【第26話】 記憶
【前回のあらすじ】
???【んふふっ! まさかぁーのワガハイのタぁーンだぁーね!】
ひとりの、少女がいた。
少女の名はリオナブライト・ミツルギ。
少女は選ばれた存在だった。
勇聖因子。
ごくまれに勇者の血統のみに現れる、
勇者の力を宿すための欠片。
それを身に宿す少女はまさしく選ばれた存在であり、
少女自身もそのことを疑っていなかった。
だから、生来から周囲に称賛が溢れていたことも。
幼くして浄火軍の聖人育成カリキュラムに参加したことも。
そこでとある勇者に目をかけられ、彼の愛妾に選ばれたことも。
すべてが当然だと思っていた。
何故なら自分は、選ばれた者なのだから。
世界は、自分を中心に回っているのだから。
そんな少女の子供じみた幻想が打ち砕かれるのは、
それから数年もかからなかった。
──ねえねえ、聞いておくれよリオナ。
──僕はねぇ、ようやく天使、いや女神に巡り合えたんだ!
最初はそれが、夢だと思った。
なにせある日突然、唐突に、少女に毎朝毎夜、寝台の中で愛を囁いてくれていた愛しい男が、喜悦の笑みでそんなことを言い放ったのだ。
これは夢だ。
夢であってほしい。
少女はそう願った。神様に祈った。
しかし現実は無情で、じきに少女の前にとある少女が現れた。
──みんな、紹介するよ!
──この子が僕の、運命の花嫁さ!
男に連れられた少女は、確かに美しかった。
透き通るような雪花石膏の肌。紅玉の瞳。黄金の髪。容姿は言うまでもなく人形のように整っており、その見た目は、十代を少し過ぎた程度に収まっている。のちに聞いた話によると、彼女は幼くして覚醒した聖人であり、勇聖因子の活性化によって外見の成長が止まってしまったらしい。それはちょうど、男が愛する少女たちの中でも最高の年齢であった。
つまり、彼女は選ばれたのだ。
神に。
男に。
教会に。
運命に。
そして自分は選ばれなかった。
この頃から、少女の歯車は狂い始める。
──ん?
──ああ、もちろんキミのことも愛しているよ。
ただし女性ではなく愛玩動物として。
男は少女にそう言った。
──ああ、なんだまだいたのか。
──今日はもういいから、下がりなさい。
それから徐々にだが確実に、歳を経るごとに、
男の態度が冷たくなっていく。
あの女はまったく変わらないというのに。
そしてとうとうある日、少女に、浄火軍への正規配属が通知された。
それは男のハーレムからの脱落を意味している。
──なんだい、うるさいなぁ。
──僕はねぇ、加齢臭のするオバサンには興味ないんだよ。
泣き縋った少女の必死の懇願は、
男にあえなく拒絶された。
──許せない。
──何故こうなった。
──どうして私がこんな目に。
そして行き場のないドロドロとした感情は、
ひとつの方向へと収束する。
少女はある日、彼女に直接その思いのたけをぶちまけたのだ。
──どうして、お前ばっかり!
──どうして、お前なんだ!
──どうして、お前だけが!
悔しかった。
惨めだった。
苦しかった。
悲しかった。
気が狂いそうだった。
そんな少女の叫びを、嘆きを、慟哭を、憎悪を、
一切の不満も反論もなく最後まで聞き届けて、
彼女はただぽつりと、こう言った。
──だったら代わりましょうか?
少女の足元がガラガラと崩れた。
なんのことはない。
少女があれほどまでに焦がれて、求めて、執心していたもの。
それが彼女にとっては『その程度』のものでしかなかったのだ。
人形姫。
そんな、彼女の二つ名を思い出した。
確かに彼女は人形だ。
心がない。
意思がない。
愛がない。
感情がない。
ただ美しい、人の形をしただけのもの。
まさしく人形。
だからこそ男は、彼女を愛したのだろうか。
それは決して、少女には到達できない領域だ。
選ばれし者。
神か、悪魔か、何が彼女を魅入ったのかはわからない。
ただ絶対に自分が追い付けない存在を前にして、
少女の心は粉々に砕け散った。
それからの日々はまるで、悪夢を彷徨っているかのようだ。
意識が定まらない。意味が分からない。ただ淡々と上からの命令に殉じるだけ。いやそれすらも本当は十全に果たせていたかどうか怪しいが、もはやそんなことに少女は関心も興味もなかった。
少女の中にヘドロのようにこびりついてる感情の残滓は、自分を捨てた男への愛情と、自分から全てを奪った彼女への憎悪のみ。それだけがことあるごとに少女を苛み、苦しめ、追い詰めて、その内に宿る狂気を止まることなく増幅させていった。
ゆえに今回の任務で彼女と遭遇する可能性があると聞かされ、事実そうなった瞬間に、彼女の内側で膨らみ続けてきたそれが爆発したことは、当然のことだった。
だからこそ、彼女を逃がすわけにはいかない。逃がさない。たとえこの命に代えても殺してやる。壊してやる。自分がそうされたように、アイツの全てを私が粉々に磨り潰してやる。
