        ◇◆◇◆◇◆


 小川での入水から数時間後。夕刻。


「そうですか。では今日も、おおむね平和な一日だったのですね」

「ああ」


 俺は集落へ戻ってからハミュットさんと別れ、

 他のテントから隔離されたとあるテントを訪れていた。


「よかった。本日もヒビキくんが無事であったことを、ヒビキくんに感謝します」

「いやいや、そこは神様じゃないのか?」

「だって、ママの神様はヒビキくんですから?」


 うん、今日も愛が重い。


 しかしつられて笑ってしまう俺もきっと、

 この人のことを笑えないんだろう。


 肩口で切りそろえた白髪。

 紅玉に似た大きな瞳。


 アマゾネスの民族衣装に身を包み、

 床に敷かれた布団から半身を起こすのは、

 この世界における俺の母親【マリー】である。


「それよりマリー、身体の調子は大丈夫なのか? 無理してないか?」

「ええ、こうしてヒビキくんの顔を見ているだけで、苦痛などまるで感じません。むしろ幸せすぎて今すぐ死んでしまってもいいくらいです」

「いや死んじゃダメだからな?」


 なんともブラックなジョークで場を和ませてくれようとするマリーだが、しかし実際のところ、彼女の容態はかなり深刻だ。


 とある騎士から受けた呪禁魔法。

 それは今もマリーの身体と精神の奥底に巣食い、

 着実に宿主を蝕んでいる。


 そのためマリーは、一日のじつに二十時間以上を寝て過ごしていた。


 魔力を用いた一時的な仮死状態を行うことで、

 呪いの進行を極限まで遅滞させているのだという。


 そして僅かに残った数時間のあいだに食事、排泄、清掃、肉体のストレッチなど、生きるために必要な生理活動を処理せねばならない。それらをアマゾネスたちの介助を受け終えた後の小一時間ほどが、俺とマリーの貴重な面会時間だった。


「マリーには俺が〈万能霊薬/エリクサー〉を手に入れるまでは、頑張って生きてもらわないと」


〈万能霊薬/エリクサー〉。

 それはごく一部の精人アルヴたちによって精製されるという、どのような怪我や病魔や呪いもたちどころに癒してしまうという、奇跡の万能薬。


 アマゾネスの治癒士たちによると、現在のマリーから呪禁魔法を取り除くには、この〈万能霊薬/エリクサー〉を用いることがもっとも有効であると言う。


 だがこの〈万能霊薬/エリクサー〉、効果に比例して希少性もかなりのものらしく、まず一般市場には出回らないうえに、金額もべらぼうに高いのだという。もちろん今の俺ではとうてい用意できる金額ではないし、そもそもこのプレト大森林のどの部族もこれを所有してはいない。それほどのレアアイテムなのだ。


(だからって、諦めるはずはないけどな)


 金がないのなら、貯めればいい。

 品が出回っていないのなら、依頼して作ってもらえばいい。

 そのために必要な素材が高額だったり希少だったりするというのなら、それを俺自身の手で、集めてしまえばいい。


 そのための方法のひとつとして、

 俺は『冒険者プレイヴァー』になることを考えている。


 もし仮にアマゾネスの種婿になったとしても、その『務め』さえ無事に果たすことができれば、師匠のように種婿はこのプレト大森林の外へ出ることを許されている。そして町の冒険者ギルドで登録を済まして、冒険者として活動。資金を貯めつつ、資材を集めて、アルヴに依頼。いつか〈万能霊薬/エリクサー〉を手に入れる。それが俺の目標だ。


