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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
31/83

【第02話】 女蛮鬼②

【前回のあらすじ】


 愚息「HELLO!」





「……うっ」


 全身を覆う倦怠感。

 まだ眠っていたいと訴える本能。

 だがそれを否定する得も知れぬ焦燥感に駆られて、

 俺の意識はゆっくりと覚醒していく。


(……ここは……)


 ぼんやりと辺りを見渡すと、

 見覚えのない景色が広がっていた。


 室内。

 ただし宿屋のような個室ではない。

 頭上を覆う天幕の材質から判断するに、

 遊牧民族などが用いる簡易家屋テントのような空間だと判断できる。


 お香でも焚かれているのか、薄暗い室内には甘くも刺激的であるエキゾチックな香りが充満しており、テントにしては広く感じる空間を彩る黄金や宝石、装飾品の向こうには、小さな人影があった。


「……〇×。△〇◇」


 人影が漏らしたのは、聴き慣れない言語。

 大陸で用いられる公共語。


 そのことを理解した瞬間、一気に意識が覚醒した。


「……っ! ここはどこだ!? マリアン! マリアンは!?」


 なんだか今日はこのセリフばかりだな。


 繰り返される急展開に、

 麻痺気味の頭がそんなことを考える。


 すると裸足なのか……ペタペタ。

 足音とともに小さな人影が歩み寄ってくる。


 付随する『シャランシャラン』という軽やかな金属音は、

 彼女が手足につけている黄金環が奏でる音色か。


「ふむ。どうやら意識はしっかりしておるようじゃのう」


 耳に届いたのは、聴き慣れた神聖語。


 床に敷いた布に寝かされていた俺は、

 上半身を起こした状態で少女を見上げる。


 歳は若い。

 おそらくマリアンと同じか、少し上程度。

 せいぜい十代前半程度に見える。


 だが見た目に反して放たれる声音には艶があり、威厳がある。


 やや濃い目の褐色肌。

 縦に割れた黄金の瞳。


 整った容貌の目尻には入れ墨が施されており、

 熟れた柘榴のような唇は艶めかしく妖しい。


 体格や体形は容姿相応に幼くも瑞々しい少女のもの。

 しかし濃褐色の肌は得も知れぬ色気を醸しており、布面積の少ない衣類から露出された肌と、それを彩る黄金の装飾品が、彼女に年齢に不釣り合いな妖艶さを与えていた。


 長く伸びた白髪は、もとは銀髪だったのだろうか。

 うっすらと光沢が見受けられる。


 頭部の短角と、尖った耳。口元から覗く鬼歯は、彼女が鬼人オーガン種……おそらく先ほど森であった少女と同じ女蛮鬼アマゾネスであることを容易に連想させた。


「ぬぬ? どうしたヌシ、わらわの顔に何かついてるかぇ? んん?」


 ずい、と顔を寄せて。

 少女がその美貌で覗き込んでくる。


「……っ!」


 一気に血流が全身を駆け巡った。


 人は美しいものを目の当たりにすると、

 つい見惚れてしまう。


 そんなことは少女自身も察しているのだろう。

 それでもあえてそんなことをいう茶目気に、

 年長者の余裕を感じた。


「あ、すいません。つい……」

「かかか、そう畏まるでない。なにオトコに見惚れられるのは、いくつになってもオンナにとっては光栄なことじゃよ」


 俺の不作法を、少女は笑って許してくれる。

 この時点で俺はほぼ、少女を年上だと確信していた。


 おそらくマリアンと同じ、

 成長が途中で止まってしまったケースだろう。


「……って、ここはどこ!? マリアンは!? というかあなたは誰ですか!?」

「かかかっ、落ち着けヌシよ。ひとつずつ、丁寧に順序を踏んで物事を進めていくのは、オトコとしての最低限の礼儀じゃぞい?」


 焦る俺を、少女がやんわりと窘める。


「うっ、すいません……」

「まあわらわとしては、強引なのも嫌いではないがのう」

「そ、それで、マリアンは……?」


 あくまで母親のことを心配する俺に、

 少女はニィと口端を吊り上げた。


「マリアンとは、ヌシと一緒に運ばれてきたオナゴのことかぇ?」

「はい! 白髪に紅の瞳で、あなたと同じぐらいの背丈の、とびきり綺麗で美しく優しい聡明な素晴らしい女性です!」

「そこまでは聞いておらぬがのう」


 つい興奮して身を乗り出した俺に、

 今度は若干少女が引き気味だった。


「まあおそらく、ヌシの言うマリアンとやらがあのオナゴであることは間違いないじゃろうて。彼女なら今、別の場所で治療を受けている最中じゃよ。なにせ見た限りでは、急を要する重篤な状態じゃったからのぅ」

