【第01話】 目覚め
【前回のあらすじ】
・初っ端から厨二力全開ぃいいいいい!
俺が『こちらの世界』のことを回想すると……
行き着くのはおぼろげな記憶。
記録の底。
原初の澱。
目蓋を開く。
流れ込む光の奔流。
衝撃に驚き、泣き喚く。
「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」
それを何度繰り返したあとだろうか。そうやって『世界の洗礼』を受けた後で、最初に記憶に刻み付けられたのは、こちらを見つめる少女の顔であった。
「はいはい、よしよし。大丈夫ですよー。ママがいますよー」
ぶっちゃけそのときは夢の中で「あ、これ夢だな」と半ば目覚めているときのような、意識はあっても自我が曖昧な明晰夢状態だったので、特に何かを感じることはなかった。
だがいまこうして思い返してみると……
それはそれはなんとも見目麗しい、
可憐な色白の美少女だった。
「……おや?」
定まっていない俺の視線を受けて小首を傾げる少女の年齢は、ざっと齢十を少し超えた程度であろうか。まだ幼いと形容して、間違いない少女である。
陽光を受けながらサラサラと揺れる、ストレートの白髪。
シミ一つ見当たらない、ミルクのような雪花石膏の肌。
大きく見開かれているのは紅玉の瞳で、縁を飾る睫毛が驚く程に長い。
すっと筋の通った鼻梁には気品があり、その下で可憐に咲く薄桃色の唇は、今は溢れんばかりの喜色を形作っていた。
それら優れた個々の部品パーツが、美の神によってひとつひとつ丁寧に、精密な均衡バランスを保って配置されることによって生まれる、天使のような美少女。それが今、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、俺のことを見下ろしている。
……そう。
俺はこんな美少女に『見下ろされて』いたのだ。
はい、ここでまず違和感。
「あ、いま目を開きましたよ! それにわたしを見つめて! ほら、ほらほら! 見えますか!? ここですよ! ママですよ~!」
「ぬ、まことで御座るかマリアン殿。どれ」
ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、次に視界に入ってきたのは大きな影。こちらは少女からずいぶんと歳の離れたように見える、無精髭がやたらと似合う精悍な顔つきをしたオッサンだ。
(……? 親子、かな……?)
などとも考えたが、しかしその線は薄いとすぐに否定する。
なにせオッサンは東洋人っぽい黄肌だが、
西洋人っぽい色素の薄い肌。
顔つきも少女が美術館に飾られた西洋人形風なのに対して、オッサンは荒野とか戦場が似合う強面と、人種が、属性が、雰囲気が、とにかく噛み合わない。現にこうして会話をしている光景だけでも、距離感的にこのふたりは血縁ではない他人なのだなーっと、察せられてしまうのだ。
「うむうむ、某それがしを真っ向から見据えるこの面構え。きっとこの御仁は鍛えれば、良き武士もののふになるで御座ろうな」
「ちょっとハガネさん! あんまり顔を近づけないでください! この子が怯えて泣いてしまったらどうするつもりですか!?」
「ぬはは。固いことを言うな」
「もうっ!」
そんな俺の観察には気付かず、上から覗き込もうとするオッサンを、少女が突き放す。だがオッサンに堪えた様子はない。すぐに顔を近づけてくる。
(……というか、このオッサン。見れば見るほどいかついな)
肌の具合や顔の皺、白髪交じりの黒髪から察するに、だいたい年齢は四十路を超えたぐらいだろうか。
しかしやたらと眼光が鋭い。あと筋肉が凄い。全体的に太くはないが、それは肉体を極限まで絞り上げられているから。ミッチリと筋繊維の詰まった腕は、軽々と丸太なんかを振り回せそうだ。
けれどそうした肉体の迫力よりも……俺の興味を引いたのは、彼がまとう『装備』だった。
少女のような『衣服』ではなく『装備』。
ここ重要ね。
機動性を重視して、肩や関節部などは排除されているものの……両腕を覆う籠手。両足を包む脛当。胴体を守るのは漆黒の地金に金箔が施された鎧であり、腰元には左右にひと振りずつの『刀』らしき物体が、備えられていた。
そんなオッサンの姿から、連想したのは『武士』。
それも雑兵などではなく、威厳に満ちた『大将侍』だ。
「ん? ほれほれ、某らの姿が見えておるか? 声は届いているので御座るか? お~い」
「んもうハガネさん、だから近づき過ぎですって! 離れてください!」
鬱陶しそうにマリアンと呼ばれていた少女に遠ざけられても、オッサンは構わずグイグイと距離を詰めてくる。男臭い笑みを浮かべて、プニプニと俺の頬をつついてくる。うむ、非常に不快だ。やめなさい。
「ちょっとハガネさん! やめてくださいって!」
「ん、ほれほれ、どうした。意識はあるので御座るのか? ん?」
だが精神が安定した今ならともかく、そのときの茫洋としていた俺が何を考えていたのか、自分自身でもわからない。もしかするとそんな状態でも無意識下で「ムカついた」とか「コノヤロウ」とか感じて、反骨心が芽生えていたのかもしれない。
でも──いちばんしっくりくるのは、
やはり『反射』だろう。
ぱくん。
「お?」
「おや?」
はむはむ。ちゅーちゅー。ちゅー。
……うん。
今思い出すと軽く死にたくなるのだが、とにかくそのとき、俺のとった行動は『目の前にあったオッサンの指をしゃぶる』という、極めて不可解な行為であった。
「ほほう! これはこれは!」
「……むぅ~」
オッサンは喜色に目を見開き、
対照的に少女はぷくーっと頬を膨らませる。
俺は無心でちゅーちゅーと、オッサンの指をしゃぶり続けていた。うん、塩味。
……。
…………。
……………………。
……いや「オッサンの指をしゃぶるとかどんな高尚なプレイだよ!」と、他人に聞かれるとドン引かれるかもしれない。俺だってどんなに仲の良い友人でも、そんな趣味を暴露されたら今後の付き合い方を真剣に考えてしまう。
でも、待て。待ってくれ。
人にはそれぞれ、そのときどきによって、やむを得ない事情というものが発生する。少なくとも『そのときの俺』には、間違いなくそれが適応される。つまり『そのときの俺』は、オッサンの指をしゃぶることが、極めて『自然な状況』に置かれていたというわけだ。
「もう、ずるいずるい! ずるいですよハガネさん!」
「ふははは! 良い良い、じつに良い吸い付きで御座るぞ! やはり男児たるもの、こうでなければいかん!」
その証拠に指を吸い続ける俺に対して、
オッサンは嬉しそうに呵呵大笑。
一方で少女はますますぷくーっと、
ご立腹の様子だ。
「もう、そんなのはペッしなさいペッて! 吸うのならこちらですよ!」
そして少女はおもむろに、純白の貫頭衣の裾を勢いよく捲りあげた。
繰り返そう。
少女は自らの服を捲り上げた。
すると当然……ぷるるんっ、と。燦々と降り注ぐ陽光の下に、少女が有する雪花石膏の白肌のなかでも、とくにデリケートでシークレットなふたつの膨らみが晒される。どうやらこの少女、下着はつけない派らしい。
「さあ、こちらを吸いなさい!」
少女の言葉にグビリと、喉が鳴った。
(……え? うそ? そんな馬鹿な!)
自身の反応に、思考を激しく掻き乱される。いやいや、こんな年端もいかない少女のアレに反応するのは、さすがにマズいだろう。条例を敵に回す。社会的に死ぬ。などと、そのときの俺はまどろんだ意識ながらにも、混乱の最中にあった。
だが、どれだけ頭で否定しても、
身体は素直なもので……
目の前に晒された慎ましくもツンと自己主張する女性の神秘。その先端に咲き誇る鮮やかな桜色に、気づけばオッサンの指を吐き出した俺は顔を近づけていた。
グビリ、と喉が鳴る。
渇いてしまう。
惹かれる。
理性ではない。
本能がそれを求める。
逆らえない。
身体が勝手に動いてしまう。
まるで少女の頂から、謎の引力でも発生しているかのようだ。
「あぅ、あぅあぅ……」
そして俺は花蜜に誘われる羽虫のように、
甘い匂いの発生源に近づいていって……ぱくっ。
「んっ」
ちゅうちゅう。ちゅー。
「……んふふ。そうそう、いい子いい子。いい子ですね~」
……ああ、吸ったさ。
恥も遠慮も疑問もなく少女の柔肌に吸い付いたさ。
そして飲んだね。
ゴクゴクと飲んだね。
少女の先端から滲み出る甘露を。
だってそれが、自然なことだと思ったんだもん。
理論ではなく直感として、理解したもん。
無慈悲に体感させられたもん。
「いい子いい子。いっぱい飲んで、元気に育ってくださいね~♪」
先ほどから慈愛に満ちた笑みで俺を抱き、胸部を晒して、甘露を与え続ける少女。
その姿は、行為は、愛情は……
間違いなく、『母親』であると。
「はは、良き飲みっぷりで御座る。たらふく飲んで、頑健に育てよ!」
トドメとばかりにそんな光景を見つめるオッサンの瞳に、気づいてしまう。細められた黒瑪瑙の瞳に映る、少女よりもさらに小さい、やたらとブサイクな『赤ん坊』の姿を確認してしまう。
(あぁ……なんだ)
俺、赤ちゃんになってるじゃん。
お読みいただき、ありがとうございました。




