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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
28/83

【第27話】 源泉

【前回のあらすじ】


 自重しないロリコン勇者が大迷惑な件。


 ひとりの、少女がいた。


 少女の名はマリアン・リ・ハネカワ。


 少女は選ばれた存在だった。


 勇聖因子。

 ごくまれに勇者の血統のみに現れる、

 勇者の力を宿すための欠片。


 それを身に宿す少女はまさしく選ばれた存在であり、

 少女自身もそのことを疑っていなかった。


 だから、生来より周囲に称賛が溢れていたことも。

 幼くして浄火軍の聖人育成カリキュラムに参加したことも。

 聖人に覚醒したことも。


 すべてのことに疑問はなかった。

 それが当然だと思っていた。

 そして、


 ──だから何だというのでしょうか?


 それが少女の、率直な感想だった。


 自分には心がない。

 少女はあるときから、そのことを自覚していた。


 それを自覚するきっかけは何だったのか?


 贈られる称賛に、期待に、羨望に、

 何の高揚も得られなかったときか。


 向けられる悪意に、嫉妬に、憎悪に、

 何の不満も抱かなかったときか。


 あるとき暇つぶしに考えてみたが、とくに答えは出なかった。


 ただ、欠落していると思った。


 自分は人として大事なものがないのだなと、

 そう冷静に分析しただけだ。


 だから自分に心がないと理解した後も、少女の人生に変化はなかった。


 喜びがない。

 代わりに不満もない。

 ただ淡々と周囲に流されていく。

 求められれば応じるし、任されれば達成するのみ。


 幸か不幸か少女には易々とそれらを可能にするだけの才能と才覚があったため、自身が求める求めないに関わらず、その存在価値は年月を重ねるごとに高まっていく。


 そう言えば、いつの間にか勇者の妻となっていたこともあった。

 それから数年後には神栄教会による『勇者転生計画』の、

 被検体として選ばれた。


 夫である勇者とは渋っていたようだが、彼女は教会の指示に従って実験に参加する。教会の技術と自らの勇聖因子を利用することで、その身に異世界から流れ着いた魂を宿すという実験だ。結論から言えば実験は成功。代償に少女の髪から色が剥がれ落ちてしまったが、そのようなことは些細なこと。少なくともこの時点において、少女の内面に変化はない。これまでも。これからも。たとえ何があっても、自分は変わらない。変われない。少女はそう考えていた。


