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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
23/83

【第22話】 氷解

【前回のあらすじ】


 女騎士「……わ、わたしの、ターンだっ!」




 


 ずっと、ずっと疑問だったんだ。


 なぜ彼女は、俺にかまう。

 なぜ俺のような存在に、あそこまで盲目的に献身できるのか?


 考えてもわからない。

 だから俺はその答えを、自分で規定した。


 罪悪感だ。

 贖罪、あるいは懺悔と言い換えてもいい。


 とにかく俺はそうして『理解できない少女』を、

 俺が『理解できる枠組み』へ強引に嵌め込むことによって、

 無理やりに『理解したつもり』になっていたんだ。


 そんなこと、不毛だとわかっていても。

 それでも、俺は他の選択肢を選べない。


 だって、そうじゃないと苦しいだろう?

 そうしないとまた期待しちまうだろう?


 前世で──俺は、何度も何度も、裏切られたんだ。


 そのたびに傷ついて、涙して、浅はかな自分を恨んで嫌いになったんだ。


 そして理解した。


 俺は、世界に愛されていない。

 俺なんかを愛してくれる人なんては、この世界に存在しない。


 それはとてもとても、辛いことだった。

 でもそう確信することで、救われる自分がいた。


 俺は愛されていない。

 だからこれは、当然のこと。


 褒めてもらえないのも、頭を撫でてもらえないのも、食事を用意してもらえないのも、風呂場から出してもらえないのも、叩かれるのも、髪を引っ張られるのも、下着でベランダに出されるのも、寒くて痛くて苦しいのも、ぜんぶ当たり前のこと。


 ──だって俺は、愛されていないんだから。


 それだけで、全ての問題が解決した。


 だからこそ俺は、あのクソッたれな日々に、

 耐え続けることができたんだ。


 あれから年をとって、生活環境が変わって、

 転生して、種族すら変わっても、

 その信念だけは変わらない。


 油断するな。

 己惚れぬな。


 勘違いするな。

 調子に乗るな。


 冷静に自分を客観視しろ。


 こんな醜い豚のバケモノだって、誰も好いたりなんかしない。


 彼女はその罪悪感から、俺のことを気にしているだけだ。

 彼だって彼女との取引があるから、俺に構ってくれているだけなんだ。


 俺自身に価値はない。


 だって俺自身が俺という存在に、

 価値なんて見出せないのだから……。


(それなのになんでアンタは、そこまでするんだ……?)


 魔法縛縄で拘束されて身動きできない俺の目の前で、

 一方的な暴力を浴びつつも、なお立ち上がろうとする少女。


浄火軍こいつらに捕まったのは、俺の落ち度だ。アンタがそんなことをする必要なんて欠片もないじゃないか!)


 そもそもアンタは、もっとずっと、強いだろう?

 そんな女騎士なんて、本気を出せば一瞬だろう?


(なのになんで、好き放題やられてんだよ。ほら、反撃しろよ。いつもみたいにスパッとやっちまえよ!)


 お願いだ。

 俺のことなんてどうでもいいだろ?

 もう十分に、罪滅ぼしは済んだだろう?


 だからもう、好き勝手にやっていいんだって。

 自由になってもいいんだって。


 感情がそんなことを声高に訴える半面で、

 理性はこうも告げている。


 ──ああ、そうだよな。

 ──アンタはそうするよな。


 でも俺は、それを認められない。

 臆病な俺が必死に否定している。


(いい加減にしてくれ! とっと本気を出せよ! それが無理ならせめて逃げてくれ。俺の前から消えてくれよ!)


 でもきっと、少女は自分から俺の前からいなくなることはないだろう。

 だから俺は自分から、少女のもとを離れるつもりだったんだ。

 そうやって、少女を解放してやるつもりだったんだ。


 それなのに……


「……なんで、だよう……?」


 ついに、心の防波堤が決壊してしまった。

 純粋な想いが言葉となって、涙とともに溢れてしまう。


「……俺のことなんて、もう、いいだろ? ほっとけよ。ほっといてくれよぉ」


 こんな、自分の役割すら満足にこなせない豚なんて、

 アンタがそこまで身を挺してかばう必要、

 これっぽっちもないんだよ。


「……そんなこと、できるわけ、ないじゃないですか」


 果たしてそんな俺の叫びは、少女に届いてしまった。


 毒に侵され、泥に塗れ、血に染まってもなお美しい少女は、

 またしてもこんな俺の惨めで情けない叫び声を、

 真摯に正面から受け止めてくれた。


「なん、で……?」


 俺は問う。


 怯えながら。

 期待しながら。


「だって……」


 彼女は答える。


 嬉しそうに。

 誇らしそうに。


「だって貴方は……わたくしの、息子なのですから」

「……っ!」


 息が、できなかった。


 胸を埋め尽くす苦しいまでのこの感情は、

 いったいどこから湧き上がるものなのだろうか?


