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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
21/83

【第19話】 狂刃

【前回のあらすじ】


 豚鬼「ホァタタタタタタタァ!」

 青年「あべしっ!」





 想定外の出来事があったものの……

 なんとか浄火軍の修道女を、人質として確保することができた。


(これでいったん、状況を膠着させられる)


 そのように考えて、気が緩んだ瞬間だった。


 ──── ズブッ ────


 腹部を貫く違和感。


(えっ……?)


 一拍遅れて広がる熱。痛み。混乱。


 俺の動揺が声となって漏れるより先に、

 修道女が吐血とともに口を開く。


「……なっ、なんで……?」

「……邪魔」


 顔を覆う布によって表情は伺えないが、

 おそらく彼女は目を見開いていることだろう。


 眼前には仲間であるはずの女騎士。

 その手が握る片手剣ソードからは、真っ赤な血が滴っていた。


(コイツッ……『仲間ごと』、俺をぶっ刺しやがった!)


 正気じゃない。

 目を見ればわかる。


(この女、狂ってやがる!)


 腹部の激痛を上回る悪寒。


 突き動かされるように人質を捨てた俺は、

 荷台から大きく飛び退いていた。


「ミツルギ殿、何をやっているんですか!」


 慌てて部隊の隊長らしき男が駆け寄ってくる。


「くっ、〈主の慈しみを/ヒール〉!」

「……かはっ」


 腹部を不吉な色に染めた修道女に男が回復魔法を施しているようだが、女の震えは止まらない。顔面はどんどん蒼白になり、身体は小刻みに震え続ける。


(なんだ!? これはいったいどういうことだ!?)


 一方で治癒魔法を発動した俺もまた、

 混乱の最中にいた。


 自らの傷を癒す治癒魔法。

 他人の傷を癒す回復魔法。


 それらに共通するのは『魔力を用いた肉体の修復』。

 だが現状を分析する限りでは、男も俺も目的を果たしているとは言い難い。


 じゅくじゅくと、俺の腹部が熱を帯びている。

 じわじわと、修道女から血が流れ落ちていく。


 原因はおそらく、刺突傷の周囲に残留している異物。

 自分のそれではない、第三者の魔力。

 それが魔法回路の正常な作動を妨害しているのだ。


(まさかこれは……呪禁魔法!?)


 ようやく俺は、不可解な魔力の正体に思い当たることができた。


 師匠の訓示が頭を過る。


『ヒビキよ、数ある術式のなかでも、アレは別格』

『出来得る限りまともに遣りあうな』

『アレは双方にとって脅威であり、猛毒』

『使い手も狂人と相場が決まっておるが故、可能な限り、関わり合いになること事態を避けるべきで御座る』


 今回の場合だと、女騎士の呪禁魔法は『魔法回路の阻害』ってところか。


(だとしたら、ヤベぇ。あの女から受けた傷は『回復できない』ってことだぞ)


 戦闘において発生する数式が、引き算のみに限定される。

 それは彼女との戦闘がそのまま『死』に直結すると、

 証明されているようなものだ。


(とにかく、このまま戦闘を続けるのは不味い。一旦退かないと……)


 けれどそのような思惑など、女騎士は御見通しなのだろう。


「……逃げる、な」


 ゆらり、だらり、ぬるり、と。


 腕を垂らした脱力の姿勢から地を這うような独特の動きで、

 一気に距離を詰めてくる。


「……逃がしは、しない、しない、しないぃいいいいいいっ!」


 刃が躍る。

 執拗に、おぞましく、俊敏に。

 まるで得物そのものが意思を宿した毒蛇のように、

 凶悪な殺意を突き立てようと俺を狙ってくる。


(クソッ……こいつ、剣士としてもかなり『やる』じゃねぇか!)


 さすがにカタナを手にした師匠と同格とは言わないが、

 それでも現時点の俺がやりあう相手としては荷が重い。


 回避しきれなかった刃が何か所も俺の皮膚を斬り裂き、

 比例して不可逆の出血量も増えていく。


(このままだと、ジリ貧だ……っ!)


 何よりも初手の一撃が痛すぎる。

 鎧と筋肉に阻まれて刃は内臓まで達していないものの、

 重要器官が集中するそこからは今も血が溢れている。


 おそらく、もってあと数分。


 なんとか血止めの応急処置だけでもしたいが、

 その隙をこの女騎士が与えてくれるとは思えない。


 であれば──


「ブッギィイイイイイイイイッ!」


 肉を切らせて骨を断つ。


 俺は繰り出された女騎士の刺突を『あえて』左肩で受け、

 引き抜かれる前に筋肉を締めて固定。


 距離を詰め、右手から〈波撃/インパクト〉を叩き込もうと──


「〈神聖なる浄化の炎/バーストボム〉!」


 その瞬間、背後から衝撃。熱波。激痛。


「フギィ!」


 完全に意識の外からの攻撃によって、

 俺はあらぬ方向に吹き飛ばされてしまう。


(く、クソ……なにやってんだよ、俺……)


 そうだった。

 これは一対一の稽古じゃないのだ。


(目の前の敵に集中し過ぎるとか、どれだけ頭に血が上ってんだよ!)


