【第25話】 屍竜
【前回のあらすじ】
女騎士「……こ、ここでぇ、ここでふたたび私のターン!」
グジュリと、湿った破壊音が仄暗い洞穴に響き渡る。
女騎士の口から溢れる鮮血。
だがその顔は苦痛ではなく、狂気の笑みに彩られていた。
「な、にを……?」
理解できない。
理解したくない。
そんな俺の呟きに反して、
女騎士の最期の妄執はひとつの魔法を発動させた。
女騎士の身体から抜け落ちていく血液。魔力。生命。しかしそれらは重力に逆らい、まるで己の意思を持つかの如く、バジリスクの死体にまとわりつき、絡みつき、染み込んでいく。
まるで、呪いのように。
死すらも侵すような冒涜の如く。
『……』
それはやがて、光を失ったはずの魔獣の瞳に活力を与えた。
同時にグジュグジュと生の証拠であった肉片を溶かして、
ボロボロとその身から削ぎ落してく。
『……グルッ』
やがて生み出されたのは、
腐肉をまとった骨の骸。
ただしその眼孔にはおぞましく滾る深紅が宿り、
心臓があった場所にも同様の炎が灯っている。
筋肉と皮膚の代わりに魔力被膜が全身を覆っているため、
たとえ上半身と下半身が切断されていようとも問題はない。
白亜の四肢が大地を掴み、
見上げるほどの巨体が起き上がる。
『フシュゥゥ……』
蒸気のように口から洩れる吐息。
触れた魔獣の死骸は枯れ、萎れ、腐敗して、
見る間にあれと同じ腐肉の骸へと様変わりしてしまった。
生を否定し、死を穢す、忌まわしき存在。
偽りの生を与えられ、死の安息から見放された、呪われしバケモノ。
その名は──
「動く死体っ!」
しかもただのリビングデッドではない。
石眼竜を素体とした死屍竜だ。
『ゴォオオオオオオオオオオッ!』
ドラゴンゾンビの咆哮が、ビリビリと洞窟内を揺らす。
それに呼応するかのように、先ほどドラゴンゾンビの息吹で腐敗した魔獣の死骸が震え、目覚めて、起き上がる。どうやらあのドラゴンブレスには、腐敗の他に眷属を増やす効果まであるらしい。
(となると今度はこっちが、持久戦は不利!)
怖い。
存在そのものが生を否定するバケモノを前にして、
肉体は本能的な恐怖を訴えている。
でも──俺には、守りたいものがある。
守るべき人がいる。
だから、
(動け……動け動け動け動けぇ!)
ビビっている暇はない。
ここでやらなきゃ男じゃない。
そう自分を叱咤して、ほとんど無理やりに足を動かす。
「ブヒィイイイイイイイッ!」
一歩、二歩と踏み出せば、あとはもう勢いに任せるだけだ。
もとより俺にはもう体力がない。
それだけじゃない。
魔力がない。
余裕がない、
時間がない。
ないない尽くしの現状が、
返って俺を振り切らせてくれた。
(最悪俺は、魔法陣が発動するまでの時間を稼げばいい)
魔法陣の起動準備からは、それなりに時間は経っているはずだ。
起動まであと数十秒か、数分か、それはわからない。
だがそれまでこのバケモノどもをマリアンに近づけさせなければ、
それは俺の勝ちと同義である。
(マリアンには指一本、触れさせねえぞ!)
黄泉返るゾンビたちの群れに突っ込み、
手当たり次第に拳と魔法を叩き込む。
嬉しい誤算だったのは、醜悪でおぞましい見た目そのままに、どうやらゾンビたちにはほとんど知性や俊敏性というものがないようだ。また骨格も強化などはされていないようで、俺の攻撃は容易くそれらを捉え、砕き、破壊していく。
『……オォ』
『……グ……アァ……』
ただしその再生力は厄介だ。
たしかに破壊するのは容易い。
しかしそれらはすぐに魔力によって骨を繋ぎ、
組み直して、幽鬼の如く起き上がる。
(やはり本体を叩かないとダメか!)
少なくともいま俺の有している体術や魔法では、
ゾンビどもを完全なる行動不能にすることは難しそうだ。
俺は作戦を切り替え、次々と起き上がるゾンビどもを無視してその元凶へ──
「──ッ!?」
ゴウッと、振るわれたのは白亜の一撃。
重量感のあるそれはほとんど剥き出しの尾骨であり、
群がるゾンビを壁として死角から放たれた奇襲を、
ほとんど這いつくばるようにして回避する。
息つく暇もなく尾骨の所有者であるドラゴンゾンビは、
次なる一撃を繰り出していた。
(ドラゴン、ブレスっ!)
呪いの息吹が、頭上から降り注ぐ。
慌てて俺はそれを回避。
地面を無様に転がるが、そこをドラゴンゾンビの前足が捉えた。
「プギィ!」
ゴロゴロと、何度も地面を転がされる。
咄嗟のことでろくに防御もとれなかった。
屍竜の前足を受けた腕の感覚がない。
折れてしまったか。
(や、ヤバい。立ち上がれるか……?)
ドシドシと大地を鳴らしながらこちらに迫るドラゴンゾンビ。
喉から血塊を吐き出し、息吹で呼吸を整えながら、
なんとか立ち上がろうとするが──
「──っ!?」
その足を、今まさに地面から這い上がった猿型魔獣に捕まれる。
すぐに力任せに振りほどくが、その一瞬が致命的。
ふたたび繰り出された尾骨の一撃を、
今度は正面から受けてしまう。
「プギィイイイイイッ!」
バキバキと、嫌な音が体内から響いた。
身体を覆っていた軽鎧はひしゃげ、凹み、
一部は壊れて弾け飛んだ。
ヤバい。
今度は立ち上がれない。
そう確信させられるだけの致命傷に、
全身を怖気が襲う。
(チクショウ、なんとか治癒魔法で体力を──ダメだ、間に合わない!)
はたしてあの邪竜にどこまで、明確な意思というものが存在しているのかはわからない。しかし憎悪の対象だけは微塵も揺るがず、邪魔な羽虫を叩き落したドラゴンゾンビは、すでに目標をマリアンへと変更していた。
ドシドシと、死の権化が大量の骸を引き連れて、
いまだ地面に横たわる少女へと歩み寄る。
俺はその絶望に手を伸ばして引き留めようとするが、
届かない。掴めない。虚しく宙を切る。
(なんで……どうして、俺はこんなに無力なんだ?)
大事な人を守れない。
大切な約束すら果たせない。
無力だ。
あまりに無力だ。
(誰か……誰でもいい。俺に力を、貸してくれ)
都合のいい願いだとは理解っている。
それでも、請わずにはいられない。
(俺に力を、力を、力を、力を……)
悪魔に魅入られてもいい。
聖者に断罪されてもいい。
何でもいい。
何でもするから。
(だからお願いだから俺に、あの人を助けるための力をください……っ!)
そのときだ。
【……まったく、さっきからうーるさいねぇ】
そんな俺の懇願に耳を貸したのは……はたして神か悪魔なのか。
【もぉーう、せっかく人が心地よく微睡んでいたというのに、キミのせいで台無しだよ。台無し台無しあー勿体ない。キミねぇ、身体を鍛えるばかりではなくて、少しはマナーというものを学んだらどぉーなんだい?】
耳朶ではなく、脳内に直接響く『誰か』の声。
(だ、誰……だっ?)
思わず心の中で問いかけた俺の声に、謎の声はクスクスと笑う。
【ワガハイが誰かなんて、今はどうでもいいだろぉーう?】
いま重要なのはそんなことではないはずだと、声は言う。
【……力が、欲しいのかい?】
そして問いかける。
聖者のように。
悪魔のように。
【今すぐにキミの望みを叶えるだけの、力が欲しいのかぁーい?】
その問いかけに、俺は迷うことなく答えた。
(……ああ)
【命を削っても?】
(ああ)
【魂を捧げても?】
(ああ)
【ワガハイの愉快な愉快なオモチャにされてもかぁーい?】
(ああ、なんでもいい。どうでもいいから、早く力をくれ)
命でも魂でもなんでもくれてやるから、
俺に彼女を救わせてくれ。
【んふふ。いーいだろう。今の言葉を忘れるんじゃあなぁーいよ?】
そして『ビキリッ』と、身体の奥が砕けた。
実際にそんなことはないのだろう。
だがそうした錯覚を覚えるほどにはっきりと、
俺の中の『何か』が割れた。砕けた。目を覚ました。
【正直、いまのキミには『勇聖因子』の覚醒は早すぎる。まず高確率で暴走するだろぉーうし、どんな副作用がでるかもわからなぁーい。無論、ワガハイもできる限りの処置はするが、まーあ、あまり過度な期待はしないでくれたまぁーえよ?】
結局のところ、最後の舵をとるのは他人ではなくキミなのだよと、
謎の声はそう告げる。
【はあ。しかしこれでワガハイも、せっかく目覚めたというのにまぁーたお休みか。まあ惰眠を貪る贅沢は嫌いではないし、ここでみる『夢』はなかなかに興味深いから、退屈することはなぁーいのだろうけどねぇ……】
声が、遠のいていく。
代わりにビキビキと、胸の奥の亀裂が広がっていく。
目覚めるように。
さながら雛が、卵の殻を破るように。
(お、おい待てよ、アンタはいったい、誰なんだよ?)
なぜ、俺の中にいる?
アンタはいったい何者なんだ?
そんな俺の問いかけを無視して、謎の声は、最後にこう告げた。
【それでは少年、精々頑張りたまぁーえよ。
──勇聖因子、限定覚醒。
──固有魔法〈強欲悪食/ザ・グリード〉、起動】
そして、俺の視界は暗転した。
お読みいただき、ありがとうございました。




