【第03話】 女蛮鬼③
【前回のあらすじ】
みんな大好きロリB・B・A!
どうやら女蛮鬼の一族とは、俺が目を覚ました簡易家屋でも感じたように、前世における遊牧民じみた生活を営んでいるようだ。
現在彼女たちのいる場所は鬼帝国の南部に広がるプレト大森林。
亜熱帯気候のジャングルの中に、彼女たちの集落はあった。
より正確には大森林内にあるいくつかの拠点を、
一定期間ごとに部族単位で移動しているとのこと。
定住志向が強い元日本人の俺としては、なかなか想像し難い生活である。
(なんだかこうして歩いていると、本当に異世界にいるんだなって実感するな)
今まで俺がいたサウストン大陸で出会った人種は真人だけだったため、魔獣や魔法といったファンタジー要素は感じつつも、どこかにそれは前世から続く身近な世界という感覚もあった。
だがここは鬼帝国。
人種割合の大半を鬼人が占め、その他も獣人や蟲人や精人といった、サウストン大陸では見られなかったヒューマ以外の人種が埋め尽くしている。むしろここではヒューマのほうが少数なのだ。しかもそのほとんどが、奴隷同然の扱いを受けているらしい。
(その光景に直面したとき、俺はどんな感情を抱くんだろうか……)
そんなことを考えると、眉間に皺が寄ってしまう。
「……」(じとー)
前を歩くアマゾネスの少女の視線でそれに気づき、
慌てて思考を切り替えた。
(そうだ。今は遠い未来よりも目先のこと。他人より自分の目的だけを考えろ)
愚かしい判断だとは思うが、
残念ながら今の俺には余裕はない。
見も知らない誰かを片手間で助けられるほど、
俺は全能でも善人でもないのだ。
(とにかく、情報を集めろ。少しでもはやく足元を固めるんだ)
道案内をしてくれるアマゾネスの少女の後ろから、
集落の様子を観察する。
基本的な住居はやはりテントのようで、時折簡単な木造建築物なども見受けられる。テントに使われている布地の色は多種多様で、民族細工なのか、そのほとんどに細かい刺繍や模様が縫い込まれていた。
焚火を起こして、料理の下準備をする女性。
川から木桶で水を汲み、テントへと運ぶ女性。
紐に吊るした洗濯物を、手際よく回収する女性。
アマゾネスたちの生活風景から推察するに、
生活文明は発展しているとは言い難いだろう。
これはサウストン大陸でも感じたことだが……
この世界の住人たちは魔法という一部の便利技術がある所為で、かえって全体の生活水準の底上げが滞っている節がある。
とはいえこの世界には、
すでに何人もの転生者が影響を与えているのだ。
その結果がこれだというのなら、
そこには何らか意図や理由があるのだろう。
(たとえば技術を独占した一部の人間が、大衆を効率的に管理するため、とかな)
まあそのあたりの事情は俺が考えても仕方がない。
たしかに前世のそれと比べると劣るが、
だからといって不便すぎるわけでもない。
十分じゃないか。
(それよりも問題なのは……)
アマゾネスの集落ということもあり、当然というかなんというか、目につくのは見事に女性ばかり。その全てが半裸に近い格好で、しかも誰もが例外なく美女、美少女ばかりだというのだから、目のやり場に困る。
(でも今は、そんな呑気なこと言ってる場合でもないか)
わざわざ意識しなくても、
あちこちから突き刺さる視線と、聴こえてくる囁き声。
「……××オーク△……」
「……穢レ▽……族長……」
「……オビィ……無理矢理×▲……」
それらすべての視線には等しく、侮蔑や嫌悪、嫌疑や嘲弄といった、負の感情が乗せられていた。
アマゾネスの集落にいる男の存在が珍しいというよりも、下種で野蛮な豚鬼がなぜこんなところにいるという、アウェイな空気をヒシヒシと感じる。
道ですれ違った幼女が泣き出した。
年ごろの少女は露骨に表情を歪めている。
手近な武器に手を伸ばしている女性も少なくない。
(だけどそれも、仕方がないよな)
なにせ俺は性欲と暴力の権化、豚鬼。
こうした彼女たちの反応こそが普通であり、
今までが恵まれ過ぎていただけなのだ。
(今はまだパトラさんの客人って扱いだからみんな我慢してくれているけど、限界はあるだろう。だったらやっぱりあの話を、前向きに検討してみるしかないか)
脳裏に、先ほどの白髪のアマゾネスとの会話が思い出される。
◇◆◇◆◇◆
「ヌシよ。わらわの隷夫となれ」
「は? 隷夫?」
「うむ。まあ端的に言えば、わらわの情夫のようなものじゃな」
目の前の少女の発言が、一瞬理解できなかった。
(え? 情夫? ブタの俺にヒモになれってこと?)