 すかさず、女騎士の追撃で意識が揺さぶられる。


「……動くな」

「プギッ!?」


 左肩を片手剣で貫かれたまま地面で呻く俺に対して、繰り出されるのは容赦のない蹴り、蹴り、蹴りの嵐。それらは的確に顎や腹、傷口といった急所を責め立てて、あっという間に俺から戦意と体力を奪っていく。


「……死ね、死ね、死ねゴミクズ。死んで亜人デミの分際で、浄火軍わたしたちに、あの御方に盾突いたことを、懺悔しろ!」


 そのうち一発が、顎にいい角度で入った。


(あ、ヤバいこれ……)


 目が眩む。

 急速に現実が遠のいていく。


「そこまでです、ミツルギ殿」


 意識の灯が消える寸前。

 女騎士を制止したのは、部隊の隊長らしき男だった。


「……リズベットくんが、死にました」

「……」


 男の呟きに、女騎士は答えない。

 どんよりとした薄紫の瞳で『なぜ止める』と威圧するのみ。


「アンクくんも、死にました。即死です。そしてさらに天使を二体損失。ここまでの損害を被りながら、収穫なしなど有り得ません」


 冷ややかに俺を見下ろす男の視線は、

 モノに向けるそれだ。


「貴方、覚悟してください。貴方には私が自ら尋問して、徹底的に背後関係を吐いてもらいます」


 男の宣告に、渋々ながら、女騎士も得心がいったようだ。

 俺の肩から片手剣を引き抜き、血糊を振り払ってから納刀。


 代わって男が魔力封じの効果がある緊縛縄を用いて、

 乱暴に止血した俺の身体を拘束する。


「ガハッ……ゴフッ」


 喉に詰まったような咳に、混じる血痰。

 クソったれ、折れた骨が内臓に刺さってるかもな、コレ。

 すでに瀕死一歩手前の俺は抵抗することができない。


「ん? これは……」


 すると拘束のついでに武装解除のため、俺の軽鎧を剥ぎ取っていた男が、首の魔法道具(マジックアイテム)に気が付いた。


浄火軍(わたしたち)の、通信装置? なぜ亜人が?」


 ああ、それはたしか、少女から与えられたものだったな。

 そして少女は元、浄火軍。


 巡り巡って俺のもとに辿り着いた魔法道具の存在に、

 男は不信感を抱いたらしい。


「……そういえば、そいつは、天使にも対応していた」


 女騎士の推測が、男の推理を補強する。


「浄火軍の道具を所有し、天使の構造にも精通している。なるほど、これは思っていたよりも大きなヤマになりそうですね」


 言外に男は、俺の背後関係に気が付いたようだ。

 亜人に手を貸す、浄火軍の裏切り者という存在。


 さすがにそれが元聖人の少女だということまではわからないだろうが、

 その可能性は、男のなかに何を生み出したのだろうか。


 困惑。疑念。脅威。

 執心。危惧。打算。


 一瞬の間に様々な感情が、男の瞳の中で渦巻いていたあとで……


「……ミツルギ殿。もう一戦、いけますか?」

「……問題ない」


 男の勘定は、俺にとって最悪の答えを弾き出したようだ。


「や、やめろ……」


 制止を訴える俺を無視して、男は共鳴水晶シグナルオーブを手にする。


「ふむ。どうやら周波数などは、弄られていないようですね」


 元々はあちら側の管轄にあったものだ。

 男の操作により通信用魔法道具は作動して、

 その真価を発揮した。


 内側から赤く発光し、遠く離れた友軍へ異変を知らせる共鳴水晶。

 俺はなかば呆然と見つめることしかできない。


(なぜ……どうしてこうなった?)


 答えはいくらでも思い浮かぶ。


 彼らを見つけた時点で、さっさと引き返せばよかった。

 彼らに補足されたとき、逃げの一手を打てばよかった。

 天使を破壊しただけで満足すればよかった。

 はじめて人を殺して、思考を放棄しなければよかった。

 浄火軍が思ったより弱かったことに、慢心しなければよかった。


 戦闘開始から今に至るまでの様々な出来事が、決断が、

 遅すぎる後悔となって俺の心を押し潰す。


 しかし、もはや全ては後の祭り。


 俺の苦悩を嘲笑うかのように、

 明滅する共鳴水晶の光は徐々に大きくなっていって──


「──っ!? いけない、離れてください!」


 共鳴水晶の光が『内部の魔法回路』を空中へ投射した瞬間に、

 男はそれを手元から投げ捨て、女騎士は片手剣を抜刀する。


「……これは、転移座標?」


 女騎士が呟いた直後に、光が弾けた。


 キラキラと、森の薄闇を払う光の粒子。


 それらは魔法回路に吸い込まれ、魔力となって、

 ひとつの魔法を発動させる。


「あ、ぁ……」


 思わず、うめき声が漏れてしまう。


 それは、何度も目にしてきた魔法だった。

 それは、この場において決してあってはならない光景だった。


(なんで、なんで、なんで……)


 光の中から現れるのは、ひとりの少女。

 白髪に紅瞳、雪花石膏の肌と西洋人形の芸術を備える、

 神々しいまでに美しい少女であった。


 彼女の名は……


「……ま、ま、まっ、マリアァアアアアアアアンッ!」



 お読みいただき、ありがとうございました。

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