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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第二章 会縁鬼縁編
30/83

【第01話】 女蛮鬼

【前回のあらすじ】


 ブタ、現行犯逮捕。


「〇△女蛮鬼(アマゾネス)◇戦士、オビィ・ハオル・ハガネ▽、成敗◇〇!」


 浅い呼吸を繰り返す昏睡状態のマリアンを背に、

 まだ聴き慣れない公共語で名乗りを上げたのは、

 蜂蜜色の肌をした少女だった。


 凛と響く力強い声音に、

 それを象徴するような炎の如き赤髪。


 顔は目も鼻も口も全てのパーツが鋭く整っており、

 一見すると美少年のようにも見えるが、

 しかし長い睫毛やツヤのある唇が、

 少女の美しさを謳っている。


 ハリのある蜂蜜色の肌を見せつけるかのように、衣類は胸元と腰回りを覆う布と、首や手首を飾る動物の骨や鉱石を組み合わせた装飾品のみ。つまりほとんど全裸。肌面積が非常に大きい。しかもノーブラなのか、少女が手足を動かすたびに、全体的にスラリとした体躯に不釣り合いな胸部や尻部が『ぶるんぶるん』と揺れている。


 額には二本の短い鬼角。

 口元から覗く鋭い鬼歯。


 やや先端の尖った耳に、

 縦に割れた黄金の瞳孔。


 それら鬼人オーガンの特徴からも、

 彼女が自身で述べた女蛮鬼アマゾネスであることに疑いはない。


「死△、コノ××豚野郎ッ!」

「マ、待ツ、オ願イ!」


 ギリリと拳を握り締め、

 こちらに駆け寄ってくるアマゾネスの少女。


 慌てて手を上げ、慣れない公共語で制止を訴えるが、俺の発音が良くないのかそもそも聴くつもりがないのが、少女は一瞬たりとも止まってくれない。


(っていうかあの子、自分を【ハガネ】って言ってなかったか!?)


 俺の聞き間違いでなければそれは、

 この世界においてマリアンの次に恩人と言える、

 師匠の姓だ。


(ということは、ここはヒノクニ!? いやでもそれにしてはなんか周りの光景が師匠の話と違っている気がするし! あ、いやそれよりも今はあの子をなんとかしないと! というかあの子、師匠の親戚が何か!? そう言われれば若干その顔に師匠の面影がある気がしないでもないが……えぇいわからん!)


 怒涛の勢いで生まれる疑問。


 だがその答えを検証するよりも早くに、

 少女の拳が眼前に迫っていた。


「危ねぇ!」


 咄嗟に避けて、つい反射で身構えてしまう。


「××野郎、逃ゲ△△!?」


 俺のとった臨戦態勢に、少女は敵意を強めた。


 あとさっきから聴き慣れない単語が混じっているのだが、

 たぶんあれ、相当汚い言葉で罵られてるな。


(つまりそれだけ興奮してるってことか。マズいな)


 現状はさっぱりわからない。

 それでもこれ以上、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。


 なぜなら俺には守るべき人が……母親マリアンがいる。


 彼女の容態は深刻だ。

 一刻も早く専門医に視てもらう必要がある。

 そのためには現地人の協力が不可欠。


 そして『次』があるという保証がない以上、

 今目の前の彼女の協力を取り付けるのは、

 俺にとっての最優先事項だ。


 たとえ……そのために、

 俺自身がどれほどの危険を負おうとも。


「止マル、オ願イ! 俺、敵意、無イ!」

「××野郎ッ!」


 臨戦態勢を解いて両手を広げる俺に、

 構わず少女は真っすぐに拳を叩き込んでくる。


「〈鋼化/スティール〉!」


 俺はそれを、硬化魔法を発動させた肉体で受け止めた。


「……っ!」


 まさかノーガードで耐えられると思わなかったのか、

 少女の形のよいアーモンド状の瞳が見開かれる。

 話しかけるチャンスだ。


「……大丈夫。俺、敵意、無イ」


 拙い公共語でそう言って、

 俺は一歩、硬直する少女に近づいた。


 …… ぶらんっ ……


 そしてナニが揺れたのかは、敢えて触れないでおこう。


「オ……オ前ェ……ッ!」


 ギリギリと、少女が歯を噛み締めている。

 心なしかその顔は赤みを帯びているようだ。

 本当にごめんなさい。


「ゴ、誤解! オ、オチ、オチンチュイチェ……」

「オチン××ガ、何△▽ェエエエエッ!?」


 動揺のあまり激しく噛んでしまった俺の言葉に、

 少女が烈火の如く反応した。


「〈戦鬼闘氣/オーガンオーラ〉!」


 腕を斜め十字に組む誘動トリガーとともに、

 詠唱スペルを使って魔法回路を起動。


 少女の全身を半可視化された魔力の膜が包み込む。


「死ネ××ッ!」


 もはや赤鬼ブルオーガ並みに赤化した顔に憤怒を乗せて、

 少女は目にもとまらぬ拳の連打を放ってくる。


 ズガガガガガガガッ!