母親を助けるためなら何でもすると覚悟した俺だが、
さすがにこの展開は予想外過ぎて震える。
「あの、マイオスさん? 聴き間違いでしょうか? いま、情夫って──」
「パトラで良いぞ。わらわの隷夫となるのならば、そのほうが自然じゃろうて」
どうやら聴き間違いではないようだ。
そして目の前の白髪褐色肌の少女【パトラ・プレト・マイオス】さんの中ではすでに、俺が彼女の言う『隷夫』とやらになるのは確定事項のような口ぶりである。
「いやいや待ってくださいマイオスさん! さすがにそれは意味がわかりません!」
「パトラじゃと言うておろうに。次はないぞぇ?」
「ぱ、パトラさん……」
一瞬、少女……パトラさんから放たれた『気』。
口調こそ穏やかだったものの、
剥き出しの刃物のように鋭くも冷たい威圧は、
彼女がどこまでも真剣であることを俺に知らしめた。
「せ、せめて理由を……理由を聞かせてください」
「うむ」
少しだけ冷静さを取り戻した俺に、
パトラさんは鷹揚に頷く。
「まず、誤解なきよう言っておくが、わらわはヌシに通常の隷夫としての役割……まあ日常生活における奉公仕事などは別にして、夜の奉仕までを求めるつもりは、ない」
「そ、そうですか……」
あからさまに安堵する俺に対して、
パトラさんは妖艶に口端を吊り上げる。
「少なくとも『今のところは』、のう」
「……」
「それともヌシのほうから『どうしても』というのであれば、手解きを考えてやらぬこともないぞぃ?」
「……」
「ヌシ、童貞じゃろ? アマゾネスに筆卸ししてもらえるなど、オトコにとっては武勇じゃろうて? こう見えてわらわは経験豊富じゃから、色々と教えてやれることは多いと思うがどうかのぅ? ん?」
「け、結構です!」
無言でスルーしようとしたら、手酷い追撃を喰らった。
(この人ぜったい、師匠と同じドSだよ!)
顔を真っ赤にした俺の反応に満足したのか、
パトラさんは口調を真面目なものに戻してくれる。
「そしてわらわの隷夫となるヌシの利点じゃが……要するに、わらわの『お気に入り』であれば、多少の『贔屓』は大目に見てもらえるというわけじゃ。なにせわらわはこのプレトの森を治めるアマゾネスたちの、大族長じゃからのぅ」
「え?」
「ん?」(ニタニタ)
「い、いや何でもないです……」
ネコ科の大型肉食獣じみた笑みを浮かべるパトラさんと、
俺は視線を合わせることができない。
(い、今この人、自分を『大族長』とか言わなかったか? ということはもしかしなくても、かなり地位の高い人なのか? いやまあたしかに、薄々そんな気はしてたけど……)
相手との話し方。接し方。空気。経験値。
そういったものからなんとなく、
彼女が平凡から抜きんでた存在であることは察せられた。
(しかしまさか、大族長とは)
彼女の統べる部族の規模がどの程度かは知らないが、
『この森を治める』とまで言っているのだ。
その言葉が虚偽でない限り、彼女が持ち得る権力や権限は、俺の想像の遥か上をいっているとみて間違いない。
(そ、そんな相手に俺は、今まで軽はずみな口をきいていたのか)
今更ながら、自分の軽挙さに眩暈がしてくる。
「あ、あのパトラさん……じゃなくて、パトラ様。これまでの無礼を、平にお許しを──」
「なあヌシよ。ヌシから見てわらわはそれほど、狭量に見えるかぇ?」
告げようとした謝罪の言葉は、
先んじて遮られてしまう。
「い、いえそんな滅相もない……」
「じゃったら今まで通りの対応で構わぬ。そしてわらわは地位や権力に媚びるオトコは昔から好かん。わらわの隷夫になるのなら、よく覚えておくがよい」
機嫌を損ねて怒る……というよりは、手にした玩具がつまらなくて不貞腐れるように腕を組んで唇を尖らせるパトラさんに、俺はもう頷くしかない。