「ごめんなさい、ヒビキくん。ママが〈万能霊薬/エリクサー〉のような霊薬を、持っていればよかったのですが……」

「それはさすがに望み過ぎだよ、マリー。マリーが浄火軍から持ち出してきた物には、随分と助けられている。この翻訳機だって、もの凄く役に立っているし」

「本当ですか?」

「ああ」

「でしたら役に立ったママに、いい子いい子してください」

「そんなことなくても、いつでもマリーの頭なら撫でるさ」


 言われたとおりに、

 櫛で梳かしたばかりの白髪を撫でる。

 マリーは目を細め、幸せそうに頬を緩めていた。


「にゃー、にゃー、幸せですにゃー」


 幸せすぎて猫さんになったようだ。

 俺もマリーに喜んでもらえて嬉しい。


「この時間が、いつまでも続けばいいのに……」

「いや、これじゃ駄目だ。だからもっと良くなるように、俺は頑張るよ」

「ヒビキくんがこれ以上頑張らなくても、ママは十分に幸せですよ?」

「でもそれは、俺の幸せじゃない。俺は欲張りだからな。俺はマリーと一緒に、俺自身も幸せになりたいんだよ」


 俺が、

 俺自身に、

 俺は貴方の息子なのだと、

 胸を張れる人間になりたいのだ。


「そうですか。ならばママはもう何も言いません。頑張ってくださいヒビキくん。応援しております」

「おう。マリーに応援なら百人力だぜ!」

「もう、おおげさですねぇヒビキくんは。でも、今だけは、もっとママを応援していただけると嬉しいです」

「ん、了解。こうか? ここがええんか?」

「ああ、そこそこ。そこです。にゃー。にゃぁ~っ」


 そんな微笑ましい会話を交えつつ、猫さんと化したマリーの肩や首回りをマッサージするのが、俺の大切な日課であった。


        ◇◆◇◆◇◆


 そして夜。

 マリーが再び仮死状態に入り、介護をアマゾネスの治癒士たちにお願いしたあとで、パトラさんの隷夫としての奉公をあらかた済ませた俺は、集落から少し離れた森の中へと足を運んでいた。


 ここならばギリギリ、集落を覆う退魔結界の範囲内なので、周囲への注意を怠らなければさほど危険はない。


 集落からは今宵もアマゾネスたちの、

 酒盛りによる賑やかな声が聴こえてくる。


 それを豚耳で拾いつつ、俺は昼間のハミュットさんとの組み手や、かつての師匠との訓練を思い出して、薄暗闇の中ひとりで黙々と一日を締める反復練習を行っていた。


 いま、俺が行っているのは『流水の型』。


 師匠から教わった羽兼龍断流無手術のひとつで、

 防御に特化した構えで敵の攻撃を受け、

 ついでに武器を絡めとる練習だ。


「っ!」


 だから……だろうか。

 俺は暗闇の向こうから飛んできたつぶてに気付き、

 それを叩き落すことに成功した。


「誰だっ!?」


 構えを防御のための『流水の型』から、

 攻撃のための『烈火の型』に切り替えつつ、

 俺は姿の見えない襲撃者に声を荒げる。


 すぐに、答えは返ってきた。


「あァ? 俺様かァ? 俺様が誰だってかァ? ひゃはっ、そんなに知りたきゃ教えてやるよ豚野郎。垂れた耳の穴ァかっぽじってよく聞きやがれェ」


 そう言って薄暗闇から月下に姿を現したのは、

 十代中ごろ程度の外見をした人族だった。


 鬼人特有の、瞳孔が縦に裂けた血色の瞳。

 肌は白く、金髪で、それを束ねて三つ編みにしている。


 身に纏う鎧は機動力を重視した華美な軽装。背中に二本、左右の腰に二本と、計四本の片手剣を装備しており、鎧を含めたそれらは全て、血色の深紅で染められていた。


 整った顔にニヒルな笑みを浮かべて、

 血色の少年は名乗る。


「俺様の名前はアブラヒム! いずれ傭兵王となるアブラヒム・ヴァン・ヘルシングとはァ、俺様のことだァ!」



 お読みいただき、ありがとうございました。

 

 次回の投稿は明後日の予定です。

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