【第04話】 名前
【前回のあらすじ】
新章『理想のヒモ生活 ~豚鬼編~』突入!(嘘)
「マリアン! マリアン!」
「おっふ!」
敷布から半身を起こす少女【マリアン】の姿を目にするなり、
俺はテントに飛び込み彼女の身体を抱き締めた。
力が強すぎたのかマリアンが奇妙な声を漏らしてしまう。
「……〇△無理▽禁物」
「彼女◇、病人□〇カラ」
「アマリ◇△、加減×〇」
「あ、す、すいませんっ……じゃなかった、アリガトウゴザイマス」
そんな俺の突飛な行動に、それまでマリアンを診てくれていたらしいアマゾネスの女性たちは苦笑い。慌てて口にした公共語による感謝の言葉に手を振り、次々とテントから退出していく。
そんな彼女たちの瞳にはじめて、俺がこの集落で浴び続けていた負の感情以外のものを読み取ったのは、きっと気のせいではないはずだ。
「よかった……本当によかった……」
「ヒビキくん……」
二人きりとなったテントの中。
俺はマリアンがこうしてここにいる感動を噛み締め、
マリアンはそんな俺の頭を優しく撫でつけてくれる。
しばし穏やかで、優しい時間が流れた。
それから、
「それで……ヒビキくん。ママとしてはこうしてヒビキくんに抱きしめられることに何の不満も問題もないというかむしろこれっぽっちじゃ全然足りないくらいなのですが、状況が状況です。口惜しいですがほんの少し、ママに状況を整理する時間と情報をください」
「お、おう」
あくまで穏やかに口にされたマリアンの指摘に、
俺はまたしても自分の不備に気付く。
(そうだよな。マリアンとしてみればドラゴンゾンビ……下手したら浄火軍の女騎士との戦いあたりから意識がほとんどない状態だったんだ。そして目を覚ましてこの状況なら、混乱するのも無理ないか)
とはいえ何から話そうか、何を話すべきか。
(脱出計画の成否からここまでの進展を、素直に話すべきか? いやでも、さっきのパトラさんからのお誘いはまだ、伏せておいたほうがいい気がするし……)
どこまで明かして、何を秘するべきか。
「えっと、その……」
もとよりオツムの出来がよろしくない自覚のある俺は、
答えを求めるマリアンの前でしばし逡巡してしまう。
「ヒビキくん」
そんな俺の葛藤を見抜いたのだろうか。
マリアンは質問の方向性を変えたようだ。
「どうやら色々と、事情があるようですね。でしたらまずは、ママの質問に答えてください。そしてわからない、答えたくない質問には、そのように答えてくださって結構です」
「そ、そうだな」
俺よりも遥かに聡明で賢い彼女のことだ。
俺が「あーだこーだ」と説明するよりもきっと、
的確かつ効率的に話をまとめてくれることだろう。
「では最初に、最も重要な質問なのですが……」
表情を引き締めたマリアンが、
紅玉の瞳に真摯さを浮かべて口を開く。
「あの……どうしてヒビキくんは、ママにこんなにも優しいのですか?」
「……は?」
一瞬、意味がわからなかった。
あまりに的外れな質問に、思わず真顔になってしまう。
「いえですから、その、おかしいじゃないですか! いえべつにこうしてヒビキくんに優しくされることにはなんの不満もないというかもう天にも昇る気持ちで先ほどから胸がキュンキュンして心臓が破裂しそうなほどなのですが、それはそれとして、やはり不自然ですよ! ヒビキくんがママに、こんなにも優しいなんて!」
「は!? 息子が母親に優しくしてなにが悪いんだよ?」
「それもそうですね!」
俺の反論にマリアンはあっさりと納得した。
相変わらずチョロい。
「じゃなくて、いや、それが真っ先に出てくる質問!? おかしいだろ!? 今は、もっと他に重要な確認事項がいくらでも──」
「ママにとってこれ以上重要な問題なんてありませんよ!」
「お、おう……」
今度は俺がマリアンの意気込みに押されてしまった。
(なんだこの不毛な遣り取り?)