「はい。わかりました」
「うむ。素直な子は嫌いではない。これも覚えておけ」
「わかりましたパトラさん。それで、俺からもひとつ質問いいですか?」
「受け付けよう」
俺がパトラさんの隷夫になるメリット。
これはもう理解できる。
つまり彼女は俺の母親を助けたいという一心を酌量し、俺が現状の『種婿の縁者』という立場ならそれは難しいが、彼女の言うように俺が『大族長の隷夫』になれば、それを出来得る限り可能にすると申し出てくれているのだ。
それは間違いのない俺のメリット。
パトラさんの優しさ。
「でも……だとしたら、俺が隷夫となることでの、パトラさんのメリットとは、いったい何なのですか?」
彼女の申し出は、思いやりは、
正直とても有り難い。
ただ一方通行の施しというものは、
俺のちっぽけな自尊心をチクチクと刺激した。
(くだらないワガママだとは、理解している)
でも、俺だって何かしたい。
彼女のために何かをしたい。
今までずっと、守られてばかりだったのだ。
だけどこれからは、俺が彼女を守る番だ。
それなのに第一歩からこのように他人の背に縋るような形では、いったい俺はどんな顔をして、俺を信じて送り出してくれた師匠に顔向けすればいいのだ。
「……んふっ」
そんな俺の覚悟を少しでも感じ取ってくれたのだろうか。
パトラさんは何故か『ぞくぞくぅ~』と身悶えして、
口元に満悦の笑みを浮かべた。
「ああ、良い。良いぞその顔は。幼いながらも、しっかりとしたオトコの顔じゃ」
「……?」
「おっと失敬」
俺が首を傾げると、
パトラさんはこちらに伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「わらわとしたことが、つい『摘み食い』してしまいそうになったわい」
そのままジュルリと口元を拭ったとき、
悪寒が背筋を伝ったのは黙っておこう。
「それでは、ヌシよ。ヌシの問いに答えよう。というか今のヌシの反応が、その答えじゃ」
「?」
「我が一族に強きオトコを迎え入れる。これはまぎれもない、わらわにとっての利点じゃろうて」
「???」
いまいち要領を得ない俺に、パトラさんは説明を続ける。
「ぶっちゃけのぅ。わらわはヌシに、我が一族の種婿になってほしいのじゃよ」
「ファッ!?」
「じゃが今は、そのときではない。時期尚早じゃ。なにせまだわらわはヌシの力を実際に確かめておらぬし、そもそもヌシはまだ……精通、しておらぬじゃろ?」
「うぇ!? な、なんでわかるんですか!?」
「ん? 匂い」
「マジですか!?」
たしかに『この身体』では、俺はまだ精通していない。
なにせ今は十二、三歳程度に成長しているが、
つい昨日までは八歳ぐらいだったからね。
仕方ないよね。
「じゃがいずれヌシもオトコに目覚め、オンナを欲する時が来るじゃろうて。そのときヌシには、わらわの隷夫から解放する代わりに、妻のひとりを我が一族のなかから選んで欲しいのじゃよ。それまでヌシを、わらわの手元に置く。それがわらわにとっての利点じゃわい」
「い、いや、妻を選べって、そんな急に──」
「ん? ひとりでは不満かぇ? まあわらわとしては優れたオトコならば、何人に種を仕込んでもらっても構わぬが、あまりに無節操すぎてもちと困るのぅ」
「いやいや、ツッコミどころはそこじゃないですから!」
「む、ヌシは前よりも後ろに突っ込む派かぇ?」
「もうヤダこの人!」
頭を抱え込む俺に、
パトラさんは心底不思議そうに首を傾げる。
(いやいや何だよ、妻を選べって。種を仕込むって。それに何人にも。それが普通なの? それがこの世界の常識なのか?)