 今度は俺も無防備ノーガードというわけにはいかず、

 両手を身体の正面で組んで致命傷を防がざるを得ない。


 背中には冷や汗が滲んでいた。


(ちょ、待ってこれ! 結構キツい!)


 一部の鬼人オーガンたちが使用するという、戦闘魔法〈戦鬼闘氣/オーガンオーラ〉。


 魔力によって身体能力を大幅に向上させ、ときには本人の特性を増幅して引き出すというオーガン種特有の魔法回路を発動させた少女の連打は、その均整のとれたしなやかな四肢に反して一撃一撃が鋭く、重い。


 万全の状態ならいざ知らず、

 今の俺はいつ魔力が尽きてもおかしくない。

 そんな状態であと何分、この猛攻に耐えられるだろうか。


 少なくともその間にこの少女が落ち着くとは、

 到底思えない。


(ヤバい、それまでにはなんとか説得しないと)


 全身を好き勝手に殴打されながら、

 必死に頭を回転させていると……


 ……ミシッ……ミシミシッ……


 嫌な、音が聴こえてきた。


 それは少女の背後。

 地面に横たわるマリアンの傍ら。


 今にも朽ちそうだった大樹が自重に耐えかねて、

 その身を大地に横たえようと傾斜していく音だった。


「ウラァアアアアアアアッ!」


 俺を殴ることに全力な少女は、背後の異変に気付いていない。


 そもそもこの状況では悠長に、少女に説明なんて考えられない。


「ブギィイイイイイイイッ!」


 気付けば俺は、駆け出していた。


 少女がギョッと目を剥くが、無視だ。

 構ってなどいられない。


「クッ!」


 むしろ進路上の邪魔な彼女を突き飛ばして、

 俺は全速力で駆け抜けた。


 ……ミシミシミシミシミシミシッ……


(ダメだ、間に合わない!)


 すでに大樹は取り返しのつかない角度で、

 地面に傾いている。


 最悪なことに、ちょうどマリアンに覆い被さる角度だ。

 このままだとマリアンを救出することは不可能。


(だったらっ!)


 尻尾で誘動トリガーを起動。

 足元を爆発させる〈爆地/チャージ〉を用いて、

 勢いそのまま、俺は宙へと飛び上がった。


「うォおおおおおおおおッ!」


 砲弾と化した俺の、眼前に迫る大樹の幹。

 それが地面へと到達する寸前で、

 俺の背中が幹に触れる。


「〈大波撃/フルインパクト〉ォオオオオオ!」


 ドッパァアアアアアアンッ!


 そんなド派手な炸裂音とともに、

 俺の全力全開の〈大波撃/フルインパクト〉が、

 倒壊する大樹を粉々に吹き飛ばした。


「……うっ」

「だ、大丈夫かマリアン!」


 パラパラと木屑や破片が降り注ぐ中、

 急いでマリアンのもとに駆け寄る。


 華奢な身体を抱きかかえると体温を感じて、

 ようやく一安心できた。


「ヒ……ビキ、くん……」

「そうだマリアン、俺だ! しっかりしてくれ!」


 だが吐き出される声音は弱々しく、

 俺の顔に添えられた手のひらは、

 すぐに落下してしまう。


「大丈夫だ、すぐに人のいるところに──」


 カクンと、そこで膝が折れた。


(は? なんで……?)


 立ち上がろうとしても、立ち上がれない。

 息が苦しい。

 視界が急速に狭まっていく。


(魔力、切れ……?)


 ただでさえ魔力が尽きかけていたのに、

 トドメの〈大波撃/フルインパクト〉だ。


 俺の肉体は意思に反して、

とうとう限界を迎えてしまったらしい。


(チクショウ、なんでこんなタイミングで……)


 このままだとマリアンを守れない。


 その絶望が、恐怖が、後悔が、

 俺を塗り潰してく。


「だ、誰か……マリアンを、助けてくれ……」


 そんな俺の懇願が届いたのかどうかは、

 正直わからない。


「……」


 ただ、俺の正面。

 そこにはいつの間にか、

 距離を詰めていたアマゾネスの少女がいた。


 彼女は無言で俺たちを見下ろしている。


「……」


 黄金の瞳には、先ほどまでにはなかった興味が浮かんでいる。

 俺はそれに賭けるしかない。


「オ、オ願イ。彼女……俺ノ、母親。彼女、助ケテ、オ願イ……ッ!」


 俺のことはどうなってもいい。

 お願いだから彼女だけは助けてくれ。


「……」


 そんな願いを最後に、俺の意識は暗転した。



 お読みいただき、ありがとうございました。



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