「っ!? それで、マリアンは無事なんですか!?」

「案ずるな。ギリギリのところではあったが、なんとか一命は取り留めておる」


 そのことを聞いた瞬間、全身から力が抜けた。

 安堵から、込み上げてくる嗚咽を抑えることができない。


「うっ、よかった……本当に、よかった……っ」


 みっともなく目元を濡らす俺を、

 少女が暖かく見守ってくれる。


「……あっ、すいませんでした! こちらから勝手なことばっかり! えっと、あなたのお名前は……?」

「パトラ。パトラ・プレト・マイオス。女性に名を訪ねるには少々遅すぎる気もするが、まあ、今回は大目にみてやろうて」


 呆れた顔でそんなことを言う少女に対して、

 改めて俺は布の上で姿勢を正し、

 頭を下げる。


「マイオスさん。本当に、ありがとうございました。マリアンの……俺の、母親の命を救ってくださって。心より感謝致します」

「かかかっ、じゃからそう畏まるでない。それに礼ならば、わらわよりもヌシらをここまで運んできたオビィに言ってやれぃ」

「で、ですが……」

「それよりも」


 なおも続けようとする俺の言葉を遮って、

 少女のほうから問いかけてくる。


「ヌシよ。あのオナゴがヌシの母親であるというのは、まことかぇ?」

「はい」

「じゃとしたら、いろいろと一筋縄ではいかぬ事情がありそうじゃのぅ。まずはそのあたりのことを、説明してもらえんかのぅ?」


 少女の言葉に一瞬、喉がつかえてしまう。


 俺とマリアンの関係。

 それを説明するには、あまりに懸念事項タブーが多すぎる。


 少なくとも目の前の少女は鬼人オーガン

 真人ヒューマでない人族にマリアンの素性を明かすことは、

 緊急事とはいえ、本当に正しいことなのだろうか。


「ヌシよ」


 葛藤する俺に、少女は言う。


「案ずるな。こう見えてもわらわは、それなりの歳月を生きておる。人を見る目はあるつもりじゃ。経験も積んでおる。話がどう転んでも、出来る限り悪いようにはせぬと約束しよう。じゃからヌシも安心して、わらわに胸襟を開いてはくれぬかぇ?」


 それは少女からの、最大限の譲歩だった。


(そうだ。この時点で俺は、この人に借りを作りっぱなしなんだ)


 ならば恩を返すことはあっても、

 好意を裏切ることがあってはならない。


 それにそもそもこの人の……引いてはこの人『たち』の協力なくしては、マリアンを助けることなんて、できやしないのだ。


(だったら虚偽は論外だ)


 俺は覚悟を決めた。


「わかりました。少々長いお話になりますが、よろしいですか?」

「うむ、構わぬよ」

「それとできれば……これからお話しすることは公にはして欲しくないのですが、そのような対応は可能でしょうか?」

「ふむ、そればかりは即答しかねるが……まあ、ヌシの希望に添えるよう、善処はしよう」

「ありがとうございます」


 そして俺は、語り出した。


 マリアンとの出会いを。

 師匠との別れを。

 浄火軍との戦いを……。


        ◇◆◇◆◇◆


 それから小一時間後。


「なるほどのぅ」


 そうした俺の説明がひと段落したところで、

 少女はしばし瞑目したのち、手を伸ばしてきた。


「……?」


 とりあえず様子見していると、少女の細腕が頭部に回されて、そのまま薄い胸元へと引き寄せられてしまう。


「……っ!? ま、マイオスさん!?」

「ほんに、よう耐えた。よくぞ足掻いたのぅ、強き子よ」


 動揺する俺に構わず、少女は労わるように、慈しむように、

 胸元に抱く俺の頭を優しく撫でる。


 その声音は震え、うっすらと涙すら浮かんでいた。


「いや、待って! 待ってくださいマイオスさん! 俺が嘘をついている可能性とか、考えないんですか!?」

「虚言を弄す者は、わざわざそのような言葉を口にせぬよ。それにヌシの証言は、すでに裏がとれておる」


 そう言って少女は俺から離れ、テントの隅へと移動。

 戻ってきたその手には、見覚えのある緋色のカタナが握られていた。


「紅風さん!」

「おおよその事情は、じつのところ彼女からすでに我が一族の精霊士が聴き取っておった。ヌシの証言は、その確認に過ぎなかったのじゃよ」


 少女の言葉を肯定するように、

 鞘のない剥き出しの刀身から……ボッ。

 微笑むように、火の粉が舞った。


「そしてこの精霊鳴刀が、かの武士もののふテッシン・ハガネの愛刀であることに疑いはない。ゆえにヌシの話にも、疑念はないというわけじゃよ」

「あ、あの……その口ぶりからすると、あなたは、師匠のことをご存じで?」

「うむ、如何にも。なにせかの御仁は、我ら一族に種を授けてくれた、敬うべき種婿たねむこ殿じゃからのう」

「えっ!? 種婿!?」


 少女の話によると、なんでも師匠は十年近く前に、彼女らの一族と接触を持っていた時期があるらしい。そして女しか生まれないアマゾネスの一族は、外部から強い男性の遺伝子を積極的に獲得しようとする文化がある。そのひとつが『種婿』であり、種婿に選ばれた男性はアマゾネスの一族とともに一定期間過ごし、自分の種を与える代わりに、彼女たちから感謝と奉仕を捧げられるのだという。