まるで交配馬に種付けを促すように、
気軽に子を成せと大族長は言う。
ともするとそれが彼女にとっては……アマゾネスにとっては常識なのかもしれないが、しかしその提案を、俺はすぐには飲み込めない。飲み込めるはずがない。
何故なら俺は、前世で『いらない子』だったから。
だから俺は性交という過程よりも、その結果である『子ども』という存在を恐れている。怯えている。正直言って、怖いのだ。そこに『愛』がないのに子どもだけをこの世界に生み落として、はたしてその子が人生をちゃんとまっとうできるのか、想像すると胸が苦しくて堪らないのだ。
俺は絶対に、俺のような子を作りたくない。
だけど愛というものを注がれなかった俺は、
自分の子に愛を注げる自信がない。
だから怖い。
子を作るという行為が。
第二の俺を作るという可能性が。
「少し……考えさせてください」
返答を待つ彼女に、
そう絞り出すのが精一杯だった。
◇◆◇◆◇◆
「……ココダ」
そんなことを思い出していると、
ずっと先導をしてくれていた少女の足が止まった。
時刻はすでに夕刻に差し掛かっている。
茜色に染まりつつある世界の中で、気のせいかもしれないが、そのテントだけはなぜか、周囲のそれよりも温かなぬくもりに包まれている気がした。
「入レ」
少女がテントの入り口に手をかけ、先を促す。
「感謝デス。ハガネサン」
彼女は中に入らないつもりなのか、すれ違いざま声をかける。
すると赤髪蜂蜜肌の少女は非常に嫌そうに眉根をしかめ、
俺の腕を掴んできた。
「オビィ、呼ベ。オ前ガ、父ノ姓、呼ブ、不快」
いちおう公共語に不慣れな俺に気を遣ってくれているのか、わかりやすい単語で区切りながら、彼女はそんなことを言う。
(そういえばパトラさん、アマゾネスは母を敬い、父を誇る種族だって言ってたな)
なにせアマゾネスは強き父親を持つことを何よりの誇りとし、そんな父に見初められた母に少しでも近づこうと精進するのが一般的な考え方だという。そんな彼女からすれば尊敬すべき父親が豚鬼ごときに触れられるのは、自分の名を呼ばれることよりも苦痛なのかもしない。
(何にしても、嫌われちゃったなぁ)
なにせパトラさんと話し込んでいたテントを出て、案内役として紹介された彼女にここに連れてきてもらうまでのあいだで、会話らしい会話はこれが初めてだというのに、この有様である。
(まあ全裸を見せつけて、乱暴に突き飛ばして、父親の貴重な置き土産だった樹を木っ端微塵に吹き飛ばしたんだ。しかも相手はオーク。そりゃ怒るよな)
むしろそんな相手に対して、大族長の指示とはいえ、彼女はここまで案内してくれた。それだけでも彼女が非常に忍耐強く、使命感が強い性格であると評価できる。
そんな彼女にこれ以上、負担をかけたくない。
「了解デス、オビィサン」
そう考えて彼女の名を口にすると、
少女はより一層表情を不快気に歪めた。
「デキレバ、ソノ名モ、呼ブナ」
そして突き飛ばすように、テントの中に放り込まれる。
だが、痛みはない。
そんなものよりも重要なものが、目の前にあるからだ。
「……ヒビキくん?」
テントの天幕から差し込む明かりに包まれて……
寝布から半身を起こしたマリアンが、
そこにいた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話は明日の七時投稿なので、よろしくお願いします。