そんな十年以上にも及ぶ堆積した狂気が、死してなお途切れぬ執念として、反魂魔法〈主よ呪われし産声に祝福を/リビング・オブ・デッド〉によって黄泉返った通常なら意思を持たない骸たちに、有り得ぬはずの憎悪を宿らせていた。
──コロセ。
──コロセ。
──アイツヲコロセ。
まるで呪詛のように、ドラゴンゾンビの半分以上腐敗した脳内には、そんな女の声が鳴り響いている。そんな死してなお自分たちを縛る声に従って、ドラゴンゾンビとその従者である骸兵たちは、魔法陣のなかで眠る少女に這い寄っていく。
殺すために。
壊すために。
犯すために。
ありとあらゆる冒涜を彼女の身に刻むため、
屍の軍団は歩を進める。
「ブギィイイイイイイイイイイッ!」
そのときだ、背後で獣の雄叫びが上がったのは。
「ギッィイイイイイイイイイイッ!」
それは黒いバケモノだった。
脳がほとんど壊死しているドラゴンゾンビには『それ』が先ほど蹴散らした豚鬼の子どもであることは理解できない。いやもし仮に通常の理性を保っていたとしても、『あれ』が先ほどのそれと同一の存在であると認識するには、些かの時間を要したかもしれない。
それほどまでに、変化は劇的だった。
「ブギィイイイイイイイイッ!」
咆哮を続ける黒いバケモノ。
その身体からは真っ黒な炎が噴き出している。
ゴウゴウとバケモノから解き放たれたそれらは周囲に散り、
周囲に転がる骸たちを喜々として燃やし尽くしていた。
否──貪っていた。
言葉通りに獲物を『喰らって』いたのだ。
『ギッ』『ゴァッ』『カカカカカッ……』
その証拠に黒い炎に呑まれたドラゴンゾンビの同胞たちが、断末魔を上げながら次々と地に伏していく。通常の炎であればたとえ全身を焼かれたとしても骨だけで立ち上がる屍兵たちにとって、それは有り得ない光景。矛盾の理由は、あの黒い炎。それが肉体にこびりつく肉片だけでなく、その魔力すらも喰い散らかしているからに他ならない。
さらにそのようにして黒い炎に奪われた魔力は、
支配者のもとへ還元されているようだ。
黒い炎が餌を喰らう度に、
黒いバケモノはその身を膨らませていく。
成長と呼ぶには不自然な速度で、
バケモノの姿が変貌していく。
「……ガッ」
そして真っ赤に染まった三白眼が、屍竜を捉えた。
「喰、ワセロ……喰ワセロォオオオオオッ!」
黒い炎を従えた黒いバケモノが、
屍兵たちに襲い掛かる。
理性を失ったドラゴンゾンビでも本能で直観できる。
アレは敵だ。とても危険な敵だ。
反撃に躊躇いはない。
『ゴァアアアアアアアアアアッ!』
「ブギィイイイイイイイイイッ!」
異形と異形の雄叫びが、洞窟内に響き渡る。
ドラゴンゾンビは抵抗した。すでに死んでいるにも拘らず、それでも死にもの狂いで反撃した。屍兵たちも同様だ。自分も含めて、彼らは一度死んでいる。しかしその一度目の死が生易しく思えるほどに、今目前に迫る二度目の死はおぞましかった。
喰われる。
貪られる。
そのたびに屍兵の数が減り、バケモノの気勢が強まる。
奪われる。
啜られる。
黒い炎のアギトは、もう屍竜の目前だ。
呪われる。
穢される。
そしてついに──
『──ギャァアアアアアアアアアッ……!』
黒い炎が、ドラゴンゾンビを包み込んだ。
こうなってしまえばもう、屍竜を形作っていた魔力が、魔法回路が、黒いバケモノに奪われ尽くすのに、そう時間はかからない。
洞窟内に反響するドラゴンゾンビの絶叫。
半狂乱のそれはじきに途絶え、動きが止まる。
眼窩と心臓の炎も同時に消失。
そして屍竜に、二度目の闇が訪れる…………
………………………………
……………………
…………
──そう、これは彼女の記憶。
マリアンに憧れ、恨み、憎悪した、女騎士の記録。
それを俺は『観て』いた。
どこか夢の中のような茫洋とした意識のまま、俺はそんな女騎士をつらつらと鑑賞していた。だが、それも終わる。どうやら彼女の記録は、ここで『終わり』ということらしい。
(……マダダ)
だけど俺はまだ、満足していない。
(ハラガ、ヘッタ)
お腹が空く。渇く。飢える。
もっとだ。
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。
寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ。
喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ喰わせろ。
(モット……喰ワセロ)
心にぽっかりと空いた穴。
それを埋め尽くさんと、俺は新たな獲物を求める。
そして……
(……アア、アルジャナイカ)
すぐに『それ』は見つかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