「そもそもハガネ殿に古代語を……おっと、ヌシらの言う神聖語を教えたのは、わらわじゃぞい」

「へえ、だから神聖語がお上手なのですね」

「うむ。そしてヌシが砕いたという大木。あれはもともと魔生樹で、ハガネ殿がかつて我々への置き土産として残していってくださったものなのじゃよ。まあじゃからこそ、此度の転移座標へと成り得たのじゃろうが」


 なるほど。

 師匠と縁のある魔生樹だったからこそ、

 今回の性急な転移魔法の座標として機能したわけか。


 おそらくここは、俺たちがいたサウストン大陸と、当初の転移先であったヒノクニとの中間に位置している。そして駆け足で起動した転移魔法はやはり出力が足りずに、転移座標がありサウストン大陸からもっとも遠いこの場所へと、強制転移させたわけか。


(え、だとしたらハガネって名乗ってたあの子は、師匠の……?)


 どこか師匠の面影を残した、

 烈火の如く怒り狂う少女の顔が脳裏に浮かぶ。


「ともあれ、そうとわかれば話は早い。他ならぬハガネ殿の縁者じゃ。わらわらも相応の誠意と敬意をもって接することに異論はない」

「じゃ、じゃあマリアンのことを──」

「ただし、じゃ」


 期待に満ちた俺の瞳に、どこか意地の悪い笑みを浮かべた少女が映る。


「物事には限度というものがある。そして世俗的な話になるが、対価もな。いかに種婿殿の縁者とはいえ、こればかりは無視できぬ」


 まあ、それはもっともな話だ。

 俺だって師匠の弟子だという理由だけで、

 何から何までお世話になろうとは考えていない。


 労働には対価を。

 ごく当たり前のハナシだ。


「それで、俺はいったい何をすれば?」


 全てを理解した俺の質問に、

 少女は満足げに顎を引く。


「うむ。問題となっておるのは、ハガネ殿が残した記念樹の破壊と、ヌシの母親の延命処置。前者はわらわの説得でなんとかなるじゃろうが、後者は別じゃ。ひとまず、当座の命を救うところまではハガネ殿の縁者として、わらわたちが責任を持とう。じゃが『その後のこと』までは、流石に面倒見切れぬぞぃ」

「『その後のこと』ですか……?」


 不吉な言葉に、つい眉根を寄せてしまう。


「如何にも。申し訳ないがヌシよ、わらわたちができることは、ヌシの母親の『一命をとりとめる』ところまでじゃ。じゃがそれ以上の体力の回復や、身体を蝕む呪禁魔法の解呪までは、わらわたちの腕では……否、このプレトの森の全ての部族が力を合わせても不可能じゃと、断言させてもらう」

「そ、そんな……」


 とりあえず、命を繋ぐことは可能だという。

 だがそれ以上の回復は見込めない。


 それはつまり終わりのない苦痛の中、

 血反吐を噛み締めながら日々を生きるという、

 闘病じみた生活を意味している。


 しかもそれはあくまで『現状での十全を尽くした場合』の話であって、闘病生活の例でもわかるように、それを維持していくためには相応の設備と人員、資金が必要だ。


「ではそのお金を──」

「ん? ヌシが稼ぐのかぇ? どうやって? 今の話ではヌシは、この鬼帝国の市民権すら持ち得ておらぬのじゃろう? それでは請負人ワーカーどころか、冒険者プレイヴァーギルドにすら登録できまい。そもそも言葉の壁はどうする気じゃ? 当面の生活基盤にも不安を覚えるのぅ」

「……」


 連続射撃される正論の弾幕に、

 俺は黙り込んでしまう。


 豚耳と豚尾も力なく垂れていた。


(でも別に、マイオスさんは意地悪を言っているわけじゃない。全部普通で、当たり前のことなんだ……)


 そしてそれを思い知らされるたびに、

 自らの未熟さを突き付けられる。


 結局俺は、自分ひとりでは、この世界で生きていけない。

 大事な人ひとりすら守ること叶わないのだと。


「とまあ問題点をつらつらと挙げさせてもらったが、そこでヌシよ、それらの問題をまとめて解決できるたったひとつの冴えた方法を、わらわがプレゼントしてしんぜよう」

「っ! ほ、本当ですか!?」

「うむ」


 そう言って少女は微笑む。


 慈愛に満ちた聖母の如く。

 交渉に長けた商人の如く。


「ヌシよ。わらわの隷夫れいふとなれ」



 お読みいただき、ありがとうございました。


 次話は明日の七時なので、よろしくお願いします。

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