頭が痛くなってきたぞ。
「正直に、答えてくださいヒビキくん」
早くも憔悴してきた俺に対して、
マリアンは質問の勢いを緩めない。
「これは夢ですか? 幻ですか?」
「そこから疑ってるレベルなのか!? そして現実という選択肢はないのかよ!」
「だって……やっぱり、おかしいじゃないですか。ヒビキくんがママに優しいだなんて、妄想の中でしか有り得ません!」
「俺アンタのなかでそんな酷い認識だったの!?」
「その証拠にほら! 痛くありませんもの!」
「うわっ!? なに肌が白くなるまで抓ってんだよ!? それただ痛みが麻痺しているだけだから! やめなさい!」
「もうっ、夢なら夢と、素直に仰ってください! そうすればママも、遠慮なく甘えられますから! というか甘やかせますから!」
「アンタこれでまだ手加減してんのかよ!?」
手加減してこの暴走っぷりなら、
本気を出せばどうなるのか……
想像するだに恐ろしい。
「……はあ」
さっきからどうにも話が嚙み合わないな。
(そういえばマリアンは病み上がりなんだ。まだちょっと、混乱しているのかも……)
頭に浮かんだそんな疑問を、
俺は即座に否定した。
(……いや違うな。これは『俺の所為』だ)
俺と彼女の、意識の違い。
認識の齟齬。
目線の乖離。
それらは全て、俺が今まで、彼女に行ってきた行為の『ツケ』だ。
怯えるあまりに突き飛ばして、
恐れるあまりに噛み付いて、
彼女を必死に遠ざけた、
俺の罪だ。
「ごめんな、マリアン」
「にゃっ!?」
だから俺は再度、彼女を抱き締めた。
もう決して、彼女を手放さないために。
そして俺自身が彼女から、逃げ出さないために。
「今までごめん。本当にごめん。至らない息子で、手のかかる子どもで、ワガママなガキで、本当にごめんなさい」
「ひ、ヒビキくん……?」
「でも俺、ようやく気付いたんだ。わかったんだ。理解したんだ。信じることができたんだよ」
「……?」
マリアンの心を垣間見て。
彼女の気高い愛情に触れることで。
愚かな俺は……やっと、辿り着いたんだ。
「マリアン。あんたは、最高の母親だって。俺なんかには勿体なさすぎる、世界で最高の女性なんだって」
こんな俺を、愛してくれてありがとう。
こんな俺を、育ててくれてありがとう。
こんな俺を、産んでくれてありがとう。
そんな万感の想いを込めて、彼女をギュッと抱き締める。
「……」
そんな俺の告白と行動に対して、
マリアンは無言だ。
無反応である。
(……?)
返答を期待していた俺としては不安になってしまうが、
さりとて拒絶されているわけでもない。
十秒、二十秒、三十秒……と、
落ち着きのない沈黙に耐え続ける。
「ま、マリアン?」
そしてとうとう耐えきれなくなった俺が、
腕の中で動かない少女を確認すると……
「……」(くたっ)
マリアンは鼻血を噴いて白目を剥いていた。
美少女が絶対に見せてはいけない顔である。
「だ、誰か治療を! 衛生兵! 衛生兵!」
病み上がりの彼女に無理をさせてしまった。
慌てた俺はテントを飛び出し、外で待機してくれていたアマゾネスの治癒士たちにスライディング土下座をかますのであった。
◇◆◇◆◇◆
「なるほど。おおよその事情は把握しました」
あのあと、治癒士たちの治癒魔法により体調を回復させたマリアンに、今度はあらかじめ頭の中で整理しておいた情報を説明した。
開示したのは、浄火軍との戦闘の顛末。
飛来した勇者と、あの場に残った師匠のこと。
そしてここへ転移した経緯と、そんな俺たちに対するアマゾネスたちの反応である。
伏せたのはやはり、俺とパトラさんの密談だ。
本当はこれも正直に相談したほうがいいかもと途中までは迷っていたのだが、なぜかパトラさんの話題に触れるたびにマリアンから不可解な重圧を感じたので、なんとなく秘密にすることを選択した。まあマリアンからしてみれば自分の知らないところで自分の処遇を決められそうになっていたのだ。そりゃあ不快だろう。ごめんよマリアン。
「では……つまりわたくしたちは現状、ハガネさんのかつての功績とアマゾネスたちの温情によって、こうして手厚い待遇を受けているわけですが、それもいつまで続くかわからないと」
「ああ。でもパトラさんはできるだけいいように取り計らってくれるって言ってくれてるし、今後の俺の努力次第で、その可能性は高められるとも思っている」
具体的には俺が彼女たちの期待する『何か』を証明できるか。
それによって彼女たちの『種婿』として認められるか。
何よりその立場を俺自身が受け入れられるか。
(……正直、ハードルは低くないと思う)
それでも現状の解決方法が提示されていることは、
有り難いし、幸運であるとも思う。
「ではママも、及ばずながらお手伝いを──」
「それはダメだ」
硬質な俺の声は、拒絶だった。
「マリアン。アンタは重病人なんだ。お願いだから今は治療に専念してくれ」
こうして普通に会話していると忘れそうになるが、
彼女の身体には今も呪禁魔法が巣食っており、
着実に執念深くその命を蝕んでいる。
意識があることが信じられない。
起きて会話をすること自体が奇跡だと、
アマゾネスの治癒士たちは揃って語っていた。
(パッと見気丈に振舞っているけど、よく視ればわかる)
その弱々しい呼吸が。
隠しきれてない球粒状の汗が。
時折乱れる口調や彼女の突飛な反応が。
彼女があくまで平静を『装っている』だけであり、
依然として現状が厳しいものであると物語っている。
「でしたら……せめて、資金面の問題だけでも協力させていただけないでしょうか?」
正直その提案は、非常に魅力的だ。
なにせ話に聞く彼女の〈次元門/ゲート〉には、浄火軍から持ち逃げした様々な貴重品や魔法道具が収納されているのだという。それらを売りさばくだけでちょっとした財産になるという見立ては、師匠も肯定していた。
だけど、
「頼む……マリアン。今回は、今回だけは、俺のワガママを聞いてくれ」
先ほどのパトラさんとの会話でも自覚したことだが、
どうやら俺は、可能な限り俺自身の力で、
マリアンの問題を解決したいらしい
くだらない自己満足だとは理解している。
けれどこれは、俺にとって非常に重要なことだ。
「マリアン、俺を信じてくれ。大丈夫、ちゃんと解決方法だって考えてあるんだ。それとも俺は、アンタの息子は、そんなに不甲斐ないヤツなのかよ?」
正直、汚い話の誘導だと思う。
でもこの『息子』という切り札をちらつかせること以外に、
俺は彼女を納得させる術を思いつかない。
「……わかりました」
ややあって、マリアンは顎を引いてくれた。
「ですがヒビキくんがそのような勝手を押し通すつもりでしたら、ママのほうからもひとつ、要求があります」
「ほう」
「交換条件、と捉えてもらっても構いません」
「ふむ」
まあマリアンからしれみれば、
俺が何かを隠していることはお見通しだろうからな。
それでもあえて、それに乗ってくれるというのだ。
交渉のテーブルにつかない選択はない。
「言ってくれマリアン。俺にできることならなんでもしよう」
腕の一本を寄越せと言われれば即座に差し出そう。
なんなら死なない程度に腹を掻っ捌いてもいい。
「で、では、お言葉に甘えて……」
そんな覚悟を決めた俺に、
マリアンもギュッと表情を引き締めて、
「ヒビキくん。ママのことを、マ、『ママ』と呼んでくださいっ!」
「……うぇ?」
本日、何度目かの奇声が口から漏れた。
「い、いやマリアン、何を言って……」
「そう、それです! いやべつに、わたくしとしてもヒビキくんに名前を呼んでいただけることはそのたびに天にも昇るほどの幸福と高揚に包まれるものですが、ですがそれはそれとして、やはり一度くらいは、ママのことをママと呼んでいただきたいのです! ママとして!」
興奮に身を乗り出したマリアンが「むふー!」と鼻息を荒くしている。
紅玉の瞳には期待。
小さな手にも信じられないほどの力が籠っている。
「ま、マリアン? それはその、ちょっとハードルが高いというか……」
「お願いです! 後生です! お金ならいくらでも払いますから!」
「そういう問題じゃないんだよ……」
見た目はともかく、精神年齢二十オーバーの男性の口から『ママ』という単語を紡ぎ出すことは、下手な拷問よりも苦痛である。少なくとも俺にとっては。
なにせ俺には、前世というトラウマがある。
そのため直接『お母さん』とか『オフクロ』とかいう言葉を口にすることを今まで徹底的に避けてきたのだが、どうやらそれが、マリアンにとっては不服だったらしい。
(べつに俺がそう呼びかけて、マリアンが拒絶するとか考えてはいないんだけどな)
でも頭での理解と本能に刻まれた苦痛は別物で、
その単語を口にすることを考えただけで、
心臓がバクバクと悲鳴をあげるんだ。
情けないことに。
「あっ……」
そんなことを目まぐるしく考えていた俺は、
いったいどんな表情をしていたのだろうか。
「す、すいませんヒビキくん。ママとしたことが、つい調子に乗ってしまって……」
だけどそんなことよりも、痛ましげに瞳を伏せてしまったマリアンの姿に、俺の心は絶叫をあげた。
(馬鹿野郎! 何やってんだよ、俺!)
マリアンを守ると決めたのに。
誓ったはずなのに。
(それなのにさっそくこんな顔させやがって、いったいどの口で『信じろ』なんてほざいてんだよ!)
萎んでしまった勇気を振り絞り、俺はマリアンの肩を掴んだ。
「まっ!」
「……?」
「まっ、マリ……じゃなくて、まっ! マっ!」
あと少し。
たった一言じゃないか。
音飛びするレコードのように何度も意味不明な単語を繰り返す俺に、マリアンも何かを察したのか、急かすこともなくじっと俺の様子を見守ってくれている。
そして、
「まっ、まぁっ、マっ……『マリー』っ!」
ヘタレな豚の、限界がこれだった。
(いや、どんなに恰好つけたところで『ママ』はやっぱりハードルが高いよ)
勢いだけじゃ無理があるよね。
「ごめんな、これが俺の精一杯だ。ごめん。本当にごめん」
「ヒビキくん」
情けなく頭を下げようとする俺を制止して、
マリアンははっきりと、
俺の名を呼ぶ。
「もう一度、呼んでください」
「……は?」
「もう一度、ママの名前を呼んでください」
怪訝に顔を上げた俺は、
正面の少女の表情を見て息を吞む。
そして何度か深く息を吸い、
先ほどのような誤魔化しではなく、
その言葉にしっかりと意味を込めて相手に伝えた。
「マリー」
「はい」
すると名前を呼ばれた少女【マリー】は、
涙を溢して微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
とりあえず今回の連続投稿はここまでです。
今回の投稿ぶんは緩急のない、箸休め的な話が続きましたが、すぐにまた物語は動き始めるので気を長くしてお待ちしていただけると有り難いです。
それでは。




