【第24話】 狂刃③
【前回のあらすじ】
サムライ「某の戦いはこれからで御座る!」
背後に広がる森から響く轟音。爆音。破砕音。
激しさを増す一方のそれらから逃げるように、
森の中を駆け抜ける馬車があった。
「クソっ、クソっ、クソっ、クソがぁ……っ!」
撤退する馬車の手綱を握るのは、
浄火軍の部隊長である【ギース】。
遠ざかる戦場を背に、ギースは悪態を吐き続けていた。
(なぜ、どうしてこうなったっ!?)
脳裏を占めるのは後悔と絶望。
作戦に失敗し、部下を失い、挙句勇者にまで見限られた自分の、
どうにもならない暗澹とした未来のみである。
だから、彼は気付けなかった。
「……」
ゆらりと、さながら幽鬼のように、
馬車の荷台で身を起こした存在に。
そして彼女の瞳がいまだ色濃い狂気に染まっており、
手にする短剣が、自分の背中に向けられていることに……。
◇◆◇◆◇◆
俺と【マリアン】を乗せた精霊炎馬【紅風】さんは、轟音が鳴り響く森の中を風のように駆けてゆく。少しして、見えてきたのは洞窟の入り口。いまだ瘴気を醸す洞穴に、俺たちは迷わず突入。本来は魔獣たちがひしめいているはずの内部はすでに師匠によって駆逐されており、斬り伏せられた骸ばかりが転がるのみだった。
「……ゲホゲホッ」
「おい、大丈夫か?」
やはり振動が衰弱した身体には響くのだろうか。
それに薄まってきているとはいえ、
洞窟内の瘴気は濃い。
片手で胸元に抱きしめるマリアンが、
血反吐の混じる咳をする。
「しっかりしろ。もうすぐだから、あともうちょっとだけガマンしてくれ」
「え、ええ、お気遣いなく。それにこうやってヒビキくんに抱きしめられているだけで……はあぁぁ。はあはあ。ママは、天にも昇る気持ちです……っ!」
「いやそれ確実にヤバいだろ!」
毒の症状が深刻だ。
意識が朦朧として意味不明な戯言を呟き、
瞳の焦点が合っておらず、息が荒くて身体が熱い。
完全に病人のそれである。
(クソッ、はやくちゃんとした医者に診せないと!)
そんな俺の逸る気持ちを察してくれているのか、
紅風さんは風の如き速度で洞窟内を駆け抜ける。
『ヒヒンッ!』
ややあって、紅風さんが速度を緩めた。
辿り着いたのは開けた空間。
俺が魔生樹を討伐した際のドーム状空間と似ているが、
軽くその倍以上は空間面積が広い。
それだけここの魔生樹は、成長していたということか。
その証拠に……
「……あれは、バジリスク?」
おそらくこの魔性樹が生み出した守護獣だったのだろう。
天井や壁に繁茂するヒカリゴケの燐光に照らされて、
地面に横たわる大小無数の魔獣たち。
その中に一際大きなものがあり、
名を石眼竜という。
高さは二メートルほど。
全長は五メートルを超える。
形状としては蜥蜴に似ているが、亜竜種に分類されるだけあって、その迫力は凄まじい。肉厚な筋肉に、それを覆う硬質な鱗の鎧。石化の魔法回路を宿した双眸は凶眼と呼ぶに相応しく、大きな口に並ぶ牙は、身動きが出来なくなった獲物をバリバリと噛み砕く様を容易に想像させた。
そんな凶悪を具現化したような蜥蜴型魔獣が、
胴体を真っ二つにされて絶命している。
改めて、ヒノクニのサムライの力量を思い知らされた。
(そうだ……師匠なら、大丈夫だ)
洞窟を揺らす振動はいまだ続いている。
一瞬、今からでも引き返して加勢をと考えるが、
それは自らの己惚れであり、
師匠への侮辱だ。
(それよりも、俺にはやらなくてはならないことがある)
魔獣たちの死体をすり抜けながら進んでいくと、
広間の奥には見上げるほどに大きな魔生樹が鎮座していた。
すでに枝からぶら下がる卵繭は除去されており、脅威が取り除かれた大魔生樹の周囲には、数十本にも及ぶ杭が一定の間隔を空けて地面に突き立てられている。
杭の正体は、加工された魔生樹だ。
魔生樹とは魔獣たちを生み出す危険因子であるが、
極めて有用性の高い魔法の触媒でもあることは、
今さら語るまでもないだろう。
師匠たちが数年間をかけて採取してきた魔生樹はすでに、
効率の良い魔法道具として加工されている。
魔生樹の核とも呼べる魔晶石を中心に、必要な部位のみを切り取って加工されたそれらは『杭』のような、あるいは『杖』のような形状をしており、本来ならばそのまま高価な魔法杖などとして加工されているところだ。
そんなものが数十本も、地面に突き刺さっている。
勿論これらが、無意味であるわけがない。
『ヒヒーン』
背中から降りろと紅風さんが嘶いたので、指示に従う。
すると紅風さんは膨れ上がって炎に包まれ、
噴き上がる一本の円柱と化した。
じきに炎は収束。
あとには地面に突き立てられた精霊鳴刀が残り、
その深紅の刃からはドクンドクンと、
大量の魔力が流出している。
ただし溢れ出た魔力はあたかも溝を伝う水の如く指向性を持って複雑精緻に伸び、広がり、それは中継地点にある魔生樹の杭を通過するごとに増幅していった。
最終的にそれは大魔生樹を中心とする円陣を形成。
魔力によって描かれたそれを、
人は魔法陣と呼ぶ。
(あとはこれで、魔法陣が発動するのを待つだけだ)
だがこれだけ大規模な魔法陣だ。
しかも今回は術者が不在。
「ど、どうやら紅風さんは、魔力を循環、増幅させることで、必要な魔力量を調達しようとしているようですが……様子を見る限りでは、発動までにはもうしばらく時間がかかりそうですね。げほげほっ」
徐々に力強さを増してはいるものの、魔法回路の発動には至らない魔法陣を前にして、マリアンはそのように分析する。
(クソッ!)
こんなとき、脳筋であることが悔やまれるな。
こんなことなら普段から、もっといろんな魔法を勉強していればよかった。
「し、仕方ありませんね。ここはわたくしが──」
「だ、ダメだ! マリアンは休んでいてくれ!」
ただでさえ息も絶え絶えのマリアンに、
これ以上の酷使など許されるはずがない。
咄嗟に俺は立ち上がろうとしていたマリアンを抱きしめ、
寝かせるようにその場に押し倒した。
「っ!? うみゅうううううううっ!」
「頼むから、もう無茶はしないでくれ! 大人しくしてくれよ!」
俺のようなクソガキに命令されるのが不満なのか、マリアンは必死に手足をばたつかせるが、ここは退けない。退いてはならない。
もし俺が少しでも妥協の姿勢を見せれば、
彼女はすぐに無茶をするだろう。
卑怯だとは思っている。
でも口では適わないのはわかってるんだ。
(だからこのまま押し通させてもらうぜ!)
そんな俺の思いがほんの少しでも通じたのだろうか。
「……うきゅう」
とうとうマリアンの身体から力が抜けた。
確認すると、目をグルングルン回して気絶している。
鼻からは血が、口からは涎が垂れていた。
「やっぱり、相当弱ってたんだな……」
普段の彼女であれば、
俺から押さえ込まれた程度で気絶するはずがない。
苦しいはずなのに筋肉が弛緩しているように見える表情と、
微かに聴こえる「うへへへ」という意味不明な呟きが、
そうした推測に拍車をかける。
「お願いだから、今はそのまま眠っていてくれ」
そして願う。
(お願いだからこのまま、マリアンを無事に脱出させてくれ)
だがそんな俺の希望的観測は、数分と持たずに崩れ去った。
(……馬の、蹄の音!)
俺たちがやってきた広場の入り口から響く、規則的な音。
それはこちらに近づいており、間もなく姿を現した。
「お前はっ!」
「……見つけた、見つけたっ、見ぃつけたぁあああああっ!」
きっとここまで、紅風さんの残留魔力を追ってきたのだろう。
騎馬に跨る片手の女騎士の憎悪に満ちた視線は、
その終点へと注がれている。
紅風さんの突き刺さった、この魔法陣へ。
そこに横たわる──マリアンへと。
「させるかっ!」
女騎士の姿を捉えた瞬間には、俺は駆け出していた。
恐怖はすでにない。
あるのはただ、母を守ろうとする一心のみ。
覚悟は雄叫びとなって迸った。
「ブヒィイイイイイイイイッ!」
「……邪魔、邪魔ッ、邪魔だァあああああッ!」
新たに調達してきたのだろう。
女騎士が器用に手放しで騎乗したまま、
片手剣を突き出してくる。
刃から滲む毒々しい魔力に反射的に身が竦むが、
勇気で抑えつけて、迫る剣先を紙一重で躱す。
「っるらァ!」
そのまま騎馬に〈波撃/インパクト〉。
「……くぅ!」
衝撃に耐えきれず女騎士は落馬し、騎馬は絶命。
足を失った女騎士にすかさず畳みかける。
「……邪魔を、邪魔をォ、するなァああああああッ!」
「させるかァああああああっ!」
そして本日二度目となる、女騎士との戦いが始まった。
ただしあのときと違うことは互いに満身創痍であり、
どうやらその度合いは、女騎士のほうが大きいようだ。
おかげで今の俺でも、女騎士と互角以上に渡り合えている。
むしろ魔法が使えないため中途半端にしか治療できていない隻腕を抱えている以上、長期戦は女騎士にとっては不利であると言えるだろう。しかも俺は、容赦なくそこを突いている。
「うらぁっ!」
「……ぎィっ!」
今もまた、包帯を巻いてある隻腕部にいい蹴りが入った。
傷口が開いたのか、血が凄い速度で滲んでいる。
いい気味だ。
えっ、良心?
そんなもの豚に食わせとけよ。
(テメエはマリアンを殺そうとやってきた。つまり、俺にブチ殺される覚悟はできているってことだよなァ!?)
キレている。
今の俺は今までにないくらいキレている。
そんなキレが身体のほうにも作用したのか、
疲労に反して一手も損じることなく続く俺の猛攻が、
とうとう女騎士の身体を捉えた。
当然〈波撃/インパクト〉。
女騎士の身体が派手にぶっ飛ぶ。
「……ぐはァ!」
今の感触、確実にアバラ骨の数本はやったな。
内臓もいくつか、破裂したかもしれない。
証拠に女騎士は立ち上がろうとして、その場に崩れ落ちた。
片手剣を杖にしようとしても、足が震えて立ち上がれない。
ゴボゴボと、喉から逆流した血が溢れている。
隻腕からの出血もあって、顔はさながら蝋人形のようだ。
(これは……勝ったな)
理屈でも、直観でも、そう確信した。
それほどまでに女騎士は、衰弱している。
もう死は免れない。
それは間違いない。
だから、
「……クソ、クソッ、クソォッ、クソったれぇええええええええええっ!」
見誤っていたのは──彼女の覚悟。
その身を焦がす狂気。
灼熱の憎悪。
それは俺の想像を遥かに上回っていた。
「……なんで、なんでその売女を庇うぅ!? なんでその売女ばかりがいつも特別なんだ!? 私だって、私はいつも、私のほうが……クソッ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでぇええええええええっ!」
そのとき俺は、無意識のうちに一歩、後ずさっていた。
敵意ではない。
殺意でもない。
それらを内包し、なお上回る圧倒的な狂気を前にして、
俺は心の底から、あの女騎士が怖いと思ったのだ。
「……許せ、ない」
だから俺は、女騎士の行動を止めることができなった。
「……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやるお前を殺してやる殺してやる殺す絶対殺す何があっても殺すブチ殺す縊り殺す噛み殺す死んでも殺してやる!」
女騎士は最後の力を振り絞って立ち上がり、
ほとんど倒れるようにして、
背後の壁に寄り掛かった。
いや、壁というには語弊がある。
壁のように見えるそれは、身体を両断されたバジリスクの死体だ。
「……〈主よ呪われし産声に祝福を/リビング・オブ・デッド〉ッ!」
女騎士は片手剣の先端を自らの胸元に定め、
躊躇うことなく突き刺した。
お読みいただき、ありがとうございました。