 言葉を発することすらできず、口だけをパクパクさせる俺に向かって、血だらけの少女はどこまでも穏やかに微笑んだ。


「愛する子どもを守ることは、母親として当然のことですよ?」


 その瞬間、カチリと何かが嵌った気がした。


 ──いや、違うな。


 気付いたんだよ、俺は。

 ようやく気付くことができたんだ。

 俺は愛されていない、愛されるはずがないだって?


 ──いいや、違うだろ?


 愛は確かに、そこにあったんだ。

 でもいつだって俺がそれから目を逸らして、

 必死に気付かないフリをしていただけなんだ。


 だって、傷つくのが怖かったら。


 ──だから傷つかないよう、自分から傷つけんだ。


 だって、裏切られるのが怖かったら。


 ──だから期待しないよう、相手を突き放していたんだ。


 だって、見捨てられるのが怖かったから。


 ──だから言い訳して、自分から逃げ出そうとしていたんだ。


 つまり俺は、馬鹿だったんだ。

 本当に頭の悪いクソガキだったんだ。


 本当は愛してほしいくせに、それを確かめるのが怖くて、信じられなくて、相手を試すようなことばかりして、それでも心の中では叫んでいる、どこまでも愚かで面倒くさくて情けないクソガキ。それが俺の、正体なんだ。


 それでも──少女は、俺を待っていてくれた。

 それなのに──少女は、俺を受けて入れてくれた。


 だって、彼女は……


 そうだ、彼女は……


 俺の、大切な……


(……おかあ、さんっ!)


 その言葉は、驚くほどストンと心の中に落ちてきた。


「マリアぁあああああああンっ!」


 そして次の瞬間には、俺は喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。


 意味はない。

 意図もない。


 ただ叫びたいから叫ぶ。

 まさしくそれは、この世に生を受けたばかりの赤子の産声だ。


「……えっ?」


 一方で少女は……いや【マリアン】は、こんな状況だというのに『まるで信じられないものを見た』とでもいうように、目を丸くしてキョトンとしている。


 ああ、そうだよ。その顔だよ。やっぱアンタには人形みたいな無表情じゃなくて、そういうちょっと間抜けなぐらいな顔のほうが、似合ってて可愛いよ。


 そんでもって、


「テメエッ、いつまでマリアンに汚ねぇ足をのっけてんだ!」


 全身を満たしてくれる充足感とは対照的に、

 頭の中は凍えるほどに冷たく覚めている。


「……あ゛?」


 俺の詰問に女騎士が嫌悪感を露わにするが、

 そんなことはどうでもいい。


 テメエがいくらキレようが、それ以上に俺はブチキレてんだよォっ!!


「ブギィイイイイイイイイッ!」

「貴様っ!」


 雄叫びとともに全魔力を放出。


 まだこれだけの力が残っているとは予想外だったのか、

 拘束が緩んだ男の隙をついて、全力で走り出す。


 両手は魔法縛縄によって拘束。

 腹部と左肩には重度の裂傷。

 全身は悲鳴を上げている。


 とてもじゃないがまともに戦える状態じゃない。


 こんな状態であの女騎士のところへ辿り着いたところで、

 何が出来るとも思えない。


 だとしても。

 それでも。

 

(マリアンを、離しやがれぇえええええええ!)


 後先のことなど考えず全力で突進してくる俺に、

 女騎士は嫌悪を深めながら右腕を持ち上げる。


「……汚らわしい、豚が!」

「ヒビキくん!」


 おいおいそんな顔するなよ、マリアン。

 アンタのことは絶対に、助けてみせるから。


(今まで散々と迷惑をかけてきたんだ。せめて最後にこれぐらいは、恩返しをさせてくれよ!)


 女騎士との距離が詰まる。

 それはそのまま、俺にとっての『死』との距離だ。

 だとしても、ただで死んでやるつもりはない。


(心臓をブチ抜かれても、そのまま押し潰してやる。それがダメなら噛みついて、喉笛を喰い千切ってやる!)


 とにかく絶対に、マリアンだけは助けてみせる。

 そう心に固く誓い、俺が女騎士に死を厭わないカミカゼ作戦を決行する──


「無様!」


 ──寸前だった。


「されど見事也!」


 一迅の、力強く頼もしい男の声が吹き抜けた。



 お読みいただき、ありがとうございました。


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