 それから間もなくのことだ。


 少女は生まれて初めて夢を見た。

 それは幼い少年の夢だった。


『……ぐずっ……ひっくっ』


 少年は泣いていた。

 いつも泣いていた。


『……うぁぁ……おかぁさぁん……っ』


 そして欲していた。

 必死に手を伸ばしていた。


『うわぁあああああんっ!』


 だけど拒まれていた。

 いつもその手を叩き落されていた。


『うるさいわねぇ、黙りなさい!』

『黙れ! 黙れ! 黙れ!』

『静かにしろ!』


 それも、あろうことか少年の母親によって。

 本来であれば世界の誰よりも少年に愛を注がなければならない存在によって、少年はいつも傷つけられ、涙を流していたのだ。


 ──あぁ……なんて。


 それは、少年の記憶だった。

 おそらく自分の身に宿った、転生者の前世の記録。


 それが魂の形成に伴って母体に魔力とともに流れ込み、

 夢というかたちで少女の脳裏に投影されているのだ。


 そこまで理解したとき、少女は思った。


 ──なんて、可哀想な子なのでしょう。


 後になって気付く。

 それは生まれて初めて、少女が抱いた『感情』だった。


 少女という『器』に初めて、

 感情という『甘露』が注がれた瞬間だった。


 それからも何度となく、少女は少年の夢を見た。

 そのたびに少女のうちに新しい感情が芽生えて、

 どんどんと器を甘露が満たしていく。


 少年が泣くと悲しい。

 少年が傷つくと苦しい。

 少年が苦しむとそれ以上に辛くなる。


 乾いた砂に水が染み込むように、

 少女は次々と新しい感情を発見して、

 その味を覚えていく。


 人形が、変化していく。

 人間へと近づいていく。


 そしてある日、人間となった人形はふと気が付いた。


 ──ああ、そうですか。


 確信した。

 得心した。


 ──わたくしは彼を愛するために、この世に生まれてきたのですね。


 前世で愛されなかった少年。

 それでも傷だらけの手で懸命に、

 他の誰かを守ろうとした健気な少年。

 どこまでも優しく愚かな、愛しい少年。


 彼を、守るために。

 愛するために。


 自分は生まれ、母親になったのだと、少女はそのときはじめて、自分自身の存在意義を見出した。


 ──この子を、守る。


 トクントクンと、己の胎で脈打つ鼓動。


 人形である自分を人間へと変えてくれた、

 この世で唯一無二の愛しい命。


 それを守るためならなんだってしよう。

 だって自分は、この子の母親なのだから。


 人形から人間へ。

 人間から母親となった少女は、

 自分自身にそう固く誓ったのだった……


 ………………

 …………

 ……


「……はっ!」


 そこで俺は、夢から覚めた。

 茫洋としていた思考が急速に研ぎ澄まされていく。


 そして理解する。

 自分の所業を。


 たった今まで自分が『どのような行いをしていたのか』ということを。


「マリアン!」


 慌てふためく俺の腕の中には、脱力した少女の姿があった。

 乱暴に引き裂かれた貫頭衣から覗く肩口には、

 鮮血と真新しい歯型が並ぶ。


 にちゃりと、咥内に血の味がした。


(まさか……まさか俺は、マリアンを!?)


 堪らなくなって視線を逸らすと、そこにはいよいよ力強さを増してきた魔法陣の輝きがあった。おかしい。本来ならあの中央に、マリアンは横たわっていたはず。それがここにいるということは……


(まさかマリアンは、自ら進んで俺の元に!?)


 暴走して枷の外れたケダモノの前に、

 その身を差し出す少女の姿が脳裏を過ぎる。


「マリアン!」


 今度は悲鳴ではない感情を伴って、

 腕の中の少女へ呼びかけた。


 するとゆっくりと、紅玉の瞳が広がっていく。


「ヒビ……キ、くん……」

「マリアン! おいマリアン、しっかりしてくれ!」


 しかし焦点が定まっていない。


 当然だ。ただでさえ重篤だったところに出血多量、魔力の強奪ときて、彼女はほとんど死に体といった有様なのだから。


「だい……じょうぶ、ですよ」


 それでも彼女は、縋りつく俺の頭を撫でた。


 労わるように。

 慈しむように。


「こわく……ない。もう、こわくは、ありません……から、ね。だから……そんなに、こわがらないでください……」

「……っ!」


 見透かされていた。


 先ほどまで発動していた俺の固有魔法〈強欲悪食/ザ・グリード〉。


 勇聖因子の覚醒によって発言されたそれは、

 一言でいうなら『他者の魔力を奪う』というもの。


 言い換えるならそれは、俺が『何かを欲している』ということだ。


 与えられなかったものを。

 求めていたものを。


 強引に力づくで他者から奪い取るという、浅ましくも醜悪な力。

 俺自身が気付かなかった──見ないようにしていた、心の闇。

 その本質を、少女はいとも容易く見抜いていた。


「もう、だいじょうぶですからね……ここにママが、いますからね……だからそんなに、おびえて、こわがらなくても……いいん、ですよ」


 涙が、溢れた。


 それが後悔か、歓喜か、なんの感情によるものなのか、

 グチャグチャに混乱している俺の頭では判断できない。


 ただ、理解はできた。


 俺は、認められた。

 ようやく、受け入れてもらえた。

 彼女に、母親に、マリアンに。


(愛してもらうことが……できたんだ!)


 僅かばかりの恐怖と、それを上回る圧倒的歓喜が、俺を包み込む。


 そして決意する。


「俺が……守る!」


 マリアンを。

 こんな俺でも愛してくれた、世界で唯一の母親を。


「何があっても! 絶対に! この命に代えても!」


 宣言する。

 宣誓する。


 今日この瞬間の感動と決意を、魂の底に刻み付ける。


「この世の全てから、マリアンを守ってみせる!」


 すでに腕の中のマリアンは意識を手放していることだろう。

 だが、それでもいい。


 なぜならこれは、俺が勝手に決めたことだから。

 俺が、俺自身の意思で掲げた人生の目標だから。


「だからマリアン、死ぬなよ! もっともっと、親孝行させてくれよな!」


 ついに魔力臨界域を迎えた魔法陣が、

 今まさに発動しようと光り輝いていた。


 息を切らしながら、俺たちは寸前でその中に飛び込む。

 すぐに視界と思考を、光が塗り潰していく。


(行ってきます、師匠)


 洞窟内には未だに地上の振動が響いている。


 見送ることしかできなかった師匠の背中にも、俺は誓う。


(いつか必ず……マリアンと二人で、また貴方の前に現れますから。だからそれまでは絶対に、死なないでくださいよね!)


 そんな一方的な約束を最後に、光に包まれた俺の意識は暗転した。



 お読みいただき、ありがとうございました